久々出張

 ちょっと久しぶりに出張に出ていた。
 夏の2ヶ月間にそれがなかったのは、クラクラするような暑さの中、倒れずに日々を生きるだけで精一杯だったので、とても好都合だったと思う。出張先はいつもと同じで、当地はもうわりと秋の気配があった。もしも夏に行った場合、そりゃあこちらよりいくらか涼しかったのだろうが、滞在中いくらか涼しくても、移動でヘトヘトになっていただろうからやっぱりないに越したことはなかった。そしてこのたび、Tシャツ以外の上衣というものを本当に久しぶりに着た(もっとも台風21号の影響により、滞在中の気候の触れ幅は大きかった)。
 移動時間は相変わらず長く、毎回対策を練て、毎回少しずつレベルが上がっている感はあるのだが、それでもまだ十全ではない。そもそも長時間移動の時間の過し方に十全なんてないのかもしれない。キーボードとか、本とか、いろいろジタバタするけれど、結局あまり集中ができないので、あっという間に時間が過ぎるということにはならない。今回、帰りの便でとなりの席に座った女性は、スマホで洋画を観ていて、ああなるほどなあと思ったりした。映画って普段の生活でまったく観ないので、いい機会かもしれない。次回以降はそれも考えてみよう。
 行きの車中では、初めて売店でゆで玉子を買ってみた。車内でビールを飲むにあたり、そのあてとして、乾き物だと侘しいし、かと言って弁当やおにぎりは重いなあ、という中年男性の気持ちに、味付きゆで玉子(2個入り)はぴたりと寄り添うのだった。そうか、板東英二はこういうことだったのか、と大人(おっさん)の階段をひとつ昇ったような気がした。ゆで玉子とビールという潔い簡易テーブルの風景が、新幹線巧者っぽくていいと思った。板東氏に敬意を表して、これからは僕もゆで卵のことを「うでたまご」と言おうと思う。
 帰りの車中ではもちろん東京駅で崎陽軒のシウマイ弁当を買った。おいしかったが、6月からの3ヶ月で、憧憬を抱きすぎたような気もする。これは、崎陽軒はなにも悪くない。ちょうどこの3ヶ月の間に値上げもあったらしいが、それでもなにも悪くない。僕が高めすぎた。十二分においしかった。
 ところで僕は缶ビールを缶のまま飲むことに対し、平均以上の拒否感をもって生きてきて、以前職場で執り行われたBBQの際も、ひとりだけ家からグラスを持参するほどだったのだけど、長距離移動スキルのアップにより、その弱点は完全に克服された。缶から直接、1時間ほどかけて飲むビールも、意外といいものだ。コップから金色を眺めつつゴクゴク飲むそれと、缶からこまめにグビ、グビ、と飲むそれは、まったく別の飲み物で、新幹線の車内で飲むのには後者が適しているのだった。見聞が広がったなあと思う。
 出張先での話としては、いつも利用するビジネスホテルは、その最寄り駅や、当地での仕事先よりも北にあり、当地の人との晩ごはん兼飲みを済ませたあと、甘いものが食べたくなってよく買いに出るローソンは、ホテルよりもさらに250メートルほど北にある。だから僕のこれまでの人生の、最北限地点は、あのローソンだ。大福やプリンを買いながら、いつもそんなことを思う。あのローソンより先へは、僕は一歩も北へ出たことがない。いつも行くのが夜で、ローソンばかりが明るいような地帯なので、暗闇の向こうの「ローソンよりも北」は僕にとってかなり印象的なものになっている。
 当地の空気をまとったまま、さらに新幹線の車内が涼しいこともあり、帰りはパーカーを着たまま最後まで過した。おそらく岡山駅において、僕は五指に入る厚着だったろうと思う。家では子どもたちがまだギリギリで起きていたので、3日ぶりの再会を喜んで抱きしめようとした。そうしたら「暑っ!」と言われ振りほどかれた。相変わらずこちらは真夏日とか言っている。もう9月だっぺよ。