君がいた夏は遠い夢の中

 また10時まで寝てしまう。ぐいぐい寝ることだ。ファルマンから、「私の睡眠時間に合わせたらあなたには足りないんだよ」と言われるが、特に合わせているつもりはない。自分の中での最低ラインが6時間だと認識していて(実はそれだと短いようなのだが)、その時刻に寝に行く僕に、むしろファルマンが合わせている形だと思う。なぜファルマンはそんなに寝なくても大丈夫なのか。そしてなぜ老人は短い睡眠時間で大丈夫なのか。それは視野の広さと密接な関係があるのではないかと睨んでいる。睡眠は、活動時に得た情報を処理するための時間だと聞いたことがある。だとすればファルマンや老人のように、活動時の視野が狭くて情報量が少ないと、処理しなければならないものが少ないから睡眠が短くても済むのではないだろうか。これまで睡眠時間が短くて済むファルマンのことを、それだけ生きている時間が長いということだから羨ましい、10年単位とかで考えれば、そのうちの4年あまりを僕が睡眠に費やすところを、ファルマンは3年くらいで済む、つまり同じ10年を生きても、僕は6年、ファルマンは7年を生きるということではないか、という風に考えて忸怩たる気持ちになっていたけれど、人間の場合、生きるというのはただ生命活動をしていればいいというわけではなく、得た情報に対して反応し思考するところに意味があるわけだがら、そう考えるとちょっと悔しさは減る。そこまで伴侶と老人を貶めて、ようやく溜飲を下げる休日の朝。爽やか!
 寝室から居間に行ったら、寝起きの目に陽射しが眩しかった。ピーカンなのだった。今年、出張などでなんとなく春から初夏にかけて慌ただしさがあり、いい季節におにぎりを持って公園へ、みたいなことができなかったので、いまさらながらそういうことをしたいと希っているのだが、あまりにもいまさらで、無情にも今日から7月なのだった。7月か。7月1日だというのに、もう夏に飽き飽きしている。Tシャツに飽き飽きしている。世間の流行りにはわりと疎いくせに、夏に対する嫌気だけ、やけに先取りしている。気持ちはもう9月中旬あたりにある。
 午前中はファルマンに仕事があったので、近所の公民館やスーパーに子どもたちと行く。もちろん車である。車内ではフォークダンスの曲をかける。フォークダンスは子どもたちの嗜好に合ったようで、向こうから「かけてくれ」と乞うてくるほどである。「マイムマイム」がかかると僕がヘブライ語で熱唱するのがおもしろいのかもしれない。シャッテンマイベッサソンヒイアイネイワメシュワ。
 昼前にファルマンの仕事がひと段落したので、全員で出掛ける。もちろん車である。ちょっと遠方のショッピングモールに行くつもりだったが、もう午後で混んでそうだったのと、ファルマンにまた夕方からも仕事が来そうなこと、さらにはショッピングモールで特にこれという目的がなかったこともあり、取りやめ、そこまで遠くない位置にあるスーパーマーケットやドラッグストアで必要なものを買って帰った。栄養ドリンクと、炭酸水と、アイスコーヒーを、それぞれ箱で買う。いかにも夏らしい買い物。液体ばかりで夏バテになりがちなところを、栄養ドリンクでなんとかしようとする感じ。
 昼ごはんは買ってきたタコ焼き。7月2日は半夏生で、タコを食べるのがいいとされるが、どういう由来があるのかと言えば、この時期に植えられた稲の苗が、タコの足のように根をきちんと張るように、という理由なのだそうで、どんな理由だったら満足だったかと言われたら別に具体案もないのだが、それにしたって、そんな理由かよ感があると思った。まあ世の中そんなんばっかりだけど。
 午後は夕飯の下拵えをしつつ、子どもたちと人生ゲームをした。人生ゲーム、買ったときに覚悟はしていたが、やるとなるとすごく面倒くさい。なぜ貴重な休日にこんなことをしなければならないのか。いろいろ払ったりしなければならない状況は、現実の人生でいくらでも味わっているのに、なぜゲームでも味わわなければならないのか、と思う(そして現実に給料日以外の「もらう」マスは皆無である)。人生ゲームを集中してやっても仕方ないので、にわかにまた熱が高まっている「耳をすませば」のDVDを観ながらやった。相変わらず、僕が今回の人生で経験できなかった種類の物語だった。しかし「耳をすませば」が公開されたのはたぶん僕が中学1年生のときであり、だからそのとき僕は雫や聖司や杉村よりも年下だったのだ。それからあれよあれよという間に月日が過ぎて、自分の子どもと人生ゲームをしながら、何十度目か判らない観賞をして、何十度目か判らないあの気持ちになった。なるほどなあ。人生ゲームとはよく言ったものだなあ、と思った。あと杉村の名ゼリフ「わっかんねーよ!」は、本物を聴いてみたらぜんぜんそんな口調じゃなくて、ちょっと情けない風に「分かんないよ」と言っていた。おかしいな。またこの現象か。化かされていたのは俺たちだったんじゃないのか。
 晩ごはんはシューマイ。シューマイは刻むのが玉ねぎだけで、餃子よりもはるかに作るのが簡単なのに、餃子ほど家での調理がメジャーではないため、「へええ。シューマイ作ったの!」みたいな反応を得られて(ファルマンは毎回そんな反応をする)、コスパがいいと思う。もちろんとてもおいしかった。あとスーパーで厚切りのハムと卵が安かったので、夕飯だけど堂々とハムエッグとか出してみよう、と考え、出した。シューマイにハムエッグで、なんか微妙に肉過多な献立になったが、悪くなかった。もちろんちゃんとキャベツの千切りも添えたよ。
 そんな7月のはじまり。ここから夏か。嘘だろ。もう終盤であれよ。