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14年

 ポルガの誕生日を祝う。
 ピイガの1月4日というのは、なにも、ただでさえわちゃわちゃしている正月の、こんなタイミングじゃなくてもいいだろ、という気持ちにさせられるのだけど、ポルガのこの1月22日というのもまた、大寒だし、日が短いし、このあたりの時期は土曜日の休みが少ないしということで、どうもスカッと祝いづらいのだった。そんなの出産の、ひいてはお前の行為に拠るものなのだからしょうがないだろ、と言われればそれまでではあるのだけど。
 お祝いの日の晩ごはんのメニューや、ケーキの趣向について、事前にポルガに希望を訊ねたところ、「回転ずしがいい。持ち帰りじゃなく、お店で食べたい」という答えが返ってきたので、作らなくていいし案外いい手かもしれないと思い、受諾した。さらには「じゃあケーキも回転ずしのデザートのやつでいいんじゃないか。食べたいだけ食べていいから」と提案したところ、ポルガもそれを魅力に感じたようだったので、とても簡潔に丸く収まったのだった。
 というわけで土曜日の夜、くら寿司に行った。ポルガがリクエストするだけあって、お店で食べるのはとても久しぶりで、鮨がレーンを回っているさまを、本当に久々に目にした気がした。店内は混んでいたが、予約をしていたのでわりとスムーズに席につけた。鮨は安定のおいしさだった。ビッくらポンはいちども当たらなかったが、やっぱり外食は外食で愉しいものだな、と思った。鮨のあと、子どもたちはケーキを食べていた。ポルガはふたつ頼み、嬉しそうだった。ちなみにくら寿司は、まさに誕生日のお祝いを対象にした、ホールケーキが装飾とともにレーンを流れてくるサービスを少し前から始めているようだが、残念ながら島根県の店舗にはまだ未上陸なのだった。ポルガは「来年もこれでいい」と言っていたので、来年には利用できればいいと思う(けっこう恥ずかしそうだけど)。
 お祝いはこれで無事に完了のはずだったのだが、個人的になんとなく物足りなさを覚えたので、翌日、日曜日の昼食を、しれっとホットケーキにした。チョコペンも用意し、ポルガのものにだけメッセージも書いた。「ポルガ おめでとう 14」と書くつもりだったが、「『ポルガ 天才』にして」というリクエストを受けたので、そう書いた。ホイップクリーム、はちみつ、アイス、さらにはさつまいもを甘く煮たものや、あんこにきなこなども乗せて、背徳的な味を愉しんだ。
 さらには晩ごはんは、なんだかんだでたこ焼きにした。ポルガの誕生日祝いの日の夕餉はたこ焼きというルーティンに、実は本人なんかよりも僕のほうがよほど拘泥しているのかもしれない。わりと久しぶりだったたこ焼きは、やはりおいしかった。焼きながら、食べながら、マリオパーティーをした。とても愉しかった。
 回転ずしだの、マリオパーティーだの、実につましく、まっとうな、一般家庭の生活の営みだなあとわれながら思う。最近、2008年の、まだ子どもがいない新婚時代の日記を読んでいるのだが、当時はふたりで1日にジブリ映画を3本観たりとかしていて、びっくりする。ベタなことを言うが、第一子が14歳ということは、われわれが親というものになって14年が経ったということである。14年。ずいぶんなもんだ。なるほど年を取るわけだ。あのパピロウが、めちゃくちゃベタなことを言うもんだ。これも加齢によるものか。

24年~25年の年末年始記録 中期編

 4日目、31日の大みそかは、日中は相変わらず裁縫をしたり、スーパーに買い出しに出たりして、地味に過した。おろち湯ったり館への思いが、この日々の端々で何度も募るのだけど、もちろん実際に行くことはない。行ったところで、在りし日の姿を期待している僕が満足するはずがないことは判っている。切ない。昼ごはんはカレーうどん。
 午後はファルマンと子どもたちが実家へ行ったので、自由に過す。もちろん裁縫や筋トレもしたが、この3時間あまりの中で行なったある行為が、最終日にして、結果として1年間の印象をガラリと変える、劇的な効果をもたらすこととなった。内容は「BUNS SEIN!」に詳しいのでそちらをご覧ください。
 夕方になって家族が帰ってきたので、大みそかの宴の準備をする。紅白歌合戦を眺めながら、5時間あまり過すための、お酒と食べ物。メニューについては数日前からいろいろ思案していたが、午前中のスーパーで、オードブルセットとして、円形の容器に盛られた、スモークサーモンであるとか、鴨肉のソテーであるとか、海老とアボカドのサラダであるとか、もうこれさえあればほぼ他になにもいらないじゃん、みたいなものを見つけ、それを買って帰ったので、とても楽だった。あとポテトを揚げたり、鶏肉を焼いたり。それともちろんポルガ以外の3人は蕎麦を食べ、ポルガは横浜の実家から送られてきた中華ちまきを食べた。
 今年の紅白歌合戦の印象は、言うまでもなく、B'zに尽きた。ファルマンは当然ながら大興奮だったが、ファルマンでなくたってあれは興奮するというものだ。圧倒的なパワーを見せつけられた。紅白はなんだかんだで、数年前のユーミンと桑田佳祐であったり、去年のYOASOBIの「アイドル」であったり、そして今年のB'zであったり、わりときちんと多幸感のあるエンターテインメントを見せてくれるな、と思う。1年の最後に感動があると、それは年間全体にいい作用をもたらすような気がする。すばらしいことだ。
 年が明けて、「2355-0655」恒例の、新春たなくじを行なう。画面でパッパッと高速で切り替わるおみくじの文面を、スマホのカメラで撮影し、捉えた1枚が今年の運勢という、現代的なスタイルのおみくじ。こちらが今年、「大大大大大吉」であったため、とても気分のいいスタートとなった。田中裕二の顔もこれ以上ないほどのドヤ顔であった。
 明けて5日目の元日。ポルガ以外の3人はお雑煮を食べ、ポルガはトーストにジャムを塗って食べた。もはや14年近くも育てていると、食べようとしないものを無理に食べさせようとするような、無駄な労力は使わないのだった。あと横浜から送られてきた黒豆と、スーパーでなんとなくそれだけ買った、紅白かまぼこと伊達巻の3本セットのものを切って並べた。伊達巻が、口に入れた瞬間に時空が歪むくらい甘くてびっくりした。
 そのあと昼前くらいに、毎年なんだかんだで元日に行っている神社へと向かう。地元民なので少なくとも三が日は出雲大社に近付かないのだ。参拝ののち、ここでもおみくじ。これがなんと、大吉なのであった。今年はやけに運勢を褒めそやされることだ。「願望(ねがいごと)」の項目では、「思うまゝです」とまで持ち上げられた。マジかよ。ただしそのあとで「しかし油断すれば叶わず」とあったり、他の項目でも「色に溺れ酒に狂えば凶なり」という注意喚起がなされていたり、多少の懸念はある。色に溺れ、酒に狂えば凶なのか。そうか。しかしそれらの、溺れたり、狂ったりというのは、いったいどのような度合を指すのだろう。ある程度は溺れ、狂うわけで、そのあたりを詳細に教えてほしいと思った。
 初詣のあとは、新春セールのブックオフへと元日から繰り出す。子どもたちは、このあと受け取るだろうお年玉のことを見越して、かなり買い込んでいた。やばい生き様だな。僕は僕で、どういう風の吹き回しか、110円のコーナーに並んでいた、社会契約論であったり純粋理性批判であったりの二次元エロ小説を、とても久しぶりに何冊か(子どもに隠れて)買った。買いはしたが、決して色目的ではないので、これはセーフだろうと思う。
 帰宅して昼ごはんのあとは、この日は夕餉を実家で、カラオケのときと同じメンバーで行なうので、ファルマンと子どもたちは先行してもう移動した。僕は家に残り、やはり裁縫であったり、筋トレであったり、そして「BUNS SEIN!」を書いたりして過した。元日も浮ついたところが一切ない。これはもう願望は思うまゝだな、と我ながら思う。
 夕方になってファルマンが迎えに来てくれ、ふたりで車に乗り込み、そのまま鮨屋に鮨を取りに行く。これももはや毎年定番のパターンだな。そして鮨を持って実家へ。鮨を食べ、酒を飲み、愉しく過す。プールで知らないじいさんに「腹、割れとったな」と言われたエピソードなどを開陳し、それなりに場を盛り上げたと思う。
 そこまでたくさん飲んだ気もしなかったが、帰宅後はなんとなく気怠くなり、運転役だったファルマンの晩酌には付き合えず、飲まずに寝た。なんだかこうして書くと本当に、おみくじを引いた初日から、わりと果敢にギリギリのラインを攻めていることだな。
 6日目、1月2日。のんびり起きてテレビを点けたら、箱根駅伝をやっている。年齢を重ねて、若いときには興味が湧かなかった事柄について、だんだん面白味を感じてきたりする部分もあるが、箱根駅伝はどうも、今年もまだらしい。ピイガと餅を食べている間だけ漫然と眺めたが、食べ終わったところで消した。
 午前中にひとり買い出しに出る。この3日間ほど、ごはんを炊きさえしない食生活だったので、さすがに地に足のついたものが食べたくなって、そういうものを買う。あとピイガの誕生日祝いのケーキ材料として、スポンジと生クリームを仕入れた。あとはイチゴだけだが、これがもう、今年の大河ドラマかよ、と言いたくなるくらい、べらぼうに高いのだった。三が日が終わった4日、少しでも値段が下がればいいのだけども。
 というわけで昼ごはんは、炊き立てのごはんでおにぎりと、キャベツの千切り、ベーコンエッグ、そして味噌汁という、本当に実直なメニューにする。白菜の浅漬けなんかも添えちゃって、しみじみとおいしかった。
 午後は今日もファルマンと子どもたちは実家行き。もはやオートメーションのような次元で行くことだ。帰省してきている従姉妹らは、実家で特にすることがないので、まあうちの子たちが行けば、それは喜ばれるわけである。娘たちも、家にいると「どっか連れてけ」だの「宿題したくない」だのとうるさいので、まあ行ってくれるのに越したことはない。
 ただし今日は、次女一家は今晩は夫側の実家で会食ということで、16時くらいにはそっちへ移動するという話だったので、だったら俺、15時過ぎくらいに実家にランニングで行って、おやつをみんなと一緒に食べて、そんでファルマンたちが乗っていった車に一緒に乗って帰るという、前にもいちどやったパターンのやつをやろうと思い、ひそかにファルマンたちが出発する前に、車に着替えや入浴グッズなどを載せておく。そして14時45分くらいまではいつも通り、裁縫や筋トレをして過したあと、ランニングウェアに着替え、家を出た。こうして走るのはずいぶん久しぶり、たぶん前の冬以来のため、自分の走れなさにびっくりした。水泳とは使う能力がぜんぜん違うらしい。3kmほどの道のりを、たびたび息が持たず歩きながら、なんとか辿り着いた。
 到着は15時15分頃だったので、さあちょうどおやつの時間だろうな、と思ったら、実家には義父とファルマンと子どもたちしかいない。義母と義妹らは、初売りセールへと繰り出したのだそうだ。16時に移動するんじゃなかったのかとファルマンに問い質したら、「その予定で、私もそのつもりで子守りを買って出たけど、なかなか帰ってこないのだ」とのことだった。仕方なくシャワーを浴びたりして過すが、それ以降もなかなか帰ってこない。結局3人が帰ってきたのは16時半を過ぎてからだった。そのあとせわしなくおやつを食べ、われわれ一家は帰った。予定時刻を聞きつけ、呼ばれてもないのに勝手に現れたわけで、文句が言える筋合いではないが、2歳児の相手などしながら、これならもっと遅くなってから来ればよかったなあ、と思った。
 晩ごはんは、こちらも日常を求め、豚肉と舞茸とネギの卵とじに、鯖、そして納豆という、どこまでも優しい献立。白米がひたすらにおいしいのだった。
 そんな中期3日間であった。休みはこれで残りあと3日。まだ3日もあるとも思うし、もうあと3日なのか、とも思う。普通ならダレそうなラスト3日間だが、わが家の場合、4日に誕生日の人がいる関係で、その心配はない。せいぜい愉しく過そうと思う。

クリスマス 2022

 今年のクリスマスは、24日が土曜、25日が日曜日ということで、動きやすかった。いろんな業態の人がいるので一概には言えないが、それでも人類全体の幸福の総量は、そうじゃない年に較べ、高いのではないかと思う。もっとも金曜日あたりから襲い掛かってきたクリスマス寒波によって、北陸や東北ほどではないにせよ、山陰の交通網もかなりの影響を受け、岡山に行こうとしていた義両親も、広島に行こうとしていた義妹も、それぞれあえなく計画を取り止めていた。山陰の冬は本当に、空は荒れるし、中国山地越えは過酷だしで、とてもカジュアルに閉ざされることだと改めて痛感した。
 われわれ一家は、もちろんはじめからそんな大掛かりな予定などは組んでおらず、実家が予定では無人になるはずだったので、犬の世話を依頼されていたのだが、それも上記の理由により免除となったため、割合と平穏に過すことができた。唯一ポルガが、24日は例の科学クラブみたいな教室に午前も午後も行くということで、その送り迎えをし、午前と午後の間には家族で回転すし屋に行ったり、そのついでにもろもろの買い出しをしたりした。
 夕餉のメニューは、ミートソースグラタン、フライドチキン、スモークサーモン、テリーヌ、コーンスープ。そしてビール。なかなかに脂質たっぷりのメニューで、さらにこのあと、今年は珍しくケーキ屋で予約し購った、ブッシュドノエルを食べた。返す返すも、健康診断がクリスマスの前でよかったと思う。気兼ねなくおいしく食べ、飲み、しあわせな聖夜だった。
 ここで娘たちの描いたクリスマスポスターを載せておく。
 まずピイガ。
 

 平和である。「クリスマスになった! やったー!」というコピーの、素直さがいい。結局うれしいときは「やったー!」に勝るものはないな、と心が洗われるようだ。
 続いてポルガ。
  

 ここでアップしている画像としては、2枚をほぼ同サイズにしているが、実際はピイガのそれがA4であるのに対し、ポルガはA4を4枚貼り合わせているので、A2判ということになる。単純にでかいし、そして見ての通りの描き込み量なので、なかなかに圧倒される。しかも少年少女たちは吹き出しでなにを言っているのかと言えば、「ドッペルゲンガー」であったり、「パラレルワールド」であったり、「月夜でないよ、銀河だから光るんだよ」であったり、「りんぴょうとうしゃかいちんれつざいぜん」であったりと、めいめいにわけの分からないことを言っているので、眺めているとだんだん頭がぐわんぐわんしてくる。要するにこれは、ポルガの頭の中そのものなのだな、と思った。
 それから夜が更け、自分たちが寝る直前、子どもたちが完全に寝ているのを確かめ、フォッフォッフォする。このブログの読者で、もしかしたらまだ真実を知らない人がいるかもしれないので濁すが、忍び足で部屋に入り、つつがなく例の行為をした。
 翌朝、ピイガが満面の笑みでわれわれの寝室にやってきて、「トランポリンがあった!」と報告してくる。今年のピイガのサンタさんからのクリスマスプレゼントは、トランポリンなのだった。見に行くと、ベッドの脇、部屋の中央に、ドドンと円形のトランポリンが鎮座していた。「わあ、すごいすごい!」とリアクションをしたが、実はそれを置いたのは6時間前の僕なんですよね。実はサンタって本当はいなくて、親がやってますからね。それからポルガも部屋から出てきて、「全集じゃなかった……」と少し口を尖らせながら言った。ポルガは「藤子・F・不二雄大全集」を所望していたが、届いたのはてんとう虫コミックス版の「ドラえもん」全45巻(+0巻)だったので、少し肩透かしを喰らったらしい。阿呆か、と思う。大全集は119巻あり、総額は22万円くらいになる。値段も置き場所も現実的じゃないし、なにより声を大にして言いたいが、全部がおもしろいわけじゃない。それよりてんとう虫コミックス版のドラえもん全巻のほうが、読みやすいし、いいと思う。あと金額的なことを言わせてもらえば、これだってだいぶするんだからな。期待していたものと違って最初は不満げだったポルガだったが、しばらくすると気を取り直し、怒涛の勢いで読み始めていた。そしてピイガはひたすらトランポリンで跳ねていた。そんなクリスマスの朝だった。
 日中は、トランポリンの衝撃を吸収するためのマットや、ドラえもんを収納するための本棚を買いに出た。サンタは、品物を届けるだけ届けて、そういったアフターケアに関しては無頓着なのだった。おかげで親は思わぬ出費を強いられた。さらに言えば、繰り返しになるがサンタって実はいなく、トランポリンもドラえもん全巻もわれわれが購っているので、なんかもうただひたすらの出費である。子どもはずるいな。
 それにしてもポルガあたり、そろそろサンタの正体について真相にたどり着いてもぜんぜんいい頃だと思うのに、一向にその気配がない。ピイガと一緒に、「トランポリンなんて大きいもの、どうやってソリに載せてたんだろう?」などと語り合っている。本当だろうか。初潮が来たり、国の歴史や公民について学んだりする一方で、サンタの存在を無垢に信じるなどということが、果たしてあるものだろうか。しかしポルガの性格上、サンタが本当はいない(親がやってる)と確信したら、ピイガへの配慮など一切なく、そのことを普通に口に出すに違いないと思うので、じゃあやっぱり信じてるのかなあ、とも思う。まあ大人だって、それぞれのバイアスで世界を見ているわけだから、子どもだけが歪ということでもないわけだけども。
 かくしてクリスマスも終わり、子どもたちは今週末で2学期が修了していて、僕もあと数日で仕事納めとなる。あとはもうオートメーションのように、「年末年始」がやってくる。ちなみに今年のようにクリスマスが土日だと、大みそかと元日もまた土日になる、ということを知った。なぜかこれまであまり意識したことがなかった。クリスマスイブと大みそかは、いつだってちょうど1週間離れているのだ。だからどうした、と言われると困るけれど。

広島旅行2022浅春 ~ファルマン38歳最後の叫び~

 宮島から本州に戻ったあと、ホテルに直行するにはまだわりと時間があった。たぶんそうなるだろうと思いつつ、しかし宮島に予想外に長居する可能性もなくはなかったので、この間の計画はふんわりとしていた。眼鏡を新調したいという思いがずっと燻っていて、しかしながら島根で見る店ではこれぞというものに出会えず、今の眼鏡を作った倉敷のアウトレットのゾフにいつか行く日までは耐えるしかないか、と思っているのだが、もしやと思って事前に検索したところ、広島市街から少しだけ外れた所にある、イオンが経営するというジ・アウトレットという施設に、ゾフが入っているのを発見し、ワンチャンそこへ行くのもありなんじゃないかと目論んでいたのだが、いざ家族旅行に身を置いてみると、自分の眼鏡のためだけに、妻子はたぶんまるで魅力を感じないだろうアウトレットモール行きを断行するのは、間違いなくいい結果をもたらさないと判断し、あきらめた。あきらめて、かなりホテルまでの通り道といってもいい立地なので、おそらく時間が余った場合はここに立ち寄るのが現実的だろうと考えていた、マリーナホップという商業施設に赴いた。海沿いの、埋め立て地に作られた施設で、どうも正直あまり盛り上がっていないらしく(2025年に解体予定だそう)、入っている店もあまり聞いたことがない、縁のないものばかりなのだが、ここの一角にマリホサーカスと銘打って、小さい子向けのミニ遊園地があるというので、それ目的で参った次第である。1回300円くらいで、すべての冠にミニがつくような、ジェットコースターやバイキング、ディズニーランドで言うところの空飛ぶダンボみたいな乗り物に乗れて、なにぶん遊園地のない島根県の子どもたちなので、これでも目にした瞬間、十分にワクワクした様子だった。子どもたちは、急流すべりという、流れる水の上を進む乗り物と、あとファルマンと3人でジェットコースターに乗った。


 ファルマンは3人の貸し切りだったジェットコースターで大きな悲鳴を上げていた。たぶん大の大人が悲鳴を上げるようなジェットコースターでは決してないのだが、そんなジェットコースターでさえ断固として乗るのを拒んだ僕がそれについてとやかく言う筋合いもない。ちょうど前回の鳥取の、子どもの国のゴーカートを踏襲するような動きとなり、いい具合に愉しんで時間を調整することができた。
 それから車はちゃんと都会の広島市街の中心部へと突入し、スーパーに寄り道して(駐車券があった!)酒など買い込み、さらにはこれも前回と同じ、夕食としてのスシローの、予約しておいたものを受け取って、ホテルへと無事に到着した。土地勘のまったくない広島において、それなりに入念な準備をして、うまく立ち回ったものだと思う。もっと家族から褒められてもいいと思うので、ここで僕自身が褒めておく。
 つづく。

鳥取旅行2021晩秋 ~おすしとおふろ~

 鳥取砂丘こどもの国で遊び終えたあとは、本日の宿泊先に向かう。米子である。無理すれば日帰りできないこともない鳥取砂丘を、あえて1泊2日の旅行にして、宿泊先をどこにするかといえば、もうだいぶ自宅に近い、米子なのだった。グーグルマップで検索すると、自宅から米子までは1時間ちょいである。思っていたより近い。帰ろうと思えばぜんぜん帰れる。でもそういうことじゃない。なぜなら旅行なのだから。
 そもそも白状するならば、僕にとって今回の旅行は、鳥取砂丘はサブ目的であって、メインは宿泊、それも温泉およびサウナなのだった。泊まったのはオーシャンというビジネスホテルで、ビジネスホテルといっても今どきの、家族や仲間で泊まれる部屋もある、そういうホテルである。そしてこの同じ敷地内に日帰り温泉オーシャンという、スパ施設として普通に一般向けに営業している、もちろん同系列の施設があり、宿泊客はそこの入浴チケットがもらえる。すなわち風呂に入って、サウナに入って、ビール飲んで、飯を食べて、寝る。そういうことができる。それがしたいというのが起点となり、今回の旅行計画が始まったのだ。
 ホテルには16時半ごろに到着した。案内された部屋は、ホテルにふたつある特別室のひとつで、ビジネスホテルという感じはまるでなかった。しかも旅行日記の冒頭で後述すると書いたキャンペーン、その名もWeLove山陰キャンペーンにより、宿泊料金は通常の半額となり、ふたりは子ども料金とはいえ、4人で11000円というのは、あまりにも破格なのだった。
 このあとすぐに温泉に行ければよかったのだが、晩ごはんとして用意周到に数日前からweb予約しておいたスシローを受け取りに行ったり、スーパーでビールや朝ごはんを買い込んだり、僕だけそんな用事を済ます。知らない街の、知らないチェーンのスーパーが、旅情を掻き立て、おもしろかった。見たことのないプリンを見つけ、思わず買ったりした。
 部屋に戻ったあと、ようやく温泉へ。日が短いので、17時半くらいでもうすっかり暗くなってしまった。外気浴的に、これはかなり残念だった。さいきんサウナについてこのブログで告白したとおり、僕はサウナに、外で裸になる快感を求めている部分が大いにあるので、あたりが暗くなってしまったらあんまり意味がない。温泉は翌日にも入る権利があるのだが、温泉がオープンするのは10時なので、それを待つつもりはなかった。つまり明るいオーシャンには入り損ねた。せっかく男湯が2階の海風呂で、テラスから目の前の海に向かって裸でデッキチェアに座って休憩できるという、貴重な経験ができる機会だったのに。
 そこだけは残念だったが、まあ温泉もサウナも愉しめた。土曜日の夜なので、まあまあ混んでいた。とはいえ数年前の横浜のスーパー銭湯ほどのことはない。あれはいま思えば、「ギャグマンガ日和」のあの話くらいの人口密度だった気がする。月明りしかなかった(温泉に入る前、家族で赤い月を見た)ものの、目的のデッキチェアは堪能できたし。ちなみにサウナ内のテレビでは、今日開幕の日本シリーズ、ヤクルト対オリックスが放映されていて、それもまた特別な夜の印象を強くさせた。
 約束していた時間に部屋に戻ると、はしゃぐ子どもたちの世話が大変だったことと空腹で、ファルマンの機嫌が悪くなっていたため、すぐに鮨にする。砂丘で遊んで、温泉に入って、家族で鮨を囲み、ビールを飲みながら日本シリーズを眺める。なんだこれ、しあわせかよ、と思う。これ以上があまり浮かばない。
 だらだらと鮨を喰い、子どもたちが寝る時間となり、しかし興奮してあまり寝そうになく、「部屋を暗くして寝かしつけるからお風呂行きなよ」とファルマンがいってくれ、2度目の温泉に入りにいく。駐車場を突っ切り、徒歩1分半。いいなあ。22時前だが、まだまだ人は多い。むしろ夕方よりも多かったかもしれない。日本シリーズはまだ続いていた。9回裏、ここを抑えたらヤクルトの勝ち、というところで、サウナ室の座った位置が、あまりにも熱の高い場所だったため、どうせこのまま決まりだろうと、見届けずにたまらず出る。そして水風呂と外気浴をして、十数分後にふたたびサウナ室に戻ったら、オリックスが逆転サヨナラ勝利していた。そのときサウナ室は盛り上がったろうかな。
 2回目の入浴を堪能し、部屋に戻る。子どもたちは寝ていた。大人だってクタクタだ。鮨の残りを食べきり、眠りに就いた。
 つづく。

ファルマンの免許取得と、その送迎のために過した松江の半日

 ファルマンの自動車教習所は、先日無事に修了したのだった。通い始めたのが4月の下旬なので、1ヶ月半ほどで卒業したこととなる。その事実だけ取れば「順調」という言葉を使いたくもなるが、果たしてそうだろうか。期間が短かったのは、平日に3時間も4時間も、怒涛の勢いで講習を受けたからだし、実地でいちども再講習がなかったのは、どうも本人からの報告を伝え聞くに、「他の地域で免許が取れなかった人は島根に行け」という、まことしやかな逸話が指し示す、島根(スサノオ)マジックがあったのではないかと思う。実際、卒業試験でウインカーを逆に出すという、先生この人とうとう右と左の区別が身につきませんでしたよ、こんな人を外の世界に放り出してしまっていいんですか、と問い詰めたくなる事例があったようだが、それでも合格だったのだ。もっとも交通ルールなんてものは、右に曲がるときに左のウインカーを出すというのは論外だとしても、流動的な部分が多くあり、そういうのは現実世界の道路で学んでいくしかないので、まあそんなもんか、とも思う。
 それで、僕の仕事が休みだった今日、ファルマンを県の免許センターまで送るということをした。第1次島根移住の際には免許の更新がなかったので、島根県のその施設に行くのは初めてで、神奈川でも岡山でもそうであったように、やはりそれは辺鄙な場所にあった。日本で唯一県庁所在地に原発のある島根県なのだから、免許センターくらいもっと便利な場所にあってもいいのではないかとも思ったが、よく考えてみたら、宍道湖の北側のほとりの真ん中らへんというのは、松江市の人にとっても出雲市の人にとっても、同じくらい不便で便利な、とても配慮された場所なのかもしれなかった。
 学科試験から、それに合格したら受ける講習、そして免許証の交付まで、朝から15時ごろまでの一日コースということで、子どもたちが学校に向けて出発するのを見送ったあと、すぐにわれわれも出掛ける。朝ごはんは途中のコンビニで買い、車内で食べた。夫婦でのこんなお出掛けなんて、すさまじく久しぶりか、あるいは初めてのような気がする。免許センターに自分の車で行けないのは、極度のペーパードライバーというパターンはあるにせよ、理屈的には免許取得のときだけだし、なによりこれよりファルマンは免許を持つのだから、こんなふうな送迎なんて今後はしなくなるのだな、ということを思った。
 8時半から9時半までに着けばいい免許センターへ、9時にファルマンを降ろしたあとは、迎えの15時まで自由時間で、この間をどう過すか、ここ数日は思いを巡らせていた。いちど家に帰るという選択肢もないことはなかったが、家から免許センターまでは小一時間かかるので、2往復するのには抵抗感があったし、なにより住所的にはここはもう松江市で、市街地までも20分弱という位置なので、それじゃあまあ松江で過すだろう、という結論に至っていた。
 はじめに浮かんだのはやはりサウナで、免許センターからの近さで検索したところ、「鹿島 多久の湯」というのが見つかり、それはまさに原子力発電所のほう、免許センターから北、すなわち日本海側に車で15分ほど進んだところにあって、なかなか評判もよさそうだし、なにより妻の免許取得のために6時間ほど待機時間があるような状況でなければ、なかなか行くことはないだろう位置のため、これは千載一遇のチャンスだと思った。それで、いやあいいスポットがあったもんだと安心していたのだが、おとといの晩になり、しかし9時にファルマンを降ろしたあと、15分後にそこへ行ってもまだ開いていないんじゃないか、10時とか、10時半からなんじゃないか、と不安になって改めてホームページを確認したら、開館時間どころの話ではなく木曜日は休館という表記を見つけ、行く前に気づいたのはなによりだったが、一気に6時間の過し方計画が暗礁に乗り上げてしまった。仕方ないので、平田のほうに戻って「ゆらり」(宍道湖の左上らへん)か、あるいは斐川のほうへ回って「四季荘」(宍道湖の左下らへん)か、とも思ったが、どうも来た道を戻るのもなあ、と気が進まないでいたところへ、今回の送迎をどこか申し訳なく思っているらしいファルマンから、玉造温泉はどうかという提案を受ける。見ると「ゆ~ゆ」という気の抜けた名称の施設に、サウナがあるようだ。位置は宍道湖の右下らへん。玉造温泉という名前はよく耳にするし、じゃあまあせっかくの機会だからそこへ行っときますか、という結論に至った。免許センターからは車で20分あまり。
 とはいえ、「ゆ~ゆ」の開館は10時からだし、サウナで5時間過せるはずもないので、まずは9時から開いている施設として、松江の中心部を少し通り過ぎて、松江イオンショッピングセンターへと立ち寄る。近くて遠い松江の街は、たぶんピイガの七五三の、写真撮影の時以来だ。いつかと確認したら、2017年11月のこと。時の流れってちょっと早すぎないか。イオン松江にはなんの用件があったかといえば、手芸の資材を買いたかった。噂では「手芸の丸十」が、かつてあったショッピングセンターからこちらに移ったとのことだったのだけど、店内の地図を見ても見つからなかったし、そもそも専門店は10時にならないと開かないだろうと思いあきらめ、イオンの運営するパンドラハウスで購入した。本当にパンドラハウスもあるのに「手芸の丸十」が移転したのだろうか。ちなみに前回、かつて松江にあったショッピングセンター内の「手芸の丸十」に行ったのは、確認したところ2013年8月のことだった。読むと、胎の中のピイガのためにダブルガーゼなどを買っている。そしてこのときのダブルガーゼの余り布が、2020年に布マスクとして活用される……。松江は斯様に滅多に来ないので、わざわざ来た日のことが、定点のように刻まれるものだな。そう考えると、ファルマンの免許のために僕が5時間あまり松江でひとりで過した今日のことも、いつか「松江のあの日」として思い出されるのかもしれない。そんな感慨もあり、まだ途中だが、僕は今日のことをこうして精細に書き記そうとしているのかもしれない。
 買い物を終えて、そこから「ゆ~ゆ」に向かえば、開館の10時にはちょうどいいくらいの時間にはなったが、とはいえ10時からサウナに入り、どんなにがんばったって正午までいられるとも思えず、そのあとの時間をどうするという問題は解決していない。そこで、うすうす目論んでいたことだが、ひとりカラオケをすることにした。先日すでにひとりカラオケバージンは喪失していたため、なじみのない街でも気軽にそんなことができるようになった。それでスマートフォンで近くの店を検索したところ、さすがは県庁所在地の市街地、本当にすぐ近くにあった。受付を済ませて案内された部屋は、これもまたさすがは県庁所在地の市街地というべきなのか、かなり狭かった。ひとりなのでなんの問題もなかったが、久しぶりにこういう狭い部屋を見た。あと片側の壁が思いっきり道路に面した窓になっていて、これがすりガラスでもなんでもないので、入室してすぐに「わあっ」と慌ててロールカーテンを降ろしたのだけど、そのあと、それも自意識過剰だな、と思い直し、再び上げて、外光を浴びながら唄うことにした。2階だったので、外の道路を行き交う車や人は、現実的な大きさで目に入ったが、あっちはこちらのことなんか見ていないし、当人の僕は少し意識せずにはいられないけど、それを抱えながら唄うのもまた愉しいかもしれないと思った。これが、どこかのなにかのように、マジックミラーだったらもっとおもしろいのになー、などとも思った。唄ったのは前のひとりカラオケと同じ1時間半。夏が近づいているからか、桜田淳子や伊藤咲子など、阿久悠のアイドルソングなどを多く唄った。意図したわけではなかったが、そこらへんの歌のカラオケビデオには、やけに水着の女の子が登場し、幸福な気持ちになった。それを眺めていて、「あれ? たしかカラオケビデオに、グラビアとかが表示されるエロ機能ってあったんじゃなかったっけ?」ということを思い出し、家族と来ていたら絶対に使えないその機能は、ひとりカラオケの今こそ使うべきじゃないかと考え、リモコンの項目をあちこち探してみたが、そのような表示を見つけることはできず、あきらめた。いま調べてみたところ、そのような機能があるのはJOY SOUNDで、今日僕が使ったDAMにはないようである。今度のひとりカラオケはぜひJOY SOUNDにしようと思った。最後にカーペンターズの「Top of the world」で締めた。
 カラオケを終えて、時刻は11時半過ぎ。いよいよいい時間になってきたので、宍道湖の右横のところをぐるりと回り、玉造温泉を目指す。しかしサウナに入る前に昼ごはんを済ませておくべきだよなー、どうしようかなー、と思いを馳せていたところへ、ちょうど「はま寿司」の表示を見かけたので、渡りに船とばかりに入店する。そしてパッパッパと5皿ほど食べ、すぐに退店した。湯に浸かりに行く前に軽くつまむ。なんと江戸っ子な寿司屋の使い方だろうか。粋か。それにしたってひとりというものの身軽なこと。
 そして満を持しての玉造温泉。先日の「四季荘」と一緒で、「ゆ~ゆ」はそのうちの施設のひとつで、一帯が温泉街になっていて、ホテルや旅館がいくつも立ち並んでいた。予想外だったのは、「ゆ~ゆ」の浴場がビルの5階にあったことだ。世の中、実際に行ってみないと分からないこと、知れないことが多いな、としみじみ思う。実体験は軽々と想像を超える。あるいは、想像は現実よりもあまりに脆弱なのかもしれない。それで入浴の感想はどうだったかといえば、そもそも今日ここへ来たのは「鹿島 多久の湯」の代替だし、水風呂がないという情報も前もって知っていたが、それにしたって少し残念だった。もっとも施設そのものの魅力の乏しさもさることながら、今日はあまりにも暑すぎたのだ。水風呂がないのは、僕は水風呂よりも外気浴に価値を置くタイプなので別に構わないのだが、ビルの5階というのも悪いほうに作用したか、あまりの熱射にとてもリラックスどころではなく、サウナを出て、冷たくしたシャワーを浴びて、外に出るのだが、外もまたサウナのごとく、じりじりと汗が噴き出るようなありさまで、浴場内にいる間、ただひたすらに暑さにうだっていた。陽射しも暑く、湯も熱く、座ったり寝そべったりできる地面も熱い。考えてみたら、入っていたのがちょうど0時台だったこともあり、日陰もぜんぜんなかった。だからもう、ただ暑かった。普段の労働で、外での作業や、熱の近くの作業のとき、つらいなあ、体力が奪われるなあ、などと感じるのに、なぜ俺はいま休日に金を払ってそれをしているのか、というサウナに対する根源的な疑問まで生じた。要するに、もうサウナはオフシーズンに入ったのだと思う。外気浴で、少しひんやりした風が、陰嚢とかを撫ぜるのがサウナの醍醐味だろう。日が落ちたあとならば話は違うのかもしれないが、近ごろの僕はもっぱら平日の昼間サウナ―なので、暑い間は行くべきじゃないようだ。そのことを思い知った「ゆ~ゆ」だった。
 サウナを終えたあとは免許センターへ、かと思いきや、実はあともう1ヶ所、目的地があった。この目的地があるからこそ、「四季荘」とかに行くわけにはいかなかったのだともいえる。それは宍道湖の右のあたりにある、ディオというスーパーである。大黒天物産という会社が運営するディオは、岡山発のディスカウントスーパーで、ディオ、ラ・ムー、チャチャ、名称はなんでもいいのだが、とにかく倉敷時代にはたびたび利用していた。中には安すぎておそろしい商品もあるのだが、ディオにしかない魅力的な商品というのもわりとあり、ところが近所には系列店がないため、倉敷から持ってきたそういうものが、この半年ほどで枯渇しはじめ、もの哀しく感じていた。そんなディオが、松江にはあるのだ。松江までは進出しているのだ。じゃあこっちにも来いよ、と願わずにはおれないが、とりあえず今はまだないので、今回こうして松江に来る機会を得て、必ず立ち寄ろうと決めていた。ともすれば今回の松江の主目的でさえあったかもしれない。というわけで存分に買い物をした。目的のものは、あるものもあったし、なかったものもあった。まあまあの収獲といえた。店内のPOPみたいなものは全店共通のようで、倉敷時代に目にしていたものそのままで、そういう意味で感慨深かった。
 ファルマンからは途中で試験合格の連絡が入っていた。不合格ならば午前で帰宅なので、この時間に迎えに行くということはもちろんそういうことだ。落ちたらふたたび休みの日に送迎しなければならないので、一発で受かってもらわなければならなかった。もっとも日々のファルマンの学習風景を見ていたら、まさか落ちるはずもないだろうと思っていた。この人は結局まじめで敬虔なのだよな、ということを改めて思った。従順というとニュアンスが異なる。宗教ではないけれど、目の前のことにきちんとまじめに取り組む人のことを、僕は敬虔といいたくなる。そして僕にはそれが欠けている。
 2時45分に迎えにいくという段取りになっていて、僕がセンターに着いたのは2時43分だった。双方待つことなく、玄関で出てきたファルマンを拾うことができた。すばらしい時間配分。思えば手芸用品を買い、ひとりカラオケをして、寿司を喰って、サウナへ行って、お気に入りのスーパーで買い物をして、とても見事に立ち回った半日だった。「見て見て」といって見せてきたファルマンの免許証は、証明写真が、「電波少年」の収録かよ、というくらいに、背景の青色と、着ていた青いブラウスの色が同化していて、顔だけ浮かんでいるようでおもしろかった。

ポルガ9歳

 当日の22日が水曜日だったので、土曜日にポルガの誕生日の祝いをした。9歳である。しかし8歳が9歳になるのって、どうしたって感慨がない。ひと桁最後の年、というならそれはそうなのだが、それは来年迎える10歳の、10という数字の衝撃に引っ張られているだけの感慨だろう。それにしてもポルガの誕生日は、同時に「東日本大震災から今年で何年になるのか」に思いを馳せさせることだ。
 誕生日が平日なので土曜日にお祝い、といいながら、珍しくポルガには半ドンの授業があった。いまどきの小学校は、道徳やら英語やらプログラミングやら、かつてはなかったカリキュラムが増えたわりに、休日の数は増え、こなさなければならない授業数は汲々らしく、始業式や終業式の日に通常の授業をしたり、こうしてにわかに土曜日が登校になったりするのだった。でもそのおかげで、ファルマンは午前中に仕事をし、僕はピイガとともにお祝いの準備をすることができた。ケーキや晩ごはんの材料を買い、そしてケーキを作ったりした。
 昼過ぎになってポルガが帰ってきたので、すぐに車で出掛ける。昼ごはんは本人のリクエストにより回転ずしなのだった。例のごとく僕は、ほとんど店では食べず、折詰めにして夜に日本酒とともに頂く、ということをしたかったのだけど、今日はこのあといくつかお店に寄ったりする用事があったため、泣く泣く諦め、店で食べた。すしを食べて日本酒が飲めない状況って、どうにもやるせない気持ちになる。
 帰宅後はおやつを食べ、晩ごはんの準備。誕生日のお祝いの日の晩ごはんは、毎年恒例のたこ焼きである。すしも、たこ焼きも、ポルガは本当に食べものとして味が好きというより、細かいものがたくさんあっておもしろいので好きなだけなんじゃないか、と思う。別にいいんだけど。焼くのに時間が掛かるので、早い時間から始めて、食べる。おいしい。ホームたこ焼きは、準備から焼くまで終始面倒だけど、なんだかんだで愉しくておいしい。ただしその愉しさとおいしさが、面倒さに勝つか、といわれるとそこまでではない。子どもが喜ばないなら決してしないメニューだろう。まあ誕生日様のリクエストならば仕方ない。
 たこ焼きのあとはケーキ。今年のケーキは、これも本人のリクエストにより、のび太ケーキ。
 

 何度もいうようにポルガは目下、「ドラえもん」にぞっこんなのだが、それでドラえもんが好きなのかと思いきや、好きなキャラクターは実はのび太なのだという。のび太ってそんな、ドラえもん派のび太派に分かれるような、そういうキャラではないだろう、素直にドラえもんが好きであれよ、と思うのだが、本人の中でそこは譲れないようで、学校の仲のいい友達からも、のび太デザインのマグカップを送られていた。友達に対しても、ドラえもんよりのび太が好きなのだという主張をしているようだ。そんなことあまり知らなった僕は、ドラえもんケーキならば、頭の部分に切ったいちごをバーッとあしらって、赤いのはドラえもんじゃなくてミニドラだけど、そんなふうに仕立てればいいな、と考えていたのだが、急遽のび太に方向転換し、このような仕上がりとなった。いちごはカットせずにまるごとスポンジの間に挟んだ。そのため厚みのあるケーキになった。髪の毛の部分はココアパウダー。ココアパウダーはだいぶ余ったのだが、どうせ20日後くらいに使うんじゃねえの、と思った。まあまあうまくできたと思う。本人の指は、左手はパーになっていて、両手で9を表しているものである。見て喜んでいたのでよかった。味もなかなかよかった。まるごとのいちごが中に入ってるのっていいもんだな、と思った。
 誕生日プレゼントは顕微鏡。いろいろ観察すればいいと思う。
 そんな9歳の祝いであった。8歳からの1年で、だいぶ成長したような、相変わらず甘ったれで幼児じみたところがあるような、微妙な感じ。ほぼ4年生ともなると、同級生の女子の中には、もういっぱしの女子な感じの子も出てきているようだが、ポルガには一向にその気配がない。決して父親の希望的観測ではない。相変わらず昼休みにはひとりで校庭を走っているようだし。

自分のための週末

 土曜日の午前はピイガの幼稚園の土曜参観だった。先月のポルガのそれは、男子がうるさくてストレスが溜まったし、なにより小学生時代はまだまだ続くので、別に観に行かなくてもよかったなあという気がしたが、ピイガの幼稚園の風景というのは、たぶん僕はこれ以降、来年3月の卒園式まで目にする機会がないので、まあ行く意義はあったんじゃないかと思う。とは言えダレた。朝に一緒に登園し、昼前に一緒に降園する、すなわち午前中いっぱいの時間の中で、予定されているイベントの数はきわめて少なく、特に後半の1時間半と来たら「いい天気なので園庭で遊ぶ」という、あまりにも自由度の高い時間の過させ方で、とても持て余した。もはや最後は持ってきた文庫本を読んだりしてやり過した。それくらいやることがなかった。参観はできてよかったけど、40分くらいでよかったな。
 帰宅後はササッと昼ごはんを済ませ、一家で出掛ける。目的地は久しぶりのプール。僕はぜんぜん久しぶりではないのだが、3人にとっては普通に夏の終わり以来のプールである。そもそもプールが好きではななくて、夏の間は子どもを泳がすために仕方なく、という感じで応じていたファルマンを、オフシーズンのプールに連れ出すのは、説得するのにわりと骨が折れたが、行ったら行ったでそれなりに愉しんでいたようだった(でもまた次回も説得するのは大変だろうな)。ポルガは連れていくと、そのたびに徐々に泳ぎが上達する感じがあり、今回も懸念の息継ぎをなんとかこなして、25メートルプールの半分を少し越えるくらいまでは泳げていた。ここらへんの部分を刺激してやると、ファルマンの反応も色好くなるのではないかと目論んでいる。ピイガはビート板を持ってひたすらパシャパシャと愉しそうに泳いでいた。普段からピイガは声がでかいのだが、プールだと一層それが強調され、他の人の声は、水に吸収されてむしろ聞こえづらいのに、ピイガの声だけは高い天井に響き渡るのだった。もっとも幼稚園ではおとなしいタイプなのだが。
 プールを終えたあとは、まだ4時台だったが、そういう気分だったので回転すし屋に入り、おやつとも、夕飯とも言えない、ちょっと不思議なすしをつまんだ。もっとも僕はいつもの、店ではほとんど食べずにせっせと折詰めにすしを詰めていく作業に勤しんだ。ちなみに近ごろ流行語大賞のためにこの1年の日記を読み返しているのだが、春あたりの僕はずいぶん気張って禁酒をしていた。現在は、その禁酒よりも前の時代ほど、勤勉に毎日飲むわけではないが、まあまあ、ほどほど、それなりに、飲んでいる。そのくらいの感じで落ち着いている。これくらいなら悪くないんだろうと思う。
 帰宅したらまだ6時くらい。このままだと寝る前にお腹が空くよなあと思ったので、肉のつけ汁を作ってうどんを茹で、7時すぎに食べた。そのあと、深夜になって折詰めのすしで晩酌を堪能したわけで、この日は朝、昼、夕方、晩ごはん、晩酌で、なんとなく1日5食のような形になった。その、お腹具合が常に2分目から7分目あたりにある感じ、とても心地よいなあと思った。
 明けて今日は、昨日の午前は丸々、父親としての務めに費やしたわけだし、という大義名分もあり、前から気になっていたスーパー銭湯に午前中、ひとりで繰り出す。そしてサウナを堪能した。サウナ内のテレビでは、今日の午前にちょうど開催されていた岡山マラソンの中継番組が流れていた。マラソン中継では、1万人を超えるランナー、それを支える大勢のボランティア、そして沿道から声援を送る人々、などと、大会に関わる人たちのきらめき、みたいなことを盛んにアナウンスしていて、僕はそれを、マラソンコースから車で20分ほどしか離れていないスーパー銭湯のサウナで眺めているのだなあ、と思った。走らないし、ボランティアしないし、応援もしない。ただ自分の快楽のためだけのサウナ。昼近くになると中継番組は終わり、ニュースになって、午後に東京で行なわれる天皇即位パレードの直前情報が伝えられた。こちらでも沿道に人々が集まり、とても盛り上がっている様子だった。それを見ながら、やはり僕は全裸で汗をかいて快楽を貪ったのだった。結局2時間ほども滞在して、堪能した。それだけ堪能しておいて言うのもなんだが、そんなにいい施設ではなかった。というかどうしても、夏に行ったおろち湯ったり館のことが思い出されてしまう。おろち湯ったり館が近所にあればいいのに。
 帰宅後、午後は家でのんびりと過す。子どもたちはふたりで遊び、手が掛からなかった。僕は筋トレをしたり、晩ごはんのたこ焼きの下拵えをしたりした。パレードの様子も少し観た。即位関連の行事の日の天候、5月も、先月も、ことごとく悪かったが、今回はやっときちんと晴れたようで、よろしかったんじゃないかと思った。というわけで晩ごはんはたこ焼き。ポルガがよくせがんでくるので、たまにはやってやるか、という感じでやった。今回、たこ、ウィンナー、チーちく、うずらの卵、といういつもの具材に加えて、前に白玉を作ったときに残って持て余しているこしあんがあったので、それとバナナを和えて、スイーツ系たこ焼きというものを作ってみた。それにはソースやマヨネーズはかけなかったが、こんぶだしの生地に、刻んだキャベツや青ネギ、揚げ玉などは通常通り入れたわけで、結果どのような味わいになったかと言えば、さすがこしあん、といった感じで、すべての要素を押しのけ、同輩であるバナナのことさえも殺し、ぬくもったこしあんの入った粉もんがごく普通に美味しかった。
 そんな穏やかな、したいことをした土日でした。

夏の入り口

 休日。先週よりにわかに始まった梅雨が、まるで早くも明けたかのようなピーカンだったが、明日からはまたちょっとグズつくらしい。気象庁は1ヶ月予報を、10日前くらいに発表していたものから修正し、「すごく暑くなる」と言っていたものを、「そんなに暑くならない」としたそうだ。そんな場当たり的なことでいいのか。怒っているのは僕だけなのか。
 ショッピングモールに繰り出した。ファルマンがこのたびタブレットを新しくして、本体はネットで買ったのだが、それを普通に使えるようにするためにお店でなんやかんやしてもらわなければいけない(僕はここらへんの仕組みをぜんぜん理解していない)というので、それが主目的。受付および作業時間でそれなりに待ち時間があったが、そういうときモールは便利だ。適当にショッピングをしたり、ソフトクリームを食べたりして過した。なにより涼しいのがいい。
 作業が終了して受け取ったときにはもう正午を過ぎていたので、これで帰って昼ごはんを準備するのはきついな、空腹で車内の空気が悪くなっていい結果にならないな、と判断して回転ずし店に寄った。2週連続で外食してしまった。すしは夏場のわりにはおいしかった。もっともこちらとしても、夏だの冬だのが関係あるような、素材で勝負するような品目はそもそも取らないのだけど。あとラーメンを食べたい欲求があったので(帰り道にいいラーメン屋が思い浮かんだならそっちに行っていた)、いまどきの回転ずし店お決まりのラーメンも頼んだ。しかし期待していたような鶏ガラのあっさり醤油ラーメンではなく、煮干し系のコク(というよりは雑味)のあるタイプのやつで、がっかりした(家でラ王を食べるのが正解だった)。
 帰宅して、今日のショッピングモールの目的のひとつだった、居間の蛍光灯の替えを買うのをすっかり忘れていたことに気づき、仕方なく近所のディスカウントストアにすぐに買いにいった。居間の照明はこれまで橙色に光るものを使っていたのだが、買った直後は「おお」と少し感動があったものの、鮮やかさに欠けるし、写真を撮るとカラーバランスがおかしなことになるしで、いちどで懲り、今回はオーソドックスな昼光色を買った。設置してスイッチを入れたら、すっきりとしていてとてもよかった。おとといから明らかに光のパワーがなくなったのだが、夏に本格的に入る前に脱出できてせいせいした。
 そのあとは先週に引き続いて、ヘアバンドを作った。今週、作ったものを実際に着けてジムへ行ったら、終了後は全体がぐっしょりするほどに汗を吸っていて、いい効果が得られたので、カラーバリエーションを増やすことにしたのだった。実際は2本あれば十分なのだが、そこはほら、パンツだって3枚あれば事足りるのに、もっとたくさん持っているものだろう。そういうことだ。先週は赤と紺だったので、今日はショッピングモールで買ってきた、深緑と黄色で作った。愉しかった。出来上がったものをファルマンが頭に巻き、「みんな、ぜったい勝とうね」と体育祭における女子のモノマネをし始めたので、「うっせーな、お前ははしゃぐなよ」と、イベントだからってふだん地味系の女子がテンションを上げているのがウザい男子のモノマネで反応したら、心の古傷がえぐられたのか一瞬で涙を流しはじめたので驚いた。そんなに当時のことがまだ生傷のままで生きているのかこの人は。泣いた本人もびっくりしていた。
 晩ごはんは、豚肉を素揚げしたものにさっぱりとしたタレをかけたもの。ちょっと前にテレビでそんなものを観て、美味しそうだと思ってやってみた。やり方が悪かったのか、揚げたら肉がキュッと縮まり、メインのわりにショボい感じになったので残念だった。味は悪くなかった。あと野菜をたっぷり入れたみそ汁と、とろろ。豚肉の素揚げととろろをかけたごはんが合った。しかしとろろってこうして字面に表してみると、本当にすごいネーミングのものだな。ふざけてんのか。
 夜、ファルマンにヘアカラーをやってもらう。前回に明るいアッシュ系をやって、なんとなく金髪寄りの、あまり期待していたようなマットな感じにならなかったので、今回は路線を変えて、ピンク系のものにしてみた。さらっと言ったけど、なにピンク系のヘアカラーをやってみてんだろうな、俺は。それで仕上がりはどうなのかというと、金髪寄りだったのが、いまのところオレンジ寄りの茶髪になった、みたいな感じ。まあ日が経つとけっこう変わるので、この時点では判断がつかない。ピンク要素がもうちょっと出てきてほしい。

週末雑記

 土曜日の午前、ファルマンの眼鏡を作りにショッピングモールに行く。夫婦で眼鏡をかけているので、「眼鏡を作る」という行事が暮しの中でまあまあの頻度で発生することだと思う。少なくとも「友達と遊ぶ」よりもはるかに頻発する。じゃあもう眼鏡は友達なのかもしれない。友達は眼鏡なのかもしれない。いいとこ眼鏡で友達のいいところを見つけてみよう!
 ファルマンが見え方の検査をしている間は、子どもたちと広場で遊んだりして時間を潰した。僕が運転免許の更新をしていた際、免許センターの中庭のちょっとした段差で延々と遊んでいた子どもたちは、相変わらずそれなりのアップダウンさえあればいつまでも大興奮で遊び続けるのだった。バカなのだろうか。
 遠視であるファルマンの眼鏡は、いつものことながら僕のそれのように当日には完成しない。後日配送で届くらしい。今回は久しぶりに濃い色の太いフレームのものにしていた。僕の丸眼鏡の色違いがあったので、それはどうかと提案したのだが却下された。あのまん丸の眼鏡は、ひとりでもわりと異様な感じがあるのに、夫婦でそれだといよいよ誰からも朗らかに話しかけてもらえなくなるだろうな、そんなの最高だな、と思ったのだけど。
 帰りに回転ずし屋に寄って昼ごはん。今回は僕も珍しく店舗できちんと食べた。行ったのはいま話題のくら寿司であり、ビッくらポンのために皿をこなす必要があったからだ。問題になった動画は観ていないのだが、報道を耳にして、そう言えばくら寿司ってビッくらポンとかあって子どもが喜びそうだな、と思い、岡山に来てから初めてくらいに久しぶりに行ってみたのだった。あの一件で客足がどうなったのかは知らないが、少なくとも僕は報道でくら寿司に意識がいって、行くことにした。そういうパターンもある。ビッくらポンはいちどだけ当たった。モニターで当たりか外れかのアニメが流れている間の、子どもたちの心奪われ具合がおもしろかった。初めて動く絵を見た森の生き物か、と思った。
 夕方になり、予約を入れていた、車のオイルとエレメントの交換にひとりで出向く。去年に車検に出したところなので、特典価格でとても安かった。安かったのはよかったが、車関連のこういう代金って、なんでこう明朗会計じゃないんだろうと忌々しく思った。人脈とか友人からの情報とか昔からのよしみとか、そういうの本当に嫌だわー。そういうの本当に嫌だけど、一切の特典を放棄して、払わずに済む金額を払うのはもっと嫌なので、車人生が続く限りこの気持ちは続いてゆくのだ。そういうことを考えだすと、なにも持ちたくない、という極端な思考に陥る。
 帰宅したら子どもたちからピンク色の箱を渡される。14日(木)に家族が何もくれなかったので、肩が腰のあたりに落ちるくらい落ち込んでいたのだけど、今日にチョコレートのカップケーキを焼いて、バレンタインデーとして寄越してくれたのだった(もちろん本当は事前に伝えられていた)。箱の中にはカップケーキが5つ入っていた。もう夕方だったので、「ありがとう。晩ごはんのあとにデザートとしていただくね!」と言いながら、ひとつを掴んで齧りついた。これは僕の持ちギャグであり、プレゼントをもらった際に、「開けていい?」と聞きながら、同時に手はもう迷いなく包装を破っている、というのもよくやる。そんな父親のギャグに対し、子どもたちはもはやノーリアクションだった。「いや、食べてる食べてる(笑)」みたいの一切なし。切ない。涙がちょちょぎれて、このカップケーキ、砂糖と間違えて塩を入れちゃったんじゃないのか、と思った。
 翌日の今日は、例の温水プールに家族で行く。家族は2週間ぶり、僕は4日ぶりくらい。子どもたちの世話をしつつ、合間でファルマンに断り、レーンで泳がせてもらう。平日のひとりのときほどではないが、それなりに泳いだ。しかしいかんせん子どもたちがふたりとも女なので、家族で行くプールはどうしたってファルマンへの負担が大きい。しかもファルマンは泳ぎが得意じゃないので、プール遊びに対してぜんぜん心が躍っていないのだ。更衣室で着替え終わり、ロビーで合流したときのファルマンの真顔を見るにつけ、家族での温水プールは2、3ヶ月にいちどくらいでいいな、と思った。
 午後は昼寝をすることなく、夕飯の餃子づくりに勤しんだ。休日の午後はそんな風に過すより他ない。なんてったって子どもたちがうるさいのだから。子どもたちは2日に渡って、ずっとうるさかった。毎週末まったく同じことを思うが、子どもたちはうるさい。うるさいと注意して、13秒くらいうるさくなくなるのだが、そのあとまたすぐにうるさくなる。音と、動きと、存在感、そのすべてがうるさい。子どもってすごい生き物だとしみじみ思う。餃子はもちろんおいしかった。食べ過ぎた。ふたつくらい多く食べ過ぎた。
 まあそんな週末だった。

すしプリそば

 年末年始用の本を借りに、図書館へと繰り出した。毎年のことながら、年末年始にそんなに本を読むのかよ、という話なのだが、それでも借りずにはおれないのだった。帰省の際の新幹線でも、子どもと一緒ではろくに読めないだろう。
 ところで新幹線で読書と言えば、今年はもうちょっと頻発する予定だった出張が、下半期はほとんど立ち消えになってしまったのだった。移動時間の長さから、読書だけでは心許なくさえあり、プライムビデオ目的にアマゾンのプライム会員にさえなったのに、なってからいちども出張に出ていないため、配送料無料のほうでしか活用できていない。いったい僕はいつになったら「64」を観られるのだろう。まさか帰省の新幹線では観られまい。両親のタブレットというタブレットは、子どもたちに占領され続けるに違いないのだった。
 図書館のあとは、ニトリで買い物をしたり、回転ずし店で昼ごはんをしたりする。もっとも毎度のことだが、店内ではほぼ食べない。朝ごはんをそれほどしっかり食べていなかったので、お腹は空いているのだが、すしを口に入れるたびに、ビールなり日本酒なりのアルコールが追いかけてこない寂しさばかりが募るので、子どもたちが食べている横で、座席に用意されている折り詰めのパックに、工場のそういう係の人かのように、せっせとすしを詰める作業に邁進する。そしてあん肝をはじめとした、僕好みの、魚臭の強いパックが完成し、うきうきした気持ちで店を後にした。
 帰宅後は、ゲオで借りたプリキュアの映画を娘たちと観ながら、すしと熱燗でのんびりと過す。いい午後だ。しかし冬で油断していて、朝からあまり水分を摂っていなかったため、日本酒がかなり効いた。プリキュアが最後の決め台詞として、「友達になるのって難しいことだけど……」みたいなことを言い出したので、「おっ」と身を乗り出し、そのあとなんと言うのか期待したところ、「仲間を信じれば絶対にできるよ!」的なことを言ったので、憤りの気持ちが湧いた。「フットサルを趣味にして友達をたくさん作るためには、友達からフットサルに誘われなければならない」とおなじ、ゼロの人間のことは完全に頭にない人たちの論法のやつだ、と思った。
 晩ごはんは温かいそばとだし巻き卵。相変わらず週末は麺なのである。温かいそばって、やっぱワイは西の人間やから、あんまりようせえへんのやけど、やってみると意外と旨いねんやな。ツユの中から、うどんが出てくるような気持ちで、細いそばが出てくると、ほお、という新鮮さがある。しかし4時過ぎくらいまでゆっくりとすしを食べていたので、そばも食べたらお腹がパンパンになってしまった。
 そんな食いしん坊な休日だった。今年は残り半月。録画の消化が追いついていないので観られないが、今日で「西郷どん」は最終回らしい。年末だなあ。

フォークダンス父の日

 午前中に車を出し、図書館へ行く。しかし本はあまり借りない。いま、僕の中で読書の熱がだいぶ下がっている。特に小説。人気のある話題の小説とか、そりゃあ読んだらおもしろいんだろうけど、おもしろいからなんだよ、という気持ち。たまにこんな気分がやってくる。周期的なものだと思う。それでこれまで本を読んでいた時間で、トランプのサインの練習をしたり、フォークダンスの音楽を聴いたりしている。本を借りない代わりに、またフォークダンスのCDを何枚も借りた。もう合計でアルバムを10枚近く借りた。ちょっとした第一人者になろうとしている。踊ったことはほぼないが、なんでも訊いてほしい。ポルガはもちろん何冊も借りていた。今回、星新一なんていいんじゃない、と両親で話して、借りさせてみた。読むかどうか判らないが、読んだ場合の反応が愉しみだ。
 そのあとは回転ずしで昼ごはん。ちょっと久しぶり。父の日ということも微妙に関係しているが、しかしこの時期のお鮨というのはどうしたって冬ほどおいしくない。梅雨明け前にして、早くもTシャツ一枚で衣服が完了することに飽きはじめているし、夏はパッパと終わればいいと思う。
 午後はのんびり。子どもたちから父の日のプレゼントをもらう。


 左がピイガからで、クラフト紙の既製の紙袋に、イラストが描かれ、ハートのメッセージカードに「ありがとう」の文字。中にはイラストのほか、折り紙の飛行機などが入っていた。右のトートバッグがポルガで、フェルトをヒットくんの形にカットして、顔を刺繍し、そして貼り付けたもの。


 作る際、ファルマンが見本として刺繍の実演をしてみせたそうで、それが黄色のヒットくんの顔である。それ以外の顔はポルガが自分でやったという。さすがお母さんは上手! すばらしい出来ですね! ちょっと子どもの手によるものとクオリティが違いすぎるんじゃないですか。
 まあとにかく嬉しい。父の日バンザイ。毎日が父の日ならいいのに。
 晩ごはんはポテトサラダと、手羽先を味付けてグリルで焼いたもの。おいしかった。