自分のための週末

 土曜日の午前はピイガの幼稚園の土曜参観だった。先月のポルガのそれは、男子がうるさくてストレスが溜まったし、なにより小学生時代はまだまだ続くので、別に観に行かなくてもよかったなあという気がしたが、ピイガの幼稚園の風景というのは、たぶん僕はこれ以降、来年3月の卒園式まで目にする機会がないので、まあ行く意義はあったんじゃないかと思う。とは言えダレた。朝に一緒に登園し、昼前に一緒に降園する、すなわち午前中いっぱいの時間の中で、予定されているイベントの数はきわめて少なく、特に後半の1時間半と来たら「いい天気なので園庭で遊ぶ」という、あまりにも自由度の高い時間の過させ方で、とても持て余した。もはや最後は持ってきた文庫本を読んだりしてやり過した。それくらいやることがなかった。参観はできてよかったけど、40分くらいでよかったな。
 帰宅後はササッと昼ごはんを済ませ、一家で出掛ける。目的地は久しぶりのプール。僕はぜんぜん久しぶりではないのだが、3人にとっては普通に夏の終わり以来のプールである。そもそもプールが好きではななくて、夏の間は子どもを泳がすために仕方なく、という感じで応じていたファルマンを、オフシーズンのプールに連れ出すのは、説得するのにわりと骨が折れたが、行ったら行ったでそれなりに愉しんでいたようだった(でもまた次回も説得するのは大変だろうな)。ポルガは連れていくと、そのたびに徐々に泳ぎが上達する感じがあり、今回も懸念の息継ぎをなんとかこなして、25メートルプールの半分を少し越えるくらいまでは泳げていた。ここらへんの部分を刺激してやると、ファルマンの反応も色好くなるのではないかと目論んでいる。ピイガはビート板を持ってひたすらパシャパシャと愉しそうに泳いでいた。普段からピイガは声がでかいのだが、プールだと一層それが強調され、他の人の声は、水に吸収されてむしろ聞こえづらいのに、ピイガの声だけは高い天井に響き渡るのだった。もっとも幼稚園ではおとなしいタイプなのだが。
 プールを終えたあとは、まだ4時台だったが、そういう気分だったので回転すし屋に入り、おやつとも、夕飯とも言えない、ちょっと不思議なすしをつまんだ。もっとも僕はいつもの、店ではほとんど食べずにせっせと折詰めにすしを詰めていく作業に勤しんだ。ちなみに近ごろ流行語大賞のためにこの1年の日記を読み返しているのだが、春あたりの僕はずいぶん気張って禁酒をしていた。現在は、その禁酒よりも前の時代ほど、勤勉に毎日飲むわけではないが、まあまあ、ほどほど、それなりに、飲んでいる。そのくらいの感じで落ち着いている。これくらいなら悪くないんだろうと思う。
 帰宅したらまだ6時くらい。このままだと寝る前にお腹が空くよなあと思ったので、肉のつけ汁を作ってうどんを茹で、7時すぎに食べた。そのあと、深夜になって折詰めのすしで晩酌を堪能したわけで、この日は朝、昼、夕方、晩ごはん、晩酌で、なんとなく1日5食のような形になった。その、お腹具合が常に2分目から7分目あたりにある感じ、とても心地よいなあと思った。
 明けて今日は、昨日の午前は丸々、父親としての務めに費やしたわけだし、という大義名分もあり、前から気になっていたスーパー銭湯に午前中、ひとりで繰り出す。そしてサウナを堪能した。サウナ内のテレビでは、今日の午前にちょうど開催されていた岡山マラソンの中継番組が流れていた。マラソン中継では、1万人を超えるランナー、それを支える大勢のボランティア、そして沿道から声援を送る人々、などと、大会に関わる人たちのきらめき、みたいなことを盛んにアナウンスしていて、僕はそれを、マラソンコースから車で20分ほどしか離れていないスーパー銭湯のサウナで眺めているのだなあ、と思った。走らないし、ボランティアしないし、応援もしない。ただ自分の快楽のためだけのサウナ。昼近くになると中継番組は終わり、ニュースになって、午後に東京で行なわれる天皇即位パレードの直前情報が伝えられた。こちらでも沿道に人々が集まり、とても盛り上がっている様子だった。それを見ながら、やはり僕は全裸で汗をかいて快楽を貪ったのだった。結局2時間ほども滞在して、堪能した。それだけ堪能しておいて言うのもなんだが、そんなにいい施設ではなかった。というかどうしても、夏に行ったおろち湯ったり館のことが思い出されてしまう。おろち湯ったり館が近所にあればいいのに。
 帰宅後、午後は家でのんびりと過す。子どもたちはふたりで遊び、手が掛からなかった。僕は筋トレをしたり、晩ごはんのたこ焼きの下拵えをしたりした。パレードの様子も少し観た。即位関連の行事の日の天候、5月も、先月も、ことごとく悪かったが、今回はやっときちんと晴れたようで、よろしかったんじゃないかと思った。というわけで晩ごはんはたこ焼き。ポルガがよくせがんでくるので、たまにはやってやるか、という感じでやった。今回、たこ、ウィンナー、チーちく、うずらの卵、といういつもの具材に加えて、前に白玉を作ったときに残って持て余しているこしあんがあったので、それとバナナを和えて、スイーツ系たこ焼きというものを作ってみた。それにはソースやマヨネーズはかけなかったが、こんぶだしの生地に、刻んだキャベツや青ネギ、揚げ玉などは通常通り入れたわけで、結果どのような味わいになったかと言えば、さすがこしあん、といった感じで、すべての要素を押しのけ、同輩であるバナナのことさえも殺し、ぬくもったこしあんの入った粉もんがごく普通に美味しかった。
 そんな穏やかな、したいことをした土日でした。

カラオケと餌やり

 3連休の最終日、カラオケに行く。前回が10月中旬だったので、ずいぶんと行ったばかりだ。正直あまり準備が整っていなかった。しかし3連休を持て余し気味だったので、まあ他になにをしたいってこともないし行くか、という感じで行った。
 準備というのは、唄う曲を日常の中でピックアップしておくことを指す。そしてそれを何度か聴いて、覚えたりする行為である。それをぜんぜん十全にせず行ったのだった。
 そんな状態で、唄ったのは以下の通りである。
 1曲目、MAX「Give me a Shake」。どうしたって1曲目はMAX。これは僕のカラオケのお約束のギャグである。そして相変わらず浅い選曲。本当はコアなファンしか知らない、オリジナルアルバムのあの曲を唄おうかとも思ったのだけど、今日のところはこれにしておいた。相変わらずサビしかちゃんと唄えなかった。
 2曲目、弘田三枝子「人形の家」。熱唱系。1曲目と違って唄いやすかった。やっぱりこのあたりの歌謡曲がいいわー。唄いやすいわー。
 3曲目、皆川おさむ「黒猫のタンゴ」。今回ももちろんマイクスタンドを持ち込んで唄ったのだが、スタンドマイクがあるとやけに行儀よく直立して唄う子どもたちの姿を見て、ポルガが「黒猫のタンゴ」を唄ったら似合うだろうなあと前回から思っていて、それをいつか実現させるために今回まずは自分で唄った。愉しかった。子どもたちはとても冷めた反応だった。
 4曲目、研ナオコ「ひとりぽっちで躍らせて」。これもよかった。研ナオコ、「あばよ」もいいがこれもいい。スナックで唄うような歌が結局いいのかもしれない。
 5曲目、BEGIN「島人ぬ宝」。首里城全焼を受けての時事歌唱なのだが、考えてみたら1曲目のMAXの時点で沖縄だった。まあこっちのほうが「沖縄感」が横溢しているのでふさわしいと思う。
 6曲目、上高田少年合唱団「鉄腕アトム」。手塚治虫アニメソングアルバムというのを以前に聴いて、なぜか「ジェッターマルス」のほうに傾倒し、そちらを先に何度か唄ったが、ここへ来てようやく本家を唄った。けっこう気持ちよかった。昔の勧善懲悪アニメのテーマソングの明るさって、どこかに切なさがあっていい。まだ傷跡生々しい戦争の影がチラつくからだろうか。
 7曲目、スマイレージ「夢見る15歳」。なんとなくたまにハロプロを唄う。やっぱりつんくの作るアイドル曲って、阿久悠好きに訴求する部分があるのだと思う。
 8曲目、荒井由実「ひこうき雲」。これも唄って気持ちがよかった。カラオケビデオが、とても素直に歌の内容に沿った、世界の中心で愛を叫ぶみたいなストーリーで愉快だった。たまに「この歌専用だろ」みたいな映像が来るとびっくりする。
 9曲目、今田裕子「私はマチコ」。「まいっちんぐマチコ先生」は、漫画やアニメそのものには触れていないのだけど、内容だけは知っていて、そのストーリーと言うか、話の構造には、とても感じ入る部分がある。セクシーなマチコ先生に、男子生徒や男性教諭がひたすら性的なイタズラをするという、本当にただそれだけなのだ。それがとてもすばらしいと思う。強さのインフレとか、難病とか、大事件とか、たぶん一切ない。ただ性的なイタズラ。なんて優しい世界だろうかと思う。
 10曲目、米米CLUB「君がいるだけで」。これはなんとなく唄ったとしか言いようがない。唄いながら、どうしたってくっきーのネタのことを思い出した。
 そんな10曲。急ごしらえのわりにはまあまあ揃えられたんじゃないかと思う。ファルマンがリモコンの「おかあさんといっしょ」のページから、テレビの映像がそのまま流れる曲という特集を見つけ、ポルガが2歳ごろ、島根に住み、わが家がいちばん「おかあさんといっしょ」を観ていた時代の、横山だいすけ、三谷たくみコンビの曲を次々に入力し、それらがいちいち感動するほど懐かしかった。だいすけおにいさんはたまに民放で目にするので慣れていて、スイッチにはならないのだけど、たくみおねえさんの姿は猛烈に当時の記憶を蘇らせる効果があるようだ。ちなみに先日、平日だけど仕事が休みという日に、ピイガの観ていた「おかあさんといっしょ」を後ろから眺めたのだけど、知ってはいたが歌と体操の4人すべてが新しい人に入れ替わっていて、パラレルワールドに来たような気持ちになった。新しい4人、あくがなさ過ぎて嘘みたいで知覚できない。
 そんなカラオケのあとは、公園に立ち寄って少し遊び、家から作ってきたおにぎりを食べたりした。遊具で遊ぶのは別にしてもしなくてもよかったのだが、食パンの賞味期限が切れたものが3枚も出てしまい、捨てるにしのびなかったので、池の生きものにやろうと思い立ち、それが公園に来た主目的だった。なのでやった。夏が終わり、水鳥ももう飛来してきていて、パンを水面に投げると、わらわらと寄ってきた。続けて魚や、ハトや、亀もやってきて、愉快な気持ちになった。ピイガが、生きものが遠くにいる間は「ヘイヘイヘーイ! 来いよ来いよ!」みたいな感じなのに、実際にハトなどが近寄ってくると「こわい……」となるのが漫画みたいでおもしろかった。

学園祭に行く

 学園祭というものに行ってみたいよね、ということを前からファルマンと話していて、高校でも大学でもよかったのだが、高校というのはこちらが学園祭シーズンと身構える前、初秋あたりに済ませてしまうようで行けず、このたび岡山大学のそれをようやく開催前に気付くことができ、念願かなって行けた。11月2日のことである。祭りそのものは2日と3日の2日間にわたって行なわれるらしかったが、そういうお祭りの後半のほうの日程の雰囲気というのが僕は寂しくて好きではないので初日のほうに行った。ちなみに岡山大学は、ファルマンの父と、下の妹の出身大学である。あいつら実は国立出なのだ。
 学園祭なのでもちろん車で行くことはできない。鉄道を使う。とても久しぶりの電車。いつぶりか考えたら、5月の帰省以来だった。すごいな。本当に電車乗らないな。車じゃなくて電車移動となると、じゃあ片手にチューハイくらい持ってるべきなんじゃないか、という気がした。車を保有していない練馬在住時代、別にそんなことしていなかったが、ふだんよほど「車=酒が飲めない」という圧迫を感じているのかもしれない。もちろんそんなことはしなかったけども。大学へは岡山駅から臨時バスが出ていたのでそれを使った。岡山駅から岡山大学への15分ほどの道は、その途中にファジアーノ岡山のホームグラウンドもあって、ホテルや飲食店などが数多く立ち並んでいた。とは言っても東京の繁華街よりだいぶ悠々とした繁華街具合ではあると思った。
 かくして岡山大学キャンパスへと到着した。もちろん初来校である。そもそも僕は受験の時も、悪質なタックル大学の夢見がち学部オンリーだったので、よその大学というものに来たのが初めてかもしれない。なんとなく所沢校舎っぽい感じはありつつ、でももちろん違って、なんだか不思議な感覚だった。キャンパス内には出店が数多く並び、所属する学生たちがにぎやかに呼び込みをしていた。その学生たちの、若いこと。電車に乗らない暮しをしていることもあり、日常であまり若者というものを目にしないせいか、20歳前後の若者という存在のイメージが、自分の加齢とともに徐々に変化していたようで、僕の思う大学生は、もう少し落ち着いていて、なんなら僕と地続きの存在であるような気さえしていたのだけど、現実はぜんぜんそんなことなくて、20歳前後の若者の若者感は、我々がかつてそうだった時代と、ファッション文化がまるっきり違う(男は三代目 J SOUL BROTHERS風、女は韓国風)こともあり、すさまじくかけ離れた生きものだった。きっと僕のイメージする大学生って、まさにこの大学を出たファルマンの下の妹が、その最終更新であるため、そこに引っ張られていたのだと思う。しかし下の妹は僕とともに加齢し、先日とうとう30歳になったのに対し、「大学生」はいつまでも「大学生」のままで加齢しないのである。だから下の妹とは地続きだけど、下の妹だって大学を卒業してもう8年とかになるわけで、なんかもうとにかく若者は若いし自分たちは年を取った。子どもは8歳だし、18歳の大学1年生に対して自分の年齢はダブルスコアだ。なんかその事実をまざまざと見せつけられて、くらくらした。それくらい大学生は若かった。ただし若くて、デジタルネイティブで、国立大学で、どれほどのものを見せつけるのかと思ったら、出し物はびっくりするくらい素朴(いまとても言葉を選んだ)で、拍子抜けした。時代は変わり、人は年を取るが、学園祭はやってる本人たち以外ぜんぜんおもしろくない、というのは永遠に変わらないのだな、と逆に少し安心した。そんな学園祭体験だった。
 せっかく電車で岡山駅に出たのだからと、帰りに少しだけ駅周辺をブラブラして、帰った。帰ったら、慣れない電車に乗ったためか、祭りの熱気にやられたか、あるいは精神に去来するものがあったか、夫婦でやけに疲弊し、ふたりとも倒れるように仮眠を取った。とても気が済んだ。もう自分の子どもたちがやるときまで行かない。もう我々は、親の立場でしか学園祭という場にいてはいけないのだ。懲りた。