山陰で暮していて、しみじみと、やっぱりこちらは山陽よりも寒い土地なのだなと思う。もうネーミングが全てを表していて、いうまでもない自明の理なのだけど、実感として思った。三寒四温という言葉は、3日寒いと4日暖かくて、そんなことを繰り返しながら冬はだんだん春へと移行していく、という意味だけど、山陽のそれは二寒五温くらいのものだったけど、山陰は五・五(5,5)寒一・五(1,5)温くらいの感じだと思う。そもそも5月にもなって三寒四温という言葉に思いを馳せることが、山陽時代にはなかった。山陰ビギナー(ご無沙汰過ぎて山陰処女膜が復活した)のわが家は、その一・五温の日に、これからは暖かくなっていく一方だと早とちりして、毛布を仕舞ったり衣替えをしたりしてしまい、夜半になって慌てて押し入れから取り出したりした。もっともこれでも近代的な賃貸住宅に住むわが家はマシなほうらしく、実家に顔を出して帰ってきたファルマンは、「実家はまた一段と寒い」という。実際、本当につい先日までコタツが出ていたらしい。なんとなく、石川県や新潟県より左の地域は、あまり寒さを声高に叫べない雰囲気、いわば寒さマウントのようなものがこの国にはあって、たしかに北陸よりも右の地域に較べれば、山陰の寒さというのはいくらか緩いのだろうが、だけどなんていうか、この喩えがいいのかどうか分からないが、生活保護を申請できるほどではないけど、でもかなり深刻な貧困だ、というような、リアルなひもじい寒さがこの地域にはある。
それでも季節は巡る。GWを境に、あちこちの田んぼに水が張られた。以前にも書いたが、水を張った、苗を植える前の、長くても1週間もないこの状態が、とても好きだ。昨年の稲刈り後、何ヶ月もただの荒地のようになっていた場所が、ある日突然大きくて四角い池になる。大袈裟にいうと、陸だった場所が、急に海になるのだといってもいい。米作りという、どこまでも日本人の生活に根差した現実的な行為でありながら、やけにファンタジックだと思う。
そして田んぼに水が張られると、どこから湧くのか、というくらい間髪入れずに、蛙の合唱が始まる。これが本当にすさまじい。水が張られて以降、この街には絶えず蛙のゲコゲコゲコゲコゲコゲコが響き続けている。主張をしたいのは分かるが、そんなあまりに一斉に鳴いたら、互いに相殺されて意味がないだろう、もうちょっと駆け引きというものをしたらどうなんだ、と思う。そして、そんな猛アピールをした結果、めでたく受精と相成った場合、やがてオタマジャクシが誕生するわけで、なんか蛙って、性そのものだ。都会の夜の繁華街の性の乱れなんて目じゃない。この性の横溢はどうだろうか。
そんなことを思いながら、昨晩は休みの前夜だったので、ひとり夜更かしをした。チーズカレーヌードルを啜りながらロングのストロング缶を飲むという、ただただジャンクな晩酌をした。アルコールについての印象は、タイミングによってさまざまに変化し、なんとなくこの夜は、酒は酩酊するために飲むもんだよ、夕飯時にビールを1缶なんてのはまったくの無意味で、飲むんだったら強いのをちゃんとした量飲んで、きちんと酔っぱらわなきゃしょうがないよ、という気分だった。ひとりで短時間でストロング缶を干すと、それなりに酔いが回り、ちゃんといい気持ちになった。寝床に行くと、相変わらず寝つきの悪いファルマンはまだ起きていた。いい気持ちになっている僕は、「明日ふたりでカラオケ行こうよ!」といってすぐに寝た。
翌日の、すなわち今日はゆっくり起きて、ゆったりと午前中を過した。ファルマンは午前中に仕事があった。昼前にそれが終わり、早めの昼ごはんを食べてから、子どもたちが帰ってくる夕方まで、さてどうしようか、ということになった。本当にカラオケに行こうかとも思ったが、やはり酔っていたときほどの乗り気はなくて、また今度ということになった。代わりに、近所のディーラーに車を見に行った。ファルマンが免許を取るので、いま僕が乗っているMRワゴンを主にファルマン用とし、僕用に普通車を買うという計画があるのだ。それはここでの暮しにおいてどうしたって必要なことで、そもそもそのためにファルマンは教習所に通っているわけなのだけど、普通車という大きな出費に思いを馳せるにつけ、また軽自動車のようなかわいげがない普通車の選択肢にテンションが上がらないにつけ、これまでなんとなく気乗りせず、ファルマンを怒らせたりしていたのだけど、先日ようやく候補のひとつを見に行ったら、大きくて新しい車は存外いいもんだと改心し、やっと気持ちが入ったのだった。それで今日は別の候補を見に行った。しかし今日見たのはあまりよくなかった。実物を見る前は、自分の中で今日見に行ったもののほうが有力だったのだけど、実際に中に入って体感したら、先日のもののほうがよかった。見る順番を逆にしなくてよかった。先にこちらを見に来ていたら、車選びそのものにやはりテンションが下がっていたことだろう。まあ高い買い物なので、これで決定というわけにはいかない。気長に選ぼう、といいたいところだが、ファルマンという人間は気長ではないからなあ。
子どもたちが帰ってくる前に帰宅。夕飯に茄子の揚げ浸しを作ったら、そのおいしさに感動した。油を吸った茄子のうまさときたらどうだ。思わずビールを1缶飲んだ。