休日

 平日の休日。GWの鬱憤を晴らすために全力を注いだ。
 朝はまず寝坊をした。登校の子どもたちが既にいないのはもちろん、ファルマンも教習所の迎えのバスの待ち合わせ場所にいまから出発するというところで、「もう行くから洗濯物を干しといてね」という感じで起こされた。昨晩は昨晩で夜更かしを堪能したが、それでもたっぷりの睡眠時間だった。なんか、豪華客船に乗った夢を見たな。
 ファルマンを送ったあと、朝ごはんを食べて、洗濯物を干す。ついでにずっと気になっていた食器棚の扉の緩みであるとか、居間に置いてある戸棚の整理など、「実際にやったらすぐにできるのだけど、労働の続いている日々ではどうもする気が起きず、やってみたら意外とコスパよく爽快感がある作業」なんかもしてしまう。気持ちいい。休日は尊い。
 洗い物まで済ませたところで、僕も家を出る。どこへ行ったか。もちろんサウナである。今回の目的地は、「湯ったり館」でも「ゆらり」でもなく、「四季荘」。これまでまったく認識していなかった場所で、なんてったって普通の旅館なのだが、このたびここへ、やけに本格的なサウナゾーンができたという情報を得て、その評判を見るにつけ、行かずにおられるか、となって行くことにした。情報を見ると、オープンしたのはGWに間に合わせたのだろう4月26日とのことで、本当にできてすぐである。なにしろまだ1セット分しか施設ができていないとのことで、男女が日替わりで利用する形なのだ。幸い、2分の1の確率で、今日は男性が利用できる日であり、ますます行かずにはおられなかった。
 旅館は、ずいぶんな山の中にあった。温泉を謳う看板は道中にもたくさんあり、いわゆる日本三大美人の湯のひとつとして知られる湯の川温泉のエリアなのだった。そういう、温泉で名高いところが、サウナにも本気を出すというのが、いい。ありがたい話である。フロントの券売機でサウナ付き入浴券を買って入場。ちなみにお値段は900円。なかなかいい値段を取るな、と入る前は思う。入ったあとは思わない。入ってまずある浴場と露天風呂は、普通だ。普通といったって、湯の川温泉の旅館である。ちょっと僕は驕っているのではないか。露天風呂から見える景色は、ひたすら森と空である。普通じゃないだろう。しかし今日の主目的はあくまでサウナである。体を洗ったあとは、バンドを付けた人しか入れないサウナゾーンにすぐ入った。入るとそこにはゆとりのあるスペースに、外気浴のための椅子が5つ並んでいた。椅子というと、あんな椅子を思い浮かべるかもしれない。あんな椅子ではない。なんか、いい感じの、リラックスチェアーのやつだ。そして噂の、水深160センチという水風呂も奥に見える。見える景色はもちろん森と空。そんな空間だった。そんな空間が、無人でそこにあった。無人! 平日の、開館時間直後とはいえ、ここが無人! これって大富豪とかがプライベートで実現するやつなんじゃねえの、と打ち震えながら、まずはとにかくサウナ室に入ることにした。サウナ室は、やはりできたばかりのため清潔で、なにより今般のサウナブームの流れで作られた、今般のサウナだな、という印象を抱いた。座る場所には仕切りがあり、周囲にいる人が気にならず、サウナに集中できる。さらには会話防止の狙いもあるのかもしれない。もっとも今日の僕の場合、なにぶん貸し切りだったので、あまり意味はなかった。それにしたって、これまでどのサウナに行っても、地元の老人同士の会話というのはあって、サウナというのはそういうものだと諦観していたが、それがない世界を目の当たりにして、感動した。これはオープン直後でまだそこまで認知されていないからだろうか。あるいは900円という値段も、老人の溜まり場になるのを阻止しているのかもしれない。あとサウナ内にテレビは必要あるのかどうか問題で、先日「ゆらり」で久しぶりにサウナテレビに遭遇し、そのときは大谷の登板試合が中継されていたので存外よかった、ということを書いたが、こちらにもテレビはあり、あるのだが、そこには延々と、焚火の映像が流れていて、さすがにこれは今般のサウナブームの流れ過ぎるだろうと、若干の馬鹿らしさも感じたが、しかしテレビって、テレビショッピングだったり、サスペンスの再放送だったり、本当にどうしようもないものが流れているときもあるので、これはこれでひとつの正解ということにするべきなんだろうな、と思った。そうして焚火の映像を眺め、パチパチと薪の爆ぜる音なんかを聴きながら、最初の10分あまりを過した。過したあとは待望の水風呂だ。身長ほどの深さのある水風呂などというのは初めてで、どういう感じなのだろうとわくわくした。入ってみたら、新しい世界が開けた、というほど劇的なことはなかったけれど、やはり中腰で浸かるのと全身を埋めるのとでは、その面積の分だけ気持ちがよかった。そもそも僕は、水風呂よりも外気浴に重きを置くタイプなのだ。というわけでいそいそとリラックスチェアーのゾーンへ。椅子は2種類あり、ふたつは脚が曲線になっていて、前後に揺れるタイプのやつ。みっつは体を乗せる部分が帆布のような丈夫な布で、ハンモックのような感じで座れるやつ。まず前後に揺れるほうを選択した。腰を下ろし、空と森を眺める。格別である。無人、無音。なんだこの状態、いいのかこの状態、と思う。罰が当たらないか、と。そのくらい心地よい時間を過したが、椅子に関してはミスったと思った。前後に揺れる機構は、その揺らし方の強弱について、どの程度がいちばんいいのか探求する気持ちが湧いてしまい、どうも落ち着かなかった。こんなことに思い煩わなくていい、と思った。なので2回目の外気浴では、ハンモックのほうを選んだ。こっちのほうが数段よかった。それに座りながら、ウトウトできたら最高に気持ちいいだろうな、ということを思ったが、たっぷり寝ていたため、眠気がまるでなく、それは実現しなかった。ちっとも睡眠不足じゃないのが残念だという、あまりにも贅沢すぎる悩み。結局その、サウナ水風呂外気浴という、いわゆるセットというものを、4回繰り返した。途中ではオートロウリュがあり、それもとてもよかった。この間、とうとう他の客には遭遇せず、あまりにも贅沢な空間と時間を、独り占めすることができた。有り余る幸福感だった。あまりにもよかったので、ちょっと他のサウナ施設がかすんでしまうほどだが、今日は特別だろうとも思った。そのうちテレビとか口コミで評判になれば、人も増えるに違いない。いつかそれに関連して、裏切られたような気持になるショックなことも起きるかもしれないが、それまではちょくちょく行こうかな、と思った。とにかく今日のことは、現実とは思えないようないい体験だった。
 帰宅後は、帰りに買ったかつ丼で昼ごはん。ファルマンももう帰っていたが、寝不足のようで昼寝に入ったため、ひとりで夕飯の下ごしらえや、筋トレをして過した。
 やがて子どもたちが帰ってくる時間となり、ピイガよりも1時間遅いポルガが帰ってきたところで、3人でプールに繰り出す。今日はもとからそういう約束になっていた。そのため、午前中サウナで夕方プールという、あまりまともに服を着ない一日となった。ファルマンがいない3人でのプールは、子どもたちだけでの脱衣所での不安もさることながら、ポルガはともかくピイガは付きっきりでずっと見ていなければならず、行く前から分かっていたことだが、自分のスイミング的な欲求はほとんど満たすことができなかった。でもまあ、子どもたちとプールで遊べたから別にぜんぜんいい。
 帰ったあとはすぐに晩ごはん。マカロニサラダは既に作ってあり、手羽元に味もつけてあり、あとは冷凍のポテトとそれを揚げるだけなのだった。我ながらナイスな段取りである。午前中サウナ、午後プールのあとの、フライドポテト&チキン&ビールはいうまでもなく格別で、休日をとてもきちんと味わうことができたな、と満足いった。去年、休日という意味では、100日以上ひたすら続く休日があったが、その1日1日は、それぞれこんな濃度ではなかった。休みって、限定されると、貴重で、愉しまなければならない意欲がわいて、愉しいのだよな。しあわせってなんだろうな。