禁酒をやひょうたんプールひな祭り

 休肝月とした3月に入って最初の夕飯がとんかつだった。夫の決心に対して一切の忖度をしない妻。「えっ、飲まないの」と半笑いで挑発され、僕はなんと答えたか。「飲まないわけあるか!」。まんまと作戦に乗ってしまった。それで350ミリリットル缶の、3分の1くらいを、とんかつをひと切れ口に入れたのち、「カーッ!」と飲んだ。言うまでもなく美味しかった。そして残りはファルマンにくれてやった。初日から飲むのかよ、と我ながら思うが、なにしろ妻の嫌がらせでとんかつだったわけで、しかしそれでいてたったそれだけの量で済ませたのだから、実質的にはカロリーゼロだと思うし、アルコールも摂取していないと思う。いったいファルマンはどうしてそんなことをするのか、これまで当たり前にビールを飲んでいた日々において、オムライスとコンソメスープなどといった、おつまみがこの星にはひとつもないのか、みたいな献立の日がいくらでもあったというのに、なぜ禁酒開始の初日にとんかつなのか。サイコパスなのか。話を聞くと、どうもファルマンは「決めたからには完全に止める」みたいのがダサくて嫌なのらしい。肝臓に負担をかけない程度に飲んだらそれでいいじゃないか、というのである。それはそれで一理あるとは思う。しかし僕は酒を飲むことを自分に禁じない限り、控え目なんていう心掛けはできないのだ。オンかオフかのスイッチしかないのだ。淡い度合いなど存在しないのだ。だからやっぱりすっぱりと断ずるほかない。出ばなは見事なまでに挫かれたのだけど、ここからは本当に飲まない。土日は本当に飲んでない。土曜の夜など、ひとしきりパソコンでめいめいのことをしたあと、居間に移動して、普段ならそこから夫婦で晩酌タイムとなるところを、ポテトチップスとサイダーという、友達んちみたいな取り合わせで済ませた。ふたりで「マジか」「これはマジか」とボヤきながら飲み食いした。
 週末の行動としては、土曜日はひょうたんの展示会が開催されていたので観に行った。主にペニスケース方面からなのだけど、近ごろひょうたんにとても興味を持っていて、そのタイミングでのひょうたん作品の展示会に、色めき立って赴いた次第である。会場は、入場客よりも出品者のほうが数が多いような空間で(なんとなく予想はしていた)、小さいものから大きいものまで、さまざまなひょうたん作品が林立していた。そういうジャンルを見たのはこれが初めてだったのだけど、ひょうたん工芸って、キャンバスがひょうたんだから許される、手仕事的にはゆるゆるのものが多くて、そこに味わいがあるなあと思った。眺めていたら、出品者のぐいぐい来る系じいさんにぐいぐい来られたので、表面の加工方法について訊ねたりして、わりと喋ったりもした。もちろんペニスケース方面で興味があるのだということは口にしなかった。並んでいる中で大きめのものを持ち上げてみたら、その軽さに驚いた。なるほどこれならば陰嚢のあのあたりで重さを受け止めることができるのだな、と納得した。「すごく軽いんですね!」「そうなんだよ。でもこれ、指で力いっぱい押してごらん」「ぐぐぐ、か、硬い」「そうなんだよ、すごいだろう、ひょうたんって」みたいな、学習漫画のような会話をじいさんと繰り広げた(もちろん実際のじいさんはこんなアーバンな口調ではない)。とてもまじめな人間のようだが、まあ根はたしかにまじめなのだ。ひょうたんのことはペニスケースの素材としてしか見ていないけど。作品は一部を除いて売り物で、巨大な作品は数千円から数万円くらいの値段がついていた。僕はリュックにぶら下げる用に、高さ10センチほどの、千成ひょうたんだろう加工品を購入した。700円。子どもたちには絵を描いて遊ぶ用に、100円の素材ひょうたんを買ってやった。子どもたちと買うひょうたんを選んでいたら、じいさんが「ひょうたんは女の子のお守りだからね」とちらっと言ってきて、なにしろ僕はひょうたんのことをペニスケースとして見ているので、高齢の人はさらりとこういう性的ジョークを口にするんだよなあと思ったのだけど、よく考えてみたらたぶん子宝とかそういう意味だ。俺の頭がペニスのそれに染まりすぎていただけの話だった。とは言えひょうたんの実物を見ることができたのは本当によかった。なんとひょうたんの種まで貰う。「鉢でも作れるから」と言われたが、どうしようかな。種は千成ひょうたんのそれなので育て上げたところでペニスケースにはならない。しかし純粋に興味はあるので、育ててみたい気もする。するとしたら種蒔きは3月中にするもののようなので、やるなら早めに決意しなければならない。
 午後は、先日の模様替えによって部屋の快適化熱が高まったので、棚やチェストの整備を行なった。「消しゴムはんこ」とか「パイピングテープ」とか「刺繍糸」とか、これまでも一応は区分してあったのだが、暮しの中でどうしてもそれがだんだん混沌としてきてしまう(片づけるときに面倒くさがるからだ)。また最近になってマイク装飾のための「リボン」および「造花」という資材が加わったため、それらにもきちんと引き出しを与えたいという気持ちもあった。たまにこの作業をすると、自分が何を持っているのか把握できていい。欲しい欲しいと思ってたら、もう持ってたのか、なんてこともけっこうある。それにしてもちまちました手芸用品が俺は好きだな。道具類を眺めていてしみじみとそう思った。
 明けて今日は、午前中に買い物に出た。100円ショップとスーパー。スーパーでは当日の調達となった雛あられを買った。今日は女の子の日。女の子の日って言うと、なんかちょっとアレな感じになるけれど、そりゃあ世の中には女の子の日に初めて女の子の日を迎えた子だっているだろう。ちらし寿司の予定だったのがお赤飯になっちゃったね、みたいな、そんな家庭も日本のどこかにはあるのだろうと思う。
 午後は子どもたちに気づかれないようにスーッと家を出て、ひとりでプールに繰り出す。予告どおり3月の月間会員になったので、金曜日の夜も泳いだし(そのあととんかつでビール不可避)、休日もこうしてアグレッシブに出向くのだった。休日の水泳は、やっぱり平日の労働後よりも体力が残っているのだろう、すいすい泳げた。30分ほどかけて、たぶん600メートルくらい泳いだろうと思う。酒を飲まないし泳ぎはするし、3月の僕はいよいよ輝かしい存在へと昇りつめようとしている感がある。あるいはただ単に失われ始めたなにかを取り戻そうと必死なのかもしれない。
 帰宅後はちらし寿司の準備。と言ってもベースはちらし寿司の素である。そこへ干し椎茸だけは足そうと、朝から水に浸けてあったものを煮詰める。あと錦糸玉子を作った。上には海老と桜でんぶを飾る。食べたらとてもおいしかった。太巻き寿司にしろちらし寿司にしろ、なんてったって鍵を握っているのは干し椎茸だ。干し椎茸による全体のおいしさの底上げ力は、すさまじいものがあると思った。
 そんな感じの週末。健康的な週末。