福山市立動物園へ

 3連休初日。ちょっと遠出をしたい欲が募っていたので、いろいろと考えた末に、福山市立動物園を選択する。山陽道をちょっとだけ使った。片道2時間も3時間も運転するほどのパッションはない。見事なまでに、「ちょっと遠出をしたい欲」が満ち足りた。目的地が動物園というのは、公園を提案するとファルマンが「阿呆か」「2月に阿呆か」と言ってくるので、その落しどころを探った結果である。
 福山市立動物園は、前にもいちど行った。確認したら、2014年の9月のことで、約4年半ぶりということになる。季節のせいか、今回はそのときよりもはるかに人の数が少なかった。しかも出発時は微妙な霧雨まで降っていたのだ。天気予報で、雨は昼前には止むと出ていたので、まあ大丈夫だろうという見込みで決行したのである。果たして到着した頃には雨は止んだ。だが福山市立動物園名物(なのだろうか)の、園の前にある大型遊具は、滑り台が雨で濡れていて思う存分には遊べなかった。遊べなくていい。前回はここでポルガの遊びをひとしきりやらせた結果(ピイガはまだ生後8ヶ月だったのだ)、親は残暑の熱気で入園する前にうんざりしたのだった。今回は今回でじっとしていると寒さに耐えかねたので、子らの最低限の気を済ませる程度に遊ばせたのち、無理やりに切り上げさせた。9月でも2月でもなく、素直に5月あたりに来れば事は穏便に済むだろうに、なかなかにままならないものである。
 園内ももちろん空いていた。上野とかじゃあるまいし、もしかしたら最盛期でもそんなことにはならないんじゃないかという気もするが、幾重もの人だかりでなかなか目当ての動物の姿が拝めない、なんてことは一切なかった。基本的に1檻に1グループで鑑賞する、次のグループが来たら前のグループはやんわり別の檻へと移動する、みたいな暗黙の了解が出来上がるほどに、優雅な人口密度の低さだった。
 動物は、ペンギンを皮切りに、シマウマ、象、ライオンと続いた。成人から500円を取るだけの、こじんまりとした市立の動物園は、敷地面積も大きくなく、動物のラインナップも要所のみがギュッと詰っていて、ありがたいと思った。これはいま、2016年の真夏に行ったズーラシアのことを頭に思い浮かべながら記した。あれは本当につらかった。ライオンの次の間には虎がいて、ライオンはじっとしていたのだが、虎はやけに動き回っていて、見応えがあった。こちらが顔を近づけている、ガラスだかプラスチックだかのボードに、ほとんどぶつからんばかりに近付いてくる瞬間というのがあって、日常ではまるで味わえない、弱肉強食という、生き物の根源的なプレッシャーを感じ、背筋のあたりがヒヤッとなった。しかし虎というのは凄まじくかっこいい動物だな、と改めて思った。自分がいのしし年であることがまた悔しくなった。そのあと入った爬虫類館では、ニシキヘビ的な巨大な蛇がいたので、ハリーポッターごっこをする。原作を読んだばかりのポルガやファルマンは当然のようにハリー役をやりたがったため、僕がダドリー役を買って出た。わがままなデブの外国人の子どもになりきり、ガラスを叩く(真似をする)。その傍らでファルマンたちはシャアシャア言っていた。もちろん周りに他の客は一切いないのだった。ピイガはこの場ではなんの反応もしていなかったが、次の小動物コーナーでうさぎを見つけると、「うさぎかわいー」と言ってカメラを構えるこちらを振り返った。うさぎがかわいいと言いながらうさぎをろくに観ない女子のやつだ、と思った。それから「今日のピイガはうさぎの髪型なんだよ」と言ってツインテールの片方を持ち上げてみせた。どうしてファルマンと僕から、こんな典型的な女子らしい女子が生まれてきたのだろうと思いながらシャッターを切った。そして最後にキリンを見る。上野や神戸に較べて、福山のキリンは距離が近い。しかも高い金網もなく、1メートル強ほどの高さの柵があるだけなのである。そして餌場が柵のすぐ向うに設置されているため、それを食べるために首を伸ばしてくるキリンの頭が、本当に目の前まで来る。キリンの頭部は、いつも4メートルとかの高みにあるし、なにより体や首に目が行くため、それほど大きい印象がなかったが、眼前にやってくると想像以上に大きいのだった。ボストンバッグくらいあった。
 園を出たあとは、出てすぐの所にある池でスワンボートを営業していて、そこももちろん閑散としていて、すぐに乗れそうだったので、一家で乗った。子どもたちは間違いなく初めての経験だし、さらに言えば親の我々だって乗ったことがあったかどうか思い出せなかった。ペダルを漕いで進み、池の中央らへんに行ったとき急に、マジか、という気持ちになった。これが文字通りの「寄る辺ない気持ち」なのだな、と思った。一家で、池の中央でプカプカと浮かんでいる状態は、なんだか現実味がなくて不思議だった。
 そんな感じで堪能した福山市立動物園だった。園内を歩いているときはそこまで感じなかったが、やはり体は芯まで冷えた。途中のコンビニでおにぎりを買って、昼ごはんとして食べながら帰った。注文しようとした肉まんが出来上がっていないと断られ、ショックだった。帰り道ではまた雨が降り始めた瞬間というのがあり、園内では一切降られることがなかったため、とても運がよかったと思った。