秋ガニ

 秋の心地よい季節である。今日は爽やかというには少し暑いほどだったが、でもよく晴れた。小さな地方都市でも、ここぞとばかりにいろいろな催し物が開かれていた。そのひとつに、実家から誘いが来て、ファルマンと娘たちは出掛けて行った。僕は今週が土曜日も仕事だったこともあり、誘うとも誘わないともない自由参加の感じだったので、行かないという選択をした。というわけで午前中は家でひとりでのんびりと過した。家でひとりで過すという時間が、僕には本当になくて、もしかすると今日の午前のこれは、正月以来ではないかと思った。というわけで前夜からワクワクしていたのだけど、いざその時を迎えてみれば、やったことと言えば筋トレと、生地の裁断と、まあ多少いつもより堂々と勃起したりすることくらいで、そこまで堪能できた実感はなかった。もっとも、どうすれば十全なのかは自分でもよく分からない。
 昼過ぎになり、ファルマンから帰宅がどのくらいになるか、昼ごはんをどうする感じか、メッセージが届く。その中に、「ピイガがくじ引きで1等のズワイカニを当てた」という文言があり、目を見開いた。なかなかのパワーワードである。カニにもいろいろなカニがあり、山陰ということもあるのか、そこらへんのスーパーで、それなりの大きさのカニが意外な安価で売られていることもあるが、しかし逆に言えば、そんなカニに驕っている地域のくじ引きで1等賞品とされるカニである。いったいどんなものがやってくるのか、ドキドキしながら帰宅を待った。
 しばらくして帰ってきたピイガは、カニの箱を抱えていた。箱である。なんかギフト用の、きちんとした箱だった。見ると巨大で生々しいカニの脚が、ごそっと入っていた。それでも今日の買い物のスポンサーである実家と山分けした結果だという。たいへんいやらしい話であるが、箱の画像をアプリケーションを用いて検索したところ、なかなかの販売価格で取引される品物だった。ピイガは前々から、くじ運がいいとされてきたが、いよいよ今回のことで確信へと変わった。ハロウィンジャンボ買わなきゃ!
 冷凍庫にはとても入らないので、今晩食べることにした。というわけで夕飯のメニューはカニ鍋となった。まさか今晩、わが家の献立がカニ鍋になると、誰が予想しただろう。人生っておもしろいな。ちゃんとした値段のするカニは、なるほど水っぽくなくておいしかった。子どもたちはきちんとカニを食べるのは初めてだったろう。おいしくて大興奮、というほどのリアクションでもなかったが、それなりに食べていた。親はほぐすのに必死だった。カニの殻、めっちゃ固い。おいしい代わりにめっちゃ固くて、苦労と美味しさがきちんと比例する食べ物だな、と思った。カニ鍋ののち、雑炊。日本酒と合わせ、至福の時間だった。至福の時間だったが、個人で買った場合の値段と照らし合わせて、値段ほどの幸福は得られないなあ、とも思った。金額が、一食で得られる最大の幸福量に見合う数字を、どうしたって超えてしまっているのだ。こういうのを、舌が安いというのだろう。でも自分で支払ったんじゃなくラッキーで手に入れたものなので、なんの憂いもない。幸せでした。