2月旗日

 やけに雪が降ることだよ。さいわい生活圏では、そこまでのドカ雪というわけではないのだけど、それでもなんだか2月は、降らない日より、雪が舞ったり積もったりしている日のほうが多かったような気がする。そのくらいには降った。降っている。2月って冬といいつつ実質春だよな、ということを前に書いて、それは2月を生きる僕のスローガンみたいなもので、大いに希望的観測が含まれているのだけど、しかしこのような過酷な寒さに晒されながらも、それでもやはり、冬って本当は1月でほとんど終わってんだよね、と思う。先日ファルマンが、「googleの表示してくれた2年前の同日のもの」といって、笠岡の菜の花畑に行っていた写真を見せてきて、山陽と山陰の違いをまざまざと思い知らされたのだけど、それでもやっぱり、日本海側にあっても、2月の、それも下旬ともなれば、もう冬なんてその残滓もなく完全に消え去っている。窓の外では雪が舞っているけれど、春にだって雪が降ることはある。これはそういう雪だと思う。こういうことをいっていると、ファルマンから、「そうやって油断をするから風邪を引くのだ」と断罪される。
 天皇誕生日で休みだった。週の真ん中での休みはよかったが(逆にリズムが崩れてじわじわ疲れるという説もあるが)、それでもかつての天皇誕生日の日取りの良さを知っている身、これまでの半生の大部である30余年ですっかり沁みついてしまっている身からすると、この日取りは弱いと思う。もっとも前までが強すぎた。12月23日って、祝日になるにあたって、最強の日取りだったのではないだろうか。年末の、クリスマス直前の、いろいろ忙しい、いろいろ整えたい、いろいろ準備したいタイミングで、ここに1日ぽっかりと休みがあることが、どれほど有用であったか。思い返すと、30余年の平成時代の思い出が一緒によみがえり、寂寥感に襲われる。
 目下コロナ禍の令和である。島根県の蔓延防止措置は解除されたが、雪交じりの天候も相俟って、やはりまだレジャーに繰り出す気概は湧かず、家でのんびりと過した。やはりこの冬、switchは買ってよかったと思う。子どもたちは日々、宿題や明日の準備や部屋の片づけをしたら、という条件をこなし、せっせと攻略に勤しみ、先日とうとうスーパーマリオは、無事に1周目のクリアを達成し、いまはスターコインの取りこぼしや、隠し面の出現など、やり込み要素に励んでいる。買ったソフトも正解だった。やっぱりマリオのものだな。
 晩ごはんは、ファルマンのリクエストにより春巻を作った。おいしかった。皮が10枚単位で売っていて、4人で10本というわけにはいかないから20だよな、と思って買ったのだけど、いざ巻いてみたら、春巻はイメージよりもサイズが大きく、なんなら10でもよかったかもな、と思いつつ、それでも僕とポルガは4本食べた(ファルマンとピイガは2本)。まあまあ油っこかったので、胃もたれが心配だったが、なんとか事なきを得た。まだ胃の働きは大丈夫なようだ。それにしてもおいしかった。餃子にしろ焼売にしろ春巻にしろ、どうもこういった包む系の調理に、僕はやけに適性があるらしい。異様に旨い。よそでこんなにおいしいのを食べたことがない。実家で母が作ったものを、おいしいと思って食べていたが、自分で作ってみたら自分のもののほうがさらにおいしかった。才能だな。

春先3連休

 嬉しい3連休。なにが嬉しいって、済まさなければならない用件はもちろんのこと、レジャーの予定もなく、レジャーは、公園系は寒くて行けるはずがないし、蔓延防止等重点措置が発令されているため屋内施設も営業をしていなかったり、していたとしてもやっぱりこのタイミングで行かなくてもいいよな、と思ったりで詰んでおり、つまり「特になにもすることがない3連休」だったのだ。それのなんと贅沢なことか。
 初日の午前中は買い物に出た。食糧品を中心にいろいろ仕入れたあと、昼ごはんとしてマクドナルドを買って帰った。マックはいまハッピーセットがムーミンで、ぼやぼやしているうちに気づけば第2弾になってしまっていたのだが、それを大人も含めて4つ(本気でほしいおもちゃのときだけ、大人もハッピーセットを注文するのが発動する)、買って帰った。買って帰ったと簡単に言ったが、3連休初日の祝日、そして第2弾の初日、さらには正午過ぎという時刻もあり、買うまではなかなか苦労した。待ちながら、「島根でこんなに盛況しているのだから、東京ではとんでもないことになっているんじゃないか」なんてことを夫婦で話していたら(しかしよく考えたら東京は店舗数が多いから逆にこんなことにはならない気もする)、ポルガが「行列が伸びて山をふたつくらい越えるかもしれないね」と言ってきたので爆笑した。ジョークじゃない。マジである。実は練馬生まれのくせに、長年の田舎暮らしによって、とうとうそんな世界観になってしまった。リアル「俺ら東京さ行ぐだ」状態。将来は銀座に山を買うのかもしれない。ハッピーセットは、3種類がひとつずつと、ムーミンママの砂時計が被った。3種の中ではムーミンママの砂時計がいちばん当たりだと思うので、大成功だった。
 午後は縫製をしたり、筋トレをしたりという、いつもの過し方。おやつのあと、僕とファルマンでswitchをやった。子どもたちは、1日に許されたゲーム時間を、休日はいつも朝に使ってしまうため、見るだけ。わが家唯一のソフトである2次元のスーパーマリオは、ファミコンの「スーパーマリオブラザーズ3」の経験値が通用するため、子どもたちから「パパは上手」という認定をされており、気分がいい。ずっとこういう、親世代が最新技術についていけない、みたいにならないゲームだけしていたい。
 晩ごはんは肉たっぷりのつけ汁で食べるざるうどんと、厚焼き玉子とアボカドのタラマヨサラダ。後者は、1週間前に手巻きずしをした際、厚焼き玉子とタラマヨで巻いたものが、刺身よりもむしろおいしく、感動したため、じゃあもういっそその中身みたいなサラダ(サラダというか和え物?)を作ってしまえばいいんじゃないか、と思って作った。結果、まあまあおいしかったが、でもここに、海苔と、酢飯と、わさび醤油が加わったらもっとおいしいんだろうな、とも思った。こういう、組み合わさった物の中心部が好きで、その中心部だけがたくさん集合したものがあれば夢のようだと思い、しかし実際に手に入れてみたら、案外そこまで愉しめなくて、周りがあるからこそ高いレベルで成立するんだな、と思うことって、いま具体的な例はひとつも思い浮かばないけれど、人生の中で多々ある。
 翌日は、天気が良かったので、朝からひとり、ジョギングに出た。実は10日ほど前から、2、3日おきのペースでジョギングを始めた。プールの代替としての有酸素運動である。いつもは夕食後、食休みをしてから夜に走っているのだけど(8時台なのに人とまったくすれ違わない)、休日だから朝だ。朝陽の下、ジョギング。帰宅後のシャワーを含め、とても気持ちがよかった。人とまったくすれ違わなかった。山をふたつくらい越えた先にしか人はいないのかもしれない。
 この日は、この特にしなければならないことのない3連休の中で唯一と言ってもいい、やったほうがいいこと、やってしまいたいことの、知人のためのズボン作りをした。依頼を受けて3週間あまり、当初思っていたよりもかなり難儀し、あぐねていたのだけど、ようやく作り上げる見当がついたので、このまとまった休日のうちに仕上げてしまいたかった。結果、無事に完成することができた。なぜズボン作りでそんなにあぐねたのか、その模様は後日「nw」に記録しようと思う。
 昼ごはんは、納豆と卵の混ぜそば。大人はネギを、これでもかとたっぷりかけ、つるつるさっぱり、おいしく食べた。僕が料理を担当する週末は、やけにごはんを炊かない。
 午後、あまりにも天気が良くて、もったくなく感じ、しかし公園は、子どもは遊ぶので体があったまるだろうが、待機する大人はひたすら寒いのでやはり行くわけにはいかず、考えた末に海を見に行くことにした。砂浜には、同じような選択肢の中、同じような思考をしたらしき人たちが、そこそこいた。海は、1月のそれとは明らかに変わっていて、どこからどう見ても「春の海」だった。やっぱり2月は、冬だけど冬じゃなく、言わば「冬(春)」みたいな冬だな、ということを思った。子どもたちは砂でめいめいに遊び、大人はそれを眺めたり、写真に撮ったり、海を見てたそがれたり、思い思いに過ごした。来ている人たちの中には、海に足を浸している剛の者もいたが、それをする気にはならなかった。7月になったら泳ぎにこようと思った。
 晩ごはんはハンバーグ。さすがにごはんを炊いた。付け合せで、先日スーパーで買った、いかにも春先らしい、ピンポン玉よりもひと回りからふた回り小さいような、メークインを、もちろん皮のまま、丸ごと揚げた。これがとてもおいしかった。こうしてみると、とても春を感じ取った1日だったようだ。
 最終日の今日は、この3週間わりと頭を重くしていたズボンの件が落着した解放感から、ひたすらしたいことをして過した。天候は昨日から一転、山陰の冬らしい「降るともなく降り続ける雨模様」のやつで、これからはこういうせめぎ合いが延々と続くのだろう。
 昼ごはんは、昨日のハンバーグの残りで作ったハンバーガーと、午前中に作ったトマトソースをたっぷり塗ったピザトーストという、目新しい感じのメニュー。あと昨晩のそれがとてもおいしかったので、またひと口メークインを揚げた。そう考えると、初日のマック、2日目のハンバーグの付け合せ、そしてこれと、3日連続でフライドポテトを食べたのだな。だからなに、ということはないけれど。
 午後は、ファルマンと子どもたちが午前中に焼いたチョコのカップケーキを持って、実家へ。1日早いバレンタインデーである。向こうからも、ムーミンのかわいい缶箱に入ったチョコレートをもらう。缶箱が嬉しい。中身を食べきったら、こまごましたものを入れる箱にしようと思う。おやつとして、持ってきたカップケーキを一同で食べる。予想通りの、見た目通りの味。なにぶん、僕の母にいつぞや教えられたレシピで作ったものなので、本当によく知った味なのだった。実に淡々と済まされたバレンタインデーであった。
 晩ごはんは、ぶり大根とスパゲティサラダ。最近、寒さもあってビールやチューハイを飲まない代わりに、日本酒の酒量が増えていて、あまりよろしくないなあと思うのだが、ぶり大根はあまりにも日本酒向きの味で、夕飯時は飲まずに済ませたのだけど、たぶんこのあと、録画した「鎌倉殿の13人」をファルマンと観ながら、どうしたって残りのぶり大根と熱燗、ということになる。もうこれはしょうがない。人生の快楽だからしょうがない。
 というわけで3連休は、斯様にとてものんびり、いい具合に過した。観ている「THIS IS US」のシーズン5の中で、「忘れたくないのは、子どもたちが子どもだった頃の、なんでもない土曜日の記憶」みたいな台詞があって、それは本当にそうだろうな、としみじみと思ったのだった。子どもと一緒に過ごす休日は、毎日終盤になると、主にピイガのうるささなどに辟易し、うんざりしてしまうのだけど、今がとても貴重な時間だということは、その乍中にありながら、理解している。理解はしているが、やはり夜にはもうたくさん、となる。このあたりの心情と、記事序盤の厚焼き玉子とタラマヨの話は、かすかに繋がる気もする。

平日のような平日じゃないような1月末日

 変則的に、土曜日が出勤で、月曜日が休みだった。久しぶりの平日休みに心が浮足立ち、そうなるとやっぱり四季荘かなあ、と思った。常連向けの、内輪ウケのイベント情報ばかりがラインに届いて白ける、ということを前に書いたが、やっぱり稀有な平日の休みを満喫しようと思うと、パッと四季荘が思い浮かぶのだった。しかし結果的に、今回は行かなかった。したいことが多くあったのと、あとはなにより億劫さが勝った。こういう外出に関し、億劫さを勝たせてばかりいるとあまりよくない気もするので、そのうち帳尻を合わせようと思う。やはり、春が来ないことにはな。
 月曜日は1月31日ということで、今月いっぱいという期間で、オミクロン株による感染拡大を理由に休校となっていた娘たちも、その最終日として家にいた。そうなのだ。せっかくの平日休みといいつつ、子どもが家におったのである。それもまた、いくらかはサウナに繰り出す意欲を削いだかもしれない。もっともサウナに行くつもりだった午前、家にいて子どもの世話を買って出たわけでもない。「休校中は自宅で、登校したかのように、なるべく時間割に沿って学習をしてください」という、おととしから続く、両親ともが外に働きに出る家庭を憤死させる学校からの要請を、この期間ファルマンは持ち前のアレ(アレとしかいいようがないアレである)によってかなり忠実に遵守しており、この日も午前中いっぱいは子どもを机に向かわせていた。
 なので僕は心置きなく、部屋でしたいことをした。主に縫製だ。土曜の夜から月曜日まで、そこまで没頭したわけでもないが、それなりにいろいろ縫った。それはそのうち「nw」などに投稿しようと思う。
 午後は家族でNintendo switchをして遊んだ。さらっと書いたが、実は数日前に、とうとう買ったのだった。これをいちばん喜んだのは、前から欲しがっていたポルガであり、そのポルガも、「どうして?」と不思議で仕方ない様子だったが、どうしてこのタイミングで買ったかといえば、まあ休校で時間を持て余し気味というのももちろんありつつ、なんといっても岸田のおじさんからのお金に拠るところが大きい。配る前、現金だ商品券だとなんやかんや論議され、「じゃあ自治体の判断で全額現金でもいいよ」と国が折れる形になり、しかしそのあと、「子育て関連にのみ使える商品券」という謎のその券の、そもそも実体を見たことがない、もちろん我が自治体でも、年末5万(×2)、年始5万(×2)と現金で振り込まれた、例のお金である。これに関しては、前回の一律給付金とは意味合いが違うのか、「貯め込まずに消費して社会を動かせよ」みたいなことは、そこまで世間でいわれていないが、しかしまあ、望外の収入であり、望外の収入は、望外の収入でもない限りなかなか買う気にならないものを買うべきだろうという心理から、クリスマスプレゼントの電子辞書であったり、ミシンであったり、そして今回のswitchであったりを、購入したわけである。偉い。ちゃんと消費して、偉い。すごく偉いから、もう6回くらいくれないだろうかと思う。switchは、とりあえず最初のソフトとして、「スーパーマリオブラザーズ U デラックス」を買った。2次元の、とてもオーソドックスなスーパーマリオ。数日の吟味の末、結局これだろう、と選んだ。結果として、やっぱり正解だったろうと思う。ピイガの操作するキャラクターが、ピイガの動きそっくりに、無駄に動き、穴に落ちて、すぐにゲームオーバーになるので、みんなで大笑いしながら愉しんでいる。
 夕方になり、雨上がりだったため空気が澄んで、山がとてもきれいだったので、子どもを連れて散歩に出る。散歩というか、子どもたちは自転車で、僕はトレーニングウェアに着替えてジョギング。気持ちがよく、体は熱くなったが、こういうとき体が熱くなっても指先なんかは冷たいままなのだと知った。指が、かじかむのレベルを超えて、あまり動かないくらいまでに凍りついた。そういえばジョギングの人たちは手袋をしているよな、と家に帰ってから思った。
 晩ごはんは餃子。最近カステラを作るので(実はこの日も焼いた)、家に強力粉があり、久しぶりに皮を手作りしようかなー、とも思ったのだが、買い物で大判の皮を見つけ、それが本当に僕好みの、大きくて分厚い皮だったので、これでいいやとなった。包んで焼いたところ、ひとつを食べるのに3口くらいを要するような、理想的な大きさに仕上がり、満ち足りた気持ちになった。

冬の暮し

 寒さのピークを越えたのではないか、ということをここ数日で思うのだが、2月はもっと寒い、というのも真実で、でも2月って、数字上は気温が低くても、日が長くなったり、梅が咲いたり、なによりこちら側が、ものすごく前のめりに、寒さのピークはもう越えた、春がやってくるのだ、と自分自身に向かって言い聞かせるので、日数が少ないこともあり、あまり真冬の悲壮感がないと思う。暖かくなるのは嬉しい。夏、この世はもうずっと暑いままなのではないか、冬はやってこないのではないかと本気で危ぶんだものだが、12月になればしっかりやってきたように、今は猛暑日だの熱帯夜だのという言葉がファンタジックに感じられるような気候だが、それもまたうんざりするほどにやってくるのだろうと思う。あんなに着たかったネルシャツとセーターカーディガンに今はもう飽き飽きし、Tシャツの暮しに焦がれている。去年はぜんぜん作らなかったが、今年はまたオリTを作りたいと考えている。
 岸田のおじさんと横浜の祖母が、年末年始にかけてまとまったお金をくれたので、ミシンを買った。娘たちが裁縫に親しんでくれるよう、ほどよい家庭用コンピュータミシンを選んだ。僕はオーバーロックミシンも持っているので、家庭用ミシンに求めるとするなら、ボタンホールがきれいに縫えることくらいなのだが、そういう部分を満たそうとすると、途端に価格が跳ね上がるので、2万円ほどのもので手を打った。それでも多様な飾り縫いや、もちろん一応のボタンホールも縫える。メーカーはジャガーで、ボビンが水平ではなく、ボビンケースにセットしての垂直式なのがいいと思った。プラスチックの、水平のあれって、壊れた前のミシンがそうだったのだが、どうもおもちゃ感があって好きじゃなかった。糸掛けも、もちろん糸カセットなどではなく、きちんと糸道にしたがって通す必要があるもの。やっぱりミシンはこうでなくっちゃいけない。意外だったのは、前のミシンに搭載されていた自動糸切り機能が、あれから10年以上経って、ミシンの標準装備になっているのだろうと思っていたら、2万円台くらいまでのミシンにはついていなかったことだ。その機能を求めると、やはり価格が跳ね上がる。どうもこれは、ミシン業界が共謀して、差別化としてそういうことにしているようだな、と思ったのだが実際はどうなのだろう。まあなければないで、そういうものかと思うようで、娘たちも縫い終わったあとは少し引っ張って手で糸を切っている。リビングの一角にテーブルとミシンを常設しているので、こちらの願った通り、かなりフットワーク軽くミシンを踏んでいるようで、嬉しい。いろいろ作り、思ったものが作れるようになればいいと思う。
 姉の夫、義兄がコロナ陽性だそうだ。とうとう身近な人間に出た。オミクロンの感染状況からすれば不思議じゃないし、なにより義兄ならばもっと早く罹っていてもおかしくなかった。実際にどういう仕事で、どういう働き方をしているのかは知らないが、たぶんいろんな人と会うのが仕事みたいな仕事だと思うし、なによりかにより、日々横浜市営地下鉄に乗ったり、田園都市線に乗ったりしているのだ。遅かれ早かれ感染するに決まっている。田舎の人のほうが感染に過敏で、県内に十数人ほどの感染者が出ると、あそこの店だとか、あの会社の人だとか、どこからともなく情報が伝わってくるという、リアル村八分的な、そういう感じなのだが、車通勤のこの人たちが、朝の田園都市線を見たら、発狂するのではないかと思う。かくいう僕やファルマンも、だいぶこちらの暮しに毒され、公共の乗り物に乗りたくないという理由から、帰省の踏ん切りがつかないでいるのだけど。幸い義兄は軽症で、姉と姪と甥は自宅待機らしいが、母や祖母との接触は該当する期間になかったそうで、老婆たちは免れたらしい。よかった。

三が日記

 年が明け、お正月を過す。まとまった連休で、帰省もせず、さらには無職というわけでもなかったので、心平穏に、家族とべったりのんびり過すことができた。
 元旦は雑煮を食べた。家のお決まりのダシ、具、みたいなものは一切ない(いちおう食べてはいたと思うが、特にこだわりがあるような代物ではなかったと思う)、ふわっとしたイメージの雑煮を仕上げた。昨晩の年越しそばの天ぷら用のえびが残っていたため(うちの家族は天ぷらもそばもあまり食べない)、鶏肉とともにそれもぶっ込む。天ぷら用に下ごしらえをしていたため、えびは椀の中で丸まることなく、まっすぐに伸びていたのがおもしろかった。ちなみにポルガは、餅に対して「喉に詰まるもの」という強迫観念を持っているため、食べない。そのためポルガには汁だけを与え、わざわざごはんを炊くはめになる。いかにもポルガらしい神経質さだな、と正月から思うが、新型コロナ騒動を経て、こういう、受け入れられるもの、受け入れられないもの、の人それぞれの考え方って、確固たるものだし、いい加減なものだし、もう他人がとやかくいうもんじゃないよな、なんてことを思うようになった。もしも餅が、毎年死者が出るという理由でもっと危険視されるようになり、マスコミが煽り、医師が危惧を表明したりしたら、世間はコロッと、今度は伝統に則って餅を食べる人のことを、コロナ禍に飲み会に行く人のような扱いをし出すのだろうと思う。だからまあ、人に迷惑をかけない限りは、なるべく多くのことは、勝手にしたまえよ、と思う。もっともポルガは餅に関し、ピイガが食べることも良しとせず、食べるさまを眉間にしわを寄せて監視したりするので、わりと迷惑だ。雑煮のほかは、横浜から送られてきた煮豆と、2日前くらいに作った煮豚をなんとなく並べる。おせちに対して本当になんの思い入れもないのだが、ここに紅白かまぼこくらいあってもよかったような、別になくてもよかったような、そんな元旦だった。午後から実家に行く予定があるが、それまでは特になにもなかったため、子どもはいつも通りに遊び、ファルマンはいつも通りに洗濯物を干し、僕はいつも通りにミシンをして過した。正月ってどんな身の振り方をするのが正解なんだろう。昼ごはんはレトルトカレー。「おせちに飽きたらカレーもね」を、おせちを経ずに元日の昼から決行するストロングスタイル。
 食べて少しして、実家に向かう。実家には次女一家も帰省してきていて、みんなで晩ごはんを食べるのだった。しかし晩まではだいぶ時間があるため、家族を置いて、ひとり元日からやっているショッピングモールに赴いた。ここで眼鏡を買うつもりで、事前にネットでフレームの見当をつけ、在庫も確認し、店ではすぐに「これください」とする算段だったのが、実際に試着してみたところ、思ったよりもしっくりこなくて、結局よすことにした。本当に、いま掛けているもの以上の眼鏡に出会えず、ここから抜け出せない。どうしたものか。そんなわけで買い物は不発に終わり、そのまま実家に戻り、しかしまだ晩までには時間があり、家に戻ってミシンをしていようかな、とか、この家の風呂に入らせてもらおうかな、とか、いろいろ思いを巡らせるも(とにかく時間を無為にしたくない)、どうも放っておくと19時開始とかになりそうな、実家の面々がなかなか手を付けようとしない、晩ごはんの調理をすることにした。ファルマンも平日、ロールキャベツなどの煮込み料理を、僕が労働を終えて掛ける帰るコールで、「これから作るね」などと言い放ち、嫌な予感がしながら数十分後に帰ったら、果してキャベツがシャキシャキのロールキャベツが出てきたりするのだが、なるほどこれは家風なのだな、としみじみと思った。ギリギリまで作らずにいたら、災害などが起って食事どころではなくなり、そうしたら調理の労力が1回浮く、とでも考えているのだろうか。もっとも調理といっても、晩ごはんのメニューはすき焼きと、刺身と、えびの鬼殻焼きで、そこまでの工程もない。口だけやいのやいの挟んでくる義両親や、匂いに反応してガツガツ飛びついてくる犬に辟易しながら、準備をした。そして18時過ぎに食事を始めることができた。食卓は、まあ実家の正月の、いわゆるそういう感じで、別に僕自身がそこまで愉しいはずもないが、義父なんかは気分がよさそうだったので、まあそれでいいんだと思う。ファルマンが免許を取ったおかげで、こういう状況で酒が飲めるのは、もちろんよかった。そんな元日だった。
 その晩に見た初夢は、わが家の部屋の内壁を、古代文明の人々を召喚して修繕させていたら、その古代文明の祀っている神が怒り、家を破壊されてしまう、というストーリーだった。意味が分からない。
 2日は一家で午前中に買い物に出て、日用品を買い、その帰りに家の近所の神社で初詣をした。ファルマンが昔から行っている、実家のほうの神社でもよかったのだが、せっかくだから住まいの近くの神社のほうに行ってみようと、ネットで検索して見つけた所で、なかなかのディープスポットだった。驚くべきことに本当に家の近所なのだが、まるで熊野古道のような景色で、もはや笑えた。普段はどうだか知らないけれど、正月くらい、おみくじや物販なんかもしているだろうとあたりをつけていたのだが、境内には運営者も参拝客もひとりもいなく、ソーシャルディスタンスなどという言葉をはるかに超越した、ゴッドディスタンスとでもいうべき静謐な時空が広がっていた。というわけでストイックにお詣りだけした。まあ住まいの地の神様だ。挨拶しておいて損はないだろう。
 午後は、次女とその娘、そして三女がわが家にやってきた。昨日の食事の際、「年末に、折りたためない、本気なトレーニングベンチを買ったのだ」という話をしたこともあり、「それを見せてくれ」という名目だったが、要するに暇だったんだろうと思う。ベンチは、見て「おー」といっていた。まあ「見せてくれ」といって見せてもらったら、それは「おー」というだろう。普段僕が使っているダンベルを持ち上げ、「重ーい」ともいい、なんとなく気分がよくなったが、これってまんまジムのおっさんと女子の構図だな、と思ってその気分には身を浸すまいと思った。そのあと夕方に迎えに現れた次女の夫もベンチを見ていって、次女が「ほら、このダンベル、すごく重いんだよ」と指し示したそれを持ち上げると、「本当だ」といいながら、僕よりもはるかに軽々とした動作で上げ下げしてみせたので、ああやっぱりさっき、運動不足の女どもが「重ーい」「こんなの持てなーい」というのに対し、得意な気持ちになったりしなくてよかった、としみじみと思った。
 義妹たちが帰ったあと、晩ごはんの前に、母と映像通話をした。祖母、叔父、姉一家と、向こうも揃っていた。このたびの年末年始によって、家族としては丸2年、横浜に帰れていないことになる。祖母も相変わらず元気そうで、大人たちにそう変化はないだろうが、なんてったって子どもたちだ。写真や、こうして映像通話をして、姪や甥について、大きくなったなあと思うが、たぶん実際に見てみたら、それは想像を超えた成長なのだろうと思う。生身を見ないと、どうしたって2年前の状態から、そこまで情報は刷新されない。サイズ感そのものが、たぶん違っていて、どうしたって驚くんだろうと思う。GWか、夏だな。
 晩ごはんは、今日はあっさり、塩系のスープを使っての寄せ鍋。おいしかった。
 3日も午前中に買い物。おもちゃ屋で、ピイガの誕生日プレゼントを買う。ポケモンのぬいぐるみ。もしも誕生日が5月とか6月とかであれば、プレゼントはもっと吟味された、凝ったものになる気がするが、クリスマスと年末年始の怒濤によって、毎年のことながら、ピイガの誕生日祝いは、本人にしろ周囲にしろ、どうしたって扱いが軽くなる感がある。三が日も終わり、胃も疲れ、精神的にも肉体的にも食傷気味で、七草がゆなどといっているときに、ケーキなのである。因果な誕生日だな、と思う。その帰り、昨日の初詣があのような高次すぎるレベルだったため、下賤な民としては、吉だの中吉だのという、分かりやすい指標のおみくじがやはりしたくて、結局実家のほうの定番の神社へも行くことにした。思えば8年前、ファルマンはこの神社の階段を昇降したことによって、陣痛が誘発され、予定日よりも早い出産になったのだよな(ということに我々の中でなっている)、ということを思い出した。こちらは昨日のそれに較べて、ちゃんとひと気があり、巫女さんが甘酒の振る舞いや物販も行なっていた。そして満を持しておみくじを引いた。結果は、唯一ピイガが末吉で、それ以外の3人は大吉だった(ピイガ激怒)。僕の文面がよかった。「思う事 思うがまゝに なしとげて 思う事なき 家の内哉」というもので、引く直前の祈祷において、やりたいことをたくさんやって、そして家族仲良く暮らせますように、みたいなことを願っていたので、それに対して満額回答されたような内容に、とてもいい気分になった。ただしそのあと「色を慎み身を正しく見上の人を敬って目下の人を慈しめばいよいよ運開きます」ともあって、「色を慎む」と「目上の人を敬う」は、僕にとって「2大痛い所」なので、ここの神様マジやべえな、と思った。
 午後は家でのんびりだなあと思っていたら、義父母から出雲大社に行こうという誘いが来て、たぶんこれも昨日の義妹たちと一緒で、三が日の出雲大社なんて混雑するので地元民は行かんわね、みたいなことを事前にはいっていたが、しかしいざ三が日に身を置いてみると、あまりにもやることがなくて暇なので、渋滞もまた暇つぶしだな、みたいに考えが転化して、いっそ行ってしまうか、ということになったんだろうと思う。僕は断り、僕がいなければ義父母の車に3人乗れるので、ファルマンと子どもたちだけ連れて行ってもらった。その間、だいぶ久しぶり、本当に前が思い出せないくらい久しぶりに、家で数時間にわたってひとりきり、という状態になり、なにをしたかといえば、裁縫と筋トレをした。やりたいことがいろいろあり、多趣味のような気でいるが、時間を無駄にしたくないので脇目を振らずにそればかりするので、行動に遊びがなく、逆に無趣味のような状態になってきたな、と自分のことを客観的に眺めて思う。
 帰宅した家族と晩ごはん。正月でうどんや鍋など、和風のメニューが続いたので、思い切ってスパゲティーにする。シーフードとブロッコリーのパスタ。それとミネストローネと、ソーセージ。ビールがおいしかった。秋以降、ほとんどビールを飲まずに暮していたが、年末年始はきちんとビールを飲んだ。「ビール飲まないマイレージ」が溜っていたようで、だいぶおいしく感じた。翌日のピイガの誕生日祝いをしたら、5日からは出勤なので(なので4日までの休みがことさらに嬉しいのだった)、翌日を気にせず夜更かしができるのは、今晩までとなる。心置きなくお酒を飲もう、と思って飲んだ。
 連休の最終日は、精神的にはもう連休からは逸脱しているので、完全な連休はこの日までとなる。短い、と思うことはさすがにない。たっぷりと堪能した。まとまった連休は大事だな、ということを、(わけあって)身につまされて思った。せっせとミシンとアイロンに向かったおかげで、作りたいものも作ることができ、充実した、いい正月だったと思う。今年がよい年になり、そして来年もまた、いい正月を迎えたいと切に思う。色を慎もう。

さよなら2021

 仕事はなんとか28日に納まり、おとといから休みに入っている。12月はずいぶん働いた。なのでまとまった休みがとても嬉しいのだった。
 休み初日は午前中に、年末年始の食糧品の買い出しを行なった。12月の食費は、クリスマスというイベントを経ながらも(苺が高いのなんのって)、日々の弛まぬ努力によって、なんとかかんとか余裕を持って終われそうな情勢となり、それで気が大きくなって、今年最後の買い物は、これからの数日間、食べ物関係で困ることが一切ないよう、「迷ったら買う」をコンセプトとし、がしがしとカゴに物を入れていったら、結果的にあったはずの「余裕」はすべて吐き出され、非常にスリリングな数字となった。まあ本当に、これで今年の買い物は終了の予定だから、それでいいのだけど(ただし1月には2度の誕生日祝いが待ち受けている)。
 午後は、子どもたちを実家に預かってもらい、ファルマンはまだ納まらぬ仕事(在宅ワーカーというのは、出勤せずに仕事ができる分、いつまででも仕事ができてしまうのだった)に邁進し、僕は筋トレとハンドメイドをして過した。ゆとりのある時間の中で、思うままに筋トレとハンドメイドをするという過し方は、バタバタだった12月において、強く希っていたことだったので、精神がぐいんぐいんと癒されていくのを感じた。
 晩ごはんは、鮭ときのこのホイル焼きと、お買い得の甘えびの刺身。甘えびって、たまに殻付きで、舟にどっさり乗ってやけに安い、みたいなものが店頭に並ぶが、普段は工場加工品という感じの、殻が剥かれて均一な大きさのそれが平たく整然と並んでいる、しかもやけに高いのしかなくて、どういう流通経緯によってそうなっているのか、よく分からない。自分で殻を剥いて(もちろん食卓で各自が剥くのではなく、事前に僕が全て剥くのである)食べる甘えびは、ねっとりと甘く、とてもおいしかった。頭部などは、なんかうまくやるとおいしいダシとかが出るんだよな、と思いつつ、ノウハウがないので捨てた。捨てたというか、今年のごみの収集はもう終了していて、次はだいぶ先になってしまうため、えびの殻はヤバいということで、袋に入れて冷凍庫に入れた。「去年今年貫く棒の如きもの」という虚子の句があるが、棒の如きものとは、甘えびの頭だったのかもしれない。
 夜には、ファルマンに髪のブリーチをお願いして、やってもらった。1ヶ月半くらい前にも実はやっていて、しかしそのときはとても穏当なブリーチ剤を使ったため、光に当てると茶色いね、というくらいにしか茶色くならず、ファルマンは「そのくらいがいいよ」と諭してきたのだが、やっぱり充足がいかず、今度は激しいほうの商品を買って、(しぶしぶと)やってもらった。その結果、金とはいかなかったが、だいぶ明るい茶色になった。やっぱりなんだかんだで、髪が明るいほうが気持ちが上向くのだった。これからまた数日で色味が変わってくるので、それから判断するが、もしかするとここへ、今度は脱色ではなく色を入れるかもしれない。
 昨日は、ファルマンは引き続き仕事だったため、基本的に家で過した。こんなときにしかできないということで、かねてより「試してみたいね」と口にしていた、リビングのテーブルを座卓と入れ替える、という事業を、ひとりで行なった。これまで使っていなかった座卓は外の物置にあり、それを持って上がり、これまで使っていたダイニングテーブルを解体して、今度は外の物置に持って降りるという工程であり、けっこう大変だった。その結果、想像していたよりもいい具合になった。これまでメインテーブルと、ソファーに対するローテーブルという、ふたつがリビングにあったのが、座卓がそのふたつを兼用するようになったため、部屋が広くすっきりとした印象になった。また戻すのは大変だし、よほどの問題がない限り、しばらくはこれでいこうと思う。
 それ以外の時間は、料理をしたり、やはりハンドメイドをしたりした。のんびり、余裕である。休みが1日しかないと思って、もっと詰め込んで作業をすれば、もちろん作業はもっと進むのだが、休みがけっこうあるとなると、どうしても間延びする。でもそれでいいのだ、その余裕がいいのだ、と思う。それと、2021年、丑年が終わるということで、12月に入ったあたりから、今年でいよいよひと回りとなる干支4コマの牛編のことに、生活の端々で思いを馳せ、やらなければなあ、やらなければなあと懊悩し、オムライスにも、ピイガがクリスマスにもらったホワイトボードにも牛の絵を描くほど、12月下旬にここまで、来年ではなく今年の干支に縛られてる人間が他にいるだろうか、というくらいの状態だったが、しかし(言い訳に過ぎないが)12月は予想以上に忙しく、とうとう1話も投稿しないままここまで来てしまって、それでも29日から休みなのだから、3日あればできるな、などと考えていたのだが、まるでやる気配を見せない自分に、30日の昼過ぎあたりに、「あ、こいつもう、今年の投稿はすっぱりあきらめたな」ということを察し、そう察したら、パーッと視界が開けて、すっきりと解放された気持ちになった。やりきったら、それはもちろんすっきりしたことだろうが、やらないことにしても、それはそれですっきりするのだな、と思った。まあ牛だけに、牛歩作戦ということで、旧正月までにゆっくり投稿しようと思う。
 大みそかの今日は、子どもたちがまた実家に行くというので、それを送りついでに、僕はおろち湯ったり館に行った。送りついでといっても、実家へは車で5分ほどだが、湯ったり館へはそこから30分弱かかるので、ただやっぱりどうしても行きたかっただけの話だ。サウナに行ったらプールのことを想うし、プールに行ったらサウナのことを想ってしまうので、そうなるとどうしたって湯ったり館しかない、ということになる。起きたら雪が舞っていたので、雲南のほうはどうかな、と思ったが、まあ大丈夫だった。2021年の心残りを残さないための湯ったり館は、プールは空いていてとてもよく、たっぷり30分間、20メートル弱くらいのコースを50往復くらいして、しっかり堪能した。大みそかに泳いだのって、人生で初めてかもしれない。一方サウナはけっこう混んでいたため、外気の寒さもあって温度が低く、ちょっと微妙だった。もちろん時期的に2階も閉鎖されているし、そういう意味では残念だったが、でもまあ、行って後悔はない。やっぱり湯ったり館はいい。
 このあとは子どもが帰ってきて、紅白などを観ながら、晩ごはんや年越しそばを食べるだけだ。今年の行動も、日記も、これでおしまい。1月4日に引っ越してきた2021年の島根生活も、いやまったく自分でも信じられないくらいの紆余曲折を経ながらも、なんとかこうして、わりとゆったり、平穏な年末を家族で迎えることができていて、料理を一手に引き受け、さらにはリビングで裁断などしているので、子どもたちと一緒にいる時間も長く、しみじみと幸福を感じている。来年もいい年になりますように。

クリスマス2021

 今年のクリスマスを経る。
 24日の晩ごはんのメニューは、近所のスーパーで予約していたローストチキン以外、ファルマンが「作れる気がしない」「ひどいクリスマスになる」などとしきりに訴えるので、面倒になって、23日の仕事帰りにフランスパンや生ハムやテリーヌなどを買ったほか、夜にミネストローネとマカロニのサラダを作った。かくして迎えたクリスマスイブのディナーは、ローストチキンもおいしかったし、なかなか豪勢でよかった。1年前のクリスマスは、岡山と島根、別々の暮しの中で、非常にゴタゴタ、バタバタしていたので、隔世の感がある。俺も小さくまとまったもんだ、とも思うが、別にそうでなかった時期など若い頃を含めてなかったような気もすることとして、安定は尊いな、ということをしみじみと思った。12月ずっとリビングにあったクリスマスツリーに、今宵ばかりはコンセントを繋いで電飾を点灯させ、食事中も、無音は味気ないからということで、ネットのサービスでクリスマスソングをかけた。それでいろんな曲を聴いたが、その中で「ママがサンタにキッスした」が流れ、これまで不思議と気にしていなかったが、これってぜんぜんネタバレなんじゃないか、と衝撃を受けた。なぜあんな歌が、子どもが聴きそうな他のクリスマスソング群に紛れているのだろう。幸い、今年もピイガはもちろん、ポルガもサンタクロースの存在は信じてくれている。信じるもなにも、イメージする第三者としてのサンタクロースはたしかにいないが、12月24日の夜にサンタクロースになる親がいるのだから、「サンタクロースなんて本当はいない」なんて、逆に間違いだろうとも、毎年身銭を切ってプレゼントを購入しながら、フィンランドの老人の手柄になる不条理を味わっている親として、思う。サンタクロースはたしかにパパだ。でもパパがサンタクロースなのだから、じゃあサンタクロースはサンタクロースではないか。とはいえ今年に関しては、クリスマスだってのに仕事がぜんぜん納まる様子がない僕は、翌25日土曜日も出勤だったため、宵っ張りのポルガが深い睡眠に入るまでなどとても起きていられず、ファルマンに役目を託して早々に寝たため、厳密にはサンタクロースをしていない。ちなみにファルマンは午前1時くらいまで、仕方なく寒い中リビングで待機したらしいが、いよいよ我慢の限界を迎え、さすがに寝たもののまだ眠りが浅そうなポルガの待つ(ピイガはとっくに就寝)子ども部屋に突入し、プレゼントを置くくだりをしようとしたらしいが、そこでやはりポルガは寝ぼけながら起きる様子を見せたため、ファルマンは咄嗟に、自分はあくまで子どもたちの布団を直してやりに来ただけだが、なんかプレゼントが置いてあったよ、サンタさんもう来たんだね的なストーリーを即興で仕立て上げ、なんとかごまかすことに成功したらしい。さすがわが家の北島マヤ。かくして今年のプレゼント配送も、つつがなくはなかったものの、なんとか済んだのだった。
 朝のプレゼントの開封も、僕は見ることができなかったわけだが、見たい気がすると同時に、喜ぶだろうなとこちらが想像するリアクションと、実際の相手のリアクションの相違とか、なんかそのあたりのことを思うと、自分のいない場でやってくれたほうがいいかな、なんてことも思うのだった。もっとも子どもたちの反応はとてもよかったようで、ならばよかったと思う。内容は、ピイガがポケモンのZリングなるものと、お気に入りのポケモンのぬいぐるみと、大きなホワイトボード。ポルガが、「らんま1/2」のCDと、電子辞書。1年にいちど、起きたら枕元に、かねてから欲しいと思っていたものが置いてある朝があるって、どれだけしあわせなことだろう。うらやましいな。まあ僕も、クリスマスプレゼント&1年の慰労という名目で買ったトレーニングベンチの、毎晩すぐ脇で寝ているので、大雑把にいえば同じようなものかもしれないけれど。
 かくしてクリスマスは無事に終わったのだが、去年に引き続いてクリスマス寒波がやってきて、今朝26日の朝、窓の外を見たら雪景色になっていた。雪が心配でやっぱり帰省できない、という決断をした手前、意外とぽかぽか陽気になどなられたら若干困るので(そしたら行くまでだが)、こう完膚なきまでに、年末年始に中国山地や日本アルプスを越えようだなんてよせ、といわれているような気候になると、きっぱりあきらめがつく。年末年始は近隣でおとなしくしていよう。今日は子どもを実家に預け、ファルマンと少しだけ買い出しをして(猛吹雪という局面もあった)、その間に子どもたちは雪で大いに遊ばせてもらったようで、僕もファルマンも雪遊びになんか本当に付き合いたくないので、うまく動けた休日だったと思う。ちなみに週末から冬休みに入った子どもらは、年明け、土日と成人の日がうまい具合に組み合わさり、これから実に半月くらい冬休みなのだった。うらやま! 晩ごはんは鍋ラーメン。身に染みた。汁物を啜って冬をやり過ごそうと思う。

冬山陰

 寒波がやってきて、日本海側を中心に積雪となった週の後半。土曜日の朝、車には数センチの雪が乗っかっていた。あのぽかぽか陽気だった鳥取旅行から約1ヶ月。実に冬である。
 去年まで山陽で暮していたわが家には、子どもたちが雪の日に履く、本格的な防水のブーツがないということで、今週はそれを買いに行く。本当に給付だ。現金でもクーポンでもいい。どっちにしろ子どもにばかりお金を使うじゃないか。
 ショッピングセンターは、なにぶん子ども用品フロアだったため、クリスマス商戦で大いに賑わっていた。各人がおもちゃを抱えて並ぶレジの行列は、穿った見方をしようと思えばいくらでもできるけど、まあ幸せな風景ということで、短絡的に眺めればいいと思った。目的のブーツは、僕自身が雪国の経験がないため、あまりイメージが浮かばずに買いに行ったのだが、想像していたよりだいぶ長靴寄りの、なるほどそういうものか、というようなものだった。岡山の靴売り場ではついぞ目にしなかったな。そこでポルガは選んで買ったが、ピイガはどれを見せても拒んで、結局買わなかった。どうやらブーツという言葉に、これまで岡山で冬場に履いていたような、ムートン的なものをイメージしていたようで、質実剛健すぎるビジュアルに、納得がいかなかったらしい。次女は女子だ。ファルマンが小さい頃、父親が「城に連れてってやる」というので、ディズニーアニメを観て育った少女ファルマンは、当然シンデレラ城のようなものを想像し愉しみにしていたら、見せられたのは松江城だったのでとてもショックを受けた、という出来事があったそうだが、そのエピソードに通ずるものがあるかもしれない。現実は質実剛健なんだよ。
 買い物のあと、昼ごはんは実家が牛丼のテイクアウトをするけど一緒にどうだと誘ってくれたので、立ち寄ってご馳走になる。ありがたくはあったが、実家は犬がいたり、両親がワーワーしていたりで、少しの滞在でけっこう頭がぐわんぐわんになる。横浜に帰らないことにした年末年始について、どうするんだと問われたので、まあ年始にでも顔を出しますわ、と答えておいた。大みそかにお店の蕎麦を取るからそっちの分も取ってやる、あの店のだ、食べたいだろ、といわれ、やんわりはぐらかしたが、僕はその店の蕎麦があまり好きではないので、お断りしようと思う。おいしいといわれるお店から取ってくる蕎麦より、家で茹でた乾麺の蕎麦のほうがおいしいと思うんだよな。
 帰宅後は、ピイガの学校のジャージのズボンに、ゴムテープを縫い付ける作業をする。学校指定のジャージというのがあるのだが、これが「嘘だろ!?」というくらい高くて、ポルガのものはそれでも、ふたり着るからという理由で(忸怩たる思いで)買ったのだが、1年ないし2年の、それも冬場しか穿かないピイガのそれはどうしても、どうしても買えず、よほど特殊で手が掛かっていそうなものならともかく、紺色に両サイドに明るい色のラインが入っているだけの、なんの変哲もないジャージなので、ちょうどそれ!というものは見つけられなかったが、紺色だけのジャージを買い、それにテープを縫い付ければいいだろ、ということになったのだった。既に出来上がっているジャージの、腰から裾までに、まっすぐに細いテープを縫い付けるなんて芸当が、果してできるだろうかと若干の不安はあったが、まあさすがですよね、ちょっとの模索の末、とても上手にできましたよね。ポルガの正規のそれと較べても、ぜんぜん遜色ない出来映え。はじめにやった左側よりも、あとにやった右側のほうがさらに上手になっていて、別に儲けたいわけではなく、スキルがもったいないので、この地域の、一部の土着の業者を既得利権で儲けさすだけのあんなジャージに大金を支払わねばならない家庭の方に、500円くらいでこの作業をしてやりたいと思った。
 夕方から夜にかけては、今日はもちろんM-1グランプリですよ、と、今日の朝まで本当にそう思っていたのだが、テレビ番組表で、予約録画のためにM-1を選ぼうとしたところで、今晩のラインナップのどこにもM-1の文字がなく、あれ、今日じゃなかったっけ? と本気で5秒くらい思案したのち、気づいた。
 うち、テレ朝とテレ東、映らないんだった。
 山陰って、そうなんです。実家は、衛星だかなんだかで特別な契約をしているから観られるのだけど、そういうことをしていないと、普通に映らない、「一部の地域を除いて」の一部の地域なのだった。なんかもう民放が3局しかないのがすっかり当たり前になっていて、また一方で、「かりそめ天国」などの観たい番組はTVerで観たりするするので、テレ朝とテレ東が映らないという現実のことを、完全に忘れていた。そんなわけで、普通に観られない。M-1観られないんだ!? とちょっと衝撃を受ける。残念。

給付待ち一般家庭

 日曜日をのんびりと過す。どこにも出掛けないくらいのつもりだったが、子どもの服が小さくなっていたり、ドリルやノートなどの学用品が必要だったりという、まさにとっとと10万円くれよ的な案件があったため、ショッピングセンターに出向く。歳末ということで、まあまあ賑わっていた。思えば本当に子どものものにしか今日はお金を使わなかった。そのあと、眼鏡屋を覗いたりもした。現在着けている丸眼鏡が、記録を見たら3年前のちょうど12月に買っているのだけど、どうしたってレンズに細かい傷がついてきて、限界を迎えようとしていて、買い替えを考え始めたのだった。このあまりにもまん丸な丸眼鏡は、とても気に入り、それだから3年も着け続けたわけで、レンズだけ交換する、という手も考えなくもないのだが、どういう理屈か、レンズのみの交換も、フレーム込みの新品も、そこまで値段が変わらなかったりするため、そうなってくると、どうもレンズの交換は馬鹿らしいような気もするのだった。新しく買うとしたら、丸眼鏡は金色の細いフレームなので、せっかくならば真反対の、黒系の太くて四角いようなフレームがいいかもなあ、なんて思う。今日は見ただけ。というか全体的に高い。ああいう店は、既存の眼鏡店に対して、ファスト系というか、簡素で安いという切り口で出てきたのだろうに、地盤が固まるにつれてじわじわと値段を高めてきた感がある。嫌だな。いつか岡山へ行ったとき、またアウトレットで買おうかな。
 帰宅後はすぐにラーメンを作って昼ごはん。おいしい。冬の休日の昼に、冷蔵庫の余り物で作った肉野菜炒めを乗せたインスタントラーメンなんかを家族で食べるの、しみじみと満ち足りる。
 午後は子どもたちが手芸をしたいというので、世話をするともなくしながら、ひたすらキッチンでの作業に勤しんだ。煮卵を作ったり、カステラを焼いたり、夕飯の下ごしらえをしたり。いろいろ自分の部屋でしたいことはあるのに、休日の午後はなんだかんだで、気づけば4時間くらいキッチンにいる気がする。
 夕飯は手巻きずし。手巻きずしセットと銘打ったものではなく、ちょっとした刺身の盛り合わせが安く、さらにはアボカドが安かったので、そこから起案した。手巻きずしは、これまではそれなりに奮発して催すものとして捉えていたが、家族全員、そこまで手巻きずしに豪華な海鮮を求めていないことに気がつき、少々の刺身と、あとは納豆とか、ツナとか、卵焼きとか、たらこマヨとか、そういうものがいろいろあればそれでいいんだと喝破して、そんなわけで肩の力を抜いた感じで行なった。結果として、本当にぜんぜん物足りないことなく、十分に愉しめた。そうか、これでよかったのか。スーパーのウニとかイクラって、高いだけで結局あんまりおいしくないしな。日本酒がぐいぐい進み、多幸感があった。
 夜はようやく自分の裁縫を、あまり遅くない時刻まで、集中してやった。今日はバッグの持ち手にステッチを入れる工程だったので、なにも考えずにガーガー全速力でミシンを踏めて、気持ちがよかった。

あたらいす

 子どもたちは年の瀬、クリスマスにプレゼントをもらうのに、その子どもを養うために1年間あくせく勤労した大人にプレゼントがないなんておかしいのではないか、という大義名分のもと、要するにファルマンにも僕にも欲しいものがあったからなのだが、それぞれ欲しいものを買った。欲しいものといっても、ファルマンが買ったのは高級キーボードなので、仕事道具だし、純然たる経費案件である。ちなみに使い心地はやはりとてもいいらしい。ならばよかった。
 僕は、僕は欲しいものが常にたくさんあるので、その中で今回はどれを選ぼうかという話なのだが、自分会議の結果、トレーニングベンチを選択した。いつかは欲しいと思っていたが、これまではスペース的な問題から我慢していた。それが秋の模様替えで部屋が広くなったことで置ける算段がついたため、とうとう買うことができたのだった。置ける算段といっても、トレーニングベンチがトレーニングベンチとして常に部屋の一部に鎮座するわけではない。そこまでのスペースはない。じゃあ折り畳み式か、といえばそういうわけでもない。僕はこれを、これまで使っていた椅子の代わりとして買った。だから筋トレをするときは部屋の中央までえいこら引きずって移動して使用し、それ以外のときはミシンおよびパソコンデスクの前に、文字通りベンチのように置く、というわけである。
 イメージしていただけただろうか。写真を撮って載せようかとも思ったが、自室なのでさすがによすことにしたため、想像をしてほしい。工業用ミシンの台部分まで含めた横幅が120センチあり、かなり長く、そのため左のスペースにパソコンを置けて、こうして使っているわけだが、その僕がいま何に座っているかといえば、横幅150センチあるトレーニングベンチなのである。背もたれはインクラインからデクラインまでできるように角度が変えられ、バックエクステンション(背筋)をするための突出したシートまで装備する、吟味に吟味を重ねて選んだ本格トレーニングベンチ。全体的に黒光りして、なかなかの迫力である。世の中に、家に工業用ミシンがあって、そのテーブルのスペースにパソコンを置いて、その椅子がトレーニングベンチの人って、どれくらいいるだろう。フルーツバスケットでその条件を出したら、僕とあと何人が立ち上がってくれるだろう。
 デスクに向かう際は、ベンチを横に使っているため、背もたれがないということになる。これは果たしてどうなのかな、とも思ったが、ファルマンと違ってそこまでパソコンで長時間の作業をするわけでもないので問題ない。これまでは座り心地の良い、6980円くらいで買った、2980円くらいの最低限のああいうのより、いわゆるちょっといいデスクチェアを使っていたのだが、僕もファルマンもそんなような椅子で(ファルマンは僕のものよりひと回り大きい重役クラスのものだが)、そして部屋の角を挟んで僕は北に、ファルマンは西に、それぞれ壁に向かって座っていたため、するとどういうことが起るかといえば、互いの背もたれが干渉し合うという、プチストレス事態に陥っていたのだけど、今回のトレーニングベンチの導入によってこの問題が解消した。これ以外の解決方法もいくらでもある問題だったが、意外な解決方法が待っていたものだと思う。
 さあ、夏に向けて、冬はせっせと、筋トレして、裁縫しよう。