広島旅行2022浅春 ~鹿~

 実は今回の広島旅行を計画するまで、宮島のことをあまり把握していなかった。本当に海に浮かんでいるほうの島ではなく、児島とか水島とか、それこそ広島とかの、かつては島だったのかもしれないけど今はもう本州の一部みたいな、そういう類の地名かと思っていた。厳島神社が海上にあるというのは知っていたのだけど、つまり広島市の浅瀬にあるのだろうと勝手に解釈していた。ガイドブックを見たらしっかりと島だったので驚いた。
 フェリーで近づくと、島はだいぶ大きかった。大久野島より大きいのはもちろん、直島よりも実は大きいのだ。ちなみに宮島というのは通称で、お宮、すなわち厳島神社があるから宮島と呼ばれるだけで、正式には厳島だという。そして厳島神社の印象がとにかく強いものだから、神の島的な、文字通り厳かな、閉鎖的な空間のようなイメージが浮かびがちだが、島内には小中学校もあり、水族館もあり、商店街もあり、とにかくなんだか一筋縄ではいかない島なのだった。
 船着き場から出て、右に向かう。左方面は普通の町ゾーンのようだった。歩いて少しすると、海のそばに平清盛の像が建っていた。厳島神社と言えば平清盛。さも詳しい人のように言ってみたが、もちろんそれも今回ガイドブックで知った。「鎌倉殿の13人」では、先々週あたりに病死していて意外だった。なんか昔の読み物では、平清盛は義経の進撃に顔を真っ赤にして怒る、みたいな場面があったような気がするが、記憶違いだろうか。とりあえず娘らを隣に立たせて写真を撮った。
 それからさらに進むと、厳島神社までの道はひたすら観光地の賑わいで、みやげ物屋やら屋台やら人力車やらの風景が広がる。その喧騒の中に、ひょいと鹿がいた。宮島には鹿がいるということは当然ガイドブックで読んでいたが、本当にこんなにもひょいといるのかとびっくりした。そして鹿は、がやがやとした人間界のざわめきなど完全に遠い世界の出来事であるかのように、やけにきれいな無表情で、超然と歩いていた。厳島は言うほど厳かな島ではないな、と思っていたのが、この鹿の登場によって覆された。やっぱりすごい島なのかもしれない、と思った。
 数頭の鹿とすれ違いながらさらに進むと、右手の海上に例の鳥居が見えてきた。あの有名なやつである。実はフェリーからも見えた。しかし鳥居はいま、と言っても数年も前から改修工事中で、灰色の覆いが掛けられているのだった。まあそれは残念は残念なのだろうが、改修工事の終了時期は未定とのことで、待ってもいられないので仕方がなかった。
 入場料を払って入った厳島神社は、まあまあさらっと通り過ぎた。神社って、本尊みたいなものがあるわけではないので、いざ行ってみると結構さらっと終わる。とはいえ世界遺産である。世界遺産。世界遺産だからってとんでもなく見応えがわるわけではない。ちなみに潮の満ち引きによって、厳島神社のエリアから完全に水が干上がるタイミングもあるそうで、そうなるとたぶんさらに見どころはなくなる。幸いこの日の満潮は午前10時半で、その1時間後くらいだったので、まあまあいいタイミングだったろう。


 神社を見終えたあとは、お腹が空いたのでお弁当タイムにする。今回もちゃんと早起きして拵えてきた。さてどこで食べようかと地図を探り、弥山という山の頂上まで行くつもりはないが、その中腹、もとい麓らへんにある公園で食べようじゃないかと、みやげ物屋の商店街を抜け、坂を上り、目的地に到着する。宮島と言えばなんといってももみじで、だから紅葉の季節が1年のピークなのだろうが、公園には満開の桜が咲き誇っていて、なかなかどうして、宮島で桜というのもオツじゃないか、と思った。いい具合のベンチもあり、それではここで昼ごはんをいただくことにしようと、荷解きを始めたそのときである。


 ぬ、と厳かに現れたのだった。
 つづく。