2019-2020帰省1日目

 年末年始の横浜帰省をしていた。例のごとく、帰省や旅行の告知をウェブ上ですると不用心という、誰もこんなブログを読んでいないし、そもそも家に入ったところで盗むものもないわりに、要らない警戒をして、こうして帰宅後にそのことを記した。
 12月29日に岡山を出発して、1月2日に戻ってきた。すなわち4泊5日であり、普段よりも1日多い。これはなぜかといえば、12月29日に、その日が年内最終開館の藤子・F・不二雄ミュージアムへ、そして1月2日に、その日が年始最初の開館の国立科学博物館に行きたかったからである。今回は帰省そのもののほかに、そういう確固たるレジャー計画があったのだった。
 というわけで初日、12月29日は、9時前に岡山駅を発つ、なかなか早い新幹線に乗った。ちなみに荷物は今回、冬服の詰まった大型のキャリーケースを引きずってレジャーをするのは無理だと判断し、段ボール箱に詰めて宅配便で送ったため、僕もファルマンも普段使いの鞄ひとつ、僕なんか普段の出勤時よりもだいぶ小さい鞄にまとめた。宅配料こそ掛かれど、これはやっぱり正解だったと思う。別にレジャーなんかなくても、常にこうするべきなんじゃないかと思った。ちなみに今回の新幹線は東京駅まで。Fミュージアムは登戸にあり、その路線ルートを考えると、新横浜よりもむしろ東京駅のほうがよさそうだと判断したのだった。あるいは品川でもよかったのだけど、そこは、せっかくだから東京駅様を使わせていただこうよ、という田舎者的な発想で、前のめりで東京駅にしたがった結果である。というわけで昼過ぎに東京駅に降り立つ。ここから登戸へは、東京駅に隣接する大手町駅から千代田線で1本とのことで、新幹線の出口から大手町駅を目指して歩く。目指して歩くが、日本全国からやってきた帰省客で溢れる、迷宮のような東京駅の地下は、表示が多すぎてぜんぜん目的地の見当がつかず、途方に暮れた。事前の調べによって、どうも東京駅と大手町駅は地下でそのまま繋がっているようだ、という見通しはあったのだが、確信もないまま地下をぐんぐんと進むのは取り返しがつかないことになりそうで恐怖があり、そんな状況で、出口と表示されている上り階段から、外の光が覗けているのが見えると、もうそっちに縋りつかずにはいられなくなってしまい、とりあえず地上に出ることにした。たぶんここには、「地上に出さえすれば視界が開ける」という誤解があったのだと思う。もちろんそんなはずはないのだ。東京駅の、あの赤レンガの外観が望めたのはよかったが(子どもらを立たせて記念撮影をした)、周囲はどこまでも続くビル群で、大手町駅までの道のりは地下の頃よりもさらに混迷した。結局にっちもさっちもいかなくなって、グーグルのナビを起動させ、ようやく大手町駅へと続く下り階段までたどり着いた。地下鉄って、電車の姿も見えないし、駅もただの下り階段なので、シュッとし過ぎだ。知らない人間には目印となるものがなくて本当に困る。Fミュージアムの入場は、時間指定の前売りチケット制なので、かなり焦った。しかし大手町駅という表示の下り階段を下りたので、そういう意味で「ここは大手町駅だ」という安心感はあったものの、そこから千代田線の乗り場まで、なんだか異常に歩かされた。ふだん車で行く近所のスーパーまでの距離を普通に歩かされたと思う。東京は狭いはずなのに、やけに地下道を歩かされるのは、東京の地下には秘密のとんでもないものが埋まっていて、それを迂回するためにぐるぐると変な道を通らなければならないようになっているからではないかと、よくある陰謀論めいたものを邪推したくなるほどに歩いた。東京駅からここまで、なんだかひどくカルチャーショックを受けてしまった。この街で賢く暮らしていくためには、たぶん気を常に張り詰めさせて、アンテナを目一杯に広げて、そしてたくさんのアプリを駆使しなければいけないんだろうな、と感じた。もういまさら無理だな、としみじみと思った。それでもなんとかかんとか、スマートじゃなく千代田線の乗り場にたどり着き、電車に乗った。登戸までは、長かったがそのまま連れて行ってくれた。
 登戸駅は、Fミュージアムには以前にいちど行ったことがあるのだが、そのときは実家から車で送ってもらったので、駅は利用したことがなかった。Fミュージアムの最寄り駅ということで、それを推そうとしているようで、駅の構内や周辺にはそれなりにドラえもんなどのキャラクターの装飾があった。その一方で、Fミュージアムの存在以外は本当にただの、そこまで柄がいいわけでもない郊外の町のようで、その混在具合がなんともいえなかった。直行のドラえもんバスに乗って、ようやくミュージアム前に降り立った。入場は14時からで、到着はその15分前くらい。東京での迷子時間も含めて、見事な時間配分であるといえよう。
 2度目のFミュージアム。前回はいつかと検索したら、2014年の5月だった。5年8ヶ月前。ポルガは3歳だし、ピイガは生後4ヶ月ということになる。なんだかびっくりする。今回訪れたのは、ポルガが目下ドラえもんにドハマりしているからで、こんなとき実家とFミュージアムの近さは奇蹟的だと思う。なかなか岡山在住の小学生は行きたいと思ってもFミュージアムに行けないだろう。もっともFミュージアム、前回行ったときも思ったが、そこまでむちゃくちゃおもしろい場所でもない。生原画とかは「おお」と思うが、それ以外はわりと淡々としたものだ。それでもシアターで上映されたアニメは、前回がどんなものだったかはすっかり忘れ、日記を見るとやけに酷評しているのだが、今回のものはけっこうおもしろかった。やっぱり違う漫画のキャラクターが贅沢に集合すると、スパロボ的なおもしろさがある。ミュージアムショップでは、メモパッドやピンズ、お菓子などを買った。ピイガはタケコプター型のヘアバンドを欲しがり、それは前回にも買ったもので、その場では滅法おもしろいもののような気がして欲しくなるのだけど、買って帰ったら家ではどうしようもなくなる(そして5年後には家のどこにもない)、ということは経験則で分かっていたのだけど、当時4ヶ月のピイガがそれを知り得ているはずもなく、仕方ないので買ってやった。いつ着けんねん。そんなこんなで今回は、せっかく来たからにはたっぷりとということで、カフェにも行って、閉館の18時までたっぷりと過した。ポルガに愉しかったかと訊ねたら、「うん!」という返事が返ってきて、まあそこで「うん!」以外の返事もないわな、とも思うが、まあ連れていけてよかった。
 帰りは母に迎えに来てもらう。便利。車で30分かからないくらいなのである。というわけで実家へと到着し、今回の帰省が始まる。叔父は来ていたが、今回祖母は山梨に用件があるとのことでいなかった。残念。いったい祖母に、正月に孫や曾孫に囲まれる以上のどんな用件があるのかと思うが、まあ僕には想像もつかない事情があるんだろう。初日から姉一家が訪れ、大人数で夕飯を食べた。夕飯は餃子。実家時代、餃子が好きで、その餃子好きがいまの僕の餃子好きに繋がっているに違いないが、母の作る餃子はいま食べると、おいしいはおいしいが、べらぼうにおいしいわけではなく、僕の作るもののほうがよほどおいしくて、意外な感じがする。僕の餃子好きは、もしかするとあの同じ形のものを作って並べる手仕事感がだいぶ下支えをしていて、それだけでだいぶ好きなところへ、独自の味の追及をしたものだから、それで激烈なものになっているのかもしれない。あと母親は相変わらず、母と姉と僕の3人での暮しが調理のベースになっているせいか、総計10人、酒を飲む人間は除外するにしても餃子をおかずとして食べる人間がその半数以上いる状況でも、米を2合しか炊かず、やはり足りなくなっていて、孫が4人できてだいぶ経つのにこの人これに関していつまでも学習しないな、と思った。
 そんな初日でした。