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秋の3連休

 体育の日ならぬスポーツの日による3連休であった。
 初日の土曜日は、午前中に恒例の買い出しを行なったあとは、部屋でダラダラと過した。筋トレなど、あまり精力的にはやらなかった3日間だったように思う。晩ごはんは、フライドポテトや煮豚、餃子の皮のピザなど、酒が進みそうなものを細々と並べるラインナップにした。あと野菜としてミネストローネ的なスープも作った。こういう欲張りな献立を組み立てるようになったのだから、夏の食欲減退からは完全に脱却したのだな、ということを実感した。まあわりと暑い3連休ではあったのだけど。
 この夜に、髪を黒くする処置をファルマンにやってもらう。夏を経て、さらには実は半月ほど前に職場でコロナが流行ったのだけど、その際に週末に合わせて僕も体調を崩し、週明けにはまあまあ回復したものだから結局タイミングを逸して病院には行かなかったのだけど、振り返ってみればやはりあれはコロナだったんじゃないか、という症状があって、それも関係しているのか、髪がだいぶ傷んだ感じになっていたこともあり、金髪もずいぶん続いて飽きてきていたので、このあたりでひとつ仕切り直しとして黒に戻すか、となったのだった。結果、まあ実に黒い。僕は地毛がまあまあ茶色いので、こんなにも黒い状態というのは自然じゃなく、だいぶ違和感がある。黒髪戻しといっても、茶髪的なテイストのやつも売っていたのだが、今回はなんとなくしっかり黒くなるものを選んだのだった。仕上がりとして満足しているかどうかで言えば、ちょっとだけ後悔している。何日かすれば、もうちょっと穏当な色味になるだろうか。あるいはここから少しだけ髪が伸びたくらいのタイミングで、年内には再び脱色するかもしれない。42歳のくせに落ち着かないことだな。
 翌日の日曜日には、久々にカラオケに繰り出した。本当はこれも半月ほど前の予定だったのだが、行くはずだった週末というのが、ちょうどその「十中八九コロナ」の週末であったため、予約をキャンセルするはめになっていた。その雪辱としてようやく行けた次第である。ちなみに今回もポルガだけ別室で、あとの3人で一室というスタイル。3時間唄う。僕の唄った曲は順番に以下の通りである。「黒ネコのタンゴ」(皆川おさむ)、「ファイティングポーズはダテじゃない!」(Berryz工房)、「大スキ!」(広末涼子)、「わたしの一番かわいいところ」(FRUITS ZIPPER)、「だれかが風の中で」(上條恒彦)、「いつでも夢を」(橋幸夫・吉永小百合)、「押忍!こぶし魂」(こぶしファクトリー)、「付き合ってるのに片思い」(Berryz工房)、「それもいいね」(Wakeys・こっちのけんと)、「かわいいだけじゃだめですか?」(CUTIE STREET)、「倍倍FIGHT!」(CANDY TUNE)、「人として」(海援隊)、「チョット愚直に! 猪突猛進」(こぶしファクトリー)、「宙船」(TOKIO)、「笑ったり転んだり」(ハンバートハンバート)。数えてみれば全15曲で、だいぶ唄ったものだ。皆川おさむ、上條恒彦、橋幸夫は追悼歌唱。広末涼子は言わずもがなだろう。前回は「Majiで恋する5秒前」を唄ったが、歌詞を見ると「大スキ!」はダーリンとのドライブ中の話なので、こちらのほうが適しているのだった。適しているってなんだろうね。あと今回はアイドルソングを多く唄った。平成のハロプロと、令和の最近のやつ。我ながら趣味が分かりやすいなと思う。愉しかった。急な「宙船」は、その前にピイガが「ブラザービート」や「カリスマックス」などsnowmanを唄い、映像がプロモーションビデオだったりしてとても愉しかったので、彼らが決してこんなことになりませんように、という祈りを込めて唄った。前回の「チキンライス」や「世界にひとつだけの花」とほぼ同じ趣向である。最後のハンバートハンバートは、言うまでもなく「ばけばけ」の主題歌。はじめから唄う心積もりで来ていたのだが、実は序盤にファルマンに唄われてしまい、残念だなあと思っていた。でもファルマンが唄ってから2時間くらい経ってるから別にいいだろ、と思ってやっぱり最後に唄った。夫婦デュオの曲なんだから夫婦で唄えばいいじゃないかという話だが、決してそうはせず、それぞれがひとりで唄うというところがわれわれらしいな、と思った。ともかく愉しいカラオケだった。カラオケ、行くたびにもっと頻繁に行って喉を鍛えたいと思うのだが、なかなかそうはならないのだった。
 晩ごはんは今年初の煮込みラーメン。ちゃんぽん味。煮込みラーメンのちゃんぽん味なんて珍しくていいな、と思って選んだのだが、いざやってみたら、ちゃんぽんが野菜たっぷりの具沢山なのは普通のことなので、鍋とラーメンが合体した愉しさという、この商品の魅力が、いまいち発揮できていないんじゃないかな、ということを思った。もちろんおいしかったけど、これは各自のちゃんぽんをひとつの鍋で供しただけのことだな、と思った。
 明けて最終日の今日は、家でのんびりと過した。サブスクでアニメなどを流しながらミシンを踏むという、なんだかんだでこういう時間がいちばん大事だな、としみじみ感じるような過し方をした。さすがは3連休。心にゆとりがある。
 昼ごはんを少し遅めにして、13時過ぎにスタートの出雲駅伝の中継を眺める。毎年のことながら、コースがあまりにも身近でおもしろい。事前に知らされていなかったのでもちろん気付かなかったが、あとから送られてきた映像によると、沿道に立って応援していた義父母も一瞬映ったらしい。イオンのあたり。なんと身近な話であろう。
 晩ごはんは鶏肉のすき焼き。軽めに炊いた新米とすき焼きの組み合わせが、酩酊するほど美味しかった。近ごろ、ごはんが本当においしく思えるようになってきた。スーパーでの買い物も愉しい。ようやく人間としての暮しが戻ってきたな、と思う。いい季節だ。

宿泊者の来訪(ポルガの悲願)

 先週末、わが家としてはとても珍しく、と言うか島根に来てから初めて、いや親類以外ではわが家結成(ファルマンと僕の婚姻をスタートとす)以来初めて、宿泊者を持ったのだった。泊まったのはポルガの、岡山時代の友達。これまでも何度か行った岡山で、毎回遊んでいる子。ウマが合うのか、距離感がいいのか、ずっと仲良くしているようで、お互いの家での宿泊の話は前々からあったのだが、それがとうとう実現したのだった。
 土曜日の昼過ぎにこちらに着くということだったので、駅で出迎えた。お友達は、お母さんと一緒に来ており、お母さんはひとりでホテルに泊まるとのことだった。岡山駅から特急やくもで、ほぼほぼドアtoドアのようなものなのだから、付き添う必要などない気もするが、いつかポルガが逆ver.で向こうの家の世話になるのだとしたら、たしかに不安で付き添いたくなるかもしれないな、とも思った。とは言えせっかくこちらにいらっしゃって、明日まで過すのだから、観光的なことをまったくしないわけでもないだろうと思い、われわれはこのままポルガと友達を出雲大社まで連れていく予定となっていたので、「一緒に乗って行かれます?」と声を掛けたが、「いえ、ホテルに参りますので」と固辞された。チェックインできる時間まではまだ間があるだろうとも思ったが、こちらも中学生を持つ親なので、ついてくんな的な空気があるのかもしれないな、と察した。まあよその家のことは分からない。
 というわけでお母さんとはそこでお別れし、出雲大社へと向かう。ちなみに天気は島根とは思えないような快晴である。この2日間はとても天候に恵まれたのだった。友達に島根をアテンドするのは、ポルガのここ数年の悲願だったので、これは本当によかった。出雲大社には、もちろんわれわれは付き添わず(言わずもがなの「ついてくんな的な空気」である)、ご縁横丁の前でふたりを降ろし、帰った。夕方になり、途中にバスで移動したというショッピングモールへと迎えに行った。その日の出来事や気持ちを詳細に親に語るようなタイプではないので知りようがないが、悔んでいる様子もないので、満足できたのだろうと思う。
 晩ごはんは、外食も検討したのだが、テーブルを別にするにしてもなんとなく居心地が悪いだろうし、帰るタイミングとかも掴みづらく、なにより遅くなりそうだということを勘案し、カレーを作った。カレーは便利だな。これをふたりでポルガの部屋で食えばええわい、と。ちなみにだが、ポルガの部屋は普段、とても食事ができる状態ではなく、ポルガ以外の人間が長い時間いたら体調を悪くするような環境なので、友達が泊まりにくるという話が現実的になった10日ほど前から、それはもう掃除に励んだのだった(ただしポルガは片づけが壊滅的に下手なので、結局ほとんどファルマンがやったようだ)。それでなんとかかんとか、部屋で食事もできたし、布団を敷いて泊まらせることもできた。大騒動だった。
 翌日は午前中からカラオケをし、そのまま帰りの電車に乗るために駅へ行くというスケジュールで、それって俺はカラオケ屋とか駅とかを何往復すればいいんだ、とはじめに聞いたときはうんざりしたのだけど、途中で、いっそわれわれもカラオケをすれば、いったん家に帰ってまた迎えに来たりする必要はないのだと気づき、そうすることにした。もちろん言うまでもなく部屋は別々、さらには「部屋を離すよう注文しろ」という指示付きであった。ああ中学生の娘、めんどい。
 というけでファルマンとピイガと3人で、急遽のカラオケと相成る。今年初である。唄ったのは、「MajiでKoiする5秒前」(広末涼子)、紅(Little Glee Monster)、「怪獣」(サカナクション)、「浮気なハニーパイ」(カントリー娘。に紺野と藤本)、「トロピカ~ル恋して~る」(松浦亜弥)、「愛のバカやろう」(後藤真希)、「Go Girl ~恋のヴィクトリー~」(モーニング娘。)、「ブルー・ライト・ヨコハマ」(いしだあゆみ)、「アンパンマンのマーチ」(ドリーミング)、「晩餐歌」(tuki.)、「世界に一つだけの花」(SMAP)、「チキンライス」(浜田雅功)というラインナップ。広末涼子はもちろん先日の事件を受けてのもの。間奏部分でキャンドル・ジュンや鳥羽シェフに関するトークも繰り広げた。ハロプロは、最近配信が少しずつ解禁されてきていて、よく聴いている。僕らしい、いい4曲だと思う。プロモがよかった。いしだあゆみはもちろん追悼。アンパンマンは、竹野内豊演じる寛おじさんの顔を思い浮かべながら歌った(「なんのために生まれて、なんのために生きるがか」)。そして最後の2曲は完全なる悪ノリ。「まつもtoなかい」はいま思えばすさまじい番組だったな。ちなみに2曲ともマッキーという共通点もある。芸能界の闇は深い。
 カラオケが終わったあとは、市役所隣の広場でイベントを開催していたので、そこにふたりを降ろし、われわれは帰宅する。ふたりにはそこで昼ごはんを食べてもらい、そのまま駅まで徒歩で移動してもらうという算段。すべて天候の良さがなせる業だ。
 家でごはんを済ませた僕は、ポルガが友達を見送るタイミングに合わせて、駅までポルガを迎えに行った。駅には友達のお母さんももういた。丸一日、どう過していたのか、興味はあったが、訊ねるのもなんだな、と思い上辺だけの挨拶に終始する。そして改札前で別れた。別れたところで、すぐさまメッセージのやりとりはできるわけで、別れのエモさみたいなものは絶対に昔よりも淡白だよな、と娘らを眺めて思った。
 そんなわけで、ポルガ念願の友達お泊りだった。バタバタだったが、無事に実現できて本当によかった。次はどうしたって、ポルガが向こうに泊まるという流れになってくるか。まあ来年、受験など終わった春休みにでもすればいいんじゃないでしょうか。

24年~25年の年末年始記録 前期編

 28日から無事に年末年始の休暇に入っている。今年は暦の巡りがよくて、「奇跡の9連休」と言われている。僕もそうである。もちろん嬉しい。しかしその一方で、9連休にそこまで大興奮していない自分を感じ取っていて、そのことに気を悪くしている。「おもひでぶぉろろぉぉん」当時の、書店員時代の僕は、テレビで「奇跡の9連休」などという話題が出たら、その瞬間にチャンネルを変えていただろうと思う。それが今は享受できているのだから、本当はもっと、過呼吸になるくらい喜ぶべきだろうと思う。
 27日は大掃除のあと労働が早めに終わったので、プールへと繰り出した。まだ日が沈む前だったので嬉しかった。これが今年最後になるかもなあと思いつつ、たぶんやっぱりもういちど来るだろうな、と考えていた。実際もういちど行くことになった。
 28日は土曜日ということで、ルーティンとして買い出しに繰り出す。しかしなにぶん年末のことなのでいつものようにはいかないだろうと、これはもう行く前から覚悟していた。結果としては、野菜や魚はたしかにそうだったが、肉は思いのほかよくて、豚のひき肉がとても安く手に入ったので、これはもう餃子だな、と思い立った。実家にはこの日から次女一家が帰ってくることになっていて、いつもごはんのことで大騒ぎしているので、大量に作って向こうにも餃子を提供してやろうと考えたのだった。
 帰宅後は昼ごはん。焼きそば。ポルガは友達とショッピングモールに遊びに行ったので、3人である。3人なのでいつもは買いづらい3玉入りのものがちょうどよかった。
 食後は餃子の餡を仕立てたあと、部屋での作業。溜め込んでいた布を総ざらえして、この連休中に使うかもしれないものを、とりあえず外に出した。そうしたら部屋の床が布で埋まり、ファルマンからブーイングを受けた。9連休でも別にそこまで心が躍っていないみたいなことを言いながら、その一方でひそかに青い炎が燃えたぎってもいるのだった。
 16時くらいになって次女一家が実家に到着したというので、実家用の餃子を包み、ピイガを連れて参上する。夏以来の対面となる次女の次女は、2歳4ヶ月だったのが2歳8ヶ月になっているわけで、だいぶ成長を遂げていた。この時期の4ヶ月はでかいな。それに引き換え41歳にとっての4ヶ月と来たらどうだよ、と思う。
 ピイガはいとこと遊ぶというので、晩ごはんまで置いておくことに。自宅に戻ったら間もなくポルガが帰ってきて、ピイガは実家に行っていると伝えたら、自分も行くと言って自転車で行ってしまった。中学生は身軽だな。
 自宅用の餃子を包み終えたところで、子どもたちを迎えに行く。ポルガの自転車も車に乗せて帰った。どうせこれから連日、いとこと絡み続けるのだろう。
 餃子はもちろん美味しく、実家からも甚く感謝された。それはそうだと思う。こんなに気の利く娘の夫はこの世にそうそういないだろうと思う。
 夜は裁縫。ピイガのためのキャスケット帽を作っていた。近日中に「nw」にアップするだろうが、実は半月ほど前からピイガ用にコートを作っていて、その余った生地でキャスケットも作ることにし、年末年始に間に合わせたいと思っていたのだが、この日になんとか完成したのだった。とてもいい出来になったので満足している。9連休、なるべく1日も無駄にしたくないので、とりあえず初日に成果があってよかった。
 2日目の29日は、次女一家が午後は夫のほうの実家に行くが午前中はいるというので、また子どもたちを連れていく。連れていくと言うか、置いていく。
 その間に僕は買い物。ドラッグストアや100円ショップなど、食料品以外のこまごまとしたものを買い出す。その中に蛍光灯があった。僕とファルマンの部屋の蛍光灯が、どう考えてもこれはさすがに暗いだろうという話になり、新年を迎えるこのタイミングで新しくすることにしたのだった。それで帰宅後、付け替える。しかしこの作業をしていた際、僕が椅子に乗り、これまでのものをふたつとも外し、まず大きいほうの環を嵌め、さて次に小さいほうの環を、と思って腕を下げた瞬間に、気を利かせて小さい環を僕に向かって差し出していたファルマンの腕にぶつかり、新しい小さい環は床へと落下し、無残にも粉々になったのだった。大ショックである。部屋を明るくするために買った新しい蛍光灯がダメになってしまった哀しみと、これでもかというくらい細かく粉々になったガラスの後処理の大変さ(しかも床には僕がぶちまけた生地が散乱していて、それならそれで蛍光灯は救われろよと思うが、巧みにそれを避けて硬い床に落ちて割れつつ、破片は布へも散るという最悪のパターンであった)で、年末にとてもつらい気持ちになった。ファルマンなど「今年でいちばん哀しかった」とさえ言った。言ったあとで僕に、「お前は今年、島根のおばあさんと岡山のおじいさんを亡くしただろう」とツッコまれる始末であった。仕方なく小さい環は、これまで使用していた、だいぶくすんだものを再び付けることにした。それでも外側の大きい環が新しくなったことで、これまでよりはだいぶ明るくなったので、当面はこれでいくことにした。ファルマンがガラス片の処理をしてくれるというので、僕は子どもたちを迎えにいって、そして昼ごはんを作った。客観的な記録も証言もないので、この一件については、僕とファルマンのどちらが悪かったのか、もはや究明のしようがない。ファルマンはもちろん僕が悪いと言う。僕は口に出しては言わない。言わないけどここには書く。上を向いて作業をしていた人の、あんな至近距離に、声も掛けず物を差し出しているというのは、よろしくないのではないかと僕は思う。
 昼ごはんのあと、午後はひとりプールへと繰り出す。この日がホームプールの今年最後の営業で、僕も今年の締めとしてたっぷりと泳いだ。具体的に言うと、1250m泳いだ。こういうときよく1000mを泳ぐので、今日はそこにもう少し色を付けようと思い、この数字になった。気持ちよかった。これまでなら、このあとおろち湯ったり館へ行く可能性が残るので、そうなるとまだ泳ぐ余地があるということになるが、今年に関してはそれがないため、今年の水泳はここできっぱりとおしまいである。おろち湯ったり館とは後腐れなく別れたつもりだが、こんなときはやっぱり一抹の寂しさを感じる。ちなみにだが、サウナに行きたい気持ちはあるのだ。しかしおろちは嫌だし、ゆらりもなあ、とあぐねている。
 晩ごはんはカレーライス。大みそかまで微妙にあるこの日程において、鍋いっぱいのカレーを拵えておけば、夜にも昼にも食べられて便利だろうという算段から作った。
 韓国で起った飛行機事故のニュースを見て、いたましいと思うと同時に、飛行機に対する恐怖がまた増大した。去年あんなことがあり、今年は飛行機のメカニズムを学ぼうなどとは目論んでいなかった。それでももちろんそんなこととは一切関係なく、事故は起るときには起るのだ。車だって鉄道だって船だって、不可避で死亡に至るような事故はいくらでも起るけど、不可避の不可避さ加減が、飛行機はそれらとは段違いであるように思え、そこがおそろしくてしょうがないと改めて思った。
 3日目の30日、すなわち今日だが、この日の午後から例の、初めての親類カラオケの試みということで、午前は家で粛々と過した。僕は前の晩から、ひたすらに裁断作業に取り掛かっていた。年末年始用に新しく買った生地に加え、これまでに買って自分用のものだけ作り販売用は作っていなかった生地など、所有しているほとんどのスイムウェア用の生地を、もういっそすべて裁ってしまえと、とにかく裁った。なかなかすごい量になった。なんだかんだで書店員だった時代の癖が抜けず、9連休というものを過信しているのかもしれない。そこまで作れんだろう。他にやりたいこともあるのだし。でも裁っておくと気が向いたときに少しずつ進められるから、やっぱりまとめてやれてよかったと思う。
 昼ごはんは早速カレーライスを使って、実家へと向かう。そして車2台でカラオケへと繰り出した。大人7人、中学生以下4人、総勢11人の大所帯である。部屋の半分がマット敷きになっているキッズルームだったので、なかなか快適に愉しめた3時間であった。岡山時代に購入したマイクスタンドを、今回久しぶりに発掘して、持っていった。マイクスタンドって、あまり個人で所有しないし、ましてやカラオケに持っていったりしないものらしいので、袋から取り出して組み立てただけでけっこうウケた。こういう会は初めてということで、ならば1曲目はこれであろうとあらかじめ決めていた、「生まれてはじめて」(神田沙也加)で僕が口火を切った。そのあと各人いろいろ唄い、僕は「ALIVE」(SPEED)、「世界中の誰よりきっと」(中山美穂&WANDS)、「あなたの好きなところ」(西野カナ)、「君は薔薇より美しい」(布施明)などを唄ったあと、最後に「さよならの向う側」(山口百恵)で床にマイクを置いた。JOYSOUNDじゃなくてDAMだったので若干の唄いにくさはあったが、まあまあ気は済んだ。この1ヶ月、車内で準備した果以があったというものだ。前回のカラオケの数日後の訃報であった中山美穂の追悼もできてよかった。
 実家に戻って人を降ろしたあとは、今日のところは長引かせず退散する。どうせ明日も日中、子どもたちは実家に入り浸るのだろう。帰宅後はまた裁断の続きをして過す。晩ごはんはあんかけラーメンと餃子。とろみのあるラーメンが、熱々でおいしかった。
 ここまでが9日間の、前期3日間の記録。中期が年越しと、元日の実家の集いと、初詣などで、そして後期はピイガの誕生日のお祝いとかの話題になってくることだろう。

11月から12月へ

 意外と「おこめとおふろ」を20日間も書いていなかった。ブログを複数持っていて、さらには新しいブログなんかも作ってしまったので、どうしたってこういう事態が出てくる。しかし他のブログならそれも仕方ないかもしれないが、「おこめとおふろ」はなんてったって日常生活の記録のブログである。僕の各ブログにはそれぞれの担当陣営がついているわけだけど、いちばんアクがなくて穏和そうな「おこめとおふろ」担が、実はいちばん苛烈であるというのは、よく知られた話だ。そのため、かの人たちのことを思うと、20日間も放置してしまったことに罪悪感を覚える。体調を悪くした人もいたかもしれない。本当に申し訳なく思う。
 さて11月パピロウ月間が終わり、12月に入った。今年もあと1ヶ月である。信じられない、とも思うし、この1年間の日記を読み返したばかりだから納得がいく、とも思う。
 11月最終日の土曜日は、午前中はいつものように買い出しに出た。いろいろ高い。家のおやつが枯渇したので、この日はおやつをいろいろ仕入れたのだけど、お菓子も以前に較べてすごく高くなった。板チョコが130円とかする。板チョコは100円(あるいは以下)という固定観念があるので、値札を見るたびにぎょっとする。100円という値段は固定にして大きさのほうを変えてくれよと思っていたが、このあと行ったダイソーで実際にガーナの板チョコが売られていて、それはなんか虚を突かれるような、自分が巨人になってしまったと錯覚するようなサイズだったので、やっぱりこれはこれで切ないな、と思った。
 午後は部屋にこもり、裁縫や筋トレをして過した。11月末日の土曜日ということで、これまでの僕だったら当然、2階が閉鎖される最終日でもあり、おろち湯ったり館が頭に浮かんでくる状況だったのだけど、今年はそうはならない。おろち湯ったり館とは、お別れをしたのだ。別れたことに後悔はないつもりだが、輝いていた日々のことに思いを馳せると、やはり切ない気持ちがこみ上げる。
 ところで部屋では、寒かったのでストーブを点けていた。先日灯油を汲んできて、今年のストーブ生活が開始したのである。しかしそうしたら空気が澱んだようで、気分が悪くなり、夕方くらいからやけにしんどくなった。我ながら日々フレッシュに生きているなと感心するが、ストーブを点けたときは換気を心掛けなければならないということを、シーズン初めですっかり失念していたのである。そんな中で筋トレ。ダンベルフンフン。それは参るよ。もしかしてバカなんじゃないか。
 晩ごはんは、午前中の買い物のときが寒すぎたので、想定していたメニューを取り止め、これはおでんしかない、と急遽おでんに差し替えたのだけど(昼ごはんのあとにもう仕立てていた)、そんな具合になってしまったので、おでんを夕飯から晩酌までグダグダやり続けるという青写真は露と消え、これはもう、早めに寝就き、たっぷり睡眠時間を確保して、とにかく体を回復させねばならないとなって、消化不良だった。そんな11月末日だった。
 12月初日の今日は、なんと一家でカラオケに行った。一家で行くのはだいぶ久しぶり。岡山以来だ。もっとも一家と言いつつ、部屋はふたつである。思春期である上の娘は、家族と一緒にカラオケなんかしないのである。さらには「離れた部屋にするよう店員に言え」という注文までつけてきた。実に思春期だなあ。というわけでポルガはひとりで、僕とファルマンとピイガは3人で、それぞれ唄った。3時間。
 僕が唄ったのは順番に、「はたらくくるま1」(のこいのこ)、「黄金の海で逢えたなら」(関取花)、「ぼくドラえもん」(大山のぶ代)、「フクロウの声が聞こえる」(小沢健二とSEKAI NO OWARI)、「トップ・オブ・ザ・ワールド」(カーペンターズ)、「もしもピアノが弾けたなら」(西田敏行)、「ホネホネロック」(子門真人)、「芝生」(ハルカリ)、「唇よ、熱く君を語れ」(渡辺真知子)、「許婚っきゅん」(ano)、「はたらくくるま2」(子門真人)、「彗星」(小沢健二)、「天国街道」(リュックと添い寝ごはん)、「君は薔薇より美しい」(布施明)というラインナップ。大山のぶ代と西田敏行、そしてハルカリはいつもの追悼歌唱。ハルカリがなぜ追悼なのかと言えば、作詞が谷川俊太郎だからであるという、ちょっと意味の分からない執念を見せてみた。昨日やや崩した体調がまだ万全ではなく、どうなることかと危ぶまれたが、やっぱりマイクを持つとそこはプロ、そんな内実などおくびにも出さず、張りのある声を響かせたので、さすがだなと思った。
 しかし帰宅したあとは、また少し寝た。昨日からの合計で半日くらい寝ていないか。これは僕の身体が、冬仕様へとメタモルフォーゼしている現れかもしれない。だったらいい。まだ寒さは本格的じゃないのに、あまりにもつらすぎないかと思っていたが、要するに身体がまだぜんぜん冬のそれになっていなかったんだろうと思う。そう信じたい。
 あと身体的なことでついでに言うと、流行語大賞の「ゴーーーン」の項で述べたことだが、10月終了時点で今年の射精回数は、2023年(記録108回)ととてもいい勝負だということが判明し、ここからはちょっと意識的に回数増量な感じで行こう、去年の僕より今年の僕は1年分だけ年齢を重ねているけれど、こと年間射精回数に関しては、去年の数字はいまさら増やせないが今年はがんばれば増やせるという圧倒的なアドバンテージを有している(今後もこのアドバンテージは有し続ける)ので、おとなげなく1年前の若い俺をねじ伏せようと思考し、そういう発想のもとで11月を過した結果、どういうことになったかと言えば、実にすばらしいパフォーマンスとなり、もしも僕に射精のパーソナルトレーナーが付いていれば、とても褒められたに違いない数字を叩き出すことに成功したのだった。11月の旧称は霜月だが、僕にとってはシモ月だな(笑)、ってなもんで。なるほどこれならば「おこめとおふろ」を20日間書かなかったのもやむなしである。これにより12月に相当な余裕ができた。射精貯金である。もはや取り組む上での焦点は、来年のことも鑑み、どのあたりの数字で打ち止めにするか、という次元になっている。ゆとりがあるっていいな。
 まあそんなような、11月から12月への移行でした。愉しく暮しています。

久しぶりカラオケ

 今日の午前、ポルガが部活で3人が予定なしという、こういう状況が訪れたらぜひやろうと思っていた、カラオケ行きを決行した。岡山時代、わりとよく行っていたカラオケだったが、コロナ禍を経て、島根に住まいも変わって、すっかり疎遠になっていた。そしてその間に長女は思春期に入り、家族とカラオケに行くのを拒む年頃になってしまったのだった。それはそうだと思う。自分は中学生の頃、カラオケはおろかスーパーだって親と一緒に行かなかった。というわけで、ポルガが合法的にいない隙を狙っての、本当に久しぶりのカラオケなのだった。
 ポルガが昼過ぎには帰宅するので、それに間に合うよう、1時間半である。ちょっとタイトな気もしたが、久しぶりのカラオケにはちょうどよかったようにも思う。
 僕が最初に唄ったのは、「唇よ、熱く君を語れ」(渡辺真知子)。この歌は前から好きで、車内でよく聴いている。唄うのは初めてのように思う。伸びやかに唄えるので、喉を開くのにちょうどよかった。
 次が「ロコロコのうた」(ロコロコ・イエロー)。これは「おもひでぶぉろろぉぉん」で過去の日記を読み返す中で、これについて言及している箇所があって、去年十何年ぶりにその存在を思い出し、それ以来よく聴いているのだった。ゲームをプレイしたことはいちどもないが、利用しているサブスクの年末のまとめによると、僕が去年いちばんよくそのサービスで聴いた曲は、なにを隠そうこの歌だった。歌詞が架空の言語で、なんの意味もないのがいい。少々歌詞を間違えてもなんの問題もなく、勢いだけで愉しく歌えた。
 その次が「イケナイ太陽」(ORANGE RANGE)。なぜ唄ったかと言えば、この年末年始、去年のリアルタイム放映時はまったくノーマークで乗り遅れた「ブラッシュアップライフ」を、ファルマンとTVerで一気に観たからだ。ドラマは評判通りすごくおもしろかった。そしてこのタイミングでカラオケに行くならば、それはこの歌を唄わなければいけないだろうと思って唄った。ファルマンが「うまい」と褒めてくれたので、じゃあ本気で歌手を目指そうかなと思った。
 ここからは追悼が続く。まず「愛は勝つ」(KAN)に始まり、その次が「昴」(谷村新司)、その次が「舟歌」(八代亜紀)、そして「たそがれマイ・ラブ」(大橋純子)と、自分の順番時、4曲連続で追悼歌唱を行なった。これはあくまで真摯な気持ちで、岡山時代から行なっているのだけど、さすがにこう連続させると、逆に不謹慎な感じが少しした。
 最後に「COLORS」(宇多田ヒカル)でフィニッシュ。車内で聴いて、これを上手に唄えたら気持ちいいだろうと思い、数日前から少し練習をしていた。でもやっぱり難しい。あまり満足のいく感じにはいかなかった。
 そんな8曲。8曲と言えばけっこうな量だな。1時間半だけとは言え、メンバーが3人だし、ファルマンには2周に1回くらいしか唄わなかったし、こうなるか。カラオケは定期的に行くと、カラオケ筋のようなものがパンプアップされてゆくので(つまり今回は岡山時代に培ったそれが萎えているのを感じた)、今後はそれほど間を空けずに行きたいと思う。カラオケ筋がパンプアップされているとなにがいいのかと言えば、まあ特になにも浮かばないのだけども。

ファルマンの免許取得と、その送迎のために過した松江の半日

 ファルマンの自動車教習所は、先日無事に修了したのだった。通い始めたのが4月の下旬なので、1ヶ月半ほどで卒業したこととなる。その事実だけ取れば「順調」という言葉を使いたくもなるが、果たしてそうだろうか。期間が短かったのは、平日に3時間も4時間も、怒涛の勢いで講習を受けたからだし、実地でいちども再講習がなかったのは、どうも本人からの報告を伝え聞くに、「他の地域で免許が取れなかった人は島根に行け」という、まことしやかな逸話が指し示す、島根(スサノオ)マジックがあったのではないかと思う。実際、卒業試験でウインカーを逆に出すという、先生この人とうとう右と左の区別が身につきませんでしたよ、こんな人を外の世界に放り出してしまっていいんですか、と問い詰めたくなる事例があったようだが、それでも合格だったのだ。もっとも交通ルールなんてものは、右に曲がるときに左のウインカーを出すというのは論外だとしても、流動的な部分が多くあり、そういうのは現実世界の道路で学んでいくしかないので、まあそんなもんか、とも思う。
 それで、僕の仕事が休みだった今日、ファルマンを県の免許センターまで送るということをした。第1次島根移住の際には免許の更新がなかったので、島根県のその施設に行くのは初めてで、神奈川でも岡山でもそうであったように、やはりそれは辺鄙な場所にあった。日本で唯一県庁所在地に原発のある島根県なのだから、免許センターくらいもっと便利な場所にあってもいいのではないかとも思ったが、よく考えてみたら、宍道湖の北側のほとりの真ん中らへんというのは、松江市の人にとっても出雲市の人にとっても、同じくらい不便で便利な、とても配慮された場所なのかもしれなかった。
 学科試験から、それに合格したら受ける講習、そして免許証の交付まで、朝から15時ごろまでの一日コースということで、子どもたちが学校に向けて出発するのを見送ったあと、すぐにわれわれも出掛ける。朝ごはんは途中のコンビニで買い、車内で食べた。夫婦でのこんなお出掛けなんて、すさまじく久しぶりか、あるいは初めてのような気がする。免許センターに自分の車で行けないのは、極度のペーパードライバーというパターンはあるにせよ、理屈的には免許取得のときだけだし、なによりこれよりファルマンは免許を持つのだから、こんなふうな送迎なんて今後はしなくなるのだな、ということを思った。
 8時半から9時半までに着けばいい免許センターへ、9時にファルマンを降ろしたあとは、迎えの15時まで自由時間で、この間をどう過すか、ここ数日は思いを巡らせていた。いちど家に帰るという選択肢もないことはなかったが、家から免許センターまでは小一時間かかるので、2往復するのには抵抗感があったし、なにより住所的にはここはもう松江市で、市街地までも20分弱という位置なので、それじゃあまあ松江で過すだろう、という結論に至っていた。
 はじめに浮かんだのはやはりサウナで、免許センターからの近さで検索したところ、「鹿島 多久の湯」というのが見つかり、それはまさに原子力発電所のほう、免許センターから北、すなわち日本海側に車で15分ほど進んだところにあって、なかなか評判もよさそうだし、なにより妻の免許取得のために6時間ほど待機時間があるような状況でなければ、なかなか行くことはないだろう位置のため、これは千載一遇のチャンスだと思った。それで、いやあいいスポットがあったもんだと安心していたのだが、おとといの晩になり、しかし9時にファルマンを降ろしたあと、15分後にそこへ行ってもまだ開いていないんじゃないか、10時とか、10時半からなんじゃないか、と不安になって改めてホームページを確認したら、開館時間どころの話ではなく木曜日は休館という表記を見つけ、行く前に気づいたのはなによりだったが、一気に6時間の過し方計画が暗礁に乗り上げてしまった。仕方ないので、平田のほうに戻って「ゆらり」(宍道湖の左上らへん)か、あるいは斐川のほうへ回って「四季荘」(宍道湖の左下らへん)か、とも思ったが、どうも来た道を戻るのもなあ、と気が進まないでいたところへ、今回の送迎をどこか申し訳なく思っているらしいファルマンから、玉造温泉はどうかという提案を受ける。見ると「ゆ~ゆ」という気の抜けた名称の施設に、サウナがあるようだ。位置は宍道湖の右下らへん。玉造温泉という名前はよく耳にするし、じゃあまあせっかくの機会だからそこへ行っときますか、という結論に至った。免許センターからは車で20分あまり。
 とはいえ、「ゆ~ゆ」の開館は10時からだし、サウナで5時間過せるはずもないので、まずは9時から開いている施設として、松江の中心部を少し通り過ぎて、松江イオンショッピングセンターへと立ち寄る。近くて遠い松江の街は、たぶんピイガの七五三の、写真撮影の時以来だ。いつかと確認したら、2017年11月のこと。時の流れってちょっと早すぎないか。イオン松江にはなんの用件があったかといえば、手芸の資材を買いたかった。噂では「手芸の丸十」が、かつてあったショッピングセンターからこちらに移ったとのことだったのだけど、店内の地図を見ても見つからなかったし、そもそも専門店は10時にならないと開かないだろうと思いあきらめ、イオンの運営するパンドラハウスで購入した。本当にパンドラハウスもあるのに「手芸の丸十」が移転したのだろうか。ちなみに前回、かつて松江にあったショッピングセンター内の「手芸の丸十」に行ったのは、確認したところ2013年8月のことだった。読むと、胎の中のピイガのためにダブルガーゼなどを買っている。そしてこのときのダブルガーゼの余り布が、2020年に布マスクとして活用される……。松江は斯様に滅多に来ないので、わざわざ来た日のことが、定点のように刻まれるものだな。そう考えると、ファルマンの免許のために僕が5時間あまり松江でひとりで過した今日のことも、いつか「松江のあの日」として思い出されるのかもしれない。そんな感慨もあり、まだ途中だが、僕は今日のことをこうして精細に書き記そうとしているのかもしれない。
 買い物を終えて、そこから「ゆ~ゆ」に向かえば、開館の10時にはちょうどいいくらいの時間にはなったが、とはいえ10時からサウナに入り、どんなにがんばったって正午までいられるとも思えず、そのあとの時間をどうするという問題は解決していない。そこで、うすうす目論んでいたことだが、ひとりカラオケをすることにした。先日すでにひとりカラオケバージンは喪失していたため、なじみのない街でも気軽にそんなことができるようになった。それでスマートフォンで近くの店を検索したところ、さすがは県庁所在地の市街地、本当にすぐ近くにあった。受付を済ませて案内された部屋は、これもまたさすがは県庁所在地の市街地というべきなのか、かなり狭かった。ひとりなのでなんの問題もなかったが、久しぶりにこういう狭い部屋を見た。あと片側の壁が思いっきり道路に面した窓になっていて、これがすりガラスでもなんでもないので、入室してすぐに「わあっ」と慌ててロールカーテンを降ろしたのだけど、そのあと、それも自意識過剰だな、と思い直し、再び上げて、外光を浴びながら唄うことにした。2階だったので、外の道路を行き交う車や人は、現実的な大きさで目に入ったが、あっちはこちらのことなんか見ていないし、当人の僕は少し意識せずにはいられないけど、それを抱えながら唄うのもまた愉しいかもしれないと思った。これが、どこかのなにかのように、マジックミラーだったらもっとおもしろいのになー、などとも思った。唄ったのは前のひとりカラオケと同じ1時間半。夏が近づいているからか、桜田淳子や伊藤咲子など、阿久悠のアイドルソングなどを多く唄った。意図したわけではなかったが、そこらへんの歌のカラオケビデオには、やけに水着の女の子が登場し、幸福な気持ちになった。それを眺めていて、「あれ? たしかカラオケビデオに、グラビアとかが表示されるエロ機能ってあったんじゃなかったっけ?」ということを思い出し、家族と来ていたら絶対に使えないその機能は、ひとりカラオケの今こそ使うべきじゃないかと考え、リモコンの項目をあちこち探してみたが、そのような表示を見つけることはできず、あきらめた。いま調べてみたところ、そのような機能があるのはJOY SOUNDで、今日僕が使ったDAMにはないようである。今度のひとりカラオケはぜひJOY SOUNDにしようと思った。最後にカーペンターズの「Top of the world」で締めた。
 カラオケを終えて、時刻は11時半過ぎ。いよいよいい時間になってきたので、宍道湖の右横のところをぐるりと回り、玉造温泉を目指す。しかしサウナに入る前に昼ごはんを済ませておくべきだよなー、どうしようかなー、と思いを馳せていたところへ、ちょうど「はま寿司」の表示を見かけたので、渡りに船とばかりに入店する。そしてパッパッパと5皿ほど食べ、すぐに退店した。湯に浸かりに行く前に軽くつまむ。なんと江戸っ子な寿司屋の使い方だろうか。粋か。それにしたってひとりというものの身軽なこと。
 そして満を持しての玉造温泉。先日の「四季荘」と一緒で、「ゆ~ゆ」はそのうちの施設のひとつで、一帯が温泉街になっていて、ホテルや旅館がいくつも立ち並んでいた。予想外だったのは、「ゆ~ゆ」の浴場がビルの5階にあったことだ。世の中、実際に行ってみないと分からないこと、知れないことが多いな、としみじみ思う。実体験は軽々と想像を超える。あるいは、想像は現実よりもあまりに脆弱なのかもしれない。それで入浴の感想はどうだったかといえば、そもそも今日ここへ来たのは「鹿島 多久の湯」の代替だし、水風呂がないという情報も前もって知っていたが、それにしたって少し残念だった。もっとも施設そのものの魅力の乏しさもさることながら、今日はあまりにも暑すぎたのだ。水風呂がないのは、僕は水風呂よりも外気浴に価値を置くタイプなので別に構わないのだが、ビルの5階というのも悪いほうに作用したか、あまりの熱射にとてもリラックスどころではなく、サウナを出て、冷たくしたシャワーを浴びて、外に出るのだが、外もまたサウナのごとく、じりじりと汗が噴き出るようなありさまで、浴場内にいる間、ただひたすらに暑さにうだっていた。陽射しも暑く、湯も熱く、座ったり寝そべったりできる地面も熱い。考えてみたら、入っていたのがちょうど0時台だったこともあり、日陰もぜんぜんなかった。だからもう、ただ暑かった。普段の労働で、外での作業や、熱の近くの作業のとき、つらいなあ、体力が奪われるなあ、などと感じるのに、なぜ俺はいま休日に金を払ってそれをしているのか、というサウナに対する根源的な疑問まで生じた。要するに、もうサウナはオフシーズンに入ったのだと思う。外気浴で、少しひんやりした風が、陰嚢とかを撫ぜるのがサウナの醍醐味だろう。日が落ちたあとならば話は違うのかもしれないが、近ごろの僕はもっぱら平日の昼間サウナ―なので、暑い間は行くべきじゃないようだ。そのことを思い知った「ゆ~ゆ」だった。
 サウナを終えたあとは免許センターへ、かと思いきや、実はあともう1ヶ所、目的地があった。この目的地があるからこそ、「四季荘」とかに行くわけにはいかなかったのだともいえる。それは宍道湖の右のあたりにある、ディオというスーパーである。大黒天物産という会社が運営するディオは、岡山発のディスカウントスーパーで、ディオ、ラ・ムー、チャチャ、名称はなんでもいいのだが、とにかく倉敷時代にはたびたび利用していた。中には安すぎておそろしい商品もあるのだが、ディオにしかない魅力的な商品というのもわりとあり、ところが近所には系列店がないため、倉敷から持ってきたそういうものが、この半年ほどで枯渇しはじめ、もの哀しく感じていた。そんなディオが、松江にはあるのだ。松江までは進出しているのだ。じゃあこっちにも来いよ、と願わずにはおれないが、とりあえず今はまだないので、今回こうして松江に来る機会を得て、必ず立ち寄ろうと決めていた。ともすれば今回の松江の主目的でさえあったかもしれない。というわけで存分に買い物をした。目的のものは、あるものもあったし、なかったものもあった。まあまあの収獲といえた。店内のPOPみたいなものは全店共通のようで、倉敷時代に目にしていたものそのままで、そういう意味で感慨深かった。
 ファルマンからは途中で試験合格の連絡が入っていた。不合格ならば午前で帰宅なので、この時間に迎えに行くということはもちろんそういうことだ。落ちたらふたたび休みの日に送迎しなければならないので、一発で受かってもらわなければならなかった。もっとも日々のファルマンの学習風景を見ていたら、まさか落ちるはずもないだろうと思っていた。この人は結局まじめで敬虔なのだよな、ということを改めて思った。従順というとニュアンスが異なる。宗教ではないけれど、目の前のことにきちんとまじめに取り組む人のことを、僕は敬虔といいたくなる。そして僕にはそれが欠けている。
 2時45分に迎えにいくという段取りになっていて、僕がセンターに着いたのは2時43分だった。双方待つことなく、玄関で出てきたファルマンを拾うことができた。すばらしい時間配分。思えば手芸用品を買い、ひとりカラオケをして、寿司を喰って、サウナへ行って、お気に入りのスーパーで買い物をして、とても見事に立ち回った半日だった。「見て見て」といって見せてきたファルマンの免許証は、証明写真が、「電波少年」の収録かよ、というくらいに、背景の青色と、着ていた青いブラウスの色が同化していて、顔だけ浮かんでいるようでおもしろかった。

ヒトカラ裁縫公園

 平日の休みを堪能する。またこのブログが休日日記の様相を呈している。「暮し」をテーマにしたブログは、どうしたってそうなる傾向がある。
 平日なので子どもたちは当然学校で、これまでだとファルマンはいて、仕事だったり仕事がなかったりして、ない場合はふたりで買い物に行ったりしていたわけだけど、ファルマンは目下教習所通いで、毎日3時間から、多い日では昼を挟んで5時間も教習を受けており、この日も5時間コースとのことで、つまり午後3時くらいまで完全にひとりでフリーという状態になった。それでいつもならサウナということになるのだが、今日は裁縫でしたいことがあったので止すことにして、10時の開店に合わせて手芸屋に行った。そして必要なものを買い込んだ。
 その帰りに、なんとなく気が向いて、ひとりでカラオケに行くことにした。実は珍しく連休で、翌日も休みだったため、心に余裕があった。そして翌日はファルマンの教習所が午前のみということで、ならばこんなにひとり自由なのは今日だけだ、これはヒトカラをする千載一遇のチャンスだ、と思ったのだった。というわけで生まれて初めてのヒトカラ体験をした。ヒトカラは、ファルマンから話で聞いていたけれど、休んだり選曲に悩んだりする時間がなくて、慌ただしかった。急な思いつきで来たため、今度カラオケに行ったら唄おうと思っていた数曲以外はその場で考えなければならず、結果としてその点に多少の忸怩たる思いを抱いた。今度またやることがあったら、ソロライブでもやるんか、というくらい本当に計画的に曲をセレクトしていこうと思った。唄ったのは、ちあきなおみの「喝采」に始まり、武田鉄矢の「少年期」や「雲がゆくのは」、フォーリーブス「ブルドッグ」、山口百恵「乙女座宮」、平井堅「君の好きなとこ」、Kiroro「未来へ」、チェッカーズ「ギザギザハートの子守歌」、桜田淳子「20才になれば」、中島みゆき「命の別名」など。またどうしても唄いたかった3曲として、最近はまっているカーペンターズの「Top of the world」、「Yesterday once more」、そして古田喜昭「パーマンはそこにいる」も唄った。前者のふたつは、やっぱり英語を流暢に唄うのは難しく、これはヒトカラで引き続き練習していかんとなあと、いつ家族以外の他人に披露する機会があるのか分からないが思った。後者のそれは、少し前に借りたFのアニメソングCDに収録されていたものを聴いて、サビの部分は知っていたけど、この歌ってこんなにいい歌だったのかと感動し、ぜひ唄おうと思っていたのだった。これは本当にいい歌。聴くたびにほれぼれする。唄ってももちろん気持ちよかった。ただし画面に表示される歌詞によって、自分が1ヶ所勘違いしていたことを知ってしまった。CDで聴くだけだから分からなかった。「実は欠陥スーパーマン」というのが正しい歌詞なのだが、僕はこれを「実は結果スーパーマン」だとずっと思っていた。スーがスーッと消えて、結果としてパーマンだから、「結果」だと思っていた。まさか「欠陥」とは。もっともこの表現はなかなか昭和的なんじゃないか、とも思う。現代はあまり、人格のあるものに対して欠陥という言い回しは使わないんじゃないかと思った。そんな初めてのヒトカラだった。1時間半で、500円程度。なるほどいいもんだな。
 そのあとは帰宅して、ファルマンの教習が終わるまでの時間で、裁縫。母の知り合いに依頼された合唱用マスクを作る。母に10枚ほど作って送ったものを、母が周囲に配ったおかげで、追加の注文が来たのだった。しかし布マスクも、合唱団も、ワクチンも、緊急事態宣言も、東京オリンピックも、なんだかもういろいろ混沌としているな、としみじみ思う。
 終わりの時間めがけて教習所まで迎えに行き、帰宅後はまた次の裁縫作業。やがて子どもたちも帰ってきた。裁縫をしつつ、晩ごはんの支度をする。晩ごはんは、前日に子どもたちにリクエストを訊ね、するとピイガはいつも「うどん!」と答えるので、「晩ごはんにうどんはちょっと……」となるのだけど、雨で少し肌寒かったので、今日は本当に肉たっぷりのうどんを作り、あと炊き込みごはんや、出来合いのごぼうサラダなどで献立とした。おいしかった。
 翌日の今日は、ファルマンが昼に帰ってくるので、遊びに出たりせず、粛々と裁縫に没頭した。おかげでまあまあ進む。これは近日中に「nw」にアップできるだろうと思う。
 夕方に子どもたちが帰ってきたところで、みんなで公園に行った。最近は土日に子どもたちと遊べず、微妙に後ろめたさがあるので、こうして子どもたちが疲れても問題ない金曜日の夕方に積極的に連れ出すようにしている。週末は(あくまで島根レベルで)賑わう大きな公園なのだが、平日の夕方は貸し切り状態で、遊びやすかった。このご時世における公園の貸し切りのなにがいいって、マスクが外せることだ。僕も気合を入れてトレーニングウエアに着替えて行ったので、子らとともにアスレチックを愉しんだ。ジャングルジムに登ったり、縄でネットになっている斜面を移動したりして、まだまだ体は快活に動くな、と確認した。
 帰宅して、晩ごはんは手羽中の唐揚げ。昨日から調味料に漬け込んでおいたため、味はしっかり浸みているし、調理も簡単で、実に計画的なのだった。片栗粉をたくさんまぶし、好みのゴリゴリとした具合に仕上げる。やっぱりひと晩漬け込むと格別においしい。家族から大好評を得たので気分がよかった。

カラオケとバレンタインと子ども

 今年初めてのカラオケに行く。なんとなくカラオケ熱が下がっているのだった。たぶん行きすぎたのだと思う。メンバーも家族で固定だし、子どもたちは毎回おなじ歌を唄うし、僕とファルマンも唄いたい曲は大体もう唄ってしまった。完全に停滞期だな。
 唄った曲は以下の通り。
 1曲目、加藤登紀子「知床旅情」。MAXは、前回の「TORATORATORA」で歌い尽くしてしまったので、その定番ギャグはきっぱりと捨てた。そして加藤登紀子。MAXからの急転直下の渋さ。作詞作曲は森繁久彌。
 2曲目、梓みちよ「二人でお酒を」。追悼歌唱。梓みちよの訃報を聞いたとき、あまり知らない人だなあと思ったのだけど、追悼歌唱のためになにか唄える曲はないかと検索したら、ぜんぜん知ってた。この歌の人だったのか。追悼歌唱といえば、野村克也も数日前に亡くなって、この人が佐知代夫人へ捧ぐ歌(「女房よ……」というらしい)とかを唄っていたのは知っていたので、ファルマンもいることだしそれも唄おうかとも思っていたのだが、準備が整わずに唄えなかった。残念だ。
 3曲目、槇原敬之「どんなときも。」こちらは時事歌唱。カラオケのたびに、亡くなった人と事件を起した人(特にクスリ関係)の歌を唄っている気がするな。ところで近ごろ薬物で捕まった有名芸能人の頭文字が、沢尻、槇原、ASKA、ピエールで、SMAPになる、という非常にどうでもいい話題があるが、そう考えたとき僕は電気グルーヴの歌だけはカラオケで唄わなかったな、と思った。もっともカラオケで唄うような曲じゃないんだろう、たぶん。聴いたことがそもそもないけど。
 4曲目、欅坂46「手を繋いで帰ろうか」。これも時事歌唱ということになるか。平手友梨奈の脱退はもちろん大いにショックだ。ショックだけど、当然の帰結のような感じもする。僕はこういう明るい歌をもっと唄ってほしかった。アイドルの女の子に、鬱屈や葛藤みたいなものは、ぜんぜん求めていない。更衣室で、ユッコがメグの胸を揉むような、そんな集団であればそれでいいのだ。
 5曲目、氷川きよし「大丈夫」。年末年始の帰省の日記内で、紅白の感想としても触れたが、最近の氷川きよしは本当にいい。眺めているととても満ち足りた気持ちになる。さらに本人による解脱のこのタイミングでこの歌、というのが最高にいい。手拍子もちゃんとやった。ファルマンもいちおうやってくれていた。
 6曲目、宮史郎とぴんからトリオ「女のみち」。先日やっていた大型歌番組で、とにかくCDがたくさん売れた順にランキングして紹介、というのをやっていて、3位が「世界にひとつだけの花」(マッキー!)、2位がこれ、1位が「およげ! たいやきくん」だった。なので唄った。1972年発売ということで、当時の風潮はよく判らない。300万枚以上も売れたらしい。この歌がなぜなのだろう、とも思うが、「だんご3兄弟」のヒットは目の当たりにしたし、なんかまあ、そういうことってあるんだろうな、とも思う。カラオケ映像で、宮史郎がハンサム俳優みたいな扱いのドラマが流れて、ファルマンが爆笑していた。どこまで本当で、どこまでギャグなのか、後世の人間にはさっぱり判らない。
 7曲目、子門真人「およげ! たいやきくん」。というわけで1位も唄う。「女のみち」よりは、いちおう価値が見出せる感じはある。それにしたって450万枚って、とは思う。ある程度の年齢に達した男性ならば絶対にやるだろう、子門真人のモノマネで唄った。わりと似ていたと思う。たぶん誰でもわりと似せられるのだと思う。
 8曲目、欅坂46「不協和音」。再び欅坂に戻った。デビュー曲の「サイレントマジョリティー」の時点で方向性は決まっていたとはいえ、「手を繋いで帰ろうか」や「二人セゾン」などの正統派アイドルソング路線という道筋だって、あるにはあったろうと思うが、この「不協和音」で欅坂はもう引き返せなくなったのだな、と改めて唄ってみて思った。切ない。2回目の「僕は嫌だ!」は長濱ねるなので、ちょっと穏やかにいう、というところまで再現したが、家族は誰も気づかなかったろう。
 このあとは「年度別紅白メドレー」という項目を発見したので、ファルマンとそれを唄った。1曲30秒ずつくらい、次々に出てくるやつ。それでまず「98年紅組」を選んだら、なんとMAXの「Ride on time」で始まったので、期せずして今回もMAXの灯は守られた。このしぶとさ、いかにもMAXらしい。そのあと他の年度もやり、ELTやHitomi、浜崎あゆみや花*花など、自分で入力することは決してないが、懐かしいし唄える、という曲がいろいろ出てきて、愉しかった。ぜんぜん聴いたことのない演歌なんかも出てきたが、思った以上にちゃんと唄えてファルマンに絶賛された。「知ってる曲なの?」と何度も訊かれた。天性の才能としかいいようがない。
 そんなカラオケだった。時事歌唱などに囚われ過ぎて、自分の本当に好きな曲とか、十八番みたいなものを、ほとんど唄わなかったな。なにしろ、そういうのは本当に唄い尽くしてしまったのだ。次回以降、どうしたものか。
 帰宅後、午後は家でのんびり過す。ファルマンと子どもたちがキッチンでなんか作業をしていて、なんだろうなあと不思議に思っていたら、夕食後に冷蔵庫から、パウンドケーキを焼くような型を使った、巨大なプリンが出てきて、えっなんでなんで? と思ったら、いっけね! バレンタインデーなのだった。正確には前日なのだけど。卵を大量に使うというハードタイプのプリンは、とても好みの感じで美味しかった。
 翌、日曜日は、終日小雨ということもあり、だいたい家で過した。子どもがうるさかった。休みはいつもしみじみと「子どもがうるさい……」ということを思い、思って、日が暮れる。子どもはなぜああもうるさく、そして物を散らかすのか。僕がいま子どもに、「子ども」以外の名前を付けるとしたら、もっとそういう特徴を織り込む。「とにかくうるさく、そして物を散らかすもの」を意味する言葉にする。実際に子どもがそういう意味になっている言語も、世界にはあるんじゃないか。それともうちの子だけ特になのか。

今年最後のカラオケとM-1

 今年最後の岡山でのレジャーとして、カラオケに繰り出す。ちなみに今年もクリスマス会はもちろん忘年会もない、家族まみれの年末である。思えば家族や親類以外の人と外で集ったのって、5月の練馬が最後で、そして今年の最初だったな。なんと血縁の純度の高い1年だったか。我々はなにか精製しようとしているのだろうか。
 唄ったのは以下の通りである。
 1曲目はMAX「TORATORATORA」。1曲目はMAX、というのは僕の定番のギャグなのだが、とうとう今回トラトラトラを唄ってしまったので、あとはもう唄う曲がない。もっとも唄うべき曲なんて最初から1曲もなかった。
 2曲目はラッツ&スター「ランナウェイ」。なぜ唄ったかと言えば、もちろん時事である。あとスタンドマイクを手に入れたとき、スタンドマイクを使って唄われる歌といったらなんだろうと思案して、ドリフを唄ったりしたが、考えてみたらこれがあったじゃないかと思った。ちなみに志村けんと田代まさしで、期せずしてゆるやかに繋がっている。とてもどうでもいい偶然だ。
 3曲目、小坂恭子「思い出まくら」。これは3曲目にして本心から唄いたくて唄った歌。気持ちよかった。
 4曲目、河島英五「時代おくれ」。これも気持ちよく唄いたくてセレクトしたのだが、やっぱり男の歌は音程が低くて厳しかった。
 5曲目、ゴールデンボンバー「女々しくて」。「Lemon」が現れるまで、これと星野源の「恋」が、たぶん仲間内の愉しいカラオケではひたすらに唄われていたと思われるが、それをこのたびとうとう唄った。愉しかった。家族相手に唄ってもこんなに愉しいのだから、仲間内でアルコールも入った状態でやったら最高に愉しいんだろうな、と思った。
 6曲目、Kaoru Amane「タイヨウのうた」。Kaoru Amaneなどといっているが、要するに沢尻エリカで、要するにラッツ&スターと同じ意味合いで唄った。その意味のためだけに、ろくに聞いたこともない、もちろん好きでもない、なんの思い入れもない歌を唄う。なんでそんなことをするの? と訊かれたらこう答える。別に。
 7曲目、マライア・キャリー「恋人たちのクリスマス」。去年のクリスマス前カラオケでは、クリスマスソングの用意を忘れ、咄嗟に浮かんだプッチモニを唄ってしまったので、今年はきちんと準備して臨んだ。そしてこのセレクト。よう唄ったな! よう唄おうと思ったな! という話で、英語の曲ってフニャフニャ唄ってぐだぐだになりがちだよね、というまさにそんな感じになった。やはり歌ギャグは難しい。
 8曲目、十田敬三「今日もどこかでデビルマン」。今回唯一のアニメソング。阿久悠と都倉俊一のコンビで、とてもいい歌。デビルマンのことは漫画もアニメもぜんぜん知らないが、これでオープニングもエンディングも唄ったことになる。
 9曲目、ビートたけし「浅草キッド」。これも時事歌唱。珍しく不祥事や追悼じゃない。紅白で唄うことが、2日前くらいに発表になったのだった。たけしのこの歌は、ビブラートがいい、なんてことがいわれていたが、あれはただ声が掠れて震えているだけだと僕は思う。もちろんいい歌だけど。
 10曲目、高橋真梨子「はがゆい唇」。高橋真梨子って、やっぱりみんないいっていうだけあって、すごくいいな、と近ごろ思いはじめている。なんの因果か僕はMAXのファンをやるはめに陥っているが、選べるならこっちがよかったな……。
 11曲目、坂本九「上を向いて歩こう」。本日の、そして今年のラスト歌唱。そうなるとやっぱりこれかな、という感じで選んだ。抒情的なさみしさを抱えつつも、やはり高度経済成長の明るさに溢れたこの歌を、人口減少時代に唄うのもなかなかオツなものだと思う。前向き、上向きじゃない、スマホ首の時代に。
 そんな感じで、なかなか思い通りに唄いたい歌を唄えた、いいカラオケだった。今年は何回行ったのだったかな。また来年も1ヶ月半にいちどくらいのペースで行くんだろうと思う。もちろん家族ばかりと。
 夜はM-1グランプリ。子どもが起きている間はちゃんと観られないので、いつものように21時過ぎくらいから、追っかけ再生で観た。リアルタイムでは観られないが、当晩中に観ておかなければ次の日に結果は絶対に目に入ってしまうので、慌ただしくそうやって観るしかないのだ。優勝したミルクボーイがすごくよかった。そして来年はコウテイが優勝したらいいなあ。
 翌日の23日はなんと休みじゃない。12月23日が休みじゃないなんて、物心がついてから初めてのことでショックで仕方ない。なにかと慌ただしい年の瀬の、クリスマス前日のこの休み、いろいろ整えるために、すごくよかったのになあ。ちなみにこれからのそれは2月23日だという。うーん……。なんでもねえ時期だな……。

カラオケと餌やり

 3連休の最終日、カラオケに行く。前回が10月中旬だったので、ずいぶんと行ったばかりだ。正直あまり準備が整っていなかった。しかし3連休を持て余し気味だったので、まあ他になにをしたいってこともないし行くか、という感じで行った。
 準備というのは、唄う曲を日常の中でピックアップしておくことを指す。そしてそれを何度か聴いて、覚えたりする行為である。それをぜんぜん十全にせず行ったのだった。
 そんな状態で、唄ったのは以下の通りである。
 1曲目、MAX「Give me a Shake」。どうしたって1曲目はMAX。これは僕のカラオケのお約束のギャグである。そして相変わらず浅い選曲。本当はコアなファンしか知らない、オリジナルアルバムのあの曲を唄おうかとも思ったのだけど、今日のところはこれにしておいた。相変わらずサビしかちゃんと唄えなかった。
 2曲目、弘田三枝子「人形の家」。熱唱系。1曲目と違って唄いやすかった。やっぱりこのあたりの歌謡曲がいいわー。唄いやすいわー。
 3曲目、皆川おさむ「黒猫のタンゴ」。今回ももちろんマイクスタンドを持ち込んで唄ったのだが、スタンドマイクがあるとやけに行儀よく直立して唄う子どもたちの姿を見て、ポルガが「黒猫のタンゴ」を唄ったら似合うだろうなあと前回から思っていて、それをいつか実現させるために今回まずは自分で唄った。愉しかった。子どもたちはとても冷めた反応だった。
 4曲目、研ナオコ「ひとりぽっちで躍らせて」。これもよかった。研ナオコ、「あばよ」もいいがこれもいい。スナックで唄うような歌が結局いいのかもしれない。
 5曲目、BEGIN「島人ぬ宝」。首里城全焼を受けての時事歌唱なのだが、考えてみたら1曲目のMAXの時点で沖縄だった。まあこっちのほうが「沖縄感」が横溢しているのでふさわしいと思う。
 6曲目、上高田少年合唱団「鉄腕アトム」。手塚治虫アニメソングアルバムというのを以前に聴いて、なぜか「ジェッターマルス」のほうに傾倒し、そちらを先に何度か唄ったが、ここへ来てようやく本家を唄った。けっこう気持ちよかった。昔の勧善懲悪アニメのテーマソングの明るさって、どこかに切なさがあっていい。まだ傷跡生々しい戦争の影がチラつくからだろうか。
 7曲目、スマイレージ「夢見る15歳」。なんとなくたまにハロプロを唄う。やっぱりつんくの作るアイドル曲って、阿久悠好きに訴求する部分があるのだと思う。
 8曲目、荒井由実「ひこうき雲」。これも唄って気持ちがよかった。カラオケビデオが、とても素直に歌の内容に沿った、世界の中心で愛を叫ぶみたいなストーリーで愉快だった。たまに「この歌専用だろ」みたいな映像が来るとびっくりする。
 9曲目、今田裕子「私はマチコ」。「まいっちんぐマチコ先生」は、漫画やアニメそのものには触れていないのだけど、内容だけは知っていて、そのストーリーと言うか、話の構造には、とても感じ入る部分がある。セクシーなマチコ先生に、男子生徒や男性教諭がひたすら性的なイタズラをするという、本当にただそれだけなのだ。それがとてもすばらしいと思う。強さのインフレとか、難病とか、大事件とか、たぶん一切ない。ただ性的なイタズラ。なんて優しい世界だろうかと思う。
 10曲目、米米CLUB「君がいるだけで」。これはなんとなく唄ったとしか言いようがない。唄いながら、どうしたってくっきーのネタのことを思い出した。
 そんな10曲。急ごしらえのわりにはまあまあ揃えられたんじゃないかと思う。ファルマンがリモコンの「おかあさんといっしょ」のページから、テレビの映像がそのまま流れる曲という特集を見つけ、ポルガが2歳ごろ、島根に住み、わが家がいちばん「おかあさんといっしょ」を観ていた時代の、横山だいすけ、三谷たくみコンビの曲を次々に入力し、それらがいちいち感動するほど懐かしかった。だいすけおにいさんはたまに民放で目にするので慣れていて、スイッチにはならないのだけど、たくみおねえさんの姿は猛烈に当時の記憶を蘇らせる効果があるようだ。ちなみに先日、平日だけど仕事が休みという日に、ピイガの観ていた「おかあさんといっしょ」を後ろから眺めたのだけど、知ってはいたが歌と体操の4人すべてが新しい人に入れ替わっていて、パラレルワールドに来たような気持ちになった。新しい4人、あくがなさ過ぎて嘘みたいで知覚できない。
 そんなカラオケのあとは、公園に立ち寄って少し遊び、家から作ってきたおにぎりを食べたりした。遊具で遊ぶのは別にしてもしなくてもよかったのだが、食パンの賞味期限が切れたものが3枚も出てしまい、捨てるにしのびなかったので、池の生きものにやろうと思い立ち、それが公園に来た主目的だった。なのでやった。夏が終わり、水鳥ももう飛来してきていて、パンを水面に投げると、わらわらと寄ってきた。続けて魚や、ハトや、亀もやってきて、愉快な気持ちになった。ピイガが、生きものが遠くにいる間は「ヘイヘイヘーイ! 来いよ来いよ!」みたいな感じなのに、実際にハトなどが近寄ってくると「こわい……」となるのが漫画みたいでおもしろかった。

カラオケ日記 ~スタンドマイクデビュー~

 関東に台風直撃の3連休。岡山への影響は、少し不穏な風が吹く程度で、ほとんどないのだった。とは言え屋外で遊べるほどではなかったので、ちょうど機運が高まっていたこともあり、カラオケへと出向いた。
 機運が高まっていたというのは、今回カラオケ用の新アイテムを購入したからだ。なにかと言うと、ずばりマイクスタンドである。これまでカラオケの際、マイクを持つ手がなんとなく決まらず、唄いながら入れ替えたり、戻したり、ふわふわしていた。それに振付のある歌を唄うときには、片手が塞がっているのがどうしても不自由だった。そんなわけで、いよいよマイクスタンドを買ったのだった。思っていたより安かった。というわけで今日のカラオケではそれを持ち込んで臨んだ。
 唄ったのは以下の通りである。
 1曲目、MAX「Ride on time」。やっぱり1曲目は僕がファンをするところのMAXだろう。しかし前回の「GET MY LOVE!」に引き続き、熱心なファンとはとても思えない浅い選曲。でもMAXだから。MAXのファンというのが、その時点でかなりギリギリのギャグなのだから、それで選曲をマニアックなものにしたらやり過ぎだと思う。だから当時やけに垂れ流されて、サビだけ知っているこのあたりの曲が正しい。それにしても唄ってみたらぜんぜんサビしか知らなくて戸惑った。ファンなのにね。
 2曲目、麻倉未稀「ヒーロー」。今回の時事歌唱はどんなものがあるか、かなり考えた末、ようやく思いついたのがこれだった(コブクロのモノマネで君が代を唄う案もあったが、裏声が無理で諦めた)。目下ワールドカップで盛り上がるラグビーにあやかった。もっともスクールウォーズの放送は1984年ということで、よく知らない。上の世代の人たちはやけにスクールウォーズのことが好きだよね、と思う。
 3曲目、中島みゆき「命の別名」。有線で流れているのを聴いて、唄いたくなった。スタンドマイクで、夜会っぽく唄った。
 4曲目、天童よしみ「人生讃歌~渡る世間は鬼ばかり~」。これも時事歌唱と言えば時事歌唱か。先月のスペシャルでもエンディングで流れ、それから絶対に唄おうと思っていた。歌詞は後付けで、歌詞が付くことは想定されずに作られた曲なんだろうが、ずいぶんいい具合に仕上がっている。CDが欲しいくらいだ。間奏中にえなりかずきのモノマネで、「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか」と、泉ピン子との共演を拒んでおいた。蕁麻疹が出るんならしょうがない。
 5曲目、SPEED「My Graduation」。なんとなく僕の中で、スタンドマイクと言えばこの曲、というイメージがあり、唄った。ちょうどカラオケ映像がプロモで、4人が十字に向かい合うあのスタンドマイクのシーンが映った。この曲が出たとき、ちょうど中3くらいだったので、けっこう印象が強い。もっとも当時は断然モーニング娘。派だったけど。
 6曲目、小林明子「恋に落ちて-Fall in love-」。これも有線でよく流れる。2番が丸々英語の歌詞みたいになっていて、うまく唄えるだろうかと不安だったが、もちろんうまく唄えなかった。
 7曲目、PUFFY「渚にまつわるエトセトラ」。これもスタンドマイクありきの選曲。あのジャブみたいな振付を大いにやった。
 8曲目、高橋真梨子「for you」。系統は違うが、これもスタンドマイクを意識している。体の前で手のひらを重ね、マイクに向かって囁くように唄う印象があり、そのように唄った。サビが気持ちよかった。
 9曲目、中森明菜「飾りじゃないのよ涙は」。これは中森明菜を唄っておこうという、歌手先行の選曲。今日ふたつ目の井上陽水である。
 10曲目、川本真琴「1/2」。これも川本真琴を唄っておこうという理由。
 11曲目、ザ・ドリフターズ「ドリフのズンドコ節」。やっぱりスタンドマイクと言ったらドリフも外せないだろう、ということで唄う。大いによかった。本当はドリフ大爆笑のオープニングテーマがよかったのだが、入っていなかった。
 以上である。ちなみにスタンドマイクを低くして「ff (フォルティシモ)」を唄う、というのも一瞬考えたのだが、曲をあまり知らないのであきらめた。これは次回だな。ミュージック、スターティン。
 というわけで、スタンドマイクがとてもよかったカラオケだった。これまで片手でマイクを持ってふわふわしていたのが、1ヶ所にきちんと立脚して唄うことができるようになり、安定感が出た。ファルマンも「唄いやすい」と喜んでいたし、子どもがスタンドマイクで唄う姿は、ちびっ子のど自慢のようで微笑ましかった。実にいい買い物をした。終えたあとは車に乗せ、家に着いて荷物を降ろすとき、どうせ次にカラオケに行くときにしか使わないんだから車から降ろす必要ないよね、ということになり、車に乗せっ放しになった。つまり僕は車にいつでもマイクスタンドを積み込んでいる人間になった。そんな人間、めっちゃ愉快やん。一緒にカラオケ行ったらめっちゃ愉しいやん。家族以外の人間とカラオケに行った経験はそこまで多くないが、カラオケに自前のマイクスタンドを持ち込む人間というものはもちろん見たことがない。誰か僕をカラオケに誘えばいいのに。

カラオケとドンジャラ

 約2ヶ月ぶりのカラオケに繰り出す。8月は行かなかったか。まあ妻子は半月帰省していたもんな。その間、日記には書かなかったが、仲間とは何回行ったんだったっけかな。仲間と行くカラオケは、基本的に酒が入っているし、唄う曲も湘南乃風オンリーなので、ここに書いても仕方ないと思って書かないのだ。たぶん6万回くらいだと思う。半月で6万回か。減ったなー。
 というわけで今回唄ったのは以下の通りである。
 1曲目、高橋洋樹「摩訶不思議アドベンチャー」。言わずと知れたドラゴンボール主題歌。先ごろ単行本をはじめのほうの巻から買いはじめたのだが、歌の間に流れたアニメ映像が、ピラフ一味に捕まってギャルのパンティをもらって大猿になる、まさにそのあたりで嬉しかった。
 2曲目、倖田來未「恋のつぼみ」。倖田來未のことはもちろん好きではない。でも本人の手による歌詞が、「めちゃくちゃ好きやっちゅうねん!!」などと、あんまりにもあんまりな感じなので、逆におもしろく感じられて、唄ってみた。俺が倖田來未を唄う、というのも本人にとってはそれだけでギャグなのだが、こういうギャグって使いどころが難しい。
 3曲目、光GENJI「パラダイス銀河」。前回、ジャニー喜多川氏の追悼ということで嵐を唄ったのだが、今回も数日前にお別れの会が営まれたこともあり、ジャニーズを唄うことにした。光GENJIは僕よりも5年とかもうちょっと上の世代のアイドルで、実はあまり馴染みがない。いま思えば、錦戸脱退ということで関ジャニを唄うべきだったか。
 4曲目、MAX「GET MY LOVE!」。MAXである。俺がいま目下ファン活をしているMAXである。これも倖田來未と一緒で、それほど親しくない人とカラオケに行って、俺がおもむろにMAXを唄いはじめたとき、それがちゃんとギャグだと認識されればいいが、本当に好きなんだと捉えられ、(この人とは趣味が合わないな)と心の中で断ぜられたらたまったもんじゃない。それなら唄わなければ済む話なのだが、僕自身の中では、僕が倖田來未やMAXを唄うというギャグがツボなのだからして、なかなか諦めきれない。難しい問題である。もっとも、それほど親しくない人とカラオケに行く予定はないし、それに僕はMAXの真正のファンである。
 5曲目、少女時代「Gee」。日韓関係の悪化に関して、僕にできることはなにかと三日三晩考えて、思いついたのがこれだった。みんな心が洗われればいい。
 6曲目、財津和夫「切手のないおくりもの」。倖田來未やらMAXやら少女時代と来て、これ。なにがしたいのか。聴衆をどういう気持ちに持っていきたいのか。
 7曲目、堺正章「さらば恋人」。そうか。今日はもうここからこういう路線、しっとり唄い上げる路線でいくんだな。昭和歌謡の、地に足の着いた唄いやすさ。心地よかった。
 8曲目、Berrys工房「ファイティングポーズはダテじゃない!」。どうした。どうしたいんだ。混沌とし過ぎだろう。FNS歌謡祭か。
 9曲目、野口五郎「私鉄沿線」。またそっちに戻るのか。じゃあなぜBerrys工房を挟んだんだ。ちなみにこれにて新御三家をとりあえず唄ったことになる。昔の映像を見ると、おじさんになってからしか知らない新御三家は、本当に少女マンガの男の子のようなビジュアルで、びっくりする。特に野口五郎のギャップがすごい。
 10曲目、椎名林檎「歌舞伎町の女王」。ファルマンのお株を奪い、初めて僕が椎名林檎を唄ってみた。椎名林檎と言えばこれ。これ以外の曲もこれに聴こえる。
 11曲目、CHAGE and ASKA「SAY YES」。解散を受けての記念歌唱。「パラダイス銀河」に続いて本日ふたつめの飛鳥涼であり、その才能に改めて感服する。「尿をお茶とすり替えた人」のイメージが強いが(僕だけだろうか)、早くそんな記憶を払拭する名曲をまた作ってくれたらいい。ファルマンがちょっとCHAGEをやってくれた。
 12曲目、米津玄師「パプリカ」。カラオケには子どもたちのバージョンしかなかったのだが、僕の中では米津バージョンのつもりで唄った。米津玄師の歌い方って、けっこうこぶしをきかせる演歌調ではないかと思っている。
 以上である。前回のような、エキセントリック少年ボウイからはっぱ隊の夫婦メドレーのような感動はなかったが、思う存分に気持ちよく唄えた。しかし最近はいちども唄ってない曲を唄おうとするあまり、セレクトが変な感じになってきたな。
 カラオケのあとは少し買い物をして帰る。空には見事な入道雲が浮かんでいた。厚みのある入道雲のあんまりな白さと空の青さが、馬鹿な子のようだった。これは残暑のそれじゃないな、実はまだバリバリ夏だな、と感じた。そう言えば9月19日までは夏、という説もあった。
 午後は最近買ったドラえもんのドンジャラ(製品名は異なるのだが、もう僕の人生の中ではドンジャラで固定されている)を、子どもたちにルールを教えながら4人でやる。やっぱり4人家族と言えばドンジャラだ。まあ、俺は、ほら……、3人、だった、けどさ……。北家はいつだって空席だった、けどさ……。そんなほろ苦い少年時代のことなんかも思い出しつつ、20年以上ぶりのドンジャラはやっぱりおもしろかった。勝負ごとにやけに強いピイガが優勝し、勝負ごとにやけに弱いポルガがボロ負けという結果だった(ポルガは結局いちども上がれず、持ち点を全て失くし、ポロポロ泣いた)。またやろう。
 夕飯は手羽先の竜田揚げ。また片栗粉の衣で、好みのゴリゴリ風に仕上げる。しかしゴリゴリを深追いしすぎた結果、これはもはや若干焦げていると言うべきではないのか、というくらいになってしまった。でもおいしかった。

音楽の日

 金曜の晩、ハリーポッター第3巻、アズカバンの囚人を読み終える。また10日を要した。でもその10日間の内訳は、前半の3分の2に8日、後半の3分の1を2日という感じであり、ここに来てようやく今回の僕のハリーポッター読書に火が点いた感がある。後半ぐぐぐっと引き込まれ、とても愉しかった。思えば今年はおもしろ読書体験がここまでほぼ皆無で来ていたので、久しぶりで嬉しい。感想をファルマンに向かって話したら、やっぱりしたり顔をされ憎たらしかった。次の巻からは上下の分冊となる。火が点いたとは言え、じゃあひとつの巻を読むのに半月は掛かりそうだ。しかしそんな遅いペースながら、とにもかくにも続けて読んでいるため、さすがに主要な登場人物の名前は忘れることなく読めているので、そういう意味では心地がいい。シリーズ物で、誰が誰なのか分からなくなるの、本当に不愉快だから。あの当時、毎年新刊が出るごとにみんな大騒ぎして買って読んでいたけど、こうして全巻揃ってから読むほうが絶対的に正しかった。あと今回の内容に関して、ネタバレとは無関係の感想を言うならば、箒の性能でそんなに差がつくのはスポーツとしてどうなのか、と思った。
 翌日土曜、すなわち本日からは、貴重な3連休である。3連休だからあそこへ行ってあれをしよう、という壮大な計画は特にないのだが、カラオケに行こうという話はあって、そしてそれを今日の午前に早くも実行した。数少ない予定をこんなに早くも使用してしまって大丈夫なのか。後半ダレないのか。まあ間違いなくダレる。
 唄ったのは以下の通りである。
 1曲目、槇原敬之「もう恋なんてしない」。なんとなく次カラオケに行ったとき唄おうと思ってメモしていて、でも1曲目じゃなかったな、と唄ってから思った。
 2曲目、夏川りみ「涙そうそう」。これも順番を間違えた。もっと後半にしっとり唄いたかった。あと自分が思っているよりテンポが速く、もっと溜めたかった。
 3曲目、ピンクレディー「サウスポー」。これは時事歌唱。中日ドラゴンズの応援歌の「お前」問題を受けて。もちろんそっちの替え歌の歌詞は知らないので普通に唄う。ここまでの2曲に較べ、声が伸びる感じが我ながらすごくあった。やっぱり阿久悠だな。これをまず唄えばよかった。
 4曲目、JUDY AND MARY「そばかす」。これもちょっと前にカラオケで唄おうと思ってメモしていたもの。最近ちょうど「なぜ再結成しないのか?」みたいな下世話な記事が出ていた。いまさらせんわな。
 5曲目、相内恵、ヤングフレッシュ「とんちんかんちん一休さん」。これはブログクロス連載小説「俺と涼花」で爆誕し、僕とファルマンの間だけで大ブームとなっている「わからんちんぽこどもとっちめちんぽこ」の盛り上がりを受けての歌唱。リモコンで予約入力をすると、画面上に曲名が出るのだが、それだけでそのとき鬼束ちひろを唄っていたファルマンは爆笑し、しばらく歌が中断してしまった。唄う際は、少し細川たかしのことも頭に入れつつ、気持ちよく唄った。問題の「わからんちんどもとっちめちん」の部分は、さすがに娘たちもいるため、「わからんちんふふ、とっちめちんふふ」くらいに、ぼかして唄った。
 6曲目、桜田淳子「はじめての出来事」。久しぶりの桜田淳子。唄いやすい。
 7曲目、日向坂46「キュン」。日向坂に関しては、入れ込みもせず、もちろん嫌悪もせず、とてもフラットな気持ちで眺めている。そろそろ36歳で、もういよいよ女子高生らへんがモチーフのアイドルに、心が乱されなくなったのかもしれない。そう考えるとちょっと寂しい。
 8曲目、水森亜土「ワイワイワールド」。曲そのものが愉しかったし、映像がアラレちゃんのアニメで、アラレちゃんは思っていた以上にかわいかった。なんかグッズが欲しいなとさえ思った。太縁眼鏡で紫色の髪って、すごくしゃれたデザインだな。
 9曲目、北川理恵「キラリ☆彡スター☆トゥインクルプリキュア」。子どもたちは最近もうだいぶ今年のプリキュアに対して熱が下がったので、子どもとのデュエットでもなんでもなく、ひとりで唄った。ひとつのアニメを1年間見続けるのってけっこう難しいんだな。結局ピンチになって変身して倒すだけだしな。
 10曲目、SPEED「ALIVE」。これは以前にもいちど唄った。いちど唄った歌って、間が空いていてもけっこう飽きている。それを思うと歌手ってすごい。だからあんなファンがぜんぜん求めてないアレンジをしたりするのか。前回もやったが、語り部分を「愛は生きてる。女の子のいちばんの性感帯は頭の中にある。アライブ」と言い換えるのはやった。これはちんぽこと違ってまだ子どもに意味は分からんだろうという判断。果たしてそこまでしてやる必要があるのか。
 11曲目、プッチモニ「ちょこっとLOVE」。これは本当はファルマンが入力したのだが、曲名が表示されたのを見て、そう言えばその時事があったじゃないか、と思い出して、一緒に唄わせてもらった。俺のモーニング娘。の推しは、参議院議員の比例代表候補者(公職選挙法に抵触するので伏せる)から始まり、辻になり、そして紺野で終わったのだよな、と懐かしく思った。
 12曲目、嵐「A・RA・SHI」。ジャニー喜多川氏が亡くなり、ジャニーズの歌を唄わないわけにはいかないだろうと思い、しかしなにを唄えばいいのかなかなか思い浮かばず、悩んだ末にこのセレクトとなった。間違えたような気もする。嵐を初めて唄った。サクラップの部分はファルマンにやってもらった。ところでポルガは先日学校で、嵐を知らなかったことをみんなに驚かれたそうだ。そう言えばポルガは嵐のことなんて知らないだろう。小3女子でそれって珍しいのか。いまどきそんなこともないんじゃないか。昔ほどメディアはテレビ一辺倒ではないのだし。いわゆる「変な家」じゃ、ない……よな?
 13曲目、はっぱ隊「YATTA」。終わりのときが近付いて、この曲のひとつ前、ファルマンが最後に入力したのがエキセントリック少年ボウイの「ああエキセントリック少年ボウイ」だった(日曜8時50分のあの気持ちがよみがえって切なくなった)ので、じゃあそれに対抗するにはこれだろう、ということで選曲した。これは我ながらいいセレクトだった。同じ日曜8時で、エキセントリック少年ボウイは中学時代、笑う犬は高校時代である。切なくて、明るくて、どちらにしろ十代の日々が濃密に思い出されて、大笑いしたあと涙がちょちょぎれそうになった。
 そんな感情を揺さぶられた、盛りだくさんのカラオケだった。あと1曲ちゃんとは唄わなかったが、先日「アメトーーク」で永野がやっていた「嫁に来ないか」のイントロ芸もやったりした。ファルマンがこれに異様にハマり、我が家で永野ブームが起ろうとしている。
 そのあと100均と図書館に寄って帰宅後、僕だけフィットネスジムへ繰り出し、ひと汗流す。運動がすっかり生活の中に組み込まれた。そして体の調子がいい。やんなるくらい健康だ。生きているからハッピーだ。
 晩ごはんは、ホットプレートでチーズダッカルビ(のようなもの)を調理した。なんとなくそんなものを食べたい気分だった。思ったほどチーズは伸びず、子どもたちの辛さ対策のために蓋を閉めて蒸し焼きにする直前に落とした卵はタイミングを逃して黄身が固まってしまったが、それでも美味しかった。せっかくなのでビールも飲んだ。めったに飲まなくなったビールだが、飲むとなるとわくわくするし、実際に飲むとやっぱり美味しい。別れた伴侶と今はただのいい友達(セフレ)ってこんな感じかな、という距離感。
 今夜はこれから、アズカバンの囚人の映画を観る予定がある。ぜんぜん知らなかったのだけど、ハリーポッターって実写映画化されていたらしい。それで、まあここまでの2作は別にいいので(特に1作目は2、3回観たような気がするし)、この巻からは読了後に観ていこうかな、と思った。しかしこの日記を22時までに書き終える予定だったのだけど、だいぶ押したな。どうしようかな。2時間以上あるのかな。でも明日も休みだしいいかな。やっちゃうか。

カラオケ公園餃子

 久しぶりのカラオケ。前回を見たら3月だった。じゃあ令和初だな。令和初と言えば、僕のLINEには令和になってから、妻、母、姉以外の人からまだ1回もメッセージが来ていない。僕のLINEの対外関係は未だ平成から抜け出せていない。いったい誰が令和初の栄誉を手にするのか、そしてこの記録はどこまで伸びるのか、とても気になるところだ。
 唄ったのは以下の通りである。
 1:「お嫁サンバ」(郷ひろみ)。本日のこけら落としはひろみ郷。この曲っていかにもひろみ郷らしい頭からっぽな感じでとてもいい。
 2:「青春時計」(NGT48)。もうだいぶ遅いと言えば遅いのだが、時事歌唱。そもそもこのデビュー曲しか知らないのでこれを選んだ。冒頭のラップ部分で、いちどもこれを聴いたことがなかったファルマンが目を見開いたのがおもしろかった。
 3:「パンダ・ダ・パヤッ」(井上広美)。職場にパンを売りに来るトラックが、この曲をかけて現れるので、いつ訪れるとも知れない職場仲間でのカラオケの際にこの曲を唄ったら大爆笑なのではないか、と目論んで唄った。いつ訪れるとも知れないのに、そういう下準備だけは意気込む。
 4:「Butterfly」(木村カエラ)。これも、差し当たって誰かが結婚するわけではないのだけど、いざというときの素養として唄えるようにしておこうと思って唄った。結婚のお祝いの席で「バタフライを唄います」と言って、これじゃなくて倖田來未のほうを唄うというギャグもアリかな、と思う。
 5:「どうにもとまらない」(山本リンダ)。これも時事歌唱。三木谷社長の車と接触したのに停まることなく走り去ったということで、これは今週の出来事なので早い反応をすることができた。歌そのものももちろんいい。阿久悠だし。
 6:「付き合ってるのに片思い」(Berrys工房)。カラオケで盛り上がるアイドルソングと考えたとき、モーニング娘。やAKBだとベタすぎてしらけるおそれがあり、しかし一般人が誰も知らない地下アイドルの歌を唄っても仕方ない。そんなときBerrys工房ってすごくちょうどいいなあと思った。
 7:「古い日記」(和田アキ子)。先週の「のど自慢」で唄っている人がいて、俺も唄おうと思った。気持ちがよかった。「ハッ!」をちゃんとまじめにやるのがコツだと思う。「ハッ!」はギャグではないから(間違えがちだけど)。
 8:「ギザギザハートの子守唄」(チェッカーズ)。有線で流れたのを聴いて、そう言えばこれ唄いてえな、と思って唄った。当時のフミヤって、モテてモテて、モテてモテて、しょうがなかったんじゃないかと思った。
 9:「青春時代」(森田公一とトップギャラン)。好きな曲なのにこれまで唄ったことがなかった。いい歌。「パンダ・ダ・パヤッ」の作曲も森田公一。
 10:「水色の街」(三輪車)。リモコンで曲を送信すると、画面の上に予約された曲名が表示されるのだが、それを見て大抵の30代はスピッツを思い浮かべるだろうと思う。あるいはスピッツのそれを選んだつもりが間違えて違う「水色の街」を入力してしまった、という悲劇も世の中にはあり得ると思う。僕は大丈夫。確信を持って三輪車のほう。そしてこの歌が本当に内容がスカスカで愉しいのだった。
 11:「恋」(松山千春)。星野源じゃないほうの「恋」。そっちに関してはドラマも観なかったし恋ダンスも一切知らない。「恋」と言えば断然こっちだ。
 12:「とびら開けて」(神田沙也加・津田英佑)。最後にこれをファルマンとデュエットした。仲良し夫婦か。ちなみに僕がアナでファルマンがハンスである。
 以上である。今回は男性の曲もまあまあ唄った。珍しくアニメソングを唄わなかった。いいカラオケだった。
 このあとは図書館、そして公園へ。公園はオオキンケイギクが毎年よく咲く所で、それ目的で行ったのだが、少しもう盛りが過ぎて、あの醜く萎れた状態のものがまあまああった。残念。先週がピークだったかな。それでもオオキンケイギクの咲く中でバトンを回している写真をファルマンに何枚か撮ってもらう。いいのがあればLINEの背景画像にしようと思う。
 晩ごはんは餃子。カラオケと公園と餃子だなんて目いっぱいの休日だな。ちなみに餃子であってもビールを必要としない僕。ファルマンは「私は欲しいわ」とボヤいていた。じゃあ買って飲めばいいじゃないか。あと今回はタレで、最近たまに目にする味噌ダレというものを作ってみた。なかなかおいしかった。

カラオケと雑炊

 春分の日。桜はまだ。天気もよくない。カラオケに繰り出す。最近はプールに行くようになり、カラオケからちょっと足が遠のいていた。親が「今日はカラオケだぜ」と盛り上がっていたら、子どもたちは「プールがいい」と文句を垂れていた。健全なことでなによりだが、しかしながら今日はカラオケの気分(僕はプールにいつだって行けるし、ファルマンはいつだってプールにそんなに行きたくない)だったので親の強権でカラオケを断行した。
 唄ったのは以下の通りである。
 1曲目、「真赤な太陽」(美空ひばり)。初めての美空ひばり。唄いやすかった。
 2曲目、「ロマンスの神様」(広瀬香美)。有線で流れるのを聴いていて、このあっけらかんと明るい感じにやけに感動した瞬間というのががちょっと前にあって、唄おうと思った。しかしやってみたらすごく難しかった。ほとんどメロディがないところへ、アカペラのように歌を乗せていかなければならないのだった。
 3曲目、「アイノカタチ」(MISIA)。美空ひばり、広瀬香美と来て、MISIAである。お前はいったい自分の歌唱力をどれほどのものだと思っているのか。強気すぎるだろう。でもこれはわりと気持ちよく唄えた。MISIAを。気持ちよく。マジか。
 4曲目、「ドスコイ! ケンキョにダイタン」(こぶしファクトリー)。この流れで突然のこぶしファクトリー。どんなフェスだ。
 5曲目、「ペリーヌものがたり」(大杉久美子)。いよいよの混沌。「ドキドキプリキュア」の連日放送が終了したあと、急に始まった「ペリーヌ物語」のオープニングテーマ。「ルンルン」という表現のはしりだと言われているが、真偽のほどは判らない。
 6曲目、「ハピネスチャージプリキュア! WOW!」(仲谷明香)。「スマイル」「ドキドキ」と来て、次はこれかと身構えていたら「ペリーヌ」だった「ハピネスチャージプリキュア」のオープニングテーマ。ペリーヌと連続させたことで、なんか意趣返しのようになってしまったが、そんな意図はない。シリーズオープニングテーマコンプリートCDを聴いていて、前回の「魔法つかいプリキュア」に続いて、これもいいと思ったので唄った。曲中にセリフみたいな部分が入るのも愉しい。
 7曲目、「青いイナズマ」(SMAP)。まさかのSMAP。なんとなくピンと来たような気がしたのでセレクトしたが、しかし気のせいだった。やっぱり男性の曲は苦手だ。喉が痛くなった。
 8曲目、「ジンギスカン」(Berryz工房)。なぜか今日ふたつ目のハロプロ。そしてこのセレクト。今回のカラオケで僕は、モーニング娘。以外のハロプロを唄うと、家族(ファルマン)はとても白けた顔になる、ということを学習した。
 個人として唄ったのは以上だが、目下プリキュアブームの娘たちが次々にプリキュアソングをセレクトしたため、それもかなり一緒に唄うことになった。最新作「スター☆トゥインクルプリキュア!」のエンディングテーマ、「パペピプ☆ロマンチック」がとてもよかった。なにを隠そうハンドルネームのプロペ★パピロウは、女の子がパ行を言うのってちょっとエッチでかわいいよね、という意図で考えたものなので、この曲は本当に僕の趣味にドンピシャリなのだった。しかも☆(白)と★(黒)の違いはあれど、星も共通している。キュアミルキーもかわいいし、今年のプリキュアとの相性は本当にどうかしている。
 カラオケのあとは図書館とスーパーに寄って帰った。
 午後は家でのんびりと過す。ポルガと将棋、ピイガとオセロをする。ポルガとの将棋は、今のところ飛車や角行や金将をくれてやっても勝てるのだが、最近ポルガはたまにタブレットのアプリでコンピュータ相手に将棋をするようになっていて、それで鍛錬しはじめたら、僕は普通に負けるようになるのだろうと思う。僕はそういうコンピュータの将棋では、「やさしい」モードにも勝つことができない。実はそんな棋力なのである。
 晩ごはんは買ってきたカツオのたたきと、鶏雑炊。どうも近ごろ僕やポルガの腹の調子がよくなくて、季節の変わり目ということもあるが、言われてみればこってり系のメニューが続いたのではないかという話になり、今日はとことんお腹にやさしいメニューにしようとなったのだった。ネギ、しめじ、豆腐、鶏むね肉、卵と、とにかく温和なメンツばかりを揃え、しみじみと美味しい雑炊に仕上げる。「ああうまい……」と心の底から湧き上がるように唱えながら食べた。いよいよ健康診断も間近になってきて、ここからはラストスパートでさらに清らかな体を作っていきたいと思う。

バタバタ3連休

 3連休の初日は、体力的に余裕があるし、「この3連休を満ち足りたものにしたい」という高い志もあるため、いつもよりちょっと大掛かりなことがしたくなる。それで大型公園に繰り出そうとか、近ごろ発見した近隣の温水プールに行こうだとか、いろいろ発案したのだけど、寒いだとか、ファルマンの月経だとか、いろんな諸事情により、結局カラオケになった。まあ冬場はカラオケで満足するほかない。どうせボヤボヤしているうちに冬は去り、じきに屋外で遊べるようになる。焦ることはないのである。
 というわけでいつものカラオケ屋に赴いて、唄ったのは以下の通りである。
 1曲目、「硝子坂」(高田みづえ)。2度目の歌唱。イントロがいいのでオープニングにふさわしいと思ってセレクトした。喉慣らしにもちょうどよかったと思う。
 2曲目、「ヒトリゴト」(ClariS)。アニメはぜんぜん知らないパターン。曲を聴いて、これはいいと思って唄った。しかし妻と娘とのカラオケでこれを唄っても、「おっ、パピロウさん、クラリスを唄いますか」みたいな感じは一切ないのでなんの意味もない。
 3曲目、「Bedtime Story」(西野カナ)。活動休止宣言を受けての歌唱。なんだかんだで西野カナの歌はいろいろ唄ってきたので感慨深い。
 4曲目、「夜桜お七」(坂本冬美)。昨年の紅白での歌唱を目にして、自分側の機が熟したということだろう、やけに感動して、唄いたくなった。サビの部分がめっぽう気持ちよかった。サビじゃない部分のリズムや間をどうにかするのが難しく、ここに修行の必要があると思った。
 5曲目、「恋人試験」(松本ちえこ)。有線でたまに流れて、常々なんだこりゃと思っていたこの曲を、とうとう唄ってみた。とても唄いやすかった。職場で有線が流れるわけではないファルマンも「ああこの歌ね」と知っていて、姉さん女房の馬脚が現れたな、と思った。
 6曲目、「どうせ死ぬなら」(あいみょん)。あいみょんの初歌唱。あいみょんはなんだかんだで昨秋からよく聴いている。あいみょんいいよね。現代の若い女の子の感性とフォークソングが融合した感じで、とてもいい。
 7曲目、「Dokkin 魔法つかいプリキュア!」(北川理恵)。プリキュアのオープニングソング全曲集みたいのを借りて、年末は車内で聴きまくっていた。その中でいちばん気に入ったこれを唄った。妻と娘たちは、例の地方局での再放送で、「スマイルプリキュア」と「ドキドキプリキュア」には詳しいが、それ以外のプリキュアに関してはまだ思い入れがなく、そんな中で父親の唄う「魔法つかいプリキュア」はどこまでも浮いていた。家族相手にさえ浮くカラオケなんて、僕の孤独はいったいどの境地まで行くのだろうか。
 カラオケのあとは100均に寄って、来たるべきポルガの誕生日祝いのためのパーティーグッズなど買った。その店内で職場のおばさんにバッタリと出会い、それはいつも娘たちにお菓子や、家で栽培しているプチトマトをくれたりする人だったので、常々どうにかして対面させてやりたいと思っていて、期せずしてそれが叶い、とてもよかった。とは言えうちの娘たちの、他者への心の開かなさ、愛想のなさ。特にピイガ。人見知りとか、引っ込み思案とかではなく、あいつの知らない大人への基本姿勢は、もはや敵対心である。眼光鋭く、睨みつけるのである。いったいこれまでの人生で、知らない大人になにをされたというのか。
 帰宅後は家でのんびりしていた。3連休の外出計画はこれで終了してしまい、翌日の午前に冷蔵庫の搬出と搬入がある以外は、特になんの用事もなかった。それで、さあどうするかな、と茫洋と構えていた。そんなタイミングで夕方に、ファルマンの母方の祖母が亡くなった、という連絡が入った。我々の祖母となるともう90くらいであり、そして年末あたりからそういう話はあったので、衝撃はなかった。これを書いている3連休最終日の現在はその真っ最中だが、3連休の後半はそれに関する準備とかでバタバタした。している。

カラオケとお好み焼き

 カラオケに行く。前回からそこまで間が空いていないが、前回は部屋が超絶に狭かったため、カラオケに行って得られたはずのなにかが得られていないと言うか、とにかくなんとなくフラストレーションが溜まっていたのだった。それで今回はいつものお店に行って、のびのびと唄った。もうきっと東京ではカラオケに行けない身体になってしまった。
 唄ったものは順番に、以下の通りである。
 1曲目、「センチメンタル」(岩崎宏美)。有線で流れるこの歌を、前々からいいと思っていたが、誰のなんという歌なのか、なかなか特定できずにいた。それがつい先日になってやっと判り、そしてその作詞者と言えばやっぱり阿久悠なのだった。もう僕はどんなにジタバタしても、結局は阿久悠の掌の上にいるのだな、としみじみと思う。
 2曲目、「潮騒のメロディー」(高田みづえ)。先日の「硝子坂」に続いて、マイブーム中の高田みづえである。本当は「火の鳥」を唄いたかったのだが、カラオケに入っていなかった。すごく残念だ。いつか入ればいい。これから新たに入るなんてことは絶対にない。
 3曲目、「プラネタリウム」(大塚愛)。これは時事選曲。RIP SLYMEで僕に唄える曲はないだろうと最初から諦めて、大塚愛で考えた結果、「さくらんぼ」ではなく歌詞の内容的もこちらだろうな、と思って唄った。要するに悪ふざけである。
 4曲目、「瞳」(aiko)。前回「ボーイフレンド」を唄ったように、aikoにいま少し興味が出ていて、CDなんかも聴いている。aikoの歌が頻繁に世間で流れていた当時、まるでなんにも感じずにいたけれど、ちゃんと聴いてみると意外とおもしろいと思った。
 5曲目、「Let it go」(松たか子)。いつもポルガが唄うので遠慮していたが、今回久々に熱唱してみた。気持ちがよかった。
 6曲目、「365日の紙飛行機」(AKB48)。近ごろ有線で、AKBじゃない誰かが唄っているのが流れて、いい歌だと思って唄った。ちなみにそのカバーを唄っていたのはToshlなのだった。「チキンライス」のカバーも同時に気になっていたが、それも同じくToshlだった。へええ、と思った。
 7曲目、「ぴったりしたいX'mas!」(プッチモニ)。これは吉澤ひとみの有罪が確定したからではなくて、この1曲前にファルマンが「いつかのメリークリスマス」を唄ったので、ああそうか12月のクリスマスソングか、と考えて、考えて考えて考えた末に思い浮かんだのがこれだった。「クリスマスソングで考えてそれなんだ?」とファルマンに驚愕された。自分でもびっくりだ。
 8曲目、「誰が為に」(成田賢)。これは追悼歌唱。そして今回唯一の男性の歌。唄うのは2度目だが、音程が低くて声が出なかった。
 9曲目、「さよならの向う側」(山口百恵)。マイクに着けるためのリボン飾りを作る、という趣味を数か月前に立ち上げて、ときどき実際に作ったりしているのだが、2回連続でカラオケに持っていくのを忘れている。この歌を唄うときなんかは本当にあったほうがいいな、と悔しく思った。歌唱そのものはとても気持ちがよかった。途中に1分間にも及ぶ間奏があり、この1分間をうまく使えれば場を相当に盛り上げることができる気がする。研究しようと思う。
 以上。前回の雪辱という意欲もあり、今回はとても成功したカラオケだった。よかった。
 帰宅後は近所のスーパーに行ったり、オーブンで焼き芋を作っておやつに食べたり、のんびりと過す。Mー1の敗者復活戦を少しだけ観て、普段はそんなことしないのだが、dボタンで投票なんかしたりする。金属バットが決勝に行ってくれたらいいなー。6時半からの本放送は、子どもと一緒に観られるはずもないので(子どもはネタ中も普通にでかい声でしゃべる)録画して、このあとファルマンと早送り交じりに観る予定。それまでヤフーとかは一切見ない予定。
 晩ごはんはお好み焼き。先週の3連休が終わった翌日の月曜日に、あろうことか、俺はお好み焼きがとても食べたかったじゃないかよ、と思い至り、それから悶々とウィークデイを過ごしたのだった。そしてようやく食べることができた。おいしくて満足した。いい休日だった。

週末

 ようやく新しいパソコンが整う。ああパソコンいい。Windowsの世代が変わったので、それでどうしたって違和感というのはあるけれど、それでもやっぱりパソコンはいい。タブレットでもインターネットはできるし、文章作成もできるのだけど、どうにも没入できない感じがあった。パソコンが扉だとすれば、タブレットは窓のようなイメージ。窓からでも中は覗き見ることができるし、言葉をかけることもできるし、ちょっとした物なら受け渡しすることもできる。でもそれって正式じゃない。ちゃんと玄関から入ってないから、お互いに雑な感じの応対になる。急いでいるときなど、むしろそっちのほうがいい場合も当然ある。ただ情報を得るためなら、それでいいのだ。でもきちんとなにかをしたいのなら、タブレットやスマホではなかなかできない。どうにか発信しようとあがいたところで、それは140文字程度に収束されるだろうと思う。
 先週の土曜日は午後から公園に遊びに行った。気候がすばらしい。いま貪欲に公園に繰り出さなくてどうする、という気候である。思う存分に子どもを遊ばせた。この「思う存分」は、あくまでこちら側の思う存分であり、子ども(特にポルガ)は常に「そろそろ帰るよ」と声をかけると渋るのだった。あちら側の思う存分とは、力尽きて倒れるまでなのだろうと思う。
 夕飯は天ぷらとうどん。ザルではなくツユのうどんで、海老やら舞茸やら人参と玉ねぎのかき揚げやらは、そこに突っ込んでもいいし、塩をかけて食べてもいい、という感じで食べた。おいしかった。ツユと言えば、母が先日、焼いたクッキーやパンを送ると予告してきたので、「それならば一緒ににんべんのつゆの素を送ってくれ」と頼み、西日本ではなかなか手に入らないそれを送ってもらったのだった。それで1リットルボトルのそれを、晩酌でザルそばをするときなど、チビチビと使っている。懐かしい味でおいしい、ような気がする(いざ味わってみたら、そこまで敏感な舌の持ち主でもなかった)。でもこれは貴重なので、家族でこうしてうどんを食べるときなんかには使わない。こっちのスーパーで売っている普通のめんつゆを使う。めんつゆは開封してから長くもつものでもないので、たぶん僕はこれを、ケチるあまり最後ダメにするのだろうな、という予感がしている。
 そのあと21時頃になって、三女がやってくる。三女は翌日に岡山で行なわれる友達の結婚式に参加するため、姉一家の家に前泊しにきたのだった。姉一家すげえ便利だな、とも思うが、三女ならば姉一家が岡山にいなくても、いくらでも他の友達クーポンを持っているのだろうという気もする。それにしたって、まるでサークル活動かのように、結婚式に頻繁に参加することだと思う。あの一団のそれというのは、俳句結社の句会のような感覚なのかもしれない。
 三女にもうどんと天ぷらを出して、日本シリーズの最終戦を眺める。結局ソフトバンクが勝利。第1戦と第2戦で、これは去年までの「パ・リーグに勝てる気がまるでしない感じ」がないぞ、いけるかもしれないぞ、と思ったのだが、やっぱり勝てなかった。セ・リーグで圧倒的に強かった広島が歯が立たないのだから、来年以降もセ・リーグが勝てるイメージが湧かない。
 翌日は三女を式場近くの美容院に送ったあと、わが家はカラオケへと繰り出した。今回はいつもと違う店に行ったら、部屋の狭さにびっくりした。もっともいつも行く店の部屋が異様に広いのである。子どもは踊り、僕もバトンを回せる。それくらい広いのだ。あれが普通のように思ってしまっていたため、今回久しぶりに「通常のカラオケの部屋」を体験して、ちょっとショックを受けてしまった。そこはかとない関係性の男女グループで行けば、あの閉塞感がプラスに作用するのかもしれないが、ファミリーにとっては手狭なだけだった。やっぱり今後はいつもの店に行こう。
 唄ったのは、以下の通り。
 「テルーの唄」(手嶌葵)は、1曲目としてはよろしくなかったし、それに前回の歌唱でもう旨味はぜんぶ味わい尽くしたのだな、と思った。メンツが違えばまた成立するのだろうが、「カラオケで「テルーの唄」を歌うおもしろさ」はもう発生せず、場をぼんやりとさせてしまっただけだった。
 2曲目は「ALIVE」(SPEED)。我ながら、俺はSPEEDを唄うのかよ、と思う。もちろん世代的にはドンピシャなのだが、唄おうとするかよ、三十代半ばになって逆に、ということを思う。途中のセリフ部分「愛は生きてる ずっとこの思いは胸に息づいてる ALIVE」を、「愛は生きてる 女の子のいちばんの性感帯は頭の中にある ALIVE」とする、というのを、カーオーディオで曲を聴きながらずっと目論んでいて、実際に妻と娘とのカラオケにおいて実行した。
 3曲目は「硝子坂」(高田みづえ)。4曲目は「COLORS」(宇多田ヒカル)。5曲目は「ボーイフレンド」(aiko)。
 我ながら選曲がよく分からない。どうなりたいのか。そのあとは唄ったことのある歌や、会ったことのない三女の友達に捧げる「てんとう虫のサンバ」なんかを唄った。まさか三女の友達(新婦)も、こんな風に知らない年長者に結婚を祝われているとは夢にも思うまい。
 午後は家でのんびり。ミネストローネを作るべく野菜を刻みながら、溜まった「西郷どん」を少し観たりした。そのあと昼寝もして、起きてからミネストローネや炊き込みご飯んの夕飯。
 まあそんな感じの週末だった。なんとも散漫な日記になった。ブランクが空いて、まだブログにチューニングがちゃんと合ってない感じがある。ちょっとずつ調整したい。なにしろもう11月に入っている。11月に入ったということは、恒例行事の準備をし始めなければならない。

カラオケと焼き肉

 外遊びができない酷暑なのでカラオケに行く。別にそんな言い訳は必要ないのだが、いちおう言ってみた。唄ったのものを順番に挙げて、雑記も併せて書く。
 1曲目、「カントリーロード」(本名陽子)は、もちろん昨今の「耳をすませば」ブームによるセレクト。しかしこの歌、最初がアカペラから始まるので、まだ歌を唄うモードになっていない1曲目に選ぶのはちょっと間違いだった。ぜんぜん音が取れなかった。メロディが始まってからはまあまあ唄えた。途中でハッと思い至り、マイクを置いて、手のひらを体の前で合わす感じで、聖司の工房で唄う雫風に唄うことにした。そうしたらピイガがいち早くそれに気付き、こちらに駆け寄ってきて、マイクを僕の口に向けてくれた。かわいいし気が利く。この子は将来モテる。
 2曲目、「好‐じょし‐」(坂口有望)は、これも最近のブーム、TikTokでその存在を知り、それなりの回数を聴いたので、唄ってみることにした。僕がこれを唄った次にファルマンが予約していた歌が菅田将暉の「さよならエレジー」で、なんだかセレクトが高校生のカラオケみたいだな……、と甘酸っぱい気持ちになった。小室世代の我々も、なんとか現代の流れに取り残されまいと、ジタバタしているのだ。ちなみに性別が逆だけど。
 3曲目、「狙いうち」(山本リンダ)。この歌の冒頭の男声コーラスによる「ヘイ! ヘイ!」の部分が好きで、そこを聴くために曲を聴いたりする。実際に歌を唄ってみたら、思った以上に唄いやすく、さすがは阿久悠だと思った。ウララの部分をノリよく唄えるか不安だったが、問題なかった。
 4曲目、「マイムマイム」(イスラエル民謡)。カラオケにこれが入っているのは、酔っ払いが狭いカラオケルームで踊る余興をするためだろうか。僕はきちんと歌唱する。シャッテンマイ、ベッサソン、ミーマイネーハーイェーシューワ、と繰り返し唄った。ちょっとステップも踏んだ。
 5曲目、「愛をこめて花束を」(superfly)。最近またこれを聴き込んで、車内で唄い込んでいる。そのため前回よりもちゃんと声が出て、歌詞には出ないシャウトの部分とかも再現できるようになってきた。しかし唄ったあとの疲労感はやはりすごい。
 6曲目、「未知という名の船に乗り」(合唱曲)。ちょっと前に存在に気付き、感動した合唱曲。阿久悠作詞、小林亜星作曲。歌はとてもいいのだが、小学生用なので音が高い。「ちょっと疑問もー」のあたりなど、本当にきつかった。
 7曲目、「はなまるぴっぴはよいこだけ」(A応P)は、なぜかいまさら唄ってみた。いつもの、アニメそのものに思い入れはないけど唄ってみるパターン。趣味を同じくする仲間と盛り上がって唄ったらたぶんとても愉しいんだろうなあ、という気持ちになった。家族の反応ポカーン。
 8曲目は「夏祭り」(whiteberry)。前回のファルマンの歌唱がよかったので、今回は僕が唄わせてもらった。しかし前回のそれほどの感慨は湧き上がらなかった。この歌って、6、7年にいちど聴いて、その瞬間にグワッと心を揺さぶられて、そしてまた6、7年後に聴くべき、そんな歌のような気がする。
 9曲目は「手を繋いで歩こうか」(欅坂46)。このいかにもアイドルっぽい曲が、邪道なのかもしれないが欅坂の中で僕はいちばん好きだ。ユーチューブでライブ映像などを見て、振り付けを少し覚えていたので、踊りながら唄った。ファルマンがファンの男性役をやってくれた。
 最後の10曲目は、悩んだ末に「君は薔薇より美しい」(布施明)を選んだ。やっぱりこれは唄っておくか、という感じで。しかしこの頃にはもう喉がずいぶんと疲弊していたので、ディナーショーでさんざん客イジリをしながら唄う布施明、という設定で、ファルマンを客のおばさん役にして唄った。もう持ち歌すぎて、歌詞を見ないで唄えるので、そんなコントだってできるのだ。
 そんな全10曲歌唱。愉しかった。カラオケは愉しいなあ。なんだってそうかもしれないが、回数を重ねれば重ねるほどできることが増えるので、ますます愉しくなる。もはや巧者になりつつある気がする。著しく家族としか行かないのだけど。
 カラオケのあとは、図書館に行ったり、ショッピングセンターに行って8月の島根帰省のおみやげを買ったり、スーパーで食料品の買い物をしたりして帰る。
 晩ごはんは、ここらでひとつスタミナをつけとこうぜ、ということで、焼き肉にする。その下拵えをしながら、焼き肉のタレがないことに気付き、もう買いに出るのも面倒くさかったので、ネットを見てそれっぽいものを自作することにした。玉ねぎをすりおろしたりして。結果、まあまあ成立しないこともないものができあがったが、自作したから余計においしい、ということはまるでなかった。先日、夕飯がハンバーグだった際、おろしのタレが冷蔵庫になかったため、大根おろしをわざわざ作り、それとポン酢で食べたのだが、食べてみて分かったのは、わざわざ家庭で大根をすりおろすよりも、出来合いのおろしのタレのほうがよっぽどおいしい、ということだ。なんかたぶん、オイシクナルヤーツが多量に入っているからおいしいのだと思うのだけど、おいしくなるのならオイシクナルヤーツを入れれば別にぜんぜんいいと思っているので、こういうのはちゃんと商品として売っているもののほうが、自作のものよりも絶対的に優れているのだ。それを解った上で、それでもわざわざ買いに行くのが面倒だったので、自作した。タレに関してはそんな感じだったが、それでもやっぱり焼き肉はおいしかった。焼き肉の肉感は、焼き肉でしか得られないもので、その得られるものの中には、おいしさ以外に、効用方面で、多分にプラシーボ効果が含まれていると思う。焼き肉を食べたのだから俺はいま元気でなければ理屈としておかしい、などと思う。

梅雨入りカラオケ週末

 カラオケに行く。2週連続の運動会が終わり、出張を済ませ、梅雨に入り、平穏な日々に戻った感がある。というわけでカラオケだ。唄ったのは順番に、「わかれうた」(中島みゆき)、「光合成希望」(西野七瀬)、「十七の夏」(桜田淳子)、「手紙~拝啓 十五の君へ~」(アンジェラ・アキ)、「デビルマンのうた」(十田敬三)、「情熱の嵐」(西城秀樹)、「キャンプだホイ」(マイク真木)、「さくらんぼ」(大塚愛)、「ラムのラブソング」(松谷祐子)という全9曲。いつものことながら、混沌としているような、僕としての一本筋が通っているような、よく判らないラインナップになった。西城秀樹は追悼歌唱。「デビルマンのうた」はアニメには思い入れがないけどCDで聴いたら愉しいので唄ってみたシリーズ。「キャンプだホイ」については後日、改めて歌唱の理由を説明する。カラオケでは毎回、なんとなく採点モードにしていて、1曲唄うごとに点数が出て、なんかしらの寸評が出るのだけど、今回はその文言がやけにおもしろかった。たぶん言い回しのバリエーションが追加されたんだと思う。「あなたの歌は言霊。宇宙にまで届きます」などと、妙にスピリチュアルなことを言ってくるので、ちょっと心配になった。担当者がちょっとそっち方面に傾いているのではないか。あと今回は、ファルマンが「これまであまり唄ってこなかった人の歌を唄おう」というコンセプトのもと、19やホワイトベリー、シャ乱Qなど、同世代特有のポイントを突いた選曲をしてきて、とても愉しかった。特にホワイトベリー(もちろん歌は「夏祭り」である)は、特技であるモノマネをしながらの歌唱であり、妻の芸達者ぶりに舌を巻いた。さらには中島みゆきの「地上の星」もモノマネ歌唱をしていたのだが、その最中に店員が注文の品を持ってやってきて(フードメニューを注文してから店員が持ってくるまでの歌唱には、誰が唄っているときに店員がやってくるかという、ロシアンルーレットのようなハラハラ感がある)、しかし強靭な精神力でやり続ける、という一幕もあり、俺の妻はすごい、と思った。
 カラオケのあとは図書館に行ったり、100均に行ったりといういつもの感じ。
 帰宅して、カラオケで微妙に食べたけど夜までは持たない腹具合だったので、昼食兼おやつみたいな感じで、ホットケーキを焼いて食べる。苺とアイスクリームを乗せて、蜂蜜まで掛けて食べた。食べる前には、ホットケーキを食べる際の作法である写真の撮影をし、心の中のインスタグラムに更新した。ホットケーキは食べるたびに、「何年振りか」と思う。そのくらいのペースで、1枚をペロリと食べるくらいでちょうどいい食べものだと思う。
 晩ごはんはお好み焼き。今日はホットプレートデイとなった。そばのモダン焼きで、豚と、海老チーズの2種類を作る。とてもおいしかった。
 明けて今日は、近場の買い物へ。冷凍食品を中心にたくさん買う。野菜が安くて嬉しい。半年前には200円もしたニラが、60円ほどで売ってたりする。ニラ以外も全体的にそんな感じだ。半年前と今と、そんなに世の中の情勢は違うだろうか。いまいちピンと来ない。半年前の大地は、そんなにもズタボロだったのか。あと今年初のとうもろこしを買った。そう言えば産地を確認しなかったが、九州だろうな。これからだんだん産地が北上してゆくのだろう。
 午後は家でのんびりと過す。のんびりと言うか、家族4人とも、特になんにもしなかった。
 晩ごはんは醤油ラーメンと炒飯。豚肩ロースのブロックで煮豚を作ったので、どちらにもたっぷりとそれを使う。おいしい。とうもろこしも食べた。ポルガが、「今年はとうもろこしがもう食べづらくない」と喜んでいた。思えば去年は前歯が整っていなかったのだった。なんだか俳句や短歌になりそうな風景だが、あいにくそういうテーマでポエムを作る思考回路はないのだった。