俺の今年の夏休みはまあまあいい具合にまとまった

 夏休みが終わる。6日間、たっぷりと堪能した。
 開始時に「予定がない」ということを書いて、結局どんなふうに過したかと言えば、行き当たりばったりに、それなりに愉しく過した。時間を持て余すということもなかったし、まだまだ休みたくて明日からが憂鬱でしょうがない、ということもない。ちょうどよかった。そういう意味で、いい具合にまとまった夏休みだったと思う。
 図書館でスタンプラリー企画をやっていて、市内にある図書館のうち、5館を回ると粗品をプレゼントということで、参加した。スタンプラリーと言えば鉄道のイメージがあるけれど、それはたぶん都会の話で、地方では電車の数が少ないし、駅と駅の間隔が広いので、不向きなのだろうと思う。図書館のスタンプラリーは、子どもが自転車で回るには範囲が広すぎるので、どこまでも車を運転できる大人の存在を前提にした企画であるに違いなかった。そして市内の方々にある図書館に、1日1館ないし2館赴くのは、予定がまるでない盆休みに、とても適当な用件であった。ついでに、普段は行かないスーパーなどにも行けて嬉しかった。プレゼントは定数に達し次第終了ということで、用意された数と、参加状況のことは知らないが(5館はなかなかにハードではある)、わが家は無事にゲットした。図書館の本の運搬に便利な、スサノオのイラストがプリントされたオリジナルのトートバッグであった。
 今回の図書館巡りで、これまでも気にはなっていた「王家の紋章」(細川智栄子あんど芙~みん)に、とうとう手を出してしまう。なにぶん娘が古代エジプトにどっぷり傾倒しているので、いつか読むことになるだろうとは思っていた。夏休みで時間があり、そして図書館巡りをしているのだから、開始条件は揃っていた。まとめて数十巻分も借りて、僕、ファルマン、ポルガで、ガンガン読む。読んでいる。感想はまた別に書こうと思うが、期待通りにとてもおもしろい。
 古い漫画繋がりになるが、ダイソーでブラックジャックグッズが出たということで、買いに行き、そのラインナップ中にトランプがあったことから、この数日はかなりトランプでも遊んだ。はじめは七並べやババ抜きなど、これまでもしていた遊びをしていたのだが、ピイガも4年生なのでそろそろできるだろうということで、子どもたちにルールを覚えさせ、大貧民をやるようになった。大貧民は、やるとやっぱり滅法おもしろい。4人なので平民なしの、富める者と貧しき者の二極形式。たぶん合計で20回以上行なったが、僕はいちどくらいしか貧民側には落ちなかった。踏んでいる場数が違う。
 プールは、1年で最大の書き入れ時であり、迂闊には近づけなかった。それでも夕方や夜などに、ひとりスッと駐車場の空きに滑り込み、ストイックに泳ぐだけのコース(どれほど盛況しててもここは空いている)で存分に泳いだ。4度ほど行って、毎回作り立ての、新しい水着を穿いた。レジャーの客と、いろんな意味で違うフェーズにいるな、と我ながら思う。
 最終日の今日は、休みのうちにいちどくらいはサウナに行こうと思っていて、本当は昨日おろち湯ったり館に行く予定だったのだが、鳥取に甚大な被害をもたらした台風7号の襲来につき、さすがにわざわざ山のほうに行くのはやめにして、そのリベンジとして平田のゆらりに行った。湯ったり館に行こうと思っていた意欲からすると、プールのないただの温泉サウナ施設は物足りなさを覚えてしまうのだけど、それでもまあ、サウナのテレビで甲子園を観るっていうのも、夏の思い出として価値があるかもな、などと自分を納得させた(湯ったり館のサウナにはテレビがない)。
 台風7号は、予期していたとおり、全国の夏の移動にとてつもない障害を与えたようで、自分たちが横浜に行ってたら(1ヶ月前からそのチケットを取っていたら)と思うと、とてもゾッとした。ごくごく普通に、帰ってこられなかったんじゃないだろうか。
 食事方面は、6日間しっかり役目を果たした。4日目あたりに手巻きずしをやった以外は、特にこれという力の入ったものを作ったということはないが、毎日おいしく、酒が飲めるものを作った。6日間、酒はしっかり飲んだ。酒が乏しくて切ない思いをするのが嫌だったので、しっかり買い込み、そしてしっかり飲んだ。ビールがべらぼうに美味しかった。
 とまあそんな6日間の夏休みだった。悪くなかった。子どもたちの休みはまだ続くが、とは言え実はもうあと10日くらいのものである。8月ももう下旬なのだ。7月と8月は早いな。早いというか、暑さで朦朧として、こちらの知覚が鈍くなり、処理できないまま通り過ぎているということなのだろうな。早く暑さがやわらいでほしいが、そちらはもうあと1ヶ月ほどは続くのかもしれない。俺たちの朦朧はまだまだ続く。

俺の今年の夏休みは輝かしい最高のものになる

 今日から夏休みに入る。めでたい。
 しかし不安なことがひとつだけあって、先日三女とも話したが、予定がないのだ。わりと本当になにもない。去年はどうだったんだっけ、と1年前の日記を振り返ったら、やはりジタバタしつつも、大したことはしていないようだった。夏休みって、得てしてそういうものかもしれない。なんてったって暑いだろう。冷房を効かせた車移動でも、結局陽射しで疲弊する。そもそも車に乗ってどこへ行くというのか。屋外レジャーのすべては選択肢から除外されるので、そうなるともう田舎暮しは手足をもがれたようなものだ。
 ならばいっそ夏休みというのは、帰省という、億劫だが定期的にやらなければならない行事をこなす期間として捉え、命を削るくらい疲れるのを覚悟して、それをするのが正解なんじゃないか、という気がしなくもないのだが、今年に関してはそれを予定していなかったことがとても幸いだった。なんだあの、台風7号の進路というものは。お盆期間の東海道新幹線は、そして空路は、いったいどういうことになるのか。本当に帰省を計画していなくてよかった。
 1年前の日記の話に戻るが、大したことはしていないと言いつつ、インスタグラムを始めていたのはこの時期だった。すなわち、ジョニファーロビンを召喚し、スマホを購い、作り溜めたショーツを穿かせて撮影し、インスタグラムに投稿するという、たしかにそれはきちんとした分量の休みじゃないとやり始める気にならないかもな、ということをやっていた。ちょっとうらやましい。なんかそういうのないかな。
 一応、新しい水着を作りたいと思い、この夏休みに間に合うよう生地を注文するということをしていた。しかし何枚か買ったうちの1枚だが、火曜日に届いたそれを、火曜日の夜に裁断し、水曜日の夜に仕上げてしまっていて、水着ももうなんだかんだで20枚くらい作っているので当然と言えば当然だが、手際が良くなりすぎていて、もはや僕にとってそれは、まとまった休みだからできることでは全然なくなってしまっているのだった。誰かもっと俺を愉しませてくれる手応えのある奴はおらんのかと、強くなり過ぎた哀しい戦士のような気持ちだが、じゃあ普段作っていないような複雑なものを作ればいいじゃないかと言われると、やはりどうしたって股間周り以外のものを作る気にはならないのだった。どうしてちんこ関連の裁縫はこんなにも愉しいんだろうな。ちんこだからだろうな。
 そんな具合の、グダグダになりそうな気配が濃厚な夏休みなのだが、そのわりに期待感や焦燥感は強いようで(ここに哀しみが生まれる)、初日にして早く目が覚めてしまい(まだ体が平日のリズムというのもある)、ひとりリビングにノートパソコンを持ち出し、薄暗い中でこうして開始宣言を書いた。しかし15分ほど前からピイガが起きてきて、Eテレを流し始めたので、もう書けない。なるべく愉しく過そうと思います。

Mr.サマータイム

 言ってもぜんぜんしょうがないのだけど、暑い。ありとあらゆることのやる気を亡失させる暑さ。いや、この表現では、意志の問題のように捉えられてしまうかもしれない。そうではない。もはや物理的である。物理的に、人がなにもできなくなる暑さだ。
 それでも人にはこなさなければならない用件というものがある。仕事以外にも。
 というわけで土曜日には、松江に行って、サーカスを観てきた。いま松江公演を行なっている、ポップサーカスである。ちなみに話は微妙にややこしいのだが、前日である金曜日の夜まで、僕はこのサーカスを観る予定にはなっていなかった。今回のサーカス行きは義母が企画し、ファルマンとうちの子ふたり、そして夏休みで実家に帰ってきている次女とその娘ふたり(もっとも1歳の次女はチケットの数に入らない)というメンバーで観るはずだった。それを、サーカスを観賞しない僕と義父が車で送迎し、公演中は僕は松江イオンで買い物、買い物の習慣がない義父は松江城に行く(熱中症になるよ!)、という算段になっていた。しかし木曜日あたりから、次女の持病の腰痛が悪化し、1歳児を連れて松江まで行ってサーカスを観賞するという予定がどうにもこうにも困難だということになり、そうなると大人分のチケットが1枚余ることになるので、仕方なく義父が観るか、それとも三女が代わりに参加するか……、などと、ファルマン家名物の、紛糾するだけで一切結論が出ない議論が繰り広げられたのだが、僕が閃いて金曜日の夜に提案した、「俺のフリード(6人乗り)1台で、わが家4人と、義母と、次女の長女という6人で行って、その6人でサーカスも観ればいい」という意見が急転直下で(飛びつくように)受け入れられ、そういう運びとなったのだった。かくして僕は、急にサーカスを観ることになった。
 午前の部だったので、朝実家にふたりを迎えに行くと、そもそも今回のことを非常に億劫に思っていたらしい義父が、とても軽やかな顔で笑っていた。「まあホームページで見たら駐車場は用意されてるらしいから大丈夫だと思うぞ」などと声をかけてきたので、うるせえ、と思った。次女の長女は、母親と別行動をあまりしない子なので、そこが心配だったが、8ヶ月差の1学年差であるピイガにはそれなりに心を開いていることもあり、なんとかなった。道はもちろん高速道路を使い、つつがなく、いい時刻に松江に到着した。ちなみに車中では、前の晩に、今回のために新たに作成したプレイリストで音楽をかけた。義母も乗るので、ポルガのボーカロイドの曲は数を制限し、僕の選んだ昭和歌謡多めのラインナップにした。ランダム再生にしたのだが、行きでサーカスの「Mr.サマータイム」が掛かったので、僕は(よかった)と思ったのだが、義母もファルマンも大したリアクションはなかった。真夏にサーカスを観に行く際にそれを流すのって、すごく気が利いてるだろうと思ったのだけどな。
 案内に従って車を進めると、いかにもサーカスらしい、派手な色の巨大テントが現れ、テンションが上がった。当初は送迎だけをするつもりで、別に観たいとは思っていなかったサーカスだったのに、俺の車1台で行って俺も観る、という提案をした時点から、やはり生来の気丈さや健気さ、なにより気質の良さと言うほかない人間的な好もしさによって、わりときちんと気持ちは盛り上がっていたのだった。サーカスの観賞は、あまり記憶が定かではないのだけど、たぶん子どもの頃に、ボリショイサーカスを観たのではないかなー、という気がする。それ以来だ。ちなみに倉敷在住時代、本拠である岡山に、木下大サーカスが来た年があったが、その頃はまだ子どもたちが小さすぎて行く気にならなかった。そのため今回、子どもたちにとってちょうどいいくらいの年齢でサーカスがやってきたことは僥倖だった。
 テントの中は薄暗く、頭上には空中ブランコの足場のようなものがあったりして、非日常の空間に入ったのだという実感が湧いた。開演15分前になると、時折ピエロが舞台袖から現れ、客いじりなどをして会場を温めていた。わりと至近距離にいたお父さんのひとりがピエロに捕まり、ステージに上げられて芸に参加させられたりしていたので、内心戦々恐々とした。そのお父さんは、はしゃぎ過ぎず、ノリが悪すぎもしない、ちょうどいい塩梅の人で、たぶんピエロは長年の経験によりそういう人の選別能力が養われているのだろうと思った(だから間違っても僕なんかは選ばないのだ)。
 ショーは、非常に見応えがあり、おもしろかった。思えばライブのエンターテインメントショーというものを、ずいぶん目の当たりにしていなかったけれど、それはこんなにもドキドキワクワクするものだったか、と蒙が啓かれた気がした。そして、なんだよ、人間ってこんなにすごいことができるんじゃん、ということも思った。もう人間のやってきたほとんどのことが、AIによってその役割を奪われるのだと、そんなふうに思っている部分があった。実はそんなことぜんぜんないのだ。メディアの情報ばかりを摂取していたせいで、そんな当たり前のことを忘れていたということに気付かされた。そんな感動を与えられた、39歳でのサーカス観賞体験だった。観るつもりがなかったくせに、もしかすると誰よりも愉しんだかもしれない。もちろん子どもも愉しんでいたようだった。
 ショーは正午に終わり、このまま帰ってもよかったのだが、そうなると昼ごはんがだいぶ遅くなってしまうし、せっかくだから食べて帰ろうよ、そんでそれじゃあ松江イオンに行くっていうのがいいんじゃないかな、と話を誘導し、サーカス観賞かつ松江イオンの手芸屋にも行くという、目的の両獲りを成功させる。我ながらすばらしい手腕ではなかろうか。他者に負担をかけていない、という点がなにしろ素晴らしいと思う。というわけで松江イオン内のファミリーレストランで昼ごはんを食べ、そのあとスタタタッと単独行動で手芸屋に行き、何点かニット生地を買った(やはり倉敷に較べると寂しい品揃えではあった)。そして帰った。
 義母と次女の長女を降ろしに実家に寄ると、さすがにその頃にはぐったりした。なにしろ陽射しがすごいので、冷房をどんなに効かせてもだいぶ体に来る。なにより松江と言えばまあまあの遠出だ。そんな我々を見て、冷房の効いた部屋で野球を観ていたらしい義父が、「おいおい、サーカスから帰ったあとは、もっと明るい顔をしとらんと」と言ってきたので、うるせえ、と思った。義父は短時間の絡みで、すっと差し出すように、うるせえ、と思わせることを言ってくる。あれは一種の才能かもしれない。
 帰宅したあとはのんびりと過し、体を休めた。本を読んだり、松江で買ってきた生地で早速ショーツを1枚作ったりした。ちなみに松江はこの土日、水郷祭という大規模な夏祭りが開催されるのだそうで、我々はその狂騒に巻き込まれないように退散したのだが、世の中には午後の部のサーカスを観賞し、そのまま水郷祭へとなだれ込むという人々もいるだろう。すごいと思う。活動的な人のバイタリティというのは、本当にすごい。
 晩ごはんは、茹でた豚肉と、とろろや納豆や温泉卵を和えた、見た目が本当に嘔吐物のようになったものを、冷たいそばに掛けたものを食べた。おいしかった。もう、食べたいものと言うより、食べられるものが、そういうものに限られている。とろろにすがって夏を乗り切りたい。とろろほど物理的にすがれないものもそうそうない。
 明けて今日は、2日連続で実家の人たちとの絡みになるのだけど、昼ごはんに、みんなで近所の中華料理屋に食べに行った。みんなで、というのは、昨日のメンバーに加えて、義父も、次女と三女、そしてもちろん1歳になる次女の次女も、ということだ。今回、次女の夫はお盆に夏休みらしい夏休みがないそうで、来週末くらいに回収に来て、兵庫に戻ってしまうということで、じゃあその前にみんなで会食でも、ということになったらしい。中華料理は、まあ普通だった。特別ものすごく、クックドゥとか冷食とかより格段においしい、ということもないくらいの味わいだった。それにしても実家の面々は、駐車場から店までが暑いとか、店内でも空調の冷気の届き方が悪いとか、本当に逐一口に出す。ファルマンと過していると、この人はものすごく不満を隠さない人だな、ということをたびたび感じるのだけれど、そんなファルマンが霞むほどのレベルだ。一緒にいると、あれ? もしかして僕はすごく社会性のある、善良な人間なのでは? と思えてくる。
 食べ終えたあとは、実家に子どもたちを置いて、僕とファルマンだけで買い出しに出る。日用品と、百均と、食料品と、3軒回る必要があったので、子どもたちなしで買い回ることができてよかった。最後のスーパーで、アイスを買って帰り、実家の面々とおやつにした。こういう状況でアイスを買って帰る人間は尊い。
 帰宅後はやはりぐったりした。もう、本当に、必要最低限の用事をするだけで、そのあとはしばらく家で回復する時間が必要になるほどの熱射である。この暑さは一体いつまで続くのか。三女にお盆の予定を訊ねたら、「なにもない。まずいと思うが、なにも浮かばない」という答えが返ってきて、みんな一緒なのだなと思った。
 晩ごはんは、サーモンの刺身や、炒飯、フライドポテトに枝豆という、気の抜けた、ただもうビールのための夏の夕餉、という感じのメニュー。昼ごはんに中華でいろいろ食べたので、まあ今日はこんなもんでいいだろ、ということで。
 そんな週末だった。サーカスは本当に良かった。それ以外は、とにかく暑かった。以上。という感じ。