偏狭3連休

 金曜日の労働が早めに終わったので、おろち湯ったりチャーンス! とひとり盛り上がり、赴くことにする。ちなみに職場からおろち湯ったり館へは、ほぼ家の前の道を通るような道のりしかない。職場をA、自宅をB、湯ったり館をCとしたとき、AからCへ斜めに向かうようなことは一切できない。でもはるばる行った。3連休のどこかで虎視眈々と好機を窺い、結局行けないまま終わったり、無理して行ったせいで全体が乱れたな、などと後悔するよりも、3連休前夜(と言っても翌日が休みという「自由な夜」は、この晩からの3日なのである。3連休は前夜から始まり、最終日の夜には実質的には終了している)に済ませてしまうのが得策だと思った。なんだろう、おろち湯ったり館は与えられた課題かなんかだろうか。
 7月以来の湯ったり館は、今回も裏切られることなく、よかった。プールも2階の外気浴も貸し切りで、快適に過ごした。ただし2階に上がると、誘蛾灯がジジジジと猛烈に作動している音が響いていて、なるほど見上げれば、とてつもない数の羽虫が飛んでいた。なんかもう、本当にすごかった。人生でこれほどの密度で羽虫が飛んでいる情景を見たことはなかった。まるで、問題ない量の精子が存在する精液のようだった。本能を刺激する強い光と、そこに群がる虫たちが放つフェロモンで、フライデーナイトフィーバーが繰り広げられているらしかった。ベンチに横たわると、照らされた羽虫は、夜空に浮かぶ星のようにも思え、それが目まぐるしいスピードでグルングルンと飛び回るものだから、いわゆる「ととのう」の、あの少し気を失いかけるような、心地よいめまいみたいな状態の視界の表現が、自動で展開されているような不思議な感覚があり、愉快だった。
 しっかり堪能し、帰る。帰って、餃子を焼いて、ビールを流し込んだら、先週もそうだったが、もうとても起きていられなくなり、早々に寝ることにした。人が夜に眠い状態になることを嫌うファルマンに、「そんな状態になるのなら湯ったり館に行くな」と責められたが、金曜日の夜にサウナに行って酒を飲んで眠くなるという一連の流れのいったいどこに、責められるべき不健全な部分があるだろうと思った。
 翌日、3連休の初日は、午前中に家族で少し外出する。先日も行ったクレーンゲーム専門店に行ったり、レンタルビデオ店でDVDを借りたりした。クレーンゲームでは、前回ほどの大物ではないが、ハイチュウの景品用っぽい箱タイプのものをゲットした。それ以外に挑戦した分も含め、700円を使ったが、たぶん中身はスーパーで買ったら250円から300円くらいだろうな、というものだった。そういうもんだ。遊興費だ。
 夜は地元の天文イベントに、子どもたちの引率として僕が参加する。定期的に行なわれるこれには、基本的にファルマンが連れて行っているのだが、今回はタイミングが合ったので代わることにした。しかし行った結果、まあまあのダメージを受ける。まず物理的に、部屋の温度が寒かった。空調の設定が強すぎて、体がどんどん冷えていった。周囲を見ると、女性も含めてみんな半袖だったが、僕以外は誰も寒そうなそぶりをしておらず、設定の変更を申し出られる雰囲気ではなかったため、首にタオルを巻いたり、最終的な自衛策として「部屋から勝手に出て廊下にただ佇む」などの手段を取った。あと話のテーマのひとつが、宇宙がどれほど大きいものか、というもので、プラネタリウム的な施設を用いながらその説明がなされたのだが、宇宙空間に飛び出す全天映像にはヒヤリとするような浮遊感があったし、そもそも宇宙のスケールの話は、あまり得意ではないのだった。星が何千億も何兆もあって銀河となり、宇宙にはその銀河が何千億も何兆もあるのだ、みたいな話って、聴くたびに、絶望感とか虚無感とか、そこまで強い言葉ではないにせよ、うすら寒い気持ちになるので、なるべく避けたいと思って生きている。そんなわけで、なかなかつらい時間を過した。帰宅してファルマンに報告をした際、「途中で食べたお弁当がおいしくてしあわせだった」と、自分が出発前に拵えた煮豚と焼き野菜の弁当のことを唯一の希望のように語ったら、「結局あなたは本当に自分のやることしか好きじゃないんだね」と呆れられた。なんか、どうも、そうかもしれない。偏狭だと我ながら思った。
 翌日はかなりのんびりと過した。部屋でひとり、借りてきたDVDを流しながら、筋トレをしたり、裁縫をしたりして、とても満ち足りた時間を送った。借りてきたDVDは大河ドラマで、もう僕は昔の大河ドラマを観ながら、裁縫をして、たまにおろち湯ったり館に行けたらそれだけでしあわせなのかもしれない、昨晩のことを思い出し、偏狭と言えばあまりにも偏狭なのではないかとも思うが、真性がそうなんだから仕方ないよな、などと思った。
 あとファルマンに髪を梳いてもらったのち、ブリーチを施してもらった。髪が、先の5分3くらい茶色、根元の5分の2くらいが黒という、なんとも半端な状態になっていて、40歳を迎えるにあたって(写真を撮られることも考えられる)整った状態にしておきたいと思ったのだった。使ったのは容赦のない感じのハイブリーチ剤で、全体がきちんと金髪らしい金髪になった。今回はたぶん、ここに色は入れないと思う。ただ脱色した金髪。なんかそんな気分。
 夜に放送された「VIVANT」の最終回は、タイミングが合わず、リアルタイム視聴はしなかった。そして翌日の午前中に、Tverで観た。とてもおもしろかったが、実を言えば世の中が盛り上がりすぎていて、何週間か前から、少し自分の心が冷めているのを感じていた。人気のないマニアックなものにしか価値を見出さないわけではないけれど、同じものに対し自分よりもテンションが上がっている人を見ると、どうしても引いてしまう。これも偏狭な性質の一種か。
 午後、祖母から電話が来る。今日届くように注文した敬老の日のプレゼントの礼だった。贈ったのは去年と同じく入浴剤。もう本当に毎年そうすることにしたのだった。電話口で祖母は、先ごろ死んだ親戚が自分と同い年だったという話や、どうせもうすぐ死ぬくせに補聴器を買ってしまったという話を披露してきた。祖母の「もう私は長くない」話は、たゆまぬ努力で日々バリエーションを増やし、数年前よりさらに芸に磨きが掛かっていると思った。
 そのあと、夕方にひとりでプールに赴く。暑さはまだ残り、祝日のプールはほどほどに混んでいた。気持ちが良かったが、少し体が重たい気がした。ちょっとこの3日間、摂取した脂質やアルコールに対し、運動量が少なかったのではないかと思う。これからの日々は、ちょっと摂生を心がけようかな、と思った。
 というわけで3連休が終わる。今年のシルバーウィークは散漫だ。誕生日も間の抜けた水曜日にある。そして僕はいよいよ40歳になるのか。それもまたいいだろう。ちなみに悩んでいた誕生日プレゼントも無事に決まった。宇宙の広さになど思いを馳せず、自分の本当に身の周りだけを、小さく満たして生きてゆきたい。