ショッピングモールに出る。確たる目的があった。眼鏡である。「まんぷく」やら「ハリーポッター」やらで高まっている丸眼鏡欲求がこのたびとうとう抑えきれなくなり、買うことにしたのだった。
モール内には2軒の眼鏡屋が入っていて、最初に有望視していたほうの店を覗く。まあこれかな、というものが見つかるものの、なんとなくレジに運ぶまでの勢いがつかず、もう一軒も見てみることにする。これが大成功だった。はじめのほうの店で見ていた丸眼鏡は、振り返ってみればラウンド型寄りのボストン型といった感じで、そこまで丸眼鏡丸眼鏡していなかった。丸眼鏡を買うのだ、と強い意欲を持って買いに来たのだから、本当にちゃんと丸い眼鏡を僕は欲していたのだった。それが2軒目にはあった。もう正円である。まん丸である。子どもが絵で描くような眼鏡。その現実バージョン。フレームは細目で、色は金。つまり、かなり振り切れている眼鏡である。僕はどこまでも群衆の一部でしかない一般人だけど、あまり群衆の一部でしかない一般人は日常的にかけたりしないタイプの眼鏡であると思う。でも僕は最近キャスケットかぶってバトン回したりしていて、怖いものがどんどんなくなってきたので、そんな振り切った眼鏡を、僕が探し求めていた丸眼鏡ってこういうことだと、喜んで選択した。店内で装着してファルマンに「これどうかな?」と見せたとき、思いきり顔をしかめられたが、そんな妻の反応にもめげずに意志を貫いた。しかもそのお値段たるや、1軒目の、「まあこれかな」に対して、なんと半額だったのである。心にビビビッと来て、半額。こんな嬉しいことがあるか。とてもいい買い物をした。今日買いに行ってよかった。出会い物ってこういうことだな、と思った。
眼鏡の完成を待つ間に、モール内のうどん屋で昼ごはん。乱高下していた気温がここ2日でまたがくんと下がっており、あたたかいうどんがとてもおいしかった。今年の、公園で弁当を食べるシーズンももう完全に終了したな。何回かできてよかった。
眼鏡を受け取って帰宅。ほくほくした気持ちで鏡を何度も眺める。我ながらとても胡散臭く、気持ちが悪い。そしてそこがいい。ニヤニヤしてしまう。ファルマンは顔を見合わせるたびに、「まるっ!」「まっる!」「まりーわ!」と悪態をついてくる。それどころか、「その眼鏡、丸すぎて人を殴りたくさせるから気をつけな」などと言ってくる。「的に見えるから」などと言う。そんな発想をするのは戦闘民族かゴリラだけだと思う。
午後はまた溜まっていた「西郷どん」を2話ほど観たり、僕だけ近所のスーパーに買い物に行ったりした。スーパーでは晩ごはんの材料のほか、クリスマス用と、1月4日のピイガ用に、スポンジとクリームをもう買う。もう賞味期限が大丈夫だったから。ピイガの誕生日のそれは、年明けに買おうとすると店になくて困るので、クリスマス用に売り出しているときに買っておかなければならないのだった。
晩ごはんはすき焼き。おいしい。砂糖と醤油と卵って、もう最強だろうと思う。ビールの後、日本酒。すき焼きで日本酒って、永遠に続けられる気がする。でもさすがに糖分過多かしら、などと無粋なことも思う。しかしうっとりするほどおいしい。冬、こたつで家族と囲むすき焼き、日本酒。そしてジョン・レノンばりの丸眼鏡。今日はそんな日。
週末雑記
土曜日の午前、ファルマンの眼鏡を作りにショッピングモールに行く。夫婦で眼鏡をかけているので、「眼鏡を作る」という行事が暮しの中でまあまあの頻度で発生することだと思う。少なくとも「友達と遊ぶ」よりもはるかに頻発する。じゃあもう眼鏡は友達なのかもしれない。友達は眼鏡なのかもしれない。いいとこ眼鏡で友達のいいところを見つけてみよう!
ファルマンが見え方の検査をしている間は、子どもたちと広場で遊んだりして時間を潰した。僕が運転免許の更新をしていた際、免許センターの中庭のちょっとした段差で延々と遊んでいた子どもたちは、相変わらずそれなりのアップダウンさえあればいつまでも大興奮で遊び続けるのだった。バカなのだろうか。
遠視であるファルマンの眼鏡は、いつものことながら僕のそれのように当日には完成しない。後日配送で届くらしい。今回は久しぶりに濃い色の太いフレームのものにしていた。僕の丸眼鏡の色違いがあったので、それはどうかと提案したのだが却下された。あのまん丸の眼鏡は、ひとりでもわりと異様な感じがあるのに、夫婦でそれだといよいよ誰からも朗らかに話しかけてもらえなくなるだろうな、そんなの最高だな、と思ったのだけど。
帰りに回転ずし屋に寄って昼ごはん。今回は僕も珍しく店舗できちんと食べた。行ったのはいま話題のくら寿司であり、ビッくらポンのために皿をこなす必要があったからだ。問題になった動画は観ていないのだが、報道を耳にして、そう言えばくら寿司ってビッくらポンとかあって子どもが喜びそうだな、と思い、岡山に来てから初めてくらいに久しぶりに行ってみたのだった。あの一件で客足がどうなったのかは知らないが、少なくとも僕は報道でくら寿司に意識がいって、行くことにした。そういうパターンもある。ビッくらポンはいちどだけ当たった。モニターで当たりか外れかのアニメが流れている間の、子どもたちの心奪われ具合がおもしろかった。初めて動く絵を見た森の生き物か、と思った。
夕方になり、予約を入れていた、車のオイルとエレメントの交換にひとりで出向く。去年に車検に出したところなので、特典価格でとても安かった。安かったのはよかったが、車関連のこういう代金って、なんでこう明朗会計じゃないんだろうと忌々しく思った。人脈とか友人からの情報とか昔からのよしみとか、そういうの本当に嫌だわー。そういうの本当に嫌だけど、一切の特典を放棄して、払わずに済む金額を払うのはもっと嫌なので、車人生が続く限りこの気持ちは続いてゆくのだ。そういうことを考えだすと、なにも持ちたくない、という極端な思考に陥る。
帰宅したら子どもたちからピンク色の箱を渡される。14日(木)に家族が何もくれなかったので、肩が腰のあたりに落ちるくらい落ち込んでいたのだけど、今日にチョコレートのカップケーキを焼いて、バレンタインデーとして寄越してくれたのだった(もちろん本当は事前に伝えられていた)。箱の中にはカップケーキが5つ入っていた。もう夕方だったので、「ありがとう。晩ごはんのあとにデザートとしていただくね!」と言いながら、ひとつを掴んで齧りついた。これは僕の持ちギャグであり、プレゼントをもらった際に、「開けていい?」と聞きながら、同時に手はもう迷いなく包装を破っている、というのもよくやる。そんな父親のギャグに対し、子どもたちはもはやノーリアクションだった。「いや、食べてる食べてる(笑)」みたいの一切なし。切ない。涙がちょちょぎれて、このカップケーキ、砂糖と間違えて塩を入れちゃったんじゃないのか、と思った。
翌日の今日は、例の温水プールに家族で行く。家族は2週間ぶり、僕は4日ぶりくらい。子どもたちの世話をしつつ、合間でファルマンに断り、レーンで泳がせてもらう。平日のひとりのときほどではないが、それなりに泳いだ。しかしいかんせん子どもたちがふたりとも女なので、家族で行くプールはどうしたってファルマンへの負担が大きい。しかもファルマンは泳ぎが得意じゃないので、プール遊びに対してぜんぜん心が躍っていないのだ。更衣室で着替え終わり、ロビーで合流したときのファルマンの真顔を見るにつけ、家族での温水プールは2、3ヶ月にいちどくらいでいいな、と思った。
午後は昼寝をすることなく、夕飯の餃子づくりに勤しんだ。休日の午後はそんな風に過すより他ない。なんてったって子どもたちがうるさいのだから。子どもたちは2日に渡って、ずっとうるさかった。毎週末まったく同じことを思うが、子どもたちはうるさい。うるさいと注意して、13秒くらいうるさくなくなるのだが、そのあとまたすぐにうるさくなる。音と、動きと、存在感、そのすべてがうるさい。子どもってすごい生き物だとしみじみ思う。餃子はもちろんおいしかった。食べ過ぎた。ふたつくらい多く食べ過ぎた。
まあそんな週末だった。
ファルマンが見え方の検査をしている間は、子どもたちと広場で遊んだりして時間を潰した。僕が運転免許の更新をしていた際、免許センターの中庭のちょっとした段差で延々と遊んでいた子どもたちは、相変わらずそれなりのアップダウンさえあればいつまでも大興奮で遊び続けるのだった。バカなのだろうか。
遠視であるファルマンの眼鏡は、いつものことながら僕のそれのように当日には完成しない。後日配送で届くらしい。今回は久しぶりに濃い色の太いフレームのものにしていた。僕の丸眼鏡の色違いがあったので、それはどうかと提案したのだが却下された。あのまん丸の眼鏡は、ひとりでもわりと異様な感じがあるのに、夫婦でそれだといよいよ誰からも朗らかに話しかけてもらえなくなるだろうな、そんなの最高だな、と思ったのだけど。
帰りに回転ずし屋に寄って昼ごはん。今回は僕も珍しく店舗できちんと食べた。行ったのはいま話題のくら寿司であり、ビッくらポンのために皿をこなす必要があったからだ。問題になった動画は観ていないのだが、報道を耳にして、そう言えばくら寿司ってビッくらポンとかあって子どもが喜びそうだな、と思い、岡山に来てから初めてくらいに久しぶりに行ってみたのだった。あの一件で客足がどうなったのかは知らないが、少なくとも僕は報道でくら寿司に意識がいって、行くことにした。そういうパターンもある。ビッくらポンはいちどだけ当たった。モニターで当たりか外れかのアニメが流れている間の、子どもたちの心奪われ具合がおもしろかった。初めて動く絵を見た森の生き物か、と思った。
夕方になり、予約を入れていた、車のオイルとエレメントの交換にひとりで出向く。去年に車検に出したところなので、特典価格でとても安かった。安かったのはよかったが、車関連のこういう代金って、なんでこう明朗会計じゃないんだろうと忌々しく思った。人脈とか友人からの情報とか昔からのよしみとか、そういうの本当に嫌だわー。そういうの本当に嫌だけど、一切の特典を放棄して、払わずに済む金額を払うのはもっと嫌なので、車人生が続く限りこの気持ちは続いてゆくのだ。そういうことを考えだすと、なにも持ちたくない、という極端な思考に陥る。
帰宅したら子どもたちからピンク色の箱を渡される。14日(木)に家族が何もくれなかったので、肩が腰のあたりに落ちるくらい落ち込んでいたのだけど、今日にチョコレートのカップケーキを焼いて、バレンタインデーとして寄越してくれたのだった(もちろん本当は事前に伝えられていた)。箱の中にはカップケーキが5つ入っていた。もう夕方だったので、「ありがとう。晩ごはんのあとにデザートとしていただくね!」と言いながら、ひとつを掴んで齧りついた。これは僕の持ちギャグであり、プレゼントをもらった際に、「開けていい?」と聞きながら、同時に手はもう迷いなく包装を破っている、というのもよくやる。そんな父親のギャグに対し、子どもたちはもはやノーリアクションだった。「いや、食べてる食べてる(笑)」みたいの一切なし。切ない。涙がちょちょぎれて、このカップケーキ、砂糖と間違えて塩を入れちゃったんじゃないのか、と思った。
翌日の今日は、例の温水プールに家族で行く。家族は2週間ぶり、僕は4日ぶりくらい。子どもたちの世話をしつつ、合間でファルマンに断り、レーンで泳がせてもらう。平日のひとりのときほどではないが、それなりに泳いだ。しかしいかんせん子どもたちがふたりとも女なので、家族で行くプールはどうしたってファルマンへの負担が大きい。しかもファルマンは泳ぎが得意じゃないので、プール遊びに対してぜんぜん心が躍っていないのだ。更衣室で着替え終わり、ロビーで合流したときのファルマンの真顔を見るにつけ、家族での温水プールは2、3ヶ月にいちどくらいでいいな、と思った。
午後は昼寝をすることなく、夕飯の餃子づくりに勤しんだ。休日の午後はそんな風に過すより他ない。なんてったって子どもたちがうるさいのだから。子どもたちは2日に渡って、ずっとうるさかった。毎週末まったく同じことを思うが、子どもたちはうるさい。うるさいと注意して、13秒くらいうるさくなくなるのだが、そのあとまたすぐにうるさくなる。音と、動きと、存在感、そのすべてがうるさい。子どもってすごい生き物だとしみじみ思う。餃子はもちろんおいしかった。食べ過ぎた。ふたつくらい多く食べ過ぎた。
まあそんな週末だった。
給付待ち一般家庭
日曜日をのんびりと過す。どこにも出掛けないくらいのつもりだったが、子どもの服が小さくなっていたり、ドリルやノートなどの学用品が必要だったりという、まさにとっとと10万円くれよ的な案件があったため、ショッピングセンターに出向く。歳末ということで、まあまあ賑わっていた。思えば本当に子どものものにしか今日はお金を使わなかった。そのあと、眼鏡屋を覗いたりもした。現在着けている丸眼鏡が、記録を見たら3年前のちょうど12月に買っているのだけど、どうしたってレンズに細かい傷がついてきて、限界を迎えようとしていて、買い替えを考え始めたのだった。このあまりにもまん丸な丸眼鏡は、とても気に入り、それだから3年も着け続けたわけで、レンズだけ交換する、という手も考えなくもないのだが、どういう理屈か、レンズのみの交換も、フレーム込みの新品も、そこまで値段が変わらなかったりするため、そうなってくると、どうもレンズの交換は馬鹿らしいような気もするのだった。新しく買うとしたら、丸眼鏡は金色の細いフレームなので、せっかくならば真反対の、黒系の太くて四角いようなフレームがいいかもなあ、なんて思う。今日は見ただけ。というか全体的に高い。ああいう店は、既存の眼鏡店に対して、ファスト系というか、簡素で安いという切り口で出てきたのだろうに、地盤が固まるにつれてじわじわと値段を高めてきた感がある。嫌だな。いつか岡山へ行ったとき、またアウトレットで買おうかな。
帰宅後はすぐにラーメンを作って昼ごはん。おいしい。冬の休日の昼に、冷蔵庫の余り物で作った肉野菜炒めを乗せたインスタントラーメンなんかを家族で食べるの、しみじみと満ち足りる。
午後は子どもたちが手芸をしたいというので、世話をするともなくしながら、ひたすらキッチンでの作業に勤しんだ。煮卵を作ったり、カステラを焼いたり、夕飯の下ごしらえをしたり。いろいろ自分の部屋でしたいことはあるのに、休日の午後はなんだかんだで、気づけば4時間くらいキッチンにいる気がする。
夕飯は手巻きずし。手巻きずしセットと銘打ったものではなく、ちょっとした刺身の盛り合わせが安く、さらにはアボカドが安かったので、そこから起案した。手巻きずしは、これまではそれなりに奮発して催すものとして捉えていたが、家族全員、そこまで手巻きずしに豪華な海鮮を求めていないことに気がつき、少々の刺身と、あとは納豆とか、ツナとか、卵焼きとか、たらこマヨとか、そういうものがいろいろあればそれでいいんだと喝破して、そんなわけで肩の力を抜いた感じで行なった。結果として、本当にぜんぜん物足りないことなく、十分に愉しめた。そうか、これでよかったのか。スーパーのウニとかイクラって、高いだけで結局あんまりおいしくないしな。日本酒がぐいぐい進み、多幸感があった。
夜はようやく自分の裁縫を、あまり遅くない時刻まで、集中してやった。今日はバッグの持ち手にステッチを入れる工程だったので、なにも考えずにガーガー全速力でミシンを踏めて、気持ちがよかった。
日常乞食
週末は平穏をテーマに過した。5月に入ってからの10日間ほど、やけにワタワタとしていたため、日常らしい日常を過そうじゃないかとなった。
土曜日は、GWの前半に注文したファルマンの眼鏡をお店に取りに行った。1週間での仕上がりだったので、実は先週末あたりには出来ていたのだが、ワタワタのために遅くなった。新しい眼鏡は黄色くて大きくて丸い。僕の趣味だ。これは妻をかわいくする目的というよりも、僕がいまこの店で注文するとしたらこれだろうな、というセレクトである。もちろん目の悪さの質が違うため、共有することはできない。しかしもしもいま僕が使っている眼鏡が、ホームランボールとかで破損したらば、僕も同じフレームで注文するだろう。眼鏡がお揃いなんて、とても仲良しの夫婦のようだが、なんのことはない、一方に好みの強い主張があり、一方にそれが著しくないだけである。
そのあとは公園に赴く。2年前くらいにいちどだけ行ったことのある公園で、園内に水深5センチもない小川が流れていて、足を浸して遊べるので、この時期にちょうどよいと思って行った。小川へは、ポルガは喜んで入り、ピイガは怖がって入らなかった。大人で入っている人はなぜかひとりもいなかったが、我慢できずに僕も靴下を脱いでズボンの裾をまくって入った。水温は思ったよりも低く、気持ちがよかった。他に遊具で遊んだり、もちろん僕はバトンを廻したり。
帰宅して昼ごはん。焼きそば。
午後になり、もういちどお出掛け。こんどは買い物。子どもたちの水泳用のタオルや、居間の蛍光灯なんかを買う。蛍光灯は、チカチカし出したわけではまだなかったのだけど、どう見ても明るさが落ちている感があり、もういっそ換えようじゃないかとなった。しかもこれまで昼光色だったのを、ファミリーがごはんを食べる空間なのだから、ということで、オレンジ色の電球色にした。家に帰って付け換えてみたら、雰囲気ががらりと変わり、とてもいいと思った。成功だ。
そのあとは餃子作りに勤しむ。日常らしい日常と考えたとき、やっぱりスローフード的な発想があり、手数の掛かる料理をしようじゃないかと思ったのだった。もちろん純粋に餃子が食べたかったというのもある。ちなみにスローフードと言いつつも、皮は出来合いのもの。皮はやっぱりハードルが高い。その億劫ハードルはよほどの場面でなければ跳び越えられない。
出来合いの皮でも十分においしい。これで出来合いの皮が、餡への情熱を台無しにするほど不味ければ状況も変わってくるのだが、別にぜんぜんおいしいのだ。そうしてホーム餃子を、家族でホットプレートを囲み、オレンジ色の光の中で食べた。日常メーターが上昇するのを感じた。
翌日は雨がちらつく中、図書館へ。前回、GWに向けて家族で思いきり借りたら、ワタワタするばかりで読書はぜんぜん捗らず、たくさんの本を未読のまま返すことになった。なので今回は返却がメインで、それほど借りるまい、と思っていたのだが、気付けば結局、みんなで抱えなければならないほどの量をみんなで抱えていた。まあ図書館ってそういうものだよな。
帰宅して、昼ごはんはみそラーメンと餃子。
午後は家でのんびりと過す。僕はミネストローネの調理に勤しみ、野菜をとにかく刻んだ。昨日の餃子でもキャベツを刻んだし、とにかくそういうことをしたかったんだな、と思う。もちろん作業だけが目的ではなく、ワタワタした日々特有の野菜不足感があったので、それを挽回するためのミネストローネ、という意図もあった。10種類以上の材料を抱き込み、鍋いっぱいに作る。夕ごはんに食べたら、もちろんとてもおいしかった。
そんなわけで、躍起になって、というレベルで日常を過した。その甲斐あって、平穏な日常への飢えが解消した。なんでもない日ばん(ず)ざい(ん)!
土曜日は、GWの前半に注文したファルマンの眼鏡をお店に取りに行った。1週間での仕上がりだったので、実は先週末あたりには出来ていたのだが、ワタワタのために遅くなった。新しい眼鏡は黄色くて大きくて丸い。僕の趣味だ。これは妻をかわいくする目的というよりも、僕がいまこの店で注文するとしたらこれだろうな、というセレクトである。もちろん目の悪さの質が違うため、共有することはできない。しかしもしもいま僕が使っている眼鏡が、ホームランボールとかで破損したらば、僕も同じフレームで注文するだろう。眼鏡がお揃いなんて、とても仲良しの夫婦のようだが、なんのことはない、一方に好みの強い主張があり、一方にそれが著しくないだけである。
そのあとは公園に赴く。2年前くらいにいちどだけ行ったことのある公園で、園内に水深5センチもない小川が流れていて、足を浸して遊べるので、この時期にちょうどよいと思って行った。小川へは、ポルガは喜んで入り、ピイガは怖がって入らなかった。大人で入っている人はなぜかひとりもいなかったが、我慢できずに僕も靴下を脱いでズボンの裾をまくって入った。水温は思ったよりも低く、気持ちがよかった。他に遊具で遊んだり、もちろん僕はバトンを廻したり。
帰宅して昼ごはん。焼きそば。
午後になり、もういちどお出掛け。こんどは買い物。子どもたちの水泳用のタオルや、居間の蛍光灯なんかを買う。蛍光灯は、チカチカし出したわけではまだなかったのだけど、どう見ても明るさが落ちている感があり、もういっそ換えようじゃないかとなった。しかもこれまで昼光色だったのを、ファミリーがごはんを食べる空間なのだから、ということで、オレンジ色の電球色にした。家に帰って付け換えてみたら、雰囲気ががらりと変わり、とてもいいと思った。成功だ。
そのあとは餃子作りに勤しむ。日常らしい日常と考えたとき、やっぱりスローフード的な発想があり、手数の掛かる料理をしようじゃないかと思ったのだった。もちろん純粋に餃子が食べたかったというのもある。ちなみにスローフードと言いつつも、皮は出来合いのもの。皮はやっぱりハードルが高い。その億劫ハードルはよほどの場面でなければ跳び越えられない。
出来合いの皮でも十分においしい。これで出来合いの皮が、餡への情熱を台無しにするほど不味ければ状況も変わってくるのだが、別にぜんぜんおいしいのだ。そうしてホーム餃子を、家族でホットプレートを囲み、オレンジ色の光の中で食べた。日常メーターが上昇するのを感じた。
翌日は雨がちらつく中、図書館へ。前回、GWに向けて家族で思いきり借りたら、ワタワタするばかりで読書はぜんぜん捗らず、たくさんの本を未読のまま返すことになった。なので今回は返却がメインで、それほど借りるまい、と思っていたのだが、気付けば結局、みんなで抱えなければならないほどの量をみんなで抱えていた。まあ図書館ってそういうものだよな。
帰宅して、昼ごはんはみそラーメンと餃子。
午後は家でのんびりと過す。僕はミネストローネの調理に勤しみ、野菜をとにかく刻んだ。昨日の餃子でもキャベツを刻んだし、とにかくそういうことをしたかったんだな、と思う。もちろん作業だけが目的ではなく、ワタワタした日々特有の野菜不足感があったので、それを挽回するためのミネストローネ、という意図もあった。10種類以上の材料を抱き込み、鍋いっぱいに作る。夕ごはんに食べたら、もちろんとてもおいしかった。
そんなわけで、躍起になって、というレベルで日常を過した。その甲斐あって、平穏な日常への飢えが解消した。なんでもない日ばん(ず)ざい(ん)!
あきふゆへ
買い物に出る。出がけは肌寒いような気がして薄手のコートを羽織ったが、車内で陽射しを浴びていたら途端に暑く、コートを脱ぎ、さらには弱く冷房まで入れた。10月って結局こう。それで油断してたら、11月からマジの寒さがやってくるのだ。
ショッピングモールで、雑多にいろいろと見て回る。
書店では、近ごろポルガが英語に興味を持ちはじめているらしいので、それならポルガに指導をしつつ、僕自身も英語を学べたらいいなあと夢物語のようなことを願って、いい教本はないかとじっくりと吟味した。そもそも新刊書店で本を眺めたのが久しぶりだったが、しかもコーナーは語学。高校生以来だと思う。買いはしなかったが、まあこういうことだよな、というジャンルは見出せた。
それから手芸屋では、papapokkeのネームを作るための生地を買う。これまで白いシーチングに消しゴムはんこを捺していたのだけど、インクの乗りや、洗濯したあとの感じが微妙だったので、しっかり目が詰まってパリッとした生地を求めていた。それでいろいろな生地を触って、これなんかいいのではないかと、キャラコを50センチほど買ってみた。300円ほど。安い。これで具合がよかったら万々歳だな。
眼鏡屋も覗く。数ヶ月前に僕が見立てて買ったファルマンの丸眼鏡が、やっぱりどうにも羨ましくて、さらには録画して観ている「まんぷく」の長谷川博己がかっこいいので、欲求が高まっているのだった。丸眼鏡って、少しの逸脱ですぐに「狙いすぎ」「さすがに寒い」みたいな空気を放ちはじめるので、冷静な頭でしっかりと精査しなければならないと思う。店頭でいくつか掛けてみて、それなりにしっくり来るものもあった。なにぶん眼鏡は消耗品なので、そのうち買うことになるだろうと思う。
それから子ども服売り場で、子どもたちの秋冬用のキャスケットを買う。これまで春夏用の揃いのキャスケットはあったのだが、秋冬用はなくて、求めていた。ネットで買おうかと思っていたが、あまり期待していなかった店頭をチェックしたら、ネットでは出会えなかった「これぞ」というデザインのものがちょうど見つかり、喜び勇んで買った。しかもカープ優勝記念でとても安くなっていた。嬉しい。ちなみに赤い帽子ではない。
そんな買い物を終えたあとは、とんかつ屋に寄って、昼ごはんにかつ丼を食べる。お店のかつ丼が食べたい気持ちが溜まっていて、とうとう満を持して実行できた次第である。おいしかった。かつ丼はおいしい。かつ丼はいま、僕の中で餃子と双璧を成す好物になっている。
午後は家でのんびりと過した。トースターで時間をかけて焼き芋を作ったり、その間に夕飯のおでんの下茹でをしたり、それからもちろん昼寝をしたり。陽射しを浴びてかつ丼を食べたので、ちょっと体力が持たなかった。僕の体力のなさ、そしてそこからの昼寝は、一種の芸のようになってきている感がある。ファンがついていてもおかしくない。
そんなわけで夕飯は今シーズン初のおでん。言うまでもなくおいしい。汁がとことんうまい。汁と、酒と、あと種3つくらいあれば、もうひと晩それでいける感じがある。おでんは相変わらずすぐにお腹いっぱいになるのだった。それは分かっているくせに、どうしてもあれもこれもと買い求めて、鍋いっぱいに作ってしまう。さらにはうどんなんか入れてしまうので、いよいよ種が減らない。もちろん大幅に残る。明日の夕飯もおでんだ。
ショッピングモールで、雑多にいろいろと見て回る。
書店では、近ごろポルガが英語に興味を持ちはじめているらしいので、それならポルガに指導をしつつ、僕自身も英語を学べたらいいなあと夢物語のようなことを願って、いい教本はないかとじっくりと吟味した。そもそも新刊書店で本を眺めたのが久しぶりだったが、しかもコーナーは語学。高校生以来だと思う。買いはしなかったが、まあこういうことだよな、というジャンルは見出せた。
それから手芸屋では、papapokkeのネームを作るための生地を買う。これまで白いシーチングに消しゴムはんこを捺していたのだけど、インクの乗りや、洗濯したあとの感じが微妙だったので、しっかり目が詰まってパリッとした生地を求めていた。それでいろいろな生地を触って、これなんかいいのではないかと、キャラコを50センチほど買ってみた。300円ほど。安い。これで具合がよかったら万々歳だな。
眼鏡屋も覗く。数ヶ月前に僕が見立てて買ったファルマンの丸眼鏡が、やっぱりどうにも羨ましくて、さらには録画して観ている「まんぷく」の長谷川博己がかっこいいので、欲求が高まっているのだった。丸眼鏡って、少しの逸脱ですぐに「狙いすぎ」「さすがに寒い」みたいな空気を放ちはじめるので、冷静な頭でしっかりと精査しなければならないと思う。店頭でいくつか掛けてみて、それなりにしっくり来るものもあった。なにぶん眼鏡は消耗品なので、そのうち買うことになるだろうと思う。
それから子ども服売り場で、子どもたちの秋冬用のキャスケットを買う。これまで春夏用の揃いのキャスケットはあったのだが、秋冬用はなくて、求めていた。ネットで買おうかと思っていたが、あまり期待していなかった店頭をチェックしたら、ネットでは出会えなかった「これぞ」というデザインのものがちょうど見つかり、喜び勇んで買った。しかもカープ優勝記念でとても安くなっていた。嬉しい。ちなみに赤い帽子ではない。
そんな買い物を終えたあとは、とんかつ屋に寄って、昼ごはんにかつ丼を食べる。お店のかつ丼が食べたい気持ちが溜まっていて、とうとう満を持して実行できた次第である。おいしかった。かつ丼はおいしい。かつ丼はいま、僕の中で餃子と双璧を成す好物になっている。
午後は家でのんびりと過した。トースターで時間をかけて焼き芋を作ったり、その間に夕飯のおでんの下茹でをしたり、それからもちろん昼寝をしたり。陽射しを浴びてかつ丼を食べたので、ちょっと体力が持たなかった。僕の体力のなさ、そしてそこからの昼寝は、一種の芸のようになってきている感がある。ファンがついていてもおかしくない。
そんなわけで夕飯は今シーズン初のおでん。言うまでもなくおいしい。汁がとことんうまい。汁と、酒と、あと種3つくらいあれば、もうひと晩それでいける感じがある。おでんは相変わらずすぐにお腹いっぱいになるのだった。それは分かっているくせに、どうしてもあれもこれもと買い求めて、鍋いっぱいに作ってしまう。さらにはうどんなんか入れてしまうので、いよいよ種が減らない。もちろん大幅に残る。明日の夕飯もおでんだ。
広島旅行2022浅春 ~ファルマン38歳最後の叫び~
宮島から本州に戻ったあと、ホテルに直行するにはまだわりと時間があった。たぶんそうなるだろうと思いつつ、しかし宮島に予想外に長居する可能性もなくはなかったので、この間の計画はふんわりとしていた。眼鏡を新調したいという思いがずっと燻っていて、しかしながら島根で見る店ではこれぞというものに出会えず、今の眼鏡を作った倉敷のアウトレットのゾフにいつか行く日までは耐えるしかないか、と思っているのだが、もしやと思って事前に検索したところ、広島市街から少しだけ外れた所にある、イオンが経営するというジ・アウトレットという施設に、ゾフが入っているのを発見し、ワンチャンそこへ行くのもありなんじゃないかと目論んでいたのだが、いざ家族旅行に身を置いてみると、自分の眼鏡のためだけに、妻子はたぶんまるで魅力を感じないだろうアウトレットモール行きを断行するのは、間違いなくいい結果をもたらさないと判断し、あきらめた。あきらめて、かなりホテルまでの通り道といってもいい立地なので、おそらく時間が余った場合はここに立ち寄るのが現実的だろうと考えていた、マリーナホップという商業施設に赴いた。海沿いの、埋め立て地に作られた施設で、どうも正直あまり盛り上がっていないらしく(2025年に解体予定だそう)、入っている店もあまり聞いたことがない、縁のないものばかりなのだが、ここの一角にマリホサーカスと銘打って、小さい子向けのミニ遊園地があるというので、それ目的で参った次第である。1回300円くらいで、すべての冠にミニがつくような、ジェットコースターやバイキング、ディズニーランドで言うところの空飛ぶダンボみたいな乗り物に乗れて、なにぶん遊園地のない島根県の子どもたちなので、これでも目にした瞬間、十分にワクワクした様子だった。子どもたちは、急流すべりという、流れる水の上を進む乗り物と、あとファルマンと3人でジェットコースターに乗った。
ファルマンは3人の貸し切りだったジェットコースターで大きな悲鳴を上げていた。たぶん大の大人が悲鳴を上げるようなジェットコースターでは決してないのだが、そんなジェットコースターでさえ断固として乗るのを拒んだ僕がそれについてとやかく言う筋合いもない。ちょうど前回の鳥取の、子どもの国のゴーカートを踏襲するような動きとなり、いい具合に愉しんで時間を調整することができた。
それから車はちゃんと都会の広島市街の中心部へと突入し、スーパーに寄り道して(駐車券があった!)酒など買い込み、さらにはこれも前回と同じ、夕食としてのスシローの、予約しておいたものを受け取って、ホテルへと無事に到着した。土地勘のまったくない広島において、それなりに入念な準備をして、うまく立ち回ったものだと思う。もっと家族から褒められてもいいと思うので、ここで僕自身が褒めておく。
つづく。
三が日記
年が明け、お正月を過す。まとまった連休で、帰省もせず、さらには無職というわけでもなかったので、心平穏に、家族とべったりのんびり過すことができた。
元旦は雑煮を食べた。家のお決まりのダシ、具、みたいなものは一切ない(いちおう食べてはいたと思うが、特にこだわりがあるような代物ではなかったと思う)、ふわっとしたイメージの雑煮を仕上げた。昨晩の年越しそばの天ぷら用のえびが残っていたため(うちの家族は天ぷらもそばもあまり食べない)、鶏肉とともにそれもぶっ込む。天ぷら用に下ごしらえをしていたため、えびは椀の中で丸まることなく、まっすぐに伸びていたのがおもしろかった。ちなみにポルガは、餅に対して「喉に詰まるもの」という強迫観念を持っているため、食べない。そのためポルガには汁だけを与え、わざわざごはんを炊くはめになる。いかにもポルガらしい神経質さだな、と正月から思うが、新型コロナ騒動を経て、こういう、受け入れられるもの、受け入れられないもの、の人それぞれの考え方って、確固たるものだし、いい加減なものだし、もう他人がとやかくいうもんじゃないよな、なんてことを思うようになった。もしも餅が、毎年死者が出るという理由でもっと危険視されるようになり、マスコミが煽り、医師が危惧を表明したりしたら、世間はコロッと、今度は伝統に則って餅を食べる人のことを、コロナ禍に飲み会に行く人のような扱いをし出すのだろうと思う。だからまあ、人に迷惑をかけない限りは、なるべく多くのことは、勝手にしたまえよ、と思う。もっともポルガは餅に関し、ピイガが食べることも良しとせず、食べるさまを眉間にしわを寄せて監視したりするので、わりと迷惑だ。雑煮のほかは、横浜から送られてきた煮豆と、2日前くらいに作った煮豚をなんとなく並べる。おせちに対して本当になんの思い入れもないのだが、ここに紅白かまぼこくらいあってもよかったような、別になくてもよかったような、そんな元旦だった。午後から実家に行く予定があるが、それまでは特になにもなかったため、子どもはいつも通りに遊び、ファルマンはいつも通りに洗濯物を干し、僕はいつも通りにミシンをして過した。正月ってどんな身の振り方をするのが正解なんだろう。昼ごはんはレトルトカレー。「おせちに飽きたらカレーもね」を、おせちを経ずに元日の昼から決行するストロングスタイル。
食べて少しして、実家に向かう。実家には次女一家も帰省してきていて、みんなで晩ごはんを食べるのだった。しかし晩まではだいぶ時間があるため、家族を置いて、ひとり元日からやっているショッピングモールに赴いた。ここで眼鏡を買うつもりで、事前にネットでフレームの見当をつけ、在庫も確認し、店ではすぐに「これください」とする算段だったのが、実際に試着してみたところ、思ったよりもしっくりこなくて、結局よすことにした。本当に、いま掛けているもの以上の眼鏡に出会えず、ここから抜け出せない。どうしたものか。そんなわけで買い物は不発に終わり、そのまま実家に戻り、しかしまだ晩までには時間があり、家に戻ってミシンをしていようかな、とか、この家の風呂に入らせてもらおうかな、とか、いろいろ思いを巡らせるも(とにかく時間を無為にしたくない)、どうも放っておくと19時開始とかになりそうな、実家の面々がなかなか手を付けようとしない、晩ごはんの調理をすることにした。ファルマンも平日、ロールキャベツなどの煮込み料理を、僕が労働を終えて掛ける帰るコールで、「これから作るね」などと言い放ち、嫌な予感がしながら数十分後に帰ったら、果してキャベツがシャキシャキのロールキャベツが出てきたりするのだが、なるほどこれは家風なのだな、としみじみと思った。ギリギリまで作らずにいたら、災害などが起って食事どころではなくなり、そうしたら調理の労力が1回浮く、とでも考えているのだろうか。もっとも調理といっても、晩ごはんのメニューはすき焼きと、刺身と、えびの鬼殻焼きで、そこまでの工程もない。口だけやいのやいの挟んでくる義両親や、匂いに反応してガツガツ飛びついてくる犬に辟易しながら、準備をした。そして18時過ぎに食事を始めることができた。食卓は、まあ実家の正月の、いわゆるそういう感じで、別に僕自身がそこまで愉しいはずもないが、義父なんかは気分がよさそうだったので、まあそれでいいんだと思う。ファルマンが免許を取ったおかげで、こういう状況で酒が飲めるのは、もちろんよかった。そんな元日だった。
その晩に見た初夢は、わが家の部屋の内壁を、古代文明の人々を召喚して修繕させていたら、その古代文明の祀っている神が怒り、家を破壊されてしまう、というストーリーだった。意味が分からない。
2日は一家で午前中に買い物に出て、日用品を買い、その帰りに家の近所の神社で初詣をした。ファルマンが昔から行っている、実家のほうの神社でもよかったのだが、せっかくだから住まいの近くの神社のほうに行ってみようと、ネットで検索して見つけた所で、なかなかのディープスポットだった。驚くべきことに本当に家の近所なのだが、まるで熊野古道のような景色で、もはや笑えた。普段はどうだか知らないけれど、正月くらい、おみくじや物販なんかもしているだろうとあたりをつけていたのだが、境内には運営者も参拝客もひとりもいなく、ソーシャルディスタンスなどという言葉をはるかに超越した、ゴッドディスタンスとでもいうべき静謐な時空が広がっていた。というわけでストイックにお詣りだけした。まあ住まいの地の神様だ。挨拶しておいて損はないだろう。
午後は、次女とその娘、そして三女がわが家にやってきた。昨日の食事の際、「年末に、折りたためない、本気なトレーニングベンチを買ったのだ」という話をしたこともあり、「それを見せてくれ」という名目だったが、要するに暇だったんだろうと思う。ベンチは、見て「おー」といっていた。まあ「見せてくれ」といって見せてもらったら、それは「おー」というだろう。普段僕が使っているダンベルを持ち上げ、「重ーい」ともいい、なんとなく気分がよくなったが、これってまんまジムのおっさんと女子の構図だな、と思ってその気分には身を浸すまいと思った。そのあと夕方に迎えに現れた次女の夫もベンチを見ていって、次女が「ほら、このダンベル、すごく重いんだよ」と指し示したそれを持ち上げると、「本当だ」といいながら、僕よりもはるかに軽々とした動作で上げ下げしてみせたので、ああやっぱりさっき、運動不足の女どもが「重ーい」「こんなの持てなーい」というのに対し、得意な気持ちになったりしなくてよかった、としみじみと思った。
義妹たちが帰ったあと、晩ごはんの前に、母と映像通話をした。祖母、叔父、姉一家と、向こうも揃っていた。このたびの年末年始によって、家族としては丸2年、横浜に帰れていないことになる。祖母も相変わらず元気そうで、大人たちにそう変化はないだろうが、なんてったって子どもたちだ。写真や、こうして映像通話をして、姪や甥について、大きくなったなあと思うが、たぶん実際に見てみたら、それは想像を超えた成長なのだろうと思う。生身を見ないと、どうしたって2年前の状態から、そこまで情報は刷新されない。サイズ感そのものが、たぶん違っていて、どうしたって驚くんだろうと思う。GWか、夏だな。
晩ごはんは、今日はあっさり、塩系のスープを使っての寄せ鍋。おいしかった。
3日も午前中に買い物。おもちゃ屋で、ピイガの誕生日プレゼントを買う。ポケモンのぬいぐるみ。もしも誕生日が5月とか6月とかであれば、プレゼントはもっと吟味された、凝ったものになる気がするが、クリスマスと年末年始の怒濤によって、毎年のことながら、ピイガの誕生日祝いは、本人にしろ周囲にしろ、どうしたって扱いが軽くなる感がある。三が日も終わり、胃も疲れ、精神的にも肉体的にも食傷気味で、七草がゆなどといっているときに、ケーキなのである。因果な誕生日だな、と思う。その帰り、昨日の初詣があのような高次すぎるレベルだったため、下賤な民としては、吉だの中吉だのという、分かりやすい指標のおみくじがやはりしたくて、結局実家のほうの定番の神社へも行くことにした。思えば8年前、ファルマンはこの神社の階段を昇降したことによって、陣痛が誘発され、予定日よりも早い出産になったのだよな(ということに我々の中でなっている)、ということを思い出した。こちらは昨日のそれに較べて、ちゃんとひと気があり、巫女さんが甘酒の振る舞いや物販も行なっていた。そして満を持しておみくじを引いた。結果は、唯一ピイガが末吉で、それ以外の3人は大吉だった(ピイガ激怒)。僕の文面がよかった。「思う事 思うがまゝに なしとげて 思う事なき 家の内哉」というもので、引く直前の祈祷において、やりたいことをたくさんやって、そして家族仲良く暮らせますように、みたいなことを願っていたので、それに対して満額回答されたような内容に、とてもいい気分になった。ただしそのあと「色を慎み身を正しく見上の人を敬って目下の人を慈しめばいよいよ運開きます」ともあって、「色を慎む」と「目上の人を敬う」は、僕にとって「2大痛い所」なので、ここの神様マジやべえな、と思った。
午後は家でのんびりだなあと思っていたら、義父母から出雲大社に行こうという誘いが来て、たぶんこれも昨日の義妹たちと一緒で、三が日の出雲大社なんて混雑するので地元民は行かんわね、みたいなことを事前にはいっていたが、しかしいざ三が日に身を置いてみると、あまりにもやることがなくて暇なので、渋滞もまた暇つぶしだな、みたいに考えが転化して、いっそ行ってしまうか、ということになったんだろうと思う。僕は断り、僕がいなければ義父母の車に3人乗れるので、ファルマンと子どもたちだけ連れて行ってもらった。その間、だいぶ久しぶり、本当に前が思い出せないくらい久しぶりに、家で数時間にわたってひとりきり、という状態になり、なにをしたかといえば、裁縫と筋トレをした。やりたいことがいろいろあり、多趣味のような気でいるが、時間を無駄にしたくないので脇目を振らずにそればかりするので、行動に遊びがなく、逆に無趣味のような状態になってきたな、と自分のことを客観的に眺めて思う。
帰宅した家族と晩ごはん。正月でうどんや鍋など、和風のメニューが続いたので、思い切ってスパゲティーにする。シーフードとブロッコリーのパスタ。それとミネストローネと、ソーセージ。ビールがおいしかった。秋以降、ほとんどビールを飲まずに暮していたが、年末年始はきちんとビールを飲んだ。「ビール飲まないマイレージ」が溜っていたようで、だいぶおいしく感じた。翌日のピイガの誕生日祝いをしたら、5日からは出勤なので(なので4日までの休みがことさらに嬉しいのだった)、翌日を気にせず夜更かしができるのは、今晩までとなる。心置きなくお酒を飲もう、と思って飲んだ。
連休の最終日は、精神的にはもう連休からは逸脱しているので、完全な連休はこの日までとなる。短い、と思うことはさすがにない。たっぷりと堪能した。まとまった連休は大事だな、ということを、(わけあって)身につまされて思った。せっせとミシンとアイロンに向かったおかげで、作りたいものも作ることができ、充実した、いい正月だったと思う。今年がよい年になり、そして来年もまた、いい正月を迎えたいと切に思う。色を慎もう。
鳥取旅行2021晩秋 ~山陰らしく生きてゆく~
よく寝る。ホテル特有の空気の乾燥は、濡らしたバスタオルを干していたので免れた。
朝ごはんをもしゃもしゃと食べ、出発の準備をする。チェックアウトの前に、昨日はもう暗かったのでできなかった、ホテル周りの散歩などをした。温泉施設はバリをイメージしていて、中庭なんかもかなり凝っていたので、そこで写真も撮りたかったのだが、残念ながら門が閉まっていて、立ち入ることができなかった。10時オープンというのが、返す返すも恨めしかった。ホテルの宿泊客限定で朝風呂とかやってくれたらいいのになあ。海のほうの道にも出て、昨晩外気浴をしたテラスを眺めたりする。思い切り海に面しているので、海岸にいる人からは見放題なのではないかと思っていたが、そこは一応立ち入り禁止のようになっているらしかった。とはいえやっぱりかなり開けっぴろげなような感じもあり、つまりなんというかこれは、やっぱり僕のような、裸でオープンな場にいる快感を得たい輩の欲求を満たす狙いがあるのではないかな、という気もした。
2日目の今日は、鳥取において鳥取砂丘という大目的を済ませたあと、そのあとなにをするか正直だいぶ悩んだ結果、ガイドブックに小さく紹介されていた、「むきばんだ史跡公園」なる施設へと向かった。これは弥生時代にこの地にあったという集落を再現した(ゴルフ場を作ろうと思ったら出てきてしまったらしい)公園で、当時の住居も原寸大で建てられていて、しかもだいぶ山の中にあるため、もう風景的にはマジで当時と変わらないんじゃないか、みたいなタイムスリップ感を得ることができた。
ここの散策中、どこからやってきたのか、ファルマンの顔に尺取虫が1匹取りつき、どうもマスクの上にいたらしいそれが、マスクから眼鏡へと身を伸ばして移ろうとした際、ようやくファルマンの視界に、蠢くそれの姿が入ったようで、ファルマンは飛び上がっておののき、眼鏡とマスクを取って振り払い、そのあと泣いていた。虫で泣かされる女子の泣き方で泣いていた。この公園で、この場面がいちばんおもしろかった。
それから帰路に入るが、昨日みたいに最短ルートではなく、北西方面に進み、鳥取県の尻尾みたいになっている部分、境港のほうを攻める。道中では冠雪したばかりの大山の姿を拝むこともでき、たっぷり鳥取を堪能した鳥取旅行なのだった。
境港では、まず夢みなとタワーに立ち寄る。「境港のランドマークタワー」を謳う夢みなとタワーは、それと同時に「日本一低いタワー」(高さ43メートル)でもあって、しかし鳥取には他にあまり高い建物がないので、展望室からはとてもいい見晴らしが愉しめるという、なんかもう自虐なのかなんなのかもはやよく分からない、山陰テイスト溢れるスポットだった。建物の中までは行ったが、やっぱり普通に低すぎて、お金を払って展望室に上がる気にはなれず、地上の施設を冷やかして終わった。お膝元には境港さかなセンターという、魚介類が中心のみやげ物屋街があり、この時期の鳥取といえばやっぱり松葉がにで、生け簀の中には生きたそれがうじゃうじゃしていた。先ほど尺取虫を超至近距離から見て泣いた、虫が大嫌いな女は、「私はちょっと見れない」といって目を背けていた。まあ生きているカニって、普通にわりと気持ち悪いよな。
それから境港といえば、やっぱりどうしたって水木しげるということになり、いわゆる水木しげるロードにも赴いた。車を置いて、ゲゲゲの鬼太郎を中心とした水木しげる関連のグッズを売る店々が軒を連ねる通りを歩く。まあまあ人通りもあり、賑わっていた。客層は、ほとんど我が家と同じようなファミリー層で、そしてどの家族もだいたい、親世代はまあまあゲゲゲの鬼太郎になじみがないわけでもなく、ああ鬼太郎だなあ、有名だなあ、くらいの感じだが、その子ども世代となると、やっぱりどうしたって、ポケモンやすみっこぐらしに勝てるはずもなく、親に連れてこられたが、なんか絵怖くてかわいくないし、なにをどう愉しめばいいのかぜんぜん分からない、みたいな顔をしていて、もちろんうちの娘たちもそんな感じで、これで親に熱情があれば、それでも子どもにその熱が伝播して盛り上がったりもするのだろうが、なにぶん親もまた、まあせっかく境港に来たんだから水木しげるロードに行ってみようかねえ、他に行く場所もなさげだしねえ、くらいのテンションなので、結局かなりどっちらけな感じだった。水木しげるか。水木しげるねえ。好きな人はすごく好きなんだろうなあとは思うのだけど、うーん。
後半ちょっとぼんやりしてしまったが、鳥取県はこれでおしまい。島根県へと舞い戻る。鳥取県から島根県へは、江島大橋を使う。かの有名な「ベタ踏み坂」であり、これを渡るというのも、今回の旅行計画の中で、ちょっと愉しみにしていたイベントだった。ところが実際に渡ってみると、「へ?」というもので、どうもこれもまた夢みなとタワーと一緒で、周りに建物がないからやけにそれだけが聳え立っているように見える現象によって、とてつもない急勾配に見えるだけで、実際はそうでもないというのが真相らしい。なんか山陰、すごいな。思えば錦織圭も、あの独特のプレイスタイルは、島根県においては幼少期、それでも敵なしだったから矯正されることなく貫き通すことができた、という話があるし、なんというか分母の小ささ、較べる対象の少なさが、いい方向に作用すると、独自の路線でいいものが確立できるという、なんか教育にも通ずるような、この旅行で山陰両県をたっぷりと味わって、そんなことに思いを馳せた。
松江からの道は、途中で入れ替わり、ファルマンの運転で帰った。せっかくの遠距離移動なのだから、いざというときのためのフリードの運転練習をしたい、という話があって、しかし往路でなんかあるとあまりにも哀しいので、復路まで待ってもらったのだった。復路ならばまあ、最悪死んでもいいしな、と思いながらハンドルを委ねた。幸いなことに、夕方に西に向かう道のりのため、西日が眩しくて目が開けられないと恐ろしい文句をいいながらも、無事に家に帰り着き、こうして日記もきちんと書き切ることができた。
とまあ、こんなような1泊2日の鳥取旅行だった。初めての家族旅行だったわけだが、とてもよかった。旅行って愉しいもんだな、家族の思い出ができて嬉しいもんだな、なんてことを思った。途中でも記したが、週が明けてから、山陰には一気に冬がやってきた。10月から駆け抜けたレジャーの日々も、今回の旅行を集大成として、ひとまずおしまいだ。これからは基本、閉じこもって暮す。そういう季節になる。それはそれでいい。
友達のいない夫婦と経済
起きたらファルマンが、「あなたにたくさん友達がいる夢を見た」と言ってくる。ちょっと斬新なパターン。僕が僕の夢の中で、友達に囲まれてハッピーでいるところをアラームに起され、「なんだ夢かあ……」じゃない。僕の夢友達は、僕本人じゃなく、ファルマンの頭の中の僕の所へ、間違えて行ってしまったらしい。相変わらずドジな奴ら! しかしそのあと、「それでたくさんのお友達を家に連れてきて、そうしたら私もわりと社交的で、明るく相手をしてた……」とファルマンは続けて言ったので、実際には絶対にそんなにファルマンは朗らかに対応できないに決まっていて、そんな自分になりたいのかどうかは知らないが(たぶん別に思っていないが)、やっぱりそれは「なんだ夢かあ……」の一種だったのだな、と思った。どちらにせよ哀しい夫婦の日曜日の目覚め。子どもは先に起き、ふたりで過していてくれたので、たっぷりと寝られた。
準備をして、午前中のうちに買い物に出かける。ファルマンの眼鏡の新調が主目的でのショッピングセンター行きだったが、残念ながら「これぞ」というものには出会えなかったようで、今回も購入には至らなかった。正月に僕が買ったときにお店にあったやつが、いま思えばすごくよかった、あれを買えばよかった、私は注文してもレンズが取り寄せになるから横浜で買うのは尻込みしたが、郵送とか方法はいくらでもあったのだから買うべきだった、ということをこのひと月ずっと言うのだが、もう二度と巡り会えないだろうそれが、イメージの中でだいぶん美化されているのだと思う。厄介な人だ。以前、ちょいちょい買い物をした服屋を覗くが、トレンドが様変わりしていて、ぜんぜん趣味のものがなくなっていて、ショックを受ける。なんか、平面的な、素人が作ったみたいな、のぺっとした服ばかりだった。なんだろうかあれは。しかし、あんなもん誰が着んねん、と思って街の人を見たら、わりとみんなそんな服ばかり着ていてハッとするパターン。流行ってすごい。ほんとツーブロックとか、猫も杓子もしててびっくりする。かりあげくんじゃねえかあんなもん。
というわけでSCでの買い物はとても不発。そのあと手芸屋に立ち寄り、ピイガの幼稚園の諸々の袋類を作るための生地を選ぶ。ポルガが黄色だったのに対し、ピイガは絶対にピンク。ピイガは、「女の子=ピンク」という図式がピタッと嵌まるタイプで、ああ女の子ってこういうことなんだな、女の子って本当にピンクでお姫様なんだな、と感心すると同時に、あれ? 女の子を育てるのはふたり目のはずだぞ? ひとり目のあれはなんだったんだ? 妖精的な、性別とかそういうんじゃない生きものだったのかな、と思う。ちなみに弁当箱などの持ち物のキャラクターは、ポルガがドラえもんで、ピイガがマイメロディ。これが端的にふたりの人格を象徴している。生地は、いいものに出会えた。薄ピンクをベースに、ウサギをはじめとした動物や、リボンやお城やハートやキャンディやカップケーキなどのイラストが細かく描き込まれた、とても「らしい」もの。よかった。これはいい。本当にピイガにぴったり。かわいく作ってやろうと思う。
帰宅後はのんびりと過す。先日ZOZOで買った帽子が、サイズ「FREE」だったのに入らない、という悲劇が起り(ファルマンに引き受けてもらった)、「大きいサイズ」という注釈入りの帽子を新たに注文したりした。ウェブで見る帽子にはいろいろな種類があるが、「大きいサイズ」という制約を入れると途端に選択肢が狭まり、ああこれが4Lとかの服を着る人の気持ちなのか、と思った。わりと哀しいものだ。見識が広がった。そうか、僕の頭は、「FREE」として売られている帽子が、普通に入らないのか。道理で頭脳明晰なわけだと思った。
晩ごはんはサーモンのお刺身に、ポテトサラダ。あと昨日の残りのホワイトシチューを汁物のような感じで並べた。スーパーでキャベツが安ければ、餃子を作ろうかという色気があった。しかし安くなかったのでやめたのだった。ニラはだいぶ落ち着いたが、キャベツはまだらしい。もっともキャベツが高いのは「やだなあ、もう」程度なのだが、冬場に白菜が異常に高いのって、もう自分が買うとか買わないとかじゃなく、お前それでいいのか、と言いたくなる。お前はキャベツと違って冬場に照準を絞ってコンディションを整えればいいのに、それができないって、お前はダメな子なのか、と思う。冬に白菜がこうだと、鍋業界全体が今年は冷え込んだことだろう。思えば今年はほとんど鍋をしていない。
音楽の日
金曜の晩、ハリーポッター第3巻、アズカバンの囚人を読み終える。また10日を要した。でもその10日間の内訳は、前半の3分の2に8日、後半の3分の1を2日という感じであり、ここに来てようやく今回の僕のハリーポッター読書に火が点いた感がある。後半ぐぐぐっと引き込まれ、とても愉しかった。思えば今年はおもしろ読書体験がここまでほぼ皆無で来ていたので、久しぶりで嬉しい。感想をファルマンに向かって話したら、やっぱりしたり顔をされ憎たらしかった。次の巻からは上下の分冊となる。火が点いたとは言え、じゃあひとつの巻を読むのに半月は掛かりそうだ。しかしそんな遅いペースながら、とにもかくにも続けて読んでいるため、さすがに主要な登場人物の名前は忘れることなく読めているので、そういう意味では心地がいい。シリーズ物で、誰が誰なのか分からなくなるの、本当に不愉快だから。あの当時、毎年新刊が出るごとにみんな大騒ぎして買って読んでいたけど、こうして全巻揃ってから読むほうが絶対的に正しかった。あと今回の内容に関して、ネタバレとは無関係の感想を言うならば、箒の性能でそんなに差がつくのはスポーツとしてどうなのか、と思った。
翌日土曜、すなわち本日からは、貴重な3連休である。3連休だからあそこへ行ってあれをしよう、という壮大な計画は特にないのだが、カラオケに行こうという話はあって、そしてそれを今日の午前に早くも実行した。数少ない予定をこんなに早くも使用してしまって大丈夫なのか。後半ダレないのか。まあ間違いなくダレる。
唄ったのは以下の通りである。
1曲目、槇原敬之「もう恋なんてしない」。なんとなく次カラオケに行ったとき唄おうと思ってメモしていて、でも1曲目じゃなかったな、と唄ってから思った。
2曲目、夏川りみ「涙そうそう」。これも順番を間違えた。もっと後半にしっとり唄いたかった。あと自分が思っているよりテンポが速く、もっと溜めたかった。
3曲目、ピンクレディー「サウスポー」。これは時事歌唱。中日ドラゴンズの応援歌の「お前」問題を受けて。もちろんそっちの替え歌の歌詞は知らないので普通に唄う。ここまでの2曲に較べ、声が伸びる感じが我ながらすごくあった。やっぱり阿久悠だな。これをまず唄えばよかった。
4曲目、JUDY AND MARY「そばかす」。これもちょっと前にカラオケで唄おうと思ってメモしていたもの。最近ちょうど「なぜ再結成しないのか?」みたいな下世話な記事が出ていた。いまさらせんわな。
5曲目、相内恵、ヤングフレッシュ「とんちんかんちん一休さん」。これはブログクロス連載小説「俺と涼花」で爆誕し、僕とファルマンの間だけで大ブームとなっている「わからんちんぽこどもとっちめちんぽこ」の盛り上がりを受けての歌唱。リモコンで予約入力をすると、画面上に曲名が出るのだが、それだけでそのとき鬼束ちひろを唄っていたファルマンは爆笑し、しばらく歌が中断してしまった。唄う際は、少し細川たかしのことも頭に入れつつ、気持ちよく唄った。問題の「わからんちんどもとっちめちん」の部分は、さすがに娘たちもいるため、「わからんちんふふ、とっちめちんふふ」くらいに、ぼかして唄った。
6曲目、桜田淳子「はじめての出来事」。久しぶりの桜田淳子。唄いやすい。
7曲目、日向坂46「キュン」。日向坂に関しては、入れ込みもせず、もちろん嫌悪もせず、とてもフラットな気持ちで眺めている。そろそろ36歳で、もういよいよ女子高生らへんがモチーフのアイドルに、心が乱されなくなったのかもしれない。そう考えるとちょっと寂しい。
8曲目、水森亜土「ワイワイワールド」。曲そのものが愉しかったし、映像がアラレちゃんのアニメで、アラレちゃんは思っていた以上にかわいかった。なんかグッズが欲しいなとさえ思った。太縁眼鏡で紫色の髪って、すごくしゃれたデザインだな。
9曲目、北川理恵「キラリ☆彡スター☆トゥインクルプリキュア」。子どもたちは最近もうだいぶ今年のプリキュアに対して熱が下がったので、子どもとのデュエットでもなんでもなく、ひとりで唄った。ひとつのアニメを1年間見続けるのってけっこう難しいんだな。結局ピンチになって変身して倒すだけだしな。
10曲目、SPEED「ALIVE」。これは以前にもいちど唄った。いちど唄った歌って、間が空いていてもけっこう飽きている。それを思うと歌手ってすごい。だからあんなファンがぜんぜん求めてないアレンジをしたりするのか。前回もやったが、語り部分を「愛は生きてる。女の子のいちばんの性感帯は頭の中にある。アライブ」と言い換えるのはやった。これはちんぽこと違ってまだ子どもに意味は分からんだろうという判断。果たしてそこまでしてやる必要があるのか。
11曲目、プッチモニ「ちょこっとLOVE」。これは本当はファルマンが入力したのだが、曲名が表示されたのを見て、そう言えばその時事があったじゃないか、と思い出して、一緒に唄わせてもらった。俺のモーニング娘。の推しは、参議院議員の比例代表候補者(公職選挙法に抵触するので伏せる)から始まり、辻になり、そして紺野で終わったのだよな、と懐かしく思った。
12曲目、嵐「A・RA・SHI」。ジャニー喜多川氏が亡くなり、ジャニーズの歌を唄わないわけにはいかないだろうと思い、しかしなにを唄えばいいのかなかなか思い浮かばず、悩んだ末にこのセレクトとなった。間違えたような気もする。嵐を初めて唄った。サクラップの部分はファルマンにやってもらった。ところでポルガは先日学校で、嵐を知らなかったことをみんなに驚かれたそうだ。そう言えばポルガは嵐のことなんて知らないだろう。小3女子でそれって珍しいのか。いまどきそんなこともないんじゃないか。昔ほどメディアはテレビ一辺倒ではないのだし。いわゆる「変な家」じゃ、ない……よな?
13曲目、はっぱ隊「YATTA」。終わりのときが近付いて、この曲のひとつ前、ファルマンが最後に入力したのがエキセントリック少年ボウイの「ああエキセントリック少年ボウイ」だった(日曜8時50分のあの気持ちがよみがえって切なくなった)ので、じゃあそれに対抗するにはこれだろう、ということで選曲した。これは我ながらいいセレクトだった。同じ日曜8時で、エキセントリック少年ボウイは中学時代、笑う犬は高校時代である。切なくて、明るくて、どちらにしろ十代の日々が濃密に思い出されて、大笑いしたあと涙がちょちょぎれそうになった。
そんな感情を揺さぶられた、盛りだくさんのカラオケだった。あと1曲ちゃんとは唄わなかったが、先日「アメトーーク」で永野がやっていた「嫁に来ないか」のイントロ芸もやったりした。ファルマンがこれに異様にハマり、我が家で永野ブームが起ろうとしている。
そのあと100均と図書館に寄って帰宅後、僕だけフィットネスジムへ繰り出し、ひと汗流す。運動がすっかり生活の中に組み込まれた。そして体の調子がいい。やんなるくらい健康だ。生きているからハッピーだ。
晩ごはんは、ホットプレートでチーズダッカルビ(のようなもの)を調理した。なんとなくそんなものを食べたい気分だった。思ったほどチーズは伸びず、子どもたちの辛さ対策のために蓋を閉めて蒸し焼きにする直前に落とした卵はタイミングを逃して黄身が固まってしまったが、それでも美味しかった。せっかくなのでビールも飲んだ。めったに飲まなくなったビールだが、飲むとなるとわくわくするし、実際に飲むとやっぱり美味しい。別れた伴侶と今はただのいい友達(セフレ)ってこんな感じかな、という距離感。
今夜はこれから、アズカバンの囚人の映画を観る予定がある。ぜんぜん知らなかったのだけど、ハリーポッターって実写映画化されていたらしい。それで、まあここまでの2作は別にいいので(特に1作目は2、3回観たような気がするし)、この巻からは読了後に観ていこうかな、と思った。しかしこの日記を22時までに書き終える予定だったのだけど、だいぶ押したな。どうしようかな。2時間以上あるのかな。でも明日も休みだしいいかな。やっちゃうか。
翌日土曜、すなわち本日からは、貴重な3連休である。3連休だからあそこへ行ってあれをしよう、という壮大な計画は特にないのだが、カラオケに行こうという話はあって、そしてそれを今日の午前に早くも実行した。数少ない予定をこんなに早くも使用してしまって大丈夫なのか。後半ダレないのか。まあ間違いなくダレる。
唄ったのは以下の通りである。
1曲目、槇原敬之「もう恋なんてしない」。なんとなく次カラオケに行ったとき唄おうと思ってメモしていて、でも1曲目じゃなかったな、と唄ってから思った。
2曲目、夏川りみ「涙そうそう」。これも順番を間違えた。もっと後半にしっとり唄いたかった。あと自分が思っているよりテンポが速く、もっと溜めたかった。
3曲目、ピンクレディー「サウスポー」。これは時事歌唱。中日ドラゴンズの応援歌の「お前」問題を受けて。もちろんそっちの替え歌の歌詞は知らないので普通に唄う。ここまでの2曲に較べ、声が伸びる感じが我ながらすごくあった。やっぱり阿久悠だな。これをまず唄えばよかった。
4曲目、JUDY AND MARY「そばかす」。これもちょっと前にカラオケで唄おうと思ってメモしていたもの。最近ちょうど「なぜ再結成しないのか?」みたいな下世話な記事が出ていた。いまさらせんわな。
5曲目、相内恵、ヤングフレッシュ「とんちんかんちん一休さん」。これはブログクロス連載小説「俺と涼花」で爆誕し、僕とファルマンの間だけで大ブームとなっている「わからんちんぽこどもとっちめちんぽこ」の盛り上がりを受けての歌唱。リモコンで予約入力をすると、画面上に曲名が出るのだが、それだけでそのとき鬼束ちひろを唄っていたファルマンは爆笑し、しばらく歌が中断してしまった。唄う際は、少し細川たかしのことも頭に入れつつ、気持ちよく唄った。問題の「わからんちんどもとっちめちん」の部分は、さすがに娘たちもいるため、「わからんちんふふ、とっちめちんふふ」くらいに、ぼかして唄った。
6曲目、桜田淳子「はじめての出来事」。久しぶりの桜田淳子。唄いやすい。
7曲目、日向坂46「キュン」。日向坂に関しては、入れ込みもせず、もちろん嫌悪もせず、とてもフラットな気持ちで眺めている。そろそろ36歳で、もういよいよ女子高生らへんがモチーフのアイドルに、心が乱されなくなったのかもしれない。そう考えるとちょっと寂しい。
8曲目、水森亜土「ワイワイワールド」。曲そのものが愉しかったし、映像がアラレちゃんのアニメで、アラレちゃんは思っていた以上にかわいかった。なんかグッズが欲しいなとさえ思った。太縁眼鏡で紫色の髪って、すごくしゃれたデザインだな。
9曲目、北川理恵「キラリ☆彡スター☆トゥインクルプリキュア」。子どもたちは最近もうだいぶ今年のプリキュアに対して熱が下がったので、子どもとのデュエットでもなんでもなく、ひとりで唄った。ひとつのアニメを1年間見続けるのってけっこう難しいんだな。結局ピンチになって変身して倒すだけだしな。
10曲目、SPEED「ALIVE」。これは以前にもいちど唄った。いちど唄った歌って、間が空いていてもけっこう飽きている。それを思うと歌手ってすごい。だからあんなファンがぜんぜん求めてないアレンジをしたりするのか。前回もやったが、語り部分を「愛は生きてる。女の子のいちばんの性感帯は頭の中にある。アライブ」と言い換えるのはやった。これはちんぽこと違ってまだ子どもに意味は分からんだろうという判断。果たしてそこまでしてやる必要があるのか。
11曲目、プッチモニ「ちょこっとLOVE」。これは本当はファルマンが入力したのだが、曲名が表示されたのを見て、そう言えばその時事があったじゃないか、と思い出して、一緒に唄わせてもらった。俺のモーニング娘。の推しは、参議院議員の比例代表候補者(公職選挙法に抵触するので伏せる)から始まり、辻になり、そして紺野で終わったのだよな、と懐かしく思った。
12曲目、嵐「A・RA・SHI」。ジャニー喜多川氏が亡くなり、ジャニーズの歌を唄わないわけにはいかないだろうと思い、しかしなにを唄えばいいのかなかなか思い浮かばず、悩んだ末にこのセレクトとなった。間違えたような気もする。嵐を初めて唄った。サクラップの部分はファルマンにやってもらった。ところでポルガは先日学校で、嵐を知らなかったことをみんなに驚かれたそうだ。そう言えばポルガは嵐のことなんて知らないだろう。小3女子でそれって珍しいのか。いまどきそんなこともないんじゃないか。昔ほどメディアはテレビ一辺倒ではないのだし。いわゆる「変な家」じゃ、ない……よな?
13曲目、はっぱ隊「YATTA」。終わりのときが近付いて、この曲のひとつ前、ファルマンが最後に入力したのがエキセントリック少年ボウイの「ああエキセントリック少年ボウイ」だった(日曜8時50分のあの気持ちがよみがえって切なくなった)ので、じゃあそれに対抗するにはこれだろう、ということで選曲した。これは我ながらいいセレクトだった。同じ日曜8時で、エキセントリック少年ボウイは中学時代、笑う犬は高校時代である。切なくて、明るくて、どちらにしろ十代の日々が濃密に思い出されて、大笑いしたあと涙がちょちょぎれそうになった。
そんな感情を揺さぶられた、盛りだくさんのカラオケだった。あと1曲ちゃんとは唄わなかったが、先日「アメトーーク」で永野がやっていた「嫁に来ないか」のイントロ芸もやったりした。ファルマンがこれに異様にハマり、我が家で永野ブームが起ろうとしている。
そのあと100均と図書館に寄って帰宅後、僕だけフィットネスジムへ繰り出し、ひと汗流す。運動がすっかり生活の中に組み込まれた。そして体の調子がいい。やんなるくらい健康だ。生きているからハッピーだ。
晩ごはんは、ホットプレートでチーズダッカルビ(のようなもの)を調理した。なんとなくそんなものを食べたい気分だった。思ったほどチーズは伸びず、子どもたちの辛さ対策のために蓋を閉めて蒸し焼きにする直前に落とした卵はタイミングを逃して黄身が固まってしまったが、それでも美味しかった。せっかくなのでビールも飲んだ。めったに飲まなくなったビールだが、飲むとなるとわくわくするし、実際に飲むとやっぱり美味しい。別れた伴侶と今はただのいい友達(セフレ)ってこんな感じかな、という距離感。
今夜はこれから、アズカバンの囚人の映画を観る予定がある。ぜんぜん知らなかったのだけど、ハリーポッターって実写映画化されていたらしい。それで、まあここまでの2作は別にいいので(特に1作目は2、3回観たような気がするし)、この巻からは読了後に観ていこうかな、と思った。しかしこの日記を22時までに書き終える予定だったのだけど、だいぶ押したな。どうしようかな。2時間以上あるのかな。でも明日も休みだしいいかな。やっちゃうか。
GW前半
GWである。まずは3連休である。晴天である。
初日の昨日は、とりあえずカラオケに行った。好天を謳っておきながらカラオケか、という話だが、天候とカラオケの機運は関係ないのだから仕方ない。唄ったのは、「宙船」(TOKIO)、「やさしさに包まれたなら」(松任谷由美)、「草原のマルコ」(大杉久美子)、「瀬戸の花嫁」(小柳ルミ子)、「薔薇は美しく散る」(鈴木宏子)、「Ob-La-Di, Ob-La-Da」(ビートルズ)、「民衆の歌」(ミュージカル「レ・ミゼラブル」より)、「誰がために」(成田賢)、「流動体について」(小沢健二)、「魔法のマコちゃん」(堀江美都子)、「君は薔薇より美しい」(布施明)という11曲。けっこう唄ったな。「宙船」は小室哲哉に続く時勢シリーズで、もちろん山口メンバーの事件を受けての歌唱。歌詞がやけに突き刺さった。「母を訪ねて三千里」「ベルサイユの薔薇」「魔法のマコちゃん」は、前回も唄った「サイボーグ009」と同じで、それぞれアニメにはなんの感慨もないのだが、借りたCDでテーマソングを聴き、気に入ったので唄った。特に「魔法のマコちゃん」は、歌の朗々とした雰囲気と最期のセリフのギャップがおもしろく、友達グループでのカラオケで唄ったらば相当にウケるのではないか、今度やってみよう、と思った。あ、間違えた。来世やってみよう。「Ob-La-Di, Ob-La-Da」では、今回とうとうカラオケにバトンを持ち込んだので、左手でマイクを持って唄いながら、右手でバトンを回すという芸当に挑戦してみた。難しかったが愉しかった。これも来世で友達相手に披露したいと思う。
カラオケのあとは図書館といういつものコースを経て、それから公園へ。以前にいちどだけ行ったことのある公園で、瀬戸内海らしさがよく出ていて愉しい場所。GWでいい天気なのだから、やっぱり公園に行かないわけにはいかない。堪能する。ピイガが、ファルマンにシロツメクサでブレスレットを作ってもらい、喜んでいた。ピイガはそういうものを与えると、「うふ」という感じの表情になり、写真撮影を求めてくるので、女の子だ、と思う。ファルマンも、「初めてシロツメクサで娘が喜んでくれた……」と感慨深げだった。その間、ポルガはちょっと大きめの岩にひたすらよじ登っていた。ピイガが激しく女の子らしいせいもあるのか、このところのポルガの男子っぽさには磨きが掛かっているような気がする。そのあと100均でこまごまと買い物をし、スーパーに寄って帰った。
帰宅がもう4時になんなんとする時刻だったので、これは昼寝をする時間がないなあと思ったが、それでもやっぱり辛抱たまらなくなったので、30分ほど寝た。短時間でも合間合間で寝ることができる。芸能人になればよかったかもしれない。
芸能人なので、晩ごはんは焼き肉にする。GWということで、スーパーもそういうメニュー提案が目立った。目立ったのでまんまとカルビ肉を手に取ったのだった。そして家族でホットプレートを囲み、食べた。焼いた牛肉にタレを付けたものは、もちろんおいしい。でも椎茸や玉ねぎも、それに勝るとも劣らないほどにおいしい。子どもの頃、椎茸ってあんまり食べなかったな。おいしいと全く思わなかった。味がせず、ぐにゅりと嫌な感触がするものだと捉えていた。どういうことだろう。舌のどこかが途中で開いたのだろうか。脳細胞がひたすら死滅してゆく人生において、舌の細胞は鋭敏化してゆくのだろうか。なぜだろう。
2日目の今日は、事前に子どもたちに、「GWにどこか行きたい場所はあるか」ということを訊ねたら、「おはなばたけ!」という答えが返ってきて、まあウチの子は行きたい場所を訊ねたらお花畑と答えるのか、とちょっと感動したので、それならばとネットで検索をし、総社でれんげ祭りというのが開かれるという情報を発見したので、そこへ行くことにした。総社は岡山の左上、倉敷の真上あたりの市で、そう離れてもいないのだが、これまでいちども改めて訪れたことがなかった。そういう意味でもいい機会だった。移動所要時間が読めなかったことと、なんとなく張り切ったこともあり、祭りが始まる前の9時台に会場に着いてしまう。ステージはまだ無人で、テントやブースなどでは関係者が集合し、ミーティングのようなことをしていた。仕方ないので周辺をブラブラする。備中国分寺という、五重塔が有名な寺院の周辺が会場なので、その五重塔を眺めたりした。肝心の花はどうしたのかと言えば、れんげ畑なんかはどこらへんなのだろうな、とさまよっていたら、すれ違った地元民っぽい人たちが、「今年はれんげがぜんぜん咲いてなくて残念だけど」と会話をしているのが聴こえてしまい、マジか、となった。お花畑という希望において、れんげというだけでそもそも若干の地味さがあったというのに、しかもそれが咲いていないと来たもんだ。残念としか言いようがない。それでも祭りそのものは、段ボール迷路で遊んだり、綿菓子やかき氷を食べたりと、それなりに堪能できた。さらにはステージではバトントワリングの演目があり、もちろんそれは下調べ済みで、研究のためにぜひ観たいと思っていたので、観られてよかった。中学生から高校生くらいの少女たちによるバトンの演技は、体が軽そう、という一言に尽きた。バトンを指先で回すこと自体は、僕も彼女たちにそれほど引けを取らないのではないかと思うが、飛び跳ねたり回ったりという、その動きがどうしたってできない、昨日のカラオケで「Ob-La-Di, Ob-La-Da」を唄いながらのそれを、ファルマンが動画で撮ってくれたのだが、それのズベッとした感じと言ったらなかったわけで、あの躍動感が僕には決定的に欠けているのだな、と強い陽射しを浴びながら思った。しかしそれは一体、今後どうすれば身に付くというのか。そして身に付ける必要があるというのか。そんな課題も見つかりつつ、祭り会場を後にする。早く来て、早く帰った一家だった。
そのあとはアリオ倉敷へ。このところ大規模なリニューアルをしたらしく、けっこう変わっていた。そしてここもGWということで、いろいろとイベントをしていた。アリオと三井アウトレットの間の広場で、一方ではヒッピーやフェスっぽい文化のイベント(テントなんか建てていた)、もう一方ではジャンプのアニメの声優によるトークショーなどが行なわれていて、なかなかに混沌としていた。まあ混沌としているということは、活気があるということに違いあるまい。どちらの文化にも縁のない我が家は、ファルマンの新しい眼鏡を作ったり、このたびのリニューアルで新たにオープンした手芸屋で買い物をしたりして、粛々と用件を済ませた。あ、あともちろん日本最西端のコージーコーナーのシュークリームも買う。
そして帰った。今日は昨日よりも早い、2時ごろの帰宅だったので、しっかりと昼寝する。陽射しをたくさん浴びたあとのしっかりとした昼寝の心地よさ。起きたら、僕以外の3人は平然と起きて暮していたので、いつものことながら、なんかびっくりした。体力オバケか、と思う。
晩ごはんは、焼き肉をしたあとの常として、肉や野菜が半端に余ったものがあったので、それを細かく刻み、そばめしにした。さらにそれを玉子焼きで包み、オムそばめし。祭りの会場でビールが飲めない(飲みたいなー、と思わなくもないのだが、ああいうところのビールってそんなにキンキンに冷えていないので、飲んだところでおいしさはそれほど得られず、だるさだけが残るのは解っているのだが、それでも欲求はかき立てられる)悔しさを一気に晴らす、ソース味が絶妙なトスを上げての、強烈なスマッシュのようなビールだった。とてもおいしかった。
このように2日間、それなりに活動的だったので、明日はのんびりと過す予定。ハンドメイドをしたり、人生ゲームをしたりするつもり。
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