阿呆天

 平成がね、終わるということでね、平成というものへの感慨を綴る記事をね、いっちょ書こうと思ったんですけどね、平成そのものへの感慨ということになると、意外にないものですよね。平成元年から平成31年というのは、すなわち1989年から2019年ですからね。別にそんな区切りねえわ! という。自分自身の「学生時代」とか「書店員時代」とか、あるいは「横浜時代」「練馬時代」「岡山時代」ならば、それをひと括りにして感慨を述べることもできるけれど、平成の31年間って、35歳の僕が客観的に総括するには長すぎるし。ほぼほぼ人生そのものだし。だからテーマになんねえや、と思い至った。
 とは言え今日が平成最後の日というのは事実である。現地では式典などもいろいろ執り行なわれているいるようで、天候にも恵まれて、さぞや人々で賑わっていることだろうと思う。なんちゃってな。天候悪いわ! なんやねん! GWの天候の悪さ、マジでなんやねん! グズつきすぎやろがい! 今年のGWは10連休や言うてみんな1年以上前からわーわー準備しとんねん! そんで蓋開けてみたらなんで天候悪いねん! 阿呆か! へそ曲がりか! そこは同調圧力に屈しろよ! そういうところ! 天候のそういうところ! 寒いから! 平日の夏日で油断してたところに急に寒いから! GWの序盤にいきなり体調崩しちゃったりするから! ほんとマジで天候、なに考えてんの? ありえないんだけど! マジで引くんだけど!
 そもそも平成最後の日、フジテレビなんか「平成の大晦日」なんてフレーズを作って盛り上げているけれど、これがどういう捉え方をするべき日なのか、いまいち判らない。そしてたぶんこれは誰も判ってない。生前退位のパターンを誰も経験していないからだ。だからいまそれぞれが取っている態度が、それぞれ正解なのだと思う。そして生前退位は今回限りの特例ということでなんとか話が通ったようだけど、なんとなくこれ以降もこうなっていくんじゃないかな、という予感がする。昭和から平成のときのことは記憶にないが、崩御で自粛ムードの中で切り替わるより、こっちのほうが絶対にいいもの。
 斯様に平成最後の日という今日を過すあるべき態度は不透明なのだけど、明日、令和の初日を迎える日のあるべき態度はなんとなく判る。どこか清々しい気持ちであればいいのだと思う。明日になれば心に去来してくれるかもしれないその清新さは、少し愉しみだ。ただしやはり天候はあまりよくなさそう。阿呆か!