40歳から41歳という、単なる数字による印象の違いは、もちろんないわけではないけれど、たぶん当人にしか知覚できないくらい繊細なものだろうと思う。だからそれについてはとやかく言わない。ただ1年前の自分と較べたとき、腰であるとか関節であるとか、さらには目や耳といった器官にも、一時的なものではない、これを加齢によるものと捉えないのは至難の業だろ、というような、じっとりと湿り気のある不調が現われはじめているという、年を取ったことの実感を抱きやすい事象がたびたび散見されるようになった気はするのだけど、それに関して語ることの箍を外してしまうと、そのあとはもう坂を転がり落ちるようにその話題を唱え続けてしまう気がするので、これについてもとやかく言わないでおこうと考えている。
とにもかくにも、41歳である。
誕生日祝いの宴のメニューは、手巻きずしにした。持ち帰りの鮨という案もあったのだけど、食費とは別でその予算が下りるならば、その資金で買い出しをして自分好みの手巻きずしのほうがいいという、当人のめんどくさい希望を通すこととなった。かくして買い出しから、玉子焼きを作ったり、酢飯を拵えたりするのも、すべて当人で行なった。それでいいのか。それがいいのだ。最後のほうなんか、おいしそうな具材はどんどん揃うし、これから俺の誕生日祝いだし、ということでテンションが上がって、バースデーソングのプレイリストを当人がスマホで流しはじめる始末であった。その結果、思春期の長女から「うるさい、ヘッドホンして」と文句を言われた。嘘だろ、俺の誕生日の祝いなんだぜ? と愕然とした。
手巻きずしはもちろんおいしかった。盛り合わせとかを買うと白身魚を持て余す、という経験則から、今回はネギトロとサーモンと海老をそれぞれ買い、生もの系はそれのみとした。ただしそれでも余った。ピイガなんて、なにを包んでいるのかちゃんと見ていないけど、もしかしたら納豆とか玉子焼きとかばっかりなんじゃないのか。
食後にケーキ。ガトーショコラだの、クリームぜんざいだの、9月のバースデーケーキには毎年腐心していたが、今年はちょうどバナナとキウイフルーツが家にあったので、ロールケーキをリクエストし、採用される。ファルマンとピイガで、午前中に作ってくれた。現代のネットのレシピは優秀だ。ちゃんと包めていたし、ちゃんとおいしかった。画像を載せようかと思ったが、撮った写真は、ベージュ色の皿に、たまご色のスポンジのロールケーキがズドンと乗った、なんとも言えないものだったので、よしておく。
代わりに恒例の誕生日ポスターを載せておこう。
ちなみにピイガの手による似顔絵は、左下がポルガ(切るのを拒む髪がうっとうしい)、右下がピイガ、紙面の中央あたりでヒット君に乗って空を飛んでいるのがファルマン、そして中央最前にいるのが僕。アップにするとこう。
まあまあ似ているような気がする。LINEのプロフィール画像にしようかな。
ちなみに誕生日プレゼントは、思案した挙句、今年こそは生地に逃げず、靴にした。しかしネットで注文したのだが、まだ届いていない。早く届いてほしい。
そんな感じで、加齢の実感であったり、娘の思春期であったり、もちろんそれ以外にも、日々の懸案はそれなりにありつつも、それでもこうして家族3人から誕生日を祝ってもらえたのだから、これ以上望むことはない。本当にありがたいことである。これからの1年も、愉しい日々が続けばいいと思う。