1年ぶり岡山 後半

 次なる目的地はイオン倉敷である。
 せっかくの岡山なのに特にしたいことが浮かばないと書いたが、1年前の成功体験により、イオン倉敷のパンドラハウスでニット生地を買いあさるというのは、岡山に来た以上は外せない用件なのだった。イオンならばピイガがしたいというガチャのコーナーもあるし、なにより数時間をやり過ごすのにイオンほどの最適解は他にないだろう。
 しかしカーナビの目的地をイオン倉敷に設定したところ、所用時間48分と表示され、かなりびっくりする。そうなのだ、もうすっかり現在暮しているスモールシティ(もとい店のあるエリアがそこしかない)の感覚に染まってしまっていたけれど、要所要所に目的地となるスポットが存在するこちらの世界は、ひとつひとつの移動にわりと時間を必要とするのだった。しかも人の絶対数の多さからか、いちいち道が混む。そうだったそうだった、と車を走らせながら当時の感覚を思い出した。ちなみに交通事情に関連した事柄として、岡山と言えばウインカーを出さないことで有名だけど、久しぶりに走ったら本当にそうだった。そういう話って、取り沙汰される、すなわちネタにされるようになったら、それはもう過去の話で、今はもうさすがにそんなことない、というのがよくあるパターンだと思うが、岡山のウインカーエピソードはバリバリの現役だった。片側3車線ある国道2号線で、左右の車線から中央の車線への車線変更がウインカーなしで平然となされるさまを目の当たりにし、ここは修羅の国だろうかと思った。
 それでも幸いアクシデントなく、しかし実際に50分くらいかかってイオン倉敷に到着する。懐かしい。在住時代はよく来たものだ。いろいろ見て回りたい気持ちを抑え、とりあえず空腹を満たすためにフードコートへと向かう。フードコートはとても混んでいた。たぶんそれが人口密度そのものを示しているのだろうが、島根のそれに比べてテーブルの間がとても狭く、田舎者はとてもどぎまぎした。ピイガなど終始周囲に厳しい視線を向けながらうどんを啜っていた。そして食べたものは美味しくなかった。マックに逃げようかなとも思ったのだが、なんとなくそれ以外の、ごはん系の店のものを選んだ結果、大失敗だった。あまりこんなことを言うのもよくないと思うが、やっぱり大企業の提供する食べ物のほうが、コスパ的に絶対にいい。人生何度目か知れない学習をした。
 食事でテンションが下がったものの、気を取り直し、モール内を見て回る。変わっている店も少なくなかったが、建物の造りはもちろん同じなので、ちゃんと懐かしく思えた。あと島根に較べて、客層が明白に都会っぽいと感じた。実際におしゃれなのかどうなのかはよく分からないが、かなり奇抜と感じる恰好をした人がけっこういて、ああこれが新幹線で大都市と繋がっている文化圏というものか、ということを思った。ピイガは目的のガチャコーナーで、スーパーマリオの腕時計のガチャを回し、赤いキノコのデザインのものをゲットしていた。回すガチャ、堅実ないいセレクトだな、と思った。ピイガはクレーンゲームを好まず、よく吟味して納得した上で、回すガチャを選ぶ。(姉と違って)安心感がある。
 そのあと、待望のパンドラハウスへとたどり着き、ニットはぎれのコーナーを見る。期待をこれでもかと高めていて、そうやって高める一方で、どうせ現実はこれには応えられんだろうと冷めている部分もあった。ところがパンドラハウスはきちんと応えてくれたのだった。1年前とはまるで異なる品揃えで、多彩なラインナップが並んでいて、夢のようだった。別の場所に立ち寄っていて、少し遅れてやってきたファルマンとピイガが、売り場を手ぶらで眺めている僕に向かい、「どうだった?」と訊ねてきたので、「まあこんなもんかな、って感じ」と答えたあと、商品棚の空いている一角にまとめておいた、購入するロール状のはぎれを、両手でむんずと抱えて見せると、ふたりは「えっ」と驚いていた。「それ、棚じゃなかったの?」と。そのくらい買った。レジでは店員に「お仕事されてる方ですか?」と訊ねられたので、「趣味です」と答えた。続けて、「このお店のニットは本当にいいですね、いいものがたくさん手に入ってとても嬉しいです」と伝えておいた。4月のこづかいはだいぶえぐられたが、わざわざ来た果以があった。ホクホクした。GWだと近すぎるが、またポルガは夏にでも友達と遊べばいいと思う。
 そのあとはサーティーワンアイスを食べたり、イオンスタイルでトップバリュの鈴カステラを大量購入したりして、イオンモールをしっかりと堪能した。そして元の駅に戻るのにもまた時間が掛かるので、余裕を持ってこのあたりで出発することに。
 ふたたび戻ったかつての地元では、まだポルガが帰り着くまでに少し時間があったので、当時毎日のように行っていたスーパーに立ち寄る。立ち寄ると言うか、これも予定に織り込み済みで、生鮮品のための保冷バッグも家から持ってきていた。しかし分かっていたことだが、今日の物価高になる以前の、4年以上前の安売りスーパーは、もう幻影の中にしかないわけで、わざわざ岡山で買って帰らなくてもいいかな、と思うような、島根に対してわずかな価格差しかなかったが、でもせっかくだから、ということで肉などを多少買った。イオンで鈴カステラを、スーパーでわずかな価格差の肉を買う僕を見て、ファルマンは「あなたって本当にブレないよね」と、あまり感心した感じではない様子で言った。それはたしかにそうだと思う一方で、久しぶりの岡山で本当になんの目的も持たず、実際にやってきても結局なんにもしたり買ったりしなかったお前も大概だと思うけどな、とも思った。
 しばらくしてポルガが駅に戻ってきたので無事に回収する。友達との久しぶりの邂逅はとても愉しかったそうだ。午前中はメダルゲームで遊び、昼ごはんにはピザを食べ、プリクラを撮り、スタバでフラペチーノを飲んだという。なんだかいろいろ初体験を経たようで、とてもよかったんじゃないかと思う。「プリクラ見せろよー、あのいまどきの目がおっきくなる変なやつかよー」とせがんだが、あえなく拒まれた。ウザい父親をやってしまった。
 そうして島根へと帰った。帰りの車中、ずっとではないが、子どもたちは寝ていた。ポルガが車で寝るのは珍しい。よほど昂揚したのだろう。連れていってよかった。