それで実際に行ってみて、どうだったかと言えば、予約の連絡の際に、親知らずが痛むのでどうにかしてほしい、ということは言ってあったのだけど、僕の口内を見ての歯医者さんの第一声が「歯石がすごい」で、ああまただ、と思った。僕はいつだってそう言われる。言われるたびに哀しくなる。歯石とか歯垢って、なんか本格的に不潔な感じがある。足が臭いとか、フケがすごいとか、それもまあ嫌だけど、粘り気がある分、それらよりもさらに一段、しゃれにならない、マジな不潔感がある。「不潔にもいろいろあるけど、本当にいちばん不潔な人っていうのは、口の中が汚い人のことよね」と、僕の心の中の心ない婦人が、そんなことを言う。本当に心がない。こんな不潔な口をしている男にも、妻がいるのだ。その妻がかわいそうじゃないか。いや、僕の口が不潔だと妻にどんな不利益があるのか、というのは、ファーストキスもまだ未経験のウブな僕なので、よう知らんけども。
親知らずももちろん虫歯なのだが(とても当たり前の感じで)、それよりもまずは歯石だ、ということで、初日から歯石の除去が施された。歯石で歯周病で歯茎がひどいことになってるよ、などと言われながら、チュルチュルと微妙な痛みが続く、あの作業がなされた。精神的にも肉体的にもつらかった。前の歯医者では「水分を多く取れ」と言われ、それなりに心掛けているつもりだったのだが、それでも溜まる歯石。これはもはや体質なのだろうな。不潔体質。
そのあとレントゲンを撮る。件の親知らずは、「まあ虫歯だし、噛み合ってる歯があるわけでもないし、抜いたほうがいいだろうね」ということで、次回あたりに抜く流れになりそうだ。ふたりでレントゲン写真を眺めながら、「こ、この親知らずは、抜きやすいタイプの親知らずですか?」と訊ねたところ、「うん。それは大丈夫そう」という答えが返ってきて、これは歯石や親知らず以外にも、細かいほうぼうの虫歯を指摘されたりして、予想はしていたがショックの大きかった今回の診察の中で、唯一の福音だった。痛いは痛いけど、抜きやすいは抜きやすいのだ。よかった。まじめに誠実に生きてきたかいがあった。徳の量で考えれば親知らずが痛むはずもないし、虫歯ができるはずもないし、歯石が溜まるはずもないのだけど、徳に見合うだけの見返りをガツガツと求めたりしないところもまた、僕の徳なのだと思う。死後にでも再評価の機運が高まればそれでいい。
そんなわけでこれからしばらく歯医者通いが始まる。これからは心を入れ替えて、会社で弁当を食べた後も歯を磨くし、治療後半年しての検診にも必ず行こうと思う。真人間になりたい。そして食後に歯を磨かない同僚たちを不潔人間だと見下してやりたい。