年季明けレジャー!

 全国の緊急事態宣言が9月末日をもって解除された、10月最初の週末、気候も全国的によかったようで、各地で人々が外へと繰り出したという。それはそうだと思う。わが家も繰り出した。わが家に関しては、緊急事態宣言の解除は、島根県民ということもあってそこまで直接的には関係なくて、いわば僕の個人的な緊急事態宣言が9月末日をもって解除されたがゆえの、待望の外出と相成った。このあたりの詳細については、とても不定期に更新している「百年前日記」で、いつか書くことになる。最新記事の時間軸はまだ2020年の8月なので、だいぶん先のことになるに違いないけれど。
 それは別にいい。本日のレジャーの話を書く。ところでポルガはなぜか最近、「るるぶ」や「まっぷる」などのガイドブックに大ハマりしていて、図書館でそんな本ばかり大量に借りて、よく眺めている。「山陰」や「中国四国」など、リアリティーのある土地以外にも、「エジプト」や「ニューヨーク」なども借りているので、単純に知的好奇心なのかな、と思う。それでその「山陰」の中で紹介されていた道の駅で、秋鹿なぎさ公園という場所があり、宍道湖のほとりに立地し、そこではカヌーやボートやヨットなどが体験できるのだという。ボートは既にしたことがあるし、ヨットはさすがに難しいだろう。狙いはカヌーだ。体験したい。させたい。しかも体験時期は4月から10月の、それも晴れた日のみだというので、うかうかしていられない、もう行くっきゃないとなり、前夜に急遽決定した。
 その道の駅そのものは、存在を知っていた。夏にファルマンを免許センターに連れて行った際、その前を通った。ただの道の駅だと思っていたが、あそこで実はそんなことができるのか、とガイドブックで初めて知った次第である。
 しかし冒頭にも書いた通り、緊急事態宣言が解除されて最初の週末、そして好天である。誰もが考えることは同じ、おそらくひどく混み合っていることだろう。すごく順番を待つことになるだろうか。いや、とはいえ島根県であれば、そこまでひどいことにはならないのではないか。運転中、そんな懸念が頭の中を駆け巡っていた。到着して、「ボート乗り場」という表示にしたがって建物の裏手、宍道湖側へと進むと、そこには受付があり、係の人がいて、他に人影はなく、係の人に「カヌーに乗りたいんですけど」と申し入れたら、記名と検温を指示され、それからすぐにオールの繰り方の講習へと進んだ。待ち時間0。さすがの一言である。島根県のこと、見くびっていた。ここはあえて「買いかぶる」ではなく、見くびるといおう。島根の人口密度の低さを見くびっていた。都会で、週末で、カヌー体験大人200円子ども100円という阿呆みたいな価格設定をしてみろ、とんでもないことになる。
 数分の講習ののち、そのまま浅瀬に泊められたカヌーへと案内され、乗り込み、後ろから係の人が押してくれて湖面へと進み出て、ジェットコースターのようなスピードで、気づけば湖上の人となっていた。この一連の流れが、あまりにも早かった。とんでもなく贅沢な望みだが、20分くらい待ちたかったよ! と少し思った。「宍道湖でカヌーを漕いでいる人」になるまでが、こんなスピード感でなされることってあるかよ。
 カヌーは、ひとり乗りから3人乗りまであり、当初ファルマンは乗らずに陸から写真を撮るつもりだったのだが、3人乗りは真ん中に乗る人は漕がずに乗るだけになる、といったらピイガがそれは嫌だと拒み、じゃあパパとピイガでふたり乗りに乗るからポルガはひとりで漕ぎな、といったらポルガがそれは嫌だと拒んだので、仕方なくファルマンもポルガとペアで乗ることになった。そんな編制の2艘で、プロぺ家は初めてのカヌー体験を行なった。
 はじめは心の準備が整っていなかったこともあり、わあわあとやみくもにオールを掻いてやみくもに進んだが、次第に「自分はいま宍道湖でカヌーを漕いでいる」という状況に対して心が追いついてきて、自覚を持って舟を進ませることができるようになった。また相方がよかった。ピイガは、普段ははちゃめちゃな破壊神だが、きちんと指導をされると、わりと忠実にいわれたことを守ろうとするところがあるので、「右に進むために左だけ掻こう」と僕が呼びかけると、そのとおりに、先ほど係員に指導されたとおりにオールを繰って、スムーズにカヌーは動いた。それに較べてファルマンたちの舟は悲惨だった。人の話を徹底的に聞かないことで知られるポルガは、やはり先ほどの指導をつゆほども聞いていなかったようで、オールの持ち方から漕ぎ方まで、どこまでも自由にやって、ファルマンの呼びかけにも応じず、ぜんぜん息も合わさず、なのでカヌーは文字どおり迷走していた。聞かない聞かないとは思っていたが、すごいな、こいつってここまで本当に人の話を聞かないんだな、と感心する思いだった。
 そんなカヌー体験だった。川ではないので、ブイで仕切られた範囲内を、時間内ウロウロするだけである。それでもオールの重たさもあり、かなり体力を使った。これで激流であってみろ、と思った。なるほど羽根田卓也の上半身の筋肉に納得がいった。
 そのあとは来た道を戻って、次の目的地、愛宕山公園へと移動した。ここも初来訪のスポット。それなりに広い公園で弁当を喰うというのが目的で、通り道にある公園を検索したところここがヒットしたのだが、望外の要素として、ちょっとした動物ふれあいコーナーがあり、持ち込みの餌を与えてもいいということだったので、家からスティック状にしたニンジンやサツマイモを持ってきていた。我ながら、コースを練り、朝から弁当を作り、動物の餌まで準備するあたり、熱量が高いな、と思う(なぜ僕がこの週末の外出にここまでの熱情を持っていたのかは、いつの日か書かれる「百年前日記」に詳しい)。
 だだっぴろく、さらには頼みの「園内マップ」みたいな看板がすっかり色褪せて消えてしまっている園内を、カートゥーンアニメみたいな木の看板だけを手掛かりに進む。田舎の大きい公園あるあるとして、なんてったって愛宕「山」公園と名前にもあるとおり、道は基本的に坂道である。だいぶ土で埋まっているけれどこれはいちおう階段になっているので、道として制定されているものだよ、な?みたいな道(なき道)を進んだ先に、なるほど動物の小屋の群が現れた。飼育されている動物は、ウサギ、ニワトリ、ハクチョウ、そしてヤギ、ロバ、カンガルー、シカというラインナップ。クセがすごい。ヤギ以下の動物には餌を与えていいようだったので、金網越しに持ってきた餌をやった。やり始めたら、予想していた以上に動物たちは餌に貪欲で、こういう場所の動物たちってわりと飽食で、ああまた人間が餌持ってきたよ、そこ置いといてよ、みたいな淡白な反応しかしてくれないことがままあるが、ここの動物たちはそんなことなかったので、あげがいがあった。とはいえ絶対的な客の少なさも窺え、果してこれはいいことなのか悪いことなのかと戸惑った。ヤギやシカでこういう体験ができる場所は多いが、カンガルーは珍しいな、と思った。もっともシカとロバとカンガルーとシカ、どれもまあ、大きめの哺乳類ということで、そこまで差があるものでもないな、と金網越しに餌を与えるという行為をとおして感じたりもした。おおらかな、大雑把な感想があったもんだ。
 動物たちに餌をやったあとは、手を丹念に洗って、場所を移動し、それなりにいい場所を見つけ、自分たちの食事をした。おにぎりと、ゆで卵と、公園の前のローソンで買ったLチキ。おいしい。陽射しが強く、アップダウンがつらく、なかなかハードモードだったが、日陰で受ける風はやはり10月の涼しさで、気持ちがよかった。
 そんな週末レジャーだった。これから冬が深まるまで、なるべく多く遊びに出掛けられたらいいな、と思っている。もはや情念のような気持ちで、そう考えている。