ポルガ8歳の祝い

 22日が誕生日のポルガの祝いを、日曜日の今日に行なった。
 誕生日プレゼントをまだ買っていなかったので、今日のうちに調達しなければならない。前々からリクエストを訊ねていたが、「なんかおもちゃ」というぼんやりとした答えしか返ってこず、これは要するにあれだな、本人なんにも浮かんでないな、と判断して、こちらで選定することにした。というわけで品物は自転車に決まる。これまで使用していたファースト自転車がさすがにそろそろ小さくなり、と言うか先ごろ三輪車を卒業したピイガに、いまのポルガの自転車をお下がりしてやる必要性が出てきたので、そこから弾かれたポルガに新しい自転車を与えなければならなくなっていたのだった。自転車はどうせ買わなければならないものなのだが、それが誕生日プレゼントという名目と結びつくのならば、買う親としては願ったり叶ったりな話であることは言うまでもない。
 そんなわけで今日は、午前中に近所の店へ、夜のパーティーのための食材を買いに行ったあと、ちゃっちゃと昼ごはんを済ませ、そののちに僕とポルガだけで車に乗り、後部座席を倒して、自転車に乗っては帰れない距離にある自転車屋へ繰り出した。実は買うあてのものは先週に行って目星をつけていた。そのため、入店してこんなスピードで自転車を購入する客がいるものか、という速度で「これください」と話を進めた。買ったのは22型の、紺色ボディーのシンプルなもの。ライトが真ん中にあるタイプで、シュッとしていてかっこいい。俺が子どもの頃にはこんな垢抜けたデザインのものはなかった、と思った。今でも、そんな風に垢抜けていない、ピンクやエメラルドグリーンの、少女趣味のけばけばしいタイプのものも売っているのだが、幸いポルガはそんなものには見向きもしないのだった。3色の中から選べるカゴも、白や明るい茶色ではなく、「黒」と即答していた。紺色に黒いカゴ。飽きが来ず、とてもいいんじゃないかと思う。軽自動車へは、さすがに立てては乗らなかったので、横倒しに乗せて帰った。
 帰ってから、さっそく自転車の試運転をすることにし、それならばということで、近所のホームセンターへ、これまでのポルガの自転車を持っていき、ピイガのために再びそれへ補助輪を取り付けてもらう、ということをする。だから今日は、誕生日プレゼントとしてポルガが自転車を手に入れると同時に、お下がりではあるけれど、ピイガも自分の自転車をゲットした日になった。ポルガは、これまでよりも大きな自転車に、はじめのうちはこぎにくそうにしていたが、やがてすぐに慣れていた。ピイガも補助輪付きなので、当然こげる。ふたりともが自転車に乗れるのはいいが、しかしこの状態は大人ひとりではとても世話をしきれないな、とも思った。特にピイガは三輪車時代から、乗り物を操作するとなると暴走する癖があるため、気が抜けない。
 帰宅後は急いでケーキ作りに取り掛かる。今年のポルガの誕生日ケーキは、これまでのドーム型のヒット君頭部ケーキから趣向を変え、ヒット君の全身像を平面で作ることにした。買ってきた6号のスポンジを、いいようにカットしてヒット君の形を作り、あとは通常のケーキと同じで、苺を挟んだりクリームを塗りつけたりする。そしてチョコペンで顔を描いて完成。予期していたよりもだいぶ、きちんとヒット君の形のケーキに仕上げることができた。
 夕飯のメニューはたこ焼き。これはポルガの熱心なリクエストによるもので、家で作るたこ焼きは面倒くささが強いのだが、たこ焼きが大好きな娘の誕生日くらいは、と一念発起して決行した。してみたら思っていた以上に美味しく、愉しめた。ちょっと一時期やけにホームたこ焼きを頻繁にしていた時期というのがあり、そのせいで食傷気味になっていたのだが、間を空けてみたらぜんぜん悪くないものだった。これからは4ヶ月にいちどくらいはやってもいい気がした。
 そんなわけでポルガも8歳(正確には2日後)。まだ8歳。ハリーポッターの映画が、作りものだと理解していない、そんな8歳という愛しい生き物である。この1年も健やかに成長しますように。

バタバタ3連休

 3連休の初日は、体力的に余裕があるし、「この3連休を満ち足りたものにしたい」という高い志もあるため、いつもよりちょっと大掛かりなことがしたくなる。それで大型公園に繰り出そうとか、近ごろ発見した近隣の温水プールに行こうだとか、いろいろ発案したのだけど、寒いだとか、ファルマンの月経だとか、いろんな諸事情により、結局カラオケになった。まあ冬場はカラオケで満足するほかない。どうせボヤボヤしているうちに冬は去り、じきに屋外で遊べるようになる。焦ることはないのである。
 というわけでいつものカラオケ屋に赴いて、唄ったのは以下の通りである。
 1曲目、「硝子坂」(高田みづえ)。2度目の歌唱。イントロがいいのでオープニングにふさわしいと思ってセレクトした。喉慣らしにもちょうどよかったと思う。
 2曲目、「ヒトリゴト」(ClariS)。アニメはぜんぜん知らないパターン。曲を聴いて、これはいいと思って唄った。しかし妻と娘とのカラオケでこれを唄っても、「おっ、パピロウさん、クラリスを唄いますか」みたいな感じは一切ないのでなんの意味もない。
 3曲目、「Bedtime Story」(西野カナ)。活動休止宣言を受けての歌唱。なんだかんだで西野カナの歌はいろいろ唄ってきたので感慨深い。
 4曲目、「夜桜お七」(坂本冬美)。昨年の紅白での歌唱を目にして、自分側の機が熟したということだろう、やけに感動して、唄いたくなった。サビの部分がめっぽう気持ちよかった。サビじゃない部分のリズムや間をどうにかするのが難しく、ここに修行の必要があると思った。
 5曲目、「恋人試験」(松本ちえこ)。有線でたまに流れて、常々なんだこりゃと思っていたこの曲を、とうとう唄ってみた。とても唄いやすかった。職場で有線が流れるわけではないファルマンも「ああこの歌ね」と知っていて、姉さん女房の馬脚が現れたな、と思った。
 6曲目、「どうせ死ぬなら」(あいみょん)。あいみょんの初歌唱。あいみょんはなんだかんだで昨秋からよく聴いている。あいみょんいいよね。現代の若い女の子の感性とフォークソングが融合した感じで、とてもいい。
 7曲目、「Dokkin 魔法つかいプリキュア!」(北川理恵)。プリキュアのオープニングソング全曲集みたいのを借りて、年末は車内で聴きまくっていた。その中でいちばん気に入ったこれを唄った。妻と娘たちは、例の地方局での再放送で、「スマイルプリキュア」と「ドキドキプリキュア」には詳しいが、それ以外のプリキュアに関してはまだ思い入れがなく、そんな中で父親の唄う「魔法つかいプリキュア」はどこまでも浮いていた。家族相手にさえ浮くカラオケなんて、僕の孤独はいったいどの境地まで行くのだろうか。
 カラオケのあとは100均に寄って、来たるべきポルガの誕生日祝いのためのパーティーグッズなど買った。その店内で職場のおばさんにバッタリと出会い、それはいつも娘たちにお菓子や、家で栽培しているプチトマトをくれたりする人だったので、常々どうにかして対面させてやりたいと思っていて、期せずしてそれが叶い、とてもよかった。とは言えうちの娘たちの、他者への心の開かなさ、愛想のなさ。特にピイガ。人見知りとか、引っ込み思案とかではなく、あいつの知らない大人への基本姿勢は、もはや敵対心である。眼光鋭く、睨みつけるのである。いったいこれまでの人生で、知らない大人になにをされたというのか。
 帰宅後は家でのんびりしていた。3連休の外出計画はこれで終了してしまい、翌日の午前に冷蔵庫の搬出と搬入がある以外は、特になんの用事もなかった。それで、さあどうするかな、と茫洋と構えていた。そんなタイミングで夕方に、ファルマンの母方の祖母が亡くなった、という連絡が入った。我々の祖母となるともう90くらいであり、そして年末あたりからそういう話はあったので、衝撃はなかった。これを書いている3連休最終日の現在はその真っ最中だが、3連休の後半はそれに関する準備とかでバタバタした。している。

連休の終わり

 長かった連休が終わりを告げようとしている。と言うより、連休最後の日曜日である今日という日を僕は、ただの日曜日と捉えて過していたので、そういう意味では「連休」は、昨日かおとといあたりに終わっていた。だからなんだ、と言われても困るが、たぶんそうやって、連休がその灯を消す寂寥感を、なるべく分散させているのだと思う。あれだ、なんかあの、虐待とかされた子どもの、心の作用みたいなやつ。あれの一種。
 帰省から戻ってきてからの日々は、ピイガの5歳の誕生日祝いをしたり、そのための買い出しをしたり、餃子を作ったり、図書館へ行ったり、ガソリンスタンドで洗車をしたり、地に足のついた献立を渇望して殊更に家庭料理らしい家庭料理を時間をかけて作ったり、干支4コマ2019をやったり、ポルガのためにハリーポッターのローブを作ろうと型紙を起したり、なんかまあだいたいそんなようなことをして暮した。この日々が本格的に始まる前に、のんべんだらりとして無駄にしないようにしようと意気込んだが、結果として、のんべんだらりとはしなかったが、とことんのんびりと過した。すなわち堕落はしなかったが、特になにかに取り組むということもしなかった。まあ後悔はないのでよしとするか。酒は毎晩きちんと飲んだ。体重は今のところそう増えた様子はない。休肝日は近日中に設けようと思う。そして夫婦揃って、大人のくせに、家族以外の人間との用件で外に出るということを、いちどもしなかった。とことん家族でいた。子どもたちはいつものことながら、どこまでもかわいいが、どこまでもうるさい。そして部屋のドアを閉めない。寒いから閉めろということを、この連休で僕はなんど言っただろう。100回くらい本当に言ったかもしれない。なのに閉めない。連休1日目と、連休最終日の、子どもたちの「ドア閉めレベル」は、まったく同一だと思う。つまり俺の100回の注意は、見事なまでにこの世になんの作用ももたらさなかったのだ。ただ放たれ、ただ失した。でも人の人生って、結局そんなものかもしれない。100回の注意は、子どもたちの心をまるで研磨しなかった替わりに、僕の精神をひとつ高みへと押し上げたのかもしれない。これはそういう説法なのかもしれない。寒いのだからして、お願いだから閉めてほしい。
 今年の目標として、ブックオフの年明けセールで、漢字検定準1級のテキストを見つけて購入したので、試験を受けるかどうかは別として、その勉学にちょっと励もうと思っている。どうせ誰にも読まれないブログを運営するのならば、いっそのこと普通の人がなかなか読めないような漢字を多用することで、それのせいで人に読まれないのだと、原因が先か結果が先かみたいな幻惑効果を意図的に発生させ、人望のなさの原因の在り処を有耶無耶にしたい。おもしろいおもしろくないじゃない、読めないのだと。これを草枕作戦と名付け、今年のテーマとしたい。

帰省後半(2019年パート)

 2019年の朝を迎える。大晦日に行きそびれた鎌倉を、替わりに今日にすれば、鶴岡八幡宮で初詣もでき、観光とそれで一挙両得なのではないかという腹案があったが、ウェブで情報を探ったところ、元日の鶴岡八幡宮なんて幼児を連れて参拝できるレベルじゃないっぽいぞ、と察知して取り止めた。鶴岡八幡宮に行かなくても鎌倉の街だけ行ければそれでいいのではないかとも思ったが、横須賀線からして混みそうな予感もあり、諦めた。
 それでお雑煮や、「おせちというわけではないがおせち的なおかず」の朝食を済ませたあとは、姉一家から返却されてきたポルガも含めた我が家4人と、祖母と母とで、近所の小さな神社に歩いて初詣に行った。好天で気持ちのよい散歩となった。神社は住宅街の中にあり、神主がいて祈祷の間があるような、そういう神社でなく、社と、普段は無人だろう社務所に今日だけはバイトの巫女さんがいる、という感じの所なのだが、それでもずいぶんな行列ができていた。並び始めて参拝するまで30分ほどかかり、ポルガは文句たらたらだった。この神社でこれだとすれば、今日の鶴岡八幡宮に行っていたらどんなことになっていただろう、と思った。参拝のあと、おみくじ。子どもたちにそれぞれ引かせ、ポルガが末吉、ピイガが小吉という、なんとも慎ましやかな結果だった。「貞節を持っておとなしめに過せ」みたいな、ふたりには厳しそうな忠告がつらつらと記されていた。
 それから帰り道にあった公園に立ち寄り、しばし子どもたちを遊ばせる。好都合にも鉄棒のある公園だったので、ピイガの鉄棒に興じるさまを、こちらのババア共に見せてやることができてよかった。「本当にすごい」と驚嘆していた。
 帰宅して、昼ごはんを食べたら、もう2時くらいになっていた。鎌倉に行かない分、せめて港北ニュータウンのショッピングセンターくらいには繰り出そうかと思っていたが、なんだかもうそれさえ億劫になり、家のきわめて近くにあるブックオフの初売りセールにファルマンとふたりで行ったほかは、結局どこにも行かなかった。というわけで、この3泊4日は、本当にずっと家の界隈で過したのだった。ここまでどこにも繰り出さなかった帰省は初めてだと思う。もったいない、とも思うが、子どもを連れて横浜だの渋谷だのに出るって、相当な動機がなければなかなか難しい。
 晩ごはんは手巻き寿司。芸能人格付けチェックなどをワハハと眺めながら、美味しく食べる。なんとも平和な正月なことだ。
 初夢は、もうあんまり覚えていないのだけど、評判の温泉があるというので、けっこうな険しい道を抜けて言われた場所に行ったら、源泉の勢いが弱まっているのか、地面を湿らす程度にしか湯が出ていなくて、しょぼくれた気持ちになる、というものだった。く、暗い……。
 翌日は10時前に新横浜を出発する新幹線だったので、朝ごはんを食べたらすぐに出発するような感じ。これをゆとりを持とうとして午後にすると、午前の間ただダレて過すはめになるというのは経験則として知っているので、少々せわしないがその時刻にしたのだった。次に来るのは夏か。あるいは10連休とも言われるGWか。
 こちらの自宅に舞い戻ったのは13時半ごろ。そうなのだ、移動が明るいうちに終わるというのも、早い時刻の出発のいいところなのだ。暗い中での移動は、やっぱり精神的に来る部分がある。そしてこの時期、向うを昼過ぎに出たら、こちらに着く頃には暗くなるので、それを回避するためにはあの時間に出るしかない。
 そしてこの作戦をとると、こちらで「午後」がきちんと取れるのもいい。帰宅してひと息ついたあとは、ブックオフやスーパー、そして2日後に迫るピイガの誕生日祝いのための物品を買いに、車で出かけた。横浜でも少しだけ車を運転したが、ブックオフの駐車場に停めるときなど、なかなかに緊張した。それに対して自分の車はさすがに運転しやすかった。買い物は首尾よく終わり、夕飯を作る気概はもちろんなかったので、かつ丼を買って帰った。実家では、正月ということもあり魚介類が多かったので、肉と飯の感じに渇望していた。かつ丼は普段から好きだけど、これは特に美味しく感じ、くらくらするほどだった。

帰省前半(2018年パート)

 3泊4日の横浜帰省より戻る。あけおめことよろ。
 12月30日の午前に移動を開始した。新幹線内では、マグネットの将棋盤や、ダウンロードしたプライムビデオのドラえもんなど、これまでの経験から導き出されたさまざまなアイテムを駆使して、子どもらの気を紛らわした。なぜ子どもが退屈しないよう、こちらがそこまで接待してやらねばならないのかという話だが、子どもが退屈して喚き出すとこちらに重いダメージが来るので、子どもへの奉仕は自分たちの体力への奉仕に他ならないのだった。結果として、まあまあ快適に3時間を過ごすことができた。
 昼過ぎに新横浜駅に着いたあとは、市営地下鉄であざみ野へ、といういつもの流れから今回は少しだけ逸脱し、ひとつ前の中川駅で降りる。5月にさんざん周辺を歩いた中川駅に、今度は家族とともに降り立ち、なにをしたのかと言えば、「おっさんずラブ」の撮影に使われていた駅前の歩道橋を、ファルマンが堪能したのである。いわゆる聖地巡礼というやつだ。歩道橋なんかに行ってなにをするんだろうと思っていたら、特になにもせず、どうやら撮影に使われた空間に身を置くだけで、深い満足をするものらしかった。こういうファン心理は本当によく解らない。それからまた一駅のために地下鉄に乗るのは億劫なので、母による車での迎えをこちらまで頼んだ。「なんでまた中川駅?」という当然の問いに、「ファルマンが「おっさんずラブ」の聖地巡礼をするためだ」と正直に伝えた。母はもちろん観ていなかったし、内容もよく知らないようだった。
 実家には祖母と叔父がいた。5月の帰省の翌日ではないかと思うほどに、変わり映えのしない情景だった。あまりにも変化のない実家だが、もはや空気が澱むほどの呼吸もしていない感があり、なんだか変に悠然としていて、もう半分霊界に足を突っ込んでいるような、スッとした清廉さまで漂い始めていると思った。
 ほどなくして姉一家がやってきて、子どもたちだけ置いて、自分たちはふたりで買い物へ行くという、相変わらずの実家使いで去ってゆく。そのため午後はいとこ4人がやかましく遊ぶのを、眺めるともなく、面倒を見るともなく、なんとなく漫然と過した。2歳や3歳ではないので、姪にも甥にも7ヶ月でそこまでの変化は見られなかった。ニンテンドースイッチで、マリオカートをするのはいいが、ユーチューバーの動画を観たりするのは本当にやめてほしいと思った。
 晩ごはんは母手製のピザを中心にしたメニュー。相変わらず実家の献立に白米は登場しないのだった。あと我が家からの御年賀として、楽天であん肝を注文し、年末に実家の住所に届けてあったので、贈ったもので、しかも御年賀なのだが、ぜんぜん我慢できずにそれも出して食べた。ねっとりとしていて、プリン体とかそういうことを考えると罪悪感が湧いたが、年末年始なんだからいいじゃないか、と思いながら日本酒とともに愉しんだ。
 翌日は、本来ならば帰省の折の関東レジャーということで、今回は鎌倉に行ってみようではないかという計画を立てていた。しかしながら姉一家がきちんとこっちに来られるのは31日か1月2日ということで、2日はもう午前に我々は岡山に帰るので、じゃあ31日に集うしかないということになり、計画は取りやめになった(ちょっとくらい事前に打ち合わせをしておくべきだった)。それで31日は昼から姉一家を迎え、卓を囲んだ。姉一家がやってくるということは、義兄がやってくるということで、義兄という人間との交流は、いつもながら衝撃の連続だった。僕のLINEの友達の数が16人だと話したら仰天されて、じゃあ義兄は何人なのだと訊ねたら、「何人かとか見たことない。そんなのどうやったら見られるの?」という答えが返ってきて、そうか、友達が多い人間は、LINEの友達の数なんて気にしないのか、と目から鱗が落ちた。結果的にその数字は、まさかの700オーバーで、LINEの友達が16人しかいない人間の見える世界と、700人以上いる人間の見える世界は、本当にぜんっぜん違うんだろうな、と思った。700人もいれば、冗談じゃなく太陽系の他の惑星に行った奴もいるだろうと思う。
 夕方になり、紅白が始まるくらいのタイミングで、姉一家はお泊りのポルガを連れて帰っていった。それから残ったピイガはすぐに寝たので、紅白はとても静かな環境でじっくりと観ることができた。今年は、とても見応えのある、いい紅白だったと思う。最後の、桑田佳祐と北島三郎とユーミンの感じなんて、平成日本を生き抜いたことのご褒美のような愉しさがあった。紅白がいいとこんなに満ち足りた気持ちで1年を終えることができるのか、と思った。しかしそのあとチャンネルを変えて観ていたジャニーズカウントダウンライブで(なんだかんだでカウントダウンは毎年これになる)、マリウス葉がステージから落ちたのを目にして、安否が判らず、モヤモヤしたまま年を越すはめになった(結果的に無事でよかった)。

サン(レン)キュークリスマス

 貴い3連休。天皇誕生日を軸とするこの連休は、その来歴からも、下々の民の暮しの中でのありがたさからも、本当に貴いと思う。この3連休のおかげで、クリスマスと、年末年始の準備が、グンと進んだ。来年からはなくなってしまうけれど、昭和の日のように近年中に復活させるべきだと切に思う。
 クリスマスと年末年始の準備が進んだと言いつつ、僕が今回の3連休の中でいちばん正面から取り組んだことと言えば、やっぱり干支4コマである。おかげで「2018犬」を無事に完走させることができた。年始にやらないのは当然のこととして、しかし初夏のあたりから「やらなきゃなあ」という憂いを持ち続けていたので、そこから解放されたすがすがしさはひとしおである。年末までそうやってあがいた結果として、来年の干支を登場させて漫才にするというウルトラCを思いついたので、ずっと気に病みながらも尻に火がつかない限り決して本腰を入れて取り組まずにいる、というスタンスを貫いた果以があったのではないかと思う。こうして反省を一切しないため、この人間性はいつまでも継続するのである。ちなみに漫画内でも言及したが、2019年分のそれはさすがに、もう話もほとんどできているので、2019年に入ったらすぐに公開できると思う。そして2019年の干支漫画を年頭に早々に完了させることができたのなら、その次の「干支漫画をやらなければならない」まで、2019年1月から2020年12月という、約2年間もの月日が僕には与えられることになる。それが嬉しい。別に誰が期待しているということもないのだから、そんなに気重ならばやめればいいという話なのだが、多分ほかならぬ僕自身が期待しているということなのだろう。少なくとも、これは2010年の寅年から始めたので、2021年の丑年まではやろうと思っている。
 あと3連休中の出来事としては、本放送から1週間ほど遅れて、「西郷どん」を最終回まで観終えた。なんとか年内に観終えることができてよかった。途中、二度の島流しの時期あたりで猛烈に視聴の意欲がダレて、何週間か飛んだのだけど、そのあと復活して、それなりの感慨を持って最終回に臨むことができた。西郷隆盛って、幕末が舞台の大河ドラマには絶対に出てきて、そしてずいぶんな権力を持っていて、わりと謎の感じがあり、だからそれが主人公である今年の話にはけっこう期待していた。それで1年間観終えた結果、やっぱり西郷隆盛が途中からなんであんなにグングンと偉い感じになったのか、あまりよく分からなかった。体と声が大きいからかなー、などと思った。バカな子の感想だな。でも全体的におもしろかった。「ちょいもす」とか「じゃっどん」とか「んにゃも」とか、この1年間はファルマンと僕の間で微妙に鹿児島弁が流行った。
 前半の2日間はそんな風にのんびりと過した。金土日の3晩とも、夜更かしをして、そして酒を飲んだ。年末年始も、夜更かしをして、酒を飲むのだと思う。冬場に夜更かしをして酒を飲むとなると、どうしても卓上にカップ麺とかが登場してくるため(あの美味しさ、幸福感ったらなんなのだ)、これはどうしたって太るよな、と思う。太ったら太ったで、僕にも西郷隆盛のような人望が生じればいいのだが、たぶんきっと熊吉のほうだと思う。ただ太ってるだけの人になるのだと思う。
 最終日の今日はクリスマスイブで、日中から夕餉の準備に邁進した。ポテトサラダを作り、手羽元に味を付け、そして子どもたちとともにケーキを作った。子どもたちはテンションが高めで、と言うよりも「3連休」じゃなく、もう金曜日に終業式を済ませた子どもたちは実は冬休みに突入しており、そのため終始ハイなのであり、せっかくのクリスマス準備なのに精神が持たず、うんざりする一幕もあった。「音量!」という注意を3連休の中で何度もした。音量の設定が、一定時間ですぐに最大に戻ってしまうというエラーが発生しているのだった。ケーキはクリスマスのわが家の定番である、6号の上に5号のスポンジを乗せた2段重ねの豪華版で、去年はこれを半分以上捨てることになったんだよなあ……、と去年の悪夢を思い出した。去年は、振り返ってみれば日中の時点でファルマンがだいぶグロッキーだったが、今年は幸いそんなこともなく(もっともインフルエンザではないが、今年は12月に入ってから家族内でまあまあの体調不良がずっと続いていた)、無事に手羽元は揚げ上がり、チルドのピザは焼き上がり、それらは全員で「おいしい」「おいしい」と胃に収めることができた。本当によかった。食事のあとは子どもたちのクリスマスソングの歌唱とめちゃくちゃなダンスがあり、それからケーキを食べた。美味しい。でもさすがに2段なので、子どもたちは食べきれてなかった。ファルマンも「さすがに多いね」と弱音を吐いていた。僕だけがサクッと食べた。ショートケーキ美味しい。しみじみと美味しい。「苺とクリームとスポンジっていうのは、マグロと酢飯よりも美味しいかもしれないね」とファルマンに言ったら、理解ができなかったのか眉間に皺を寄せていた。思わず口に出たのだが、たしかによく解らない発言だと思う。
 さてこのあとは、例のあれだ。僕のブログの読者の9割は小学生なので、あまり精細には言えないけれど、クリスマスイブの親には、子どもが寝ついたあとに、ちょっとひとつ役割があるんでね、それをもうちょっとしたらやってやる必要があるのですわ。
 そして明朝は出勤なので、たぶん枕元に届いたプレゼント(いったいいつの間に届くのだろう?)に対するリアクションは見られない。去年はそう言っていたら、朝ファルマンの具合があまりにも悪くて病院に行くことになり、とりあえず午前休にして、だから子どもたちがプレゼントで遊ぶさまをしっかりと眺めることができて、そしてそのあと怒涛のパンデミックへと突入したのだった。だから、サンタさんからのプレゼントのリアクションは、父親は見られないくらいがちょうどいいんだと思う。我ながらすごく深みのある言葉。戦地帰りは言葉の重みが違う。

すしプリそば

 年末年始用の本を借りに、図書館へと繰り出した。毎年のことながら、年末年始にそんなに本を読むのかよ、という話なのだが、それでも借りずにはおれないのだった。帰省の際の新幹線でも、子どもと一緒ではろくに読めないだろう。
 ところで新幹線で読書と言えば、今年はもうちょっと頻発する予定だった出張が、下半期はほとんど立ち消えになってしまったのだった。移動時間の長さから、読書だけでは心許なくさえあり、プライムビデオ目的にアマゾンのプライム会員にさえなったのに、なってからいちども出張に出ていないため、配送料無料のほうでしか活用できていない。いったい僕はいつになったら「64」を観られるのだろう。まさか帰省の新幹線では観られまい。両親のタブレットというタブレットは、子どもたちに占領され続けるに違いないのだった。
 図書館のあとは、ニトリで買い物をしたり、回転ずし店で昼ごはんをしたりする。もっとも毎度のことだが、店内ではほぼ食べない。朝ごはんをそれほどしっかり食べていなかったので、お腹は空いているのだが、すしを口に入れるたびに、ビールなり日本酒なりのアルコールが追いかけてこない寂しさばかりが募るので、子どもたちが食べている横で、座席に用意されている折り詰めのパックに、工場のそういう係の人かのように、せっせとすしを詰める作業に邁進する。そしてあん肝をはじめとした、僕好みの、魚臭の強いパックが完成し、うきうきした気持ちで店を後にした。
 帰宅後は、ゲオで借りたプリキュアの映画を娘たちと観ながら、すしと熱燗でのんびりと過す。いい午後だ。しかし冬で油断していて、朝からあまり水分を摂っていなかったため、日本酒がかなり効いた。プリキュアが最後の決め台詞として、「友達になるのって難しいことだけど……」みたいなことを言い出したので、「おっ」と身を乗り出し、そのあとなんと言うのか期待したところ、「仲間を信じれば絶対にできるよ!」的なことを言ったので、憤りの気持ちが湧いた。「フットサルを趣味にして友達をたくさん作るためには、友達からフットサルに誘われなければならない」とおなじ、ゼロの人間のことは完全に頭にない人たちの論法のやつだ、と思った。
 晩ごはんは温かいそばとだし巻き卵。相変わらず週末は麺なのである。温かいそばって、やっぱワイは西の人間やから、あんまりようせえへんのやけど、やってみると意外と旨いねんやな。ツユの中から、うどんが出てくるような気持ちで、細いそばが出てくると、ほお、という新鮮さがある。しかし4時過ぎくらいまでゆっくりとすしを食べていたので、そばも食べたらお腹がパンパンになってしまった。
 そんな食いしん坊な休日だった。今年は残り半月。録画の消化が追いついていないので観られないが、今日で「西郷どん」は最終回らしい。年末だなあ。

丸眼鏡とすき焼き

 ショッピングモールに出る。確たる目的があった。眼鏡である。「まんぷく」やら「ハリーポッター」やらで高まっている丸眼鏡欲求がこのたびとうとう抑えきれなくなり、買うことにしたのだった。
 モール内には2軒の眼鏡屋が入っていて、最初に有望視していたほうの店を覗く。まあこれかな、というものが見つかるものの、なんとなくレジに運ぶまでの勢いがつかず、もう一軒も見てみることにする。これが大成功だった。はじめのほうの店で見ていた丸眼鏡は、振り返ってみればラウンド型寄りのボストン型といった感じで、そこまで丸眼鏡丸眼鏡していなかった。丸眼鏡を買うのだ、と強い意欲を持って買いに来たのだから、本当にちゃんと丸い眼鏡を僕は欲していたのだった。それが2軒目にはあった。もう正円である。まん丸である。子どもが絵で描くような眼鏡。その現実バージョン。フレームは細目で、色は金。つまり、かなり振り切れている眼鏡である。僕はどこまでも群衆の一部でしかない一般人だけど、あまり群衆の一部でしかない一般人は日常的にかけたりしないタイプの眼鏡であると思う。でも僕は最近キャスケットかぶってバトン回したりしていて、怖いものがどんどんなくなってきたので、そんな振り切った眼鏡を、僕が探し求めていた丸眼鏡ってこういうことだと、喜んで選択した。店内で装着してファルマンに「これどうかな?」と見せたとき、思いきり顔をしかめられたが、そんな妻の反応にもめげずに意志を貫いた。しかもそのお値段たるや、1軒目の、「まあこれかな」に対して、なんと半額だったのである。心にビビビッと来て、半額。こんな嬉しいことがあるか。とてもいい買い物をした。今日買いに行ってよかった。出会い物ってこういうことだな、と思った。
 眼鏡の完成を待つ間に、モール内のうどん屋で昼ごはん。乱高下していた気温がここ2日でまたがくんと下がっており、あたたかいうどんがとてもおいしかった。今年の、公園で弁当を食べるシーズンももう完全に終了したな。何回かできてよかった。
 眼鏡を受け取って帰宅。ほくほくした気持ちで鏡を何度も眺める。我ながらとても胡散臭く、気持ちが悪い。そしてそこがいい。ニヤニヤしてしまう。ファルマンは顔を見合わせるたびに、「まるっ!」「まっる!」「まりーわ!」と悪態をついてくる。それどころか、「その眼鏡、丸すぎて人を殴りたくさせるから気をつけな」などと言ってくる。「的に見えるから」などと言う。そんな発想をするのは戦闘民族かゴリラだけだと思う。
 午後はまた溜まっていた「西郷どん」を2話ほど観たり、僕だけ近所のスーパーに買い物に行ったりした。スーパーでは晩ごはんの材料のほか、クリスマス用と、1月4日のピイガ用に、スポンジとクリームをもう買う。もう賞味期限が大丈夫だったから。ピイガの誕生日のそれは、年明けに買おうとすると店になくて困るので、クリスマス用に売り出しているときに買っておかなければならないのだった。
 晩ごはんはすき焼き。おいしい。砂糖と醤油と卵って、もう最強だろうと思う。ビールの後、日本酒。すき焼きで日本酒って、永遠に続けられる気がする。でもさすがに糖分過多かしら、などと無粋なことも思う。しかしうっとりするほどおいしい。冬、こたつで家族と囲むすき焼き、日本酒。そしてジョン・レノンばりの丸眼鏡。今日はそんな日。

カラオケとお好み焼き

 カラオケに行く。前回からそこまで間が空いていないが、前回は部屋が超絶に狭かったため、カラオケに行って得られたはずのなにかが得られていないと言うか、とにかくなんとなくフラストレーションが溜まっていたのだった。それで今回はいつものお店に行って、のびのびと唄った。もうきっと東京ではカラオケに行けない身体になってしまった。
 唄ったものは順番に、以下の通りである。
 1曲目、「センチメンタル」(岩崎宏美)。有線で流れるこの歌を、前々からいいと思っていたが、誰のなんという歌なのか、なかなか特定できずにいた。それがつい先日になってやっと判り、そしてその作詞者と言えばやっぱり阿久悠なのだった。もう僕はどんなにジタバタしても、結局は阿久悠の掌の上にいるのだな、としみじみと思う。
 2曲目、「潮騒のメロディー」(高田みづえ)。先日の「硝子坂」に続いて、マイブーム中の高田みづえである。本当は「火の鳥」を唄いたかったのだが、カラオケに入っていなかった。すごく残念だ。いつか入ればいい。これから新たに入るなんてことは絶対にない。
 3曲目、「プラネタリウム」(大塚愛)。これは時事選曲。RIP SLYMEで僕に唄える曲はないだろうと最初から諦めて、大塚愛で考えた結果、「さくらんぼ」ではなく歌詞の内容的もこちらだろうな、と思って唄った。要するに悪ふざけである。
 4曲目、「瞳」(aiko)。前回「ボーイフレンド」を唄ったように、aikoにいま少し興味が出ていて、CDなんかも聴いている。aikoの歌が頻繁に世間で流れていた当時、まるでなんにも感じずにいたけれど、ちゃんと聴いてみると意外とおもしろいと思った。
 5曲目、「Let it go」(松たか子)。いつもポルガが唄うので遠慮していたが、今回久々に熱唱してみた。気持ちがよかった。
 6曲目、「365日の紙飛行機」(AKB48)。近ごろ有線で、AKBじゃない誰かが唄っているのが流れて、いい歌だと思って唄った。ちなみにそのカバーを唄っていたのはToshlなのだった。「チキンライス」のカバーも同時に気になっていたが、それも同じくToshlだった。へええ、と思った。
 7曲目、「ぴったりしたいX'mas!」(プッチモニ)。これは吉澤ひとみの有罪が確定したからではなくて、この1曲前にファルマンが「いつかのメリークリスマス」を唄ったので、ああそうか12月のクリスマスソングか、と考えて、考えて考えて考えた末に思い浮かんだのがこれだった。「クリスマスソングで考えてそれなんだ?」とファルマンに驚愕された。自分でもびっくりだ。
 8曲目、「誰が為に」(成田賢)。これは追悼歌唱。そして今回唯一の男性の歌。唄うのは2度目だが、音程が低くて声が出なかった。
 9曲目、「さよならの向う側」(山口百恵)。マイクに着けるためのリボン飾りを作る、という趣味を数か月前に立ち上げて、ときどき実際に作ったりしているのだが、2回連続でカラオケに持っていくのを忘れている。この歌を唄うときなんかは本当にあったほうがいいな、と悔しく思った。歌唱そのものはとても気持ちがよかった。途中に1分間にも及ぶ間奏があり、この1分間をうまく使えれば場を相当に盛り上げることができる気がする。研究しようと思う。
 以上。前回の雪辱という意欲もあり、今回はとても成功したカラオケだった。よかった。
 帰宅後は近所のスーパーに行ったり、オーブンで焼き芋を作っておやつに食べたり、のんびりと過す。Mー1の敗者復活戦を少しだけ観て、普段はそんなことしないのだが、dボタンで投票なんかしたりする。金属バットが決勝に行ってくれたらいいなー。6時半からの本放送は、子どもと一緒に観られるはずもないので(子どもはネタ中も普通にでかい声でしゃべる)録画して、このあとファルマンと早送り交じりに観る予定。それまでヤフーとかは一切見ない予定。
 晩ごはんはお好み焼き。先週の3連休が終わった翌日の月曜日に、あろうことか、俺はお好み焼きがとても食べたかったじゃないかよ、と思い至り、それから悶々とウィークデイを過ごしたのだった。そしてようやく食べることができた。おいしくて満足した。いい休日だった。

3連休

 連休はがっつりと休んだ。
 初日は少し気張って、片道1時間以上かかる先にある大型公園に繰り出そうと目論むが、準備中にポルガの精神が爆発して、靴下を穿くだの穿かないだのという、死ぬほどどうでもいいことで出発が遅れ、車内でもずっとブスッとしていて、そんなんならじゃあもう今日は中止にするよ、いま謝ったら許してあげるよ、というやりとりを10回以上繰り返すも、とうとう最後まで謝らなかったので、家から20分くらいのところで本当に引き返すことになった。午前中はそんなことで潰れてしまい、心底うんざりした。
 家に帰ってから、とばっちりで公園を逃したピイガを連れて、近所の公園にふたりで行く。先週の公園には、雲梯はあったが鉄棒はなく、こちらには雲梯はないけれど鉄棒があるので、この日は思う存分に鉄棒をするところを見た。それにしても鉄棒に嵌まっているという話を聞いて、鉄棒に嵌まるってどういうことやねん、と感じていたけれど、それは僕が鉄棒でできることがあまりにも少なく、鉄棒という器具になんの発展性も見出せなかったからなのだと、ピイガの遊ぶさまを見ていて分かった。鉄棒って、遊べる子はこんなに愉しそうに遊べるものなのか、と感心した。鉄棒は低・中・高と並んでいて、中の時点でピイガの身長よりもだいぶ高いのだが、ピイガは片手を高く持ち上げてジャンプをし、指先でなんとか棒を掴むと、そこからグイと自分の体全体を持ち上げ、足を引っ掛け、背よりも高い鉄棒でグルグルと回転するのだった。マジですごいと思った。なるほどあれならば鉄棒は愉しい遊具になるだろうな。
 帰宅してから午後は、パピロウヌーボのことをやったり、夕飯の下拵えをしたり、まだ消化しきれていない「西郷どん」を観たり、だらだらと過した。夕飯は、煮豚を作ったのでラーメンと、チルドの餃子。「まんぷく」を観ている影響で、ラーメン欲求が高まって困る。なんだかNHKのドラマばかり観ているな。
 夜はたっぷり夜更かしし、零時過ぎにパピロウヌーボを無事にアップする。やー、今年も無事に終わった。これはハロウィンとか秋祭りとかと同じ、パピロウというブログ農家の収穫祭みたいなものだな、と思う。だから無事に執り行なえることがとてもめでたい。
 2時台に寝て、9時台に起きる。ファルマンは「私はこれが理想の生活のリズムだ」と言う。たしかになあ、という気もするが、しかしそれは普段、零時前に寝て6時台に起きる暮しをしているから、そこからの逸脱としての価値が出て充足感があるんであって、普段からずっと2時ー9時で暮していたら、それはそれで規則になって、喜びは伴わなくなり、予定のない日は4時ー11時を有難がるようになるのではないかとも思う。
 なんてことを言いつつ、実はこの日の午前、僕には予定があるのだった。とは言え「午前」というざっくりした予定なので、目覚ましはセットしなかった。予定とはインフルエンザの予防接種である。去年の悪夢を経て、今年のわが家は全員がきちんと予防接種を受けることにしていて、まだなのは僕だけなのだった。というわけで予約していた近所のクリニックへ。予約と言っても、この日に受けに行くのでワクチンを確保しといてくれ、という感じの予約なので、けっこう順番を待たされた。土曜日に予防接種を受ける必要のある勤め人以外にも、普通に風邪が流行っているようだった。タブレットは持ってきていたが、本は持っておらず、タブレットでの時間潰しというものに慣れていないので、見たいインターネットのページも思い浮かばず、退屈した。そうしてずいぶん待って、いざ呼ばれたら一瞬の出来事だった。典型的な病院あるある話である。
 その帰りにスーパーで天ぷらを買い、昼ごはんは天ざる。休日は普段の鬱憤を晴らすために、献立が偏執的なまでに麺類中心になる。おいしかった。
 午後から車でちょっと出掛け、図書館に行ったり、瀬戸内海をバックに年賀状用の写真を撮ったりする。まあまあいいものが撮れたので、この日の写真で決まりそうだ。晩ごはんは、子どもたちには肉野菜炒め、大人には豚キムチを作る。ずっと切望し続けているキムチ鍋には、いつまでも到達できないのだけど、豚キムチは、こうして自分で料理をするときに、手間だけど子どもたちと分けて作ることでなんとか実現することができた。おいしい。豚バラとキムチはひたすらおいしい。ビールがぐいぐい進んだ。
 翌日の今日は、子どもたちが縫いものをしたいというので、エプロンを作ることにする。子どもたちの体に合わせて型紙を作り、裁断をして、袖もなければ前身頃と背身頃の縫い合わせもないエプロンというのは、それでほとんど行程がおしまい、という感じはあるのだけど、ポケットを縫い付ける工程を子どもたちにも手伝わせた。ポルガはもうひとりでそれなりにやるのだけど、ピイガはもちろんできるはずもなく、しかし私もやりたいという意欲だけはあるので、仕方なく一緒に椅子に座り、フットスイッチを踏むことだけをやらせた。なので僕は、4歳児の踏むフットスイッチに合わせて布を動かし縫うという、とても緊張感のあるシチュエーションで作業をすることとなった。それでもなんとか無事に完成する。これも近日中、「nw」にアップしようと思う。
 貴景勝の優勝を見たあと、炒飯と中華スープの夕食。煮豚たっぷりの炒飯がとてもおいしかった。炒飯は溜まっていた冷凍ごはんで作ったため、この3日間を僕は、いちど3合の米を炊いたきりで乗り切った。そのくらい麺ばかりを食べた。
 晩ごはんのあとはトランプをしたりして、平和に過ごした。初日の午前にあんなことがあって、どうなることかと危ぶんだが、尻上がりにいい具合になった3連休だった。いい具合に癒された。