年末年始の横浜帰省をしていた。例のごとく、帰省や旅行の告知をウェブ上ですると不用心という、誰もこんなブログを読んでいないし、そもそも家に入ったところで盗むものもないわりに、要らない警戒をして、こうして帰宅後にそのことを記した。
12月29日に岡山を出発して、1月2日に戻ってきた。すなわち4泊5日であり、普段よりも1日多い。これはなぜかといえば、12月29日に、その日が年内最終開館の藤子・F・不二雄ミュージアムへ、そして1月2日に、その日が年始最初の開館の国立科学博物館に行きたかったからである。今回は帰省そのもののほかに、そういう確固たるレジャー計画があったのだった。
というわけで初日、12月29日は、9時前に岡山駅を発つ、なかなか早い新幹線に乗った。ちなみに荷物は今回、冬服の詰まった大型のキャリーケースを引きずってレジャーをするのは無理だと判断し、段ボール箱に詰めて宅配便で送ったため、僕もファルマンも普段使いの鞄ひとつ、僕なんか普段の出勤時よりもだいぶ小さい鞄にまとめた。宅配料こそ掛かれど、これはやっぱり正解だったと思う。別にレジャーなんかなくても、常にこうするべきなんじゃないかと思った。ちなみに今回の新幹線は東京駅まで。Fミュージアムは登戸にあり、その路線ルートを考えると、新横浜よりもむしろ東京駅のほうがよさそうだと判断したのだった。あるいは品川でもよかったのだけど、そこは、せっかくだから東京駅様を使わせていただこうよ、という田舎者的な発想で、前のめりで東京駅にしたがった結果である。というわけで昼過ぎに東京駅に降り立つ。ここから登戸へは、東京駅に隣接する大手町駅から千代田線で1本とのことで、新幹線の出口から大手町駅を目指して歩く。目指して歩くが、日本全国からやってきた帰省客で溢れる、迷宮のような東京駅の地下は、表示が多すぎてぜんぜん目的地の見当がつかず、途方に暮れた。事前の調べによって、どうも東京駅と大手町駅は地下でそのまま繋がっているようだ、という見通しはあったのだが、確信もないまま地下をぐんぐんと進むのは取り返しがつかないことになりそうで恐怖があり、そんな状況で、出口と表示されている上り階段から、外の光が覗けているのが見えると、もうそっちに縋りつかずにはいられなくなってしまい、とりあえず地上に出ることにした。たぶんここには、「地上に出さえすれば視界が開ける」という誤解があったのだと思う。もちろんそんなはずはないのだ。東京駅の、あの赤レンガの外観が望めたのはよかったが(子どもらを立たせて記念撮影をした)、周囲はどこまでも続くビル群で、大手町駅までの道のりは地下の頃よりもさらに混迷した。結局にっちもさっちもいかなくなって、グーグルのナビを起動させ、ようやく大手町駅へと続く下り階段までたどり着いた。地下鉄って、電車の姿も見えないし、駅もただの下り階段なので、シュッとし過ぎだ。知らない人間には目印となるものがなくて本当に困る。Fミュージアムの入場は、時間指定の前売りチケット制なので、かなり焦った。しかし大手町駅という表示の下り階段を下りたので、そういう意味で「ここは大手町駅だ」という安心感はあったものの、そこから千代田線の乗り場まで、なんだか異常に歩かされた。ふだん車で行く近所のスーパーまでの距離を普通に歩かされたと思う。東京は狭いはずなのに、やけに地下道を歩かされるのは、東京の地下には秘密のとんでもないものが埋まっていて、それを迂回するためにぐるぐると変な道を通らなければならないようになっているからではないかと、よくある陰謀論めいたものを邪推したくなるほどに歩いた。東京駅からここまで、なんだかひどくカルチャーショックを受けてしまった。この街で賢く暮らしていくためには、たぶん気を常に張り詰めさせて、アンテナを目一杯に広げて、そしてたくさんのアプリを駆使しなければいけないんだろうな、と感じた。もういまさら無理だな、としみじみと思った。それでもなんとかかんとか、スマートじゃなく千代田線の乗り場にたどり着き、電車に乗った。登戸までは、長かったがそのまま連れて行ってくれた。
登戸駅は、Fミュージアムには以前にいちど行ったことがあるのだが、そのときは実家から車で送ってもらったので、駅は利用したことがなかった。Fミュージアムの最寄り駅ということで、それを推そうとしているようで、駅の構内や周辺にはそれなりにドラえもんなどのキャラクターの装飾があった。その一方で、Fミュージアムの存在以外は本当にただの、そこまで柄がいいわけでもない郊外の町のようで、その混在具合がなんともいえなかった。直行のドラえもんバスに乗って、ようやくミュージアム前に降り立った。入場は14時からで、到着はその15分前くらい。東京での迷子時間も含めて、見事な時間配分であるといえよう。
2度目のFミュージアム。前回はいつかと検索したら、2014年の5月だった。5年8ヶ月前。ポルガは3歳だし、ピイガは生後4ヶ月ということになる。なんだかびっくりする。今回訪れたのは、ポルガが目下ドラえもんにドハマりしているからで、こんなとき実家とFミュージアムの近さは奇蹟的だと思う。なかなか岡山在住の小学生は行きたいと思ってもFミュージアムに行けないだろう。もっともFミュージアム、前回行ったときも思ったが、そこまでむちゃくちゃおもしろい場所でもない。生原画とかは「おお」と思うが、それ以外はわりと淡々としたものだ。それでもシアターで上映されたアニメは、前回がどんなものだったかはすっかり忘れ、日記を見るとやけに酷評しているのだが、今回のものはけっこうおもしろかった。やっぱり違う漫画のキャラクターが贅沢に集合すると、スパロボ的なおもしろさがある。ミュージアムショップでは、メモパッドやピンズ、お菓子などを買った。ピイガはタケコプター型のヘアバンドを欲しがり、それは前回にも買ったもので、その場では滅法おもしろいもののような気がして欲しくなるのだけど、買って帰ったら家ではどうしようもなくなる(そして5年後には家のどこにもない)、ということは経験則で分かっていたのだけど、当時4ヶ月のピイガがそれを知り得ているはずもなく、仕方ないので買ってやった。いつ着けんねん。そんなこんなで今回は、せっかく来たからにはたっぷりとということで、カフェにも行って、閉館の18時までたっぷりと過した。ポルガに愉しかったかと訊ねたら、「うん!」という返事が返ってきて、まあそこで「うん!」以外の返事もないわな、とも思うが、まあ連れていけてよかった。
帰りは母に迎えに来てもらう。便利。車で30分かからないくらいなのである。というわけで実家へと到着し、今回の帰省が始まる。叔父は来ていたが、今回祖母は山梨に用件があるとのことでいなかった。残念。いったい祖母に、正月に孫や曾孫に囲まれる以上のどんな用件があるのかと思うが、まあ僕には想像もつかない事情があるんだろう。初日から姉一家が訪れ、大人数で夕飯を食べた。夕飯は餃子。実家時代、餃子が好きで、その餃子好きがいまの僕の餃子好きに繋がっているに違いないが、母の作る餃子はいま食べると、おいしいはおいしいが、べらぼうにおいしいわけではなく、僕の作るもののほうがよほどおいしくて、意外な感じがする。僕の餃子好きは、もしかするとあの同じ形のものを作って並べる手仕事感がだいぶ下支えをしていて、それだけでだいぶ好きなところへ、独自の味の追及をしたものだから、それで激烈なものになっているのかもしれない。あと母親は相変わらず、母と姉と僕の3人での暮しが調理のベースになっているせいか、総計10人、酒を飲む人間は除外するにしても餃子をおかずとして食べる人間がその半数以上いる状況でも、米を2合しか炊かず、やはり足りなくなっていて、孫が4人できてだいぶ経つのにこの人これに関していつまでも学習しないな、と思った。
そんな初日でした。
今年最後のカラオケとM-1
今年最後の岡山でのレジャーとして、カラオケに繰り出す。ちなみに今年もクリスマス会はもちろん忘年会もない、家族まみれの年末である。思えば家族や親類以外の人と外で集ったのって、5月の練馬が最後で、そして今年の最初だったな。なんと血縁の純度の高い1年だったか。我々はなにか精製しようとしているのだろうか。
唄ったのは以下の通りである。
1曲目はMAX「TORATORATORA」。1曲目はMAX、というのは僕の定番のギャグなのだが、とうとう今回トラトラトラを唄ってしまったので、あとはもう唄う曲がない。もっとも唄うべき曲なんて最初から1曲もなかった。
2曲目はラッツ&スター「ランナウェイ」。なぜ唄ったかと言えば、もちろん時事である。あとスタンドマイクを手に入れたとき、スタンドマイクを使って唄われる歌といったらなんだろうと思案して、ドリフを唄ったりしたが、考えてみたらこれがあったじゃないかと思った。ちなみに志村けんと田代まさしで、期せずしてゆるやかに繋がっている。とてもどうでもいい偶然だ。
3曲目、小坂恭子「思い出まくら」。これは3曲目にして本心から唄いたくて唄った歌。気持ちよかった。
4曲目、河島英五「時代おくれ」。これも気持ちよく唄いたくてセレクトしたのだが、やっぱり男の歌は音程が低くて厳しかった。
5曲目、ゴールデンボンバー「女々しくて」。「Lemon」が現れるまで、これと星野源の「恋」が、たぶん仲間内の愉しいカラオケではひたすらに唄われていたと思われるが、それをこのたびとうとう唄った。愉しかった。家族相手に唄ってもこんなに愉しいのだから、仲間内でアルコールも入った状態でやったら最高に愉しいんだろうな、と思った。
6曲目、Kaoru Amane「タイヨウのうた」。Kaoru Amaneなどといっているが、要するに沢尻エリカで、要するにラッツ&スターと同じ意味合いで唄った。その意味のためだけに、ろくに聞いたこともない、もちろん好きでもない、なんの思い入れもない歌を唄う。なんでそんなことをするの? と訊かれたらこう答える。別に。
7曲目、マライア・キャリー「恋人たちのクリスマス」。去年のクリスマス前カラオケでは、クリスマスソングの用意を忘れ、咄嗟に浮かんだプッチモニを唄ってしまったので、今年はきちんと準備して臨んだ。そしてこのセレクト。よう唄ったな! よう唄おうと思ったな! という話で、英語の曲ってフニャフニャ唄ってぐだぐだになりがちだよね、というまさにそんな感じになった。やはり歌ギャグは難しい。
8曲目、十田敬三「今日もどこかでデビルマン」。今回唯一のアニメソング。阿久悠と都倉俊一のコンビで、とてもいい歌。デビルマンのことは漫画もアニメもぜんぜん知らないが、これでオープニングもエンディングも唄ったことになる。
9曲目、ビートたけし「浅草キッド」。これも時事歌唱。珍しく不祥事や追悼じゃない。紅白で唄うことが、2日前くらいに発表になったのだった。たけしのこの歌は、ビブラートがいい、なんてことがいわれていたが、あれはただ声が掠れて震えているだけだと僕は思う。もちろんいい歌だけど。
10曲目、高橋真梨子「はがゆい唇」。高橋真梨子って、やっぱりみんないいっていうだけあって、すごくいいな、と近ごろ思いはじめている。なんの因果か僕はMAXのファンをやるはめに陥っているが、選べるならこっちがよかったな……。
11曲目、坂本九「上を向いて歩こう」。本日の、そして今年のラスト歌唱。そうなるとやっぱりこれかな、という感じで選んだ。抒情的なさみしさを抱えつつも、やはり高度経済成長の明るさに溢れたこの歌を、人口減少時代に唄うのもなかなかオツなものだと思う。前向き、上向きじゃない、スマホ首の時代に。
そんな感じで、なかなか思い通りに唄いたい歌を唄えた、いいカラオケだった。今年は何回行ったのだったかな。また来年も1ヶ月半にいちどくらいのペースで行くんだろうと思う。もちろん家族ばかりと。
夜はM-1グランプリ。子どもが起きている間はちゃんと観られないので、いつものように21時過ぎくらいから、追っかけ再生で観た。リアルタイムでは観られないが、当晩中に観ておかなければ次の日に結果は絶対に目に入ってしまうので、慌ただしくそうやって観るしかないのだ。優勝したミルクボーイがすごくよかった。そして来年はコウテイが優勝したらいいなあ。
翌日の23日はなんと休みじゃない。12月23日が休みじゃないなんて、物心がついてから初めてのことでショックで仕方ない。なにかと慌ただしい年の瀬の、クリスマス前日のこの休み、いろいろ整えるために、すごくよかったのになあ。ちなみにこれからのそれは2月23日だという。うーん……。なんでもねえ時期だな……。
唄ったのは以下の通りである。
1曲目はMAX「TORATORATORA」。1曲目はMAX、というのは僕の定番のギャグなのだが、とうとう今回トラトラトラを唄ってしまったので、あとはもう唄う曲がない。もっとも唄うべき曲なんて最初から1曲もなかった。
2曲目はラッツ&スター「ランナウェイ」。なぜ唄ったかと言えば、もちろん時事である。あとスタンドマイクを手に入れたとき、スタンドマイクを使って唄われる歌といったらなんだろうと思案して、ドリフを唄ったりしたが、考えてみたらこれがあったじゃないかと思った。ちなみに志村けんと田代まさしで、期せずしてゆるやかに繋がっている。とてもどうでもいい偶然だ。
3曲目、小坂恭子「思い出まくら」。これは3曲目にして本心から唄いたくて唄った歌。気持ちよかった。
4曲目、河島英五「時代おくれ」。これも気持ちよく唄いたくてセレクトしたのだが、やっぱり男の歌は音程が低くて厳しかった。
5曲目、ゴールデンボンバー「女々しくて」。「Lemon」が現れるまで、これと星野源の「恋」が、たぶん仲間内の愉しいカラオケではひたすらに唄われていたと思われるが、それをこのたびとうとう唄った。愉しかった。家族相手に唄ってもこんなに愉しいのだから、仲間内でアルコールも入った状態でやったら最高に愉しいんだろうな、と思った。
6曲目、Kaoru Amane「タイヨウのうた」。Kaoru Amaneなどといっているが、要するに沢尻エリカで、要するにラッツ&スターと同じ意味合いで唄った。その意味のためだけに、ろくに聞いたこともない、もちろん好きでもない、なんの思い入れもない歌を唄う。なんでそんなことをするの? と訊かれたらこう答える。別に。
7曲目、マライア・キャリー「恋人たちのクリスマス」。去年のクリスマス前カラオケでは、クリスマスソングの用意を忘れ、咄嗟に浮かんだプッチモニを唄ってしまったので、今年はきちんと準備して臨んだ。そしてこのセレクト。よう唄ったな! よう唄おうと思ったな! という話で、英語の曲ってフニャフニャ唄ってぐだぐだになりがちだよね、というまさにそんな感じになった。やはり歌ギャグは難しい。
8曲目、十田敬三「今日もどこかでデビルマン」。今回唯一のアニメソング。阿久悠と都倉俊一のコンビで、とてもいい歌。デビルマンのことは漫画もアニメもぜんぜん知らないが、これでオープニングもエンディングも唄ったことになる。
9曲目、ビートたけし「浅草キッド」。これも時事歌唱。珍しく不祥事や追悼じゃない。紅白で唄うことが、2日前くらいに発表になったのだった。たけしのこの歌は、ビブラートがいい、なんてことがいわれていたが、あれはただ声が掠れて震えているだけだと僕は思う。もちろんいい歌だけど。
10曲目、高橋真梨子「はがゆい唇」。高橋真梨子って、やっぱりみんないいっていうだけあって、すごくいいな、と近ごろ思いはじめている。なんの因果か僕はMAXのファンをやるはめに陥っているが、選べるならこっちがよかったな……。
11曲目、坂本九「上を向いて歩こう」。本日の、そして今年のラスト歌唱。そうなるとやっぱりこれかな、という感じで選んだ。抒情的なさみしさを抱えつつも、やはり高度経済成長の明るさに溢れたこの歌を、人口減少時代に唄うのもなかなかオツなものだと思う。前向き、上向きじゃない、スマホ首の時代に。
そんな感じで、なかなか思い通りに唄いたい歌を唄えた、いいカラオケだった。今年は何回行ったのだったかな。また来年も1ヶ月半にいちどくらいのペースで行くんだろうと思う。もちろん家族ばかりと。
夜はM-1グランプリ。子どもが起きている間はちゃんと観られないので、いつものように21時過ぎくらいから、追っかけ再生で観た。リアルタイムでは観られないが、当晩中に観ておかなければ次の日に結果は絶対に目に入ってしまうので、慌ただしくそうやって観るしかないのだ。優勝したミルクボーイがすごくよかった。そして来年はコウテイが優勝したらいいなあ。
翌日の23日はなんと休みじゃない。12月23日が休みじゃないなんて、物心がついてから初めてのことでショックで仕方ない。なにかと慌ただしい年の瀬の、クリスマス前日のこの休み、いろいろ整えるために、すごくよかったのになあ。ちなみにこれからのそれは2月23日だという。うーん……。なんでもねえ時期だな……。
師走の日々
寒くなった。約1ヶ月ぶりの「おこめとおふろ」である。このブログでこんなに間が空いたのは初めてかもしれない。この理由は、こんなことを言ったら何だが、co大のために1年間の日記の読み返し作業をしていた際、このブログの記事に辟易したからだ。他のブログは、ある程度「ネタ」の意識があって、話にオチをつけたりもするのだが、「日記ブログ」であるこのブログは、そういう気持ちを一切持たず淡々と書いているため、読み返す際にあんまり量があると、つらくなってしまう。子どもが成長途上なこともあり、生活はなんだかんだで変遷があるので、記録としては大事だから書くべきときは書くが、今後はちょっと更新を減らそうと思った。
さて今週末のことを、金曜日の夜から書く。なぜならば金曜日の晩ごはんを、おでんにしたからだ。今シーズン初おでん。近ごろ頓にしっかり冷え込みはじめたので、木曜日の夜に大根の面取りをしたりゆで卵を作っておいたりという下拵えをしておいて、さて金曜日に待ったなしでおでんを決行したものの金曜日はわりと暖かかった、なんて残念なこともなく、金曜日の日中ずっと、夜のおでんのことに思いを馳せて心を前向きにすることができた。そうして食べたおでんは、やはりしみじみと美味しかった。おでんを食べるたびにいっていることだが、とにかくがんもどきが突出して美味しい。僕は個人的な好みとしては、餃子がいちばん好きな食べものなのだけど、おでんのがんもどきの美味しさというのは、ちゃんと世間とか科学とかで数字にしたとき、「結局おでんのがんもどきが世界でいちばん美味しい食べもの」という結論が導き出されるのではないかと思わせる、ゆるぎない美味しさだ。幸福感に浸りながらおでんを食み、酒を飲んだ。
夜更かしの末に目を覚まし、休日の開始である。しかしこの週末、わが家には本当になんの用事もないのだった。必要な買い物は先週に済ませてしまったし、読む本にも困っていないし、もちろん公園で遊べる気温でもない(子どもは遊べるが親がいられない)。しかしなんの用事もないからって、2日間にわたって4人ひたすら家でダラダラするわけにもいかず、どうしようと昨晩さんざん悩んだ挙句、岡山駅のちょっと北にある岡山理科大という所で、恐竜博物館と銘打って化石を展示しているらしいという情報を見つけ、ポルガはいま恐竜をはじめとした絶滅動物に並々ならぬ興味を持っているので、じゃあそこに行こう、となった。展示は通年行なわれているようなので、混雑の心配はない。ゆったりと準備をして出発する。久しぶりに岡山駅の周辺を車で通った。人と建物が多くて緊張した。
到着した岡山理大は、どうやら山のような地形に建っているらしく、校舎は高さの異なるあちこちから林立し、その全容はまるで掴めず、土曜で人が少ないこともあるのだろうが静謐で、教団施設といわれても納得してしまうような、独特の雰囲気があった。この雰囲気に接して僕は、これが大学か、と思った。そもそも理系の大学というものに、これまで夫婦ともども、まるで馴染みのない人生を送ってきた。大学というのは、文章を書いたり、演技をしたり、ピアノを弾いたりする場所だと、すっかり勘違いしてこれまで生きてきたのだ。キャンパス案内図に並んださまざまな研究室の名目を眺めながら、いつから見ていたともしれない、長い夢から覚めたような気がした。そうか、大学という場所は、学術的な、専門的な、この世の中にまつわる大事なことについて、研究をし、そして研究する人間を育てる場だったんだ。あんな、教授の好みで評価が左右する(そしてその教授というのが、その道のプロの世界ではぜんぜん通用していない)、カルチャーセンターのごとき空間じゃない。これが大学なのだ。なんだ小説って。なんだ詩って。そんなもん趣味でやれ。理系の勉学をしながら、趣味でやれ。そもそも、ないだろ。別に。学ぶことって。これをいったら本当におしまいだが、本当にない。わざわざ4年通って学ぶべきことなんて。それに較べて理系の大学。めっちゃ意味ある。人類と世界にちゃんと必要。そのことを案内図を見ただけで悟り、強烈なショックを受けた。
目的の展示も、想像していたよりも見応えがあり、ポルガも喜んでいた。連れてきた果以があった。メイン展示を見たあとは、別の校舎にも少し展示があるというので、そちらへ移動する。移動の際、なにぶん全容が把握できないこともあり、結果的にずいぶんな大回りをしてたどり着いた。アップダウンが激しくて、なかなか公園でもお目にかからないような急勾配の階段を上ったりして、なんだか探検気分になった。無性に愉しかった。理系大学のスケールとゆるぎなさに、すっかり心が奪われてしまった。俺もこんな所で研究の徒になりたかった。俺しか知らない秘密の部屋で、俺しか知らない絶滅動物の研究をしたかった。残りの展示も見たあと、学食を見つけ、来訪者でも利用できるんなら学食ぜひ食べたい、と来る前から思っていて、訊ねたらオッケーとのことだったので、大喜びでカレーを食べた。土曜仕様でメニューは少ない様子だったが、たくさんあったところで学食で食べるのはカレー以外にない。350円という学食価格のカレーは、味も実に学食めいていて、郷愁に駆られた。これだけでも来た価値があると思った。
というわけで、目的にあぐねて捻り出したわりに、とても充実した大成功のレジャーとなった。いいなあ、大学。大学ってああいうものだったのか。俺も大学に行けばよかったな。なんか、本当の大学を知った今となっては、ぜんぜん大学じゃない所に行っちゃったんだよな。なんだったんだろうな、あそこ。まだ奨学金返済してんだけど。
帰宅して、晩ごはんはおでんの残りと、買って帰った巻きずし。しかしながらピイガが夕方から調子を崩し、早々に寝ついたため、3人での夜となった。そしてピイガがいなくなってみると、わが家というのは本当に静かなのだと分かった。寒いので今時分はみんな居間のこたつに集いがちなのだが、ピイガがいないと本のページをめくる音ばかりが部屋に響いた。それくらい静かなのだった。ピイガと遊んでいると、ポルガもそれなりにテンションが上がって喋るのだが、ひとりだとひたすら本を読むばかりで、もしも3人家族だったらこんな感じだったのか、と驚いた。普段あまりのうるささにうんざりしたりするが、ピイガの明るさは思いのほか尊いようだ。不在時にその存在感を痛感させるって、なかなかすごいことだと思う。
翌朝、ピイガはすっかり元気になっていた。土曜日の朝、ポルガと遊ぶのを愉しみに張り切って早く起きたりしたようで、寝不足だったらしい。12時間ほども寝て(子どもはすごい)、調子を取り戻していた。
とは言え今日はいよいよどこへも出掛ける予定はない。本当なら2日そうなるところを、昨日は華麗に回避してみせたのだから、今日はもうがんばらない。午前中に僕だけがスーパーに行ったほかは、家で過した。のんべんだらり、というほかない1日だったが、別に後悔が湧くような無駄な時間を過したわけではないので、これもまたいい休日だったと言える。晩ごはんは手羽中の唐揚げ。初めて塩味で作ってみた。ちょっと味が薄いような気もしたが、軽やかに食べられて美味しかった。
そんな週末。ここから先はいよいよ年末。今年は実はわりと「11月パピロウ」という言葉を思い出させる低調不調な11月だったので、それを脱出した今、気持ちの上でもちゃんと区切りをつけて、テンションを上げていきたい。愉しく暮そう。
さて今週末のことを、金曜日の夜から書く。なぜならば金曜日の晩ごはんを、おでんにしたからだ。今シーズン初おでん。近ごろ頓にしっかり冷え込みはじめたので、木曜日の夜に大根の面取りをしたりゆで卵を作っておいたりという下拵えをしておいて、さて金曜日に待ったなしでおでんを決行したものの金曜日はわりと暖かかった、なんて残念なこともなく、金曜日の日中ずっと、夜のおでんのことに思いを馳せて心を前向きにすることができた。そうして食べたおでんは、やはりしみじみと美味しかった。おでんを食べるたびにいっていることだが、とにかくがんもどきが突出して美味しい。僕は個人的な好みとしては、餃子がいちばん好きな食べものなのだけど、おでんのがんもどきの美味しさというのは、ちゃんと世間とか科学とかで数字にしたとき、「結局おでんのがんもどきが世界でいちばん美味しい食べもの」という結論が導き出されるのではないかと思わせる、ゆるぎない美味しさだ。幸福感に浸りながらおでんを食み、酒を飲んだ。
夜更かしの末に目を覚まし、休日の開始である。しかしこの週末、わが家には本当になんの用事もないのだった。必要な買い物は先週に済ませてしまったし、読む本にも困っていないし、もちろん公園で遊べる気温でもない(子どもは遊べるが親がいられない)。しかしなんの用事もないからって、2日間にわたって4人ひたすら家でダラダラするわけにもいかず、どうしようと昨晩さんざん悩んだ挙句、岡山駅のちょっと北にある岡山理科大という所で、恐竜博物館と銘打って化石を展示しているらしいという情報を見つけ、ポルガはいま恐竜をはじめとした絶滅動物に並々ならぬ興味を持っているので、じゃあそこに行こう、となった。展示は通年行なわれているようなので、混雑の心配はない。ゆったりと準備をして出発する。久しぶりに岡山駅の周辺を車で通った。人と建物が多くて緊張した。
到着した岡山理大は、どうやら山のような地形に建っているらしく、校舎は高さの異なるあちこちから林立し、その全容はまるで掴めず、土曜で人が少ないこともあるのだろうが静謐で、教団施設といわれても納得してしまうような、独特の雰囲気があった。この雰囲気に接して僕は、これが大学か、と思った。そもそも理系の大学というものに、これまで夫婦ともども、まるで馴染みのない人生を送ってきた。大学というのは、文章を書いたり、演技をしたり、ピアノを弾いたりする場所だと、すっかり勘違いしてこれまで生きてきたのだ。キャンパス案内図に並んださまざまな研究室の名目を眺めながら、いつから見ていたともしれない、長い夢から覚めたような気がした。そうか、大学という場所は、学術的な、専門的な、この世の中にまつわる大事なことについて、研究をし、そして研究する人間を育てる場だったんだ。あんな、教授の好みで評価が左右する(そしてその教授というのが、その道のプロの世界ではぜんぜん通用していない)、カルチャーセンターのごとき空間じゃない。これが大学なのだ。なんだ小説って。なんだ詩って。そんなもん趣味でやれ。理系の勉学をしながら、趣味でやれ。そもそも、ないだろ。別に。学ぶことって。これをいったら本当におしまいだが、本当にない。わざわざ4年通って学ぶべきことなんて。それに較べて理系の大学。めっちゃ意味ある。人類と世界にちゃんと必要。そのことを案内図を見ただけで悟り、強烈なショックを受けた。
目的の展示も、想像していたよりも見応えがあり、ポルガも喜んでいた。連れてきた果以があった。メイン展示を見たあとは、別の校舎にも少し展示があるというので、そちらへ移動する。移動の際、なにぶん全容が把握できないこともあり、結果的にずいぶんな大回りをしてたどり着いた。アップダウンが激しくて、なかなか公園でもお目にかからないような急勾配の階段を上ったりして、なんだか探検気分になった。無性に愉しかった。理系大学のスケールとゆるぎなさに、すっかり心が奪われてしまった。俺もこんな所で研究の徒になりたかった。俺しか知らない秘密の部屋で、俺しか知らない絶滅動物の研究をしたかった。残りの展示も見たあと、学食を見つけ、来訪者でも利用できるんなら学食ぜひ食べたい、と来る前から思っていて、訊ねたらオッケーとのことだったので、大喜びでカレーを食べた。土曜仕様でメニューは少ない様子だったが、たくさんあったところで学食で食べるのはカレー以外にない。350円という学食価格のカレーは、味も実に学食めいていて、郷愁に駆られた。これだけでも来た価値があると思った。
というわけで、目的にあぐねて捻り出したわりに、とても充実した大成功のレジャーとなった。いいなあ、大学。大学ってああいうものだったのか。俺も大学に行けばよかったな。なんか、本当の大学を知った今となっては、ぜんぜん大学じゃない所に行っちゃったんだよな。なんだったんだろうな、あそこ。まだ奨学金返済してんだけど。
帰宅して、晩ごはんはおでんの残りと、買って帰った巻きずし。しかしながらピイガが夕方から調子を崩し、早々に寝ついたため、3人での夜となった。そしてピイガがいなくなってみると、わが家というのは本当に静かなのだと分かった。寒いので今時分はみんな居間のこたつに集いがちなのだが、ピイガがいないと本のページをめくる音ばかりが部屋に響いた。それくらい静かなのだった。ピイガと遊んでいると、ポルガもそれなりにテンションが上がって喋るのだが、ひとりだとひたすら本を読むばかりで、もしも3人家族だったらこんな感じだったのか、と驚いた。普段あまりのうるささにうんざりしたりするが、ピイガの明るさは思いのほか尊いようだ。不在時にその存在感を痛感させるって、なかなかすごいことだと思う。
翌朝、ピイガはすっかり元気になっていた。土曜日の朝、ポルガと遊ぶのを愉しみに張り切って早く起きたりしたようで、寝不足だったらしい。12時間ほども寝て(子どもはすごい)、調子を取り戻していた。
とは言え今日はいよいよどこへも出掛ける予定はない。本当なら2日そうなるところを、昨日は華麗に回避してみせたのだから、今日はもうがんばらない。午前中に僕だけがスーパーに行ったほかは、家で過した。のんべんだらり、というほかない1日だったが、別に後悔が湧くような無駄な時間を過したわけではないので、これもまたいい休日だったと言える。晩ごはんは手羽中の唐揚げ。初めて塩味で作ってみた。ちょっと味が薄いような気もしたが、軽やかに食べられて美味しかった。
そんな週末。ここから先はいよいよ年末。今年は実はわりと「11月パピロウ」という言葉を思い出させる低調不調な11月だったので、それを脱出した今、気持ちの上でもちゃんと区切りをつけて、テンションを上げていきたい。愉しく暮そう。
自分のための週末
土曜日の午前はピイガの幼稚園の土曜参観だった。先月のポルガのそれは、男子がうるさくてストレスが溜まったし、なにより小学生時代はまだまだ続くので、別に観に行かなくてもよかったなあという気がしたが、ピイガの幼稚園の風景というのは、たぶん僕はこれ以降、来年3月の卒園式まで目にする機会がないので、まあ行く意義はあったんじゃないかと思う。とは言えダレた。朝に一緒に登園し、昼前に一緒に降園する、すなわち午前中いっぱいの時間の中で、予定されているイベントの数はきわめて少なく、特に後半の1時間半と来たら「いい天気なので園庭で遊ぶ」という、あまりにも自由度の高い時間の過させ方で、とても持て余した。もはや最後は持ってきた文庫本を読んだりしてやり過した。それくらいやることがなかった。参観はできてよかったけど、40分くらいでよかったな。
帰宅後はササッと昼ごはんを済ませ、一家で出掛ける。目的地は久しぶりのプール。僕はぜんぜん久しぶりではないのだが、3人にとっては普通に夏の終わり以来のプールである。そもそもプールが好きではななくて、夏の間は子どもを泳がすために仕方なく、という感じで応じていたファルマンを、オフシーズンのプールに連れ出すのは、説得するのにわりと骨が折れたが、行ったら行ったでそれなりに愉しんでいたようだった(でもまた次回も説得するのは大変だろうな)。ポルガは連れていくと、そのたびに徐々に泳ぎが上達する感じがあり、今回も懸念の息継ぎをなんとかこなして、25メートルプールの半分を少し越えるくらいまでは泳げていた。ここらへんの部分を刺激してやると、ファルマンの反応も色好くなるのではないかと目論んでいる。ピイガはビート板を持ってひたすらパシャパシャと愉しそうに泳いでいた。普段からピイガは声がでかいのだが、プールだと一層それが強調され、他の人の声は、水に吸収されてむしろ聞こえづらいのに、ピイガの声だけは高い天井に響き渡るのだった。もっとも幼稚園ではおとなしいタイプなのだが。
プールを終えたあとは、まだ4時台だったが、そういう気分だったので回転すし屋に入り、おやつとも、夕飯とも言えない、ちょっと不思議なすしをつまんだ。もっとも僕はいつもの、店ではほとんど食べずにせっせと折詰めにすしを詰めていく作業に勤しんだ。ちなみに近ごろ流行語大賞のためにこの1年の日記を読み返しているのだが、春あたりの僕はずいぶん気張って禁酒をしていた。現在は、その禁酒よりも前の時代ほど、勤勉に毎日飲むわけではないが、まあまあ、ほどほど、それなりに、飲んでいる。そのくらいの感じで落ち着いている。これくらいなら悪くないんだろうと思う。
帰宅したらまだ6時くらい。このままだと寝る前にお腹が空くよなあと思ったので、肉のつけ汁を作ってうどんを茹で、7時すぎに食べた。そのあと、深夜になって折詰めのすしで晩酌を堪能したわけで、この日は朝、昼、夕方、晩ごはん、晩酌で、なんとなく1日5食のような形になった。その、お腹具合が常に2分目から7分目あたりにある感じ、とても心地よいなあと思った。
明けて今日は、昨日の午前は丸々、父親としての務めに費やしたわけだし、という大義名分もあり、前から気になっていたスーパー銭湯に午前中、ひとりで繰り出す。そしてサウナを堪能した。サウナ内のテレビでは、今日の午前にちょうど開催されていた岡山マラソンの中継番組が流れていた。マラソン中継では、1万人を超えるランナー、それを支える大勢のボランティア、そして沿道から声援を送る人々、などと、大会に関わる人たちのきらめき、みたいなことを盛んにアナウンスしていて、僕はそれを、マラソンコースから車で20分ほどしか離れていないスーパー銭湯のサウナで眺めているのだなあ、と思った。走らないし、ボランティアしないし、応援もしない。ただ自分の快楽のためだけのサウナ。昼近くになると中継番組は終わり、ニュースになって、午後に東京で行なわれる天皇即位パレードの直前情報が伝えられた。こちらでも沿道に人々が集まり、とても盛り上がっている様子だった。それを見ながら、やはり僕は全裸で汗をかいて快楽を貪ったのだった。結局2時間ほども滞在して、堪能した。それだけ堪能しておいて言うのもなんだが、そんなにいい施設ではなかった。というかどうしても、夏に行ったおろち湯ったり館のことが思い出されてしまう。おろち湯ったり館が近所にあればいいのに。
帰宅後、午後は家でのんびりと過す。子どもたちはふたりで遊び、手が掛からなかった。僕は筋トレをしたり、晩ごはんのたこ焼きの下拵えをしたりした。パレードの様子も少し観た。即位関連の行事の日の天候、5月も、先月も、ことごとく悪かったが、今回はやっときちんと晴れたようで、よろしかったんじゃないかと思った。というわけで晩ごはんはたこ焼き。ポルガがよくせがんでくるので、たまにはやってやるか、という感じでやった。今回、たこ、ウィンナー、チーちく、うずらの卵、といういつもの具材に加えて、前に白玉を作ったときに残って持て余しているこしあんがあったので、それとバナナを和えて、スイーツ系たこ焼きというものを作ってみた。それにはソースやマヨネーズはかけなかったが、こんぶだしの生地に、刻んだキャベツや青ネギ、揚げ玉などは通常通り入れたわけで、結果どのような味わいになったかと言えば、さすがこしあん、といった感じで、すべての要素を押しのけ、同輩であるバナナのことさえも殺し、ぬくもったこしあんの入った粉もんがごく普通に美味しかった。
そんな穏やかな、したいことをした土日でした。
帰宅後はササッと昼ごはんを済ませ、一家で出掛ける。目的地は久しぶりのプール。僕はぜんぜん久しぶりではないのだが、3人にとっては普通に夏の終わり以来のプールである。そもそもプールが好きではななくて、夏の間は子どもを泳がすために仕方なく、という感じで応じていたファルマンを、オフシーズンのプールに連れ出すのは、説得するのにわりと骨が折れたが、行ったら行ったでそれなりに愉しんでいたようだった(でもまた次回も説得するのは大変だろうな)。ポルガは連れていくと、そのたびに徐々に泳ぎが上達する感じがあり、今回も懸念の息継ぎをなんとかこなして、25メートルプールの半分を少し越えるくらいまでは泳げていた。ここらへんの部分を刺激してやると、ファルマンの反応も色好くなるのではないかと目論んでいる。ピイガはビート板を持ってひたすらパシャパシャと愉しそうに泳いでいた。普段からピイガは声がでかいのだが、プールだと一層それが強調され、他の人の声は、水に吸収されてむしろ聞こえづらいのに、ピイガの声だけは高い天井に響き渡るのだった。もっとも幼稚園ではおとなしいタイプなのだが。
プールを終えたあとは、まだ4時台だったが、そういう気分だったので回転すし屋に入り、おやつとも、夕飯とも言えない、ちょっと不思議なすしをつまんだ。もっとも僕はいつもの、店ではほとんど食べずにせっせと折詰めにすしを詰めていく作業に勤しんだ。ちなみに近ごろ流行語大賞のためにこの1年の日記を読み返しているのだが、春あたりの僕はずいぶん気張って禁酒をしていた。現在は、その禁酒よりも前の時代ほど、勤勉に毎日飲むわけではないが、まあまあ、ほどほど、それなりに、飲んでいる。そのくらいの感じで落ち着いている。これくらいなら悪くないんだろうと思う。
帰宅したらまだ6時くらい。このままだと寝る前にお腹が空くよなあと思ったので、肉のつけ汁を作ってうどんを茹で、7時すぎに食べた。そのあと、深夜になって折詰めのすしで晩酌を堪能したわけで、この日は朝、昼、夕方、晩ごはん、晩酌で、なんとなく1日5食のような形になった。その、お腹具合が常に2分目から7分目あたりにある感じ、とても心地よいなあと思った。
明けて今日は、昨日の午前は丸々、父親としての務めに費やしたわけだし、という大義名分もあり、前から気になっていたスーパー銭湯に午前中、ひとりで繰り出す。そしてサウナを堪能した。サウナ内のテレビでは、今日の午前にちょうど開催されていた岡山マラソンの中継番組が流れていた。マラソン中継では、1万人を超えるランナー、それを支える大勢のボランティア、そして沿道から声援を送る人々、などと、大会に関わる人たちのきらめき、みたいなことを盛んにアナウンスしていて、僕はそれを、マラソンコースから車で20分ほどしか離れていないスーパー銭湯のサウナで眺めているのだなあ、と思った。走らないし、ボランティアしないし、応援もしない。ただ自分の快楽のためだけのサウナ。昼近くになると中継番組は終わり、ニュースになって、午後に東京で行なわれる天皇即位パレードの直前情報が伝えられた。こちらでも沿道に人々が集まり、とても盛り上がっている様子だった。それを見ながら、やはり僕は全裸で汗をかいて快楽を貪ったのだった。結局2時間ほども滞在して、堪能した。それだけ堪能しておいて言うのもなんだが、そんなにいい施設ではなかった。というかどうしても、夏に行ったおろち湯ったり館のことが思い出されてしまう。おろち湯ったり館が近所にあればいいのに。
帰宅後、午後は家でのんびりと過す。子どもたちはふたりで遊び、手が掛からなかった。僕は筋トレをしたり、晩ごはんのたこ焼きの下拵えをしたりした。パレードの様子も少し観た。即位関連の行事の日の天候、5月も、先月も、ことごとく悪かったが、今回はやっときちんと晴れたようで、よろしかったんじゃないかと思った。というわけで晩ごはんはたこ焼き。ポルガがよくせがんでくるので、たまにはやってやるか、という感じでやった。今回、たこ、ウィンナー、チーちく、うずらの卵、といういつもの具材に加えて、前に白玉を作ったときに残って持て余しているこしあんがあったので、それとバナナを和えて、スイーツ系たこ焼きというものを作ってみた。それにはソースやマヨネーズはかけなかったが、こんぶだしの生地に、刻んだキャベツや青ネギ、揚げ玉などは通常通り入れたわけで、結果どのような味わいになったかと言えば、さすがこしあん、といった感じで、すべての要素を押しのけ、同輩であるバナナのことさえも殺し、ぬくもったこしあんの入った粉もんがごく普通に美味しかった。
そんな穏やかな、したいことをした土日でした。
カラオケと餌やり
3連休の最終日、カラオケに行く。前回が10月中旬だったので、ずいぶんと行ったばかりだ。正直あまり準備が整っていなかった。しかし3連休を持て余し気味だったので、まあ他になにをしたいってこともないし行くか、という感じで行った。
準備というのは、唄う曲を日常の中でピックアップしておくことを指す。そしてそれを何度か聴いて、覚えたりする行為である。それをぜんぜん十全にせず行ったのだった。
そんな状態で、唄ったのは以下の通りである。
1曲目、MAX「Give me a Shake」。どうしたって1曲目はMAX。これは僕のカラオケのお約束のギャグである。そして相変わらず浅い選曲。本当はコアなファンしか知らない、オリジナルアルバムのあの曲を唄おうかとも思ったのだけど、今日のところはこれにしておいた。相変わらずサビしかちゃんと唄えなかった。
2曲目、弘田三枝子「人形の家」。熱唱系。1曲目と違って唄いやすかった。やっぱりこのあたりの歌謡曲がいいわー。唄いやすいわー。
3曲目、皆川おさむ「黒猫のタンゴ」。今回ももちろんマイクスタンドを持ち込んで唄ったのだが、スタンドマイクがあるとやけに行儀よく直立して唄う子どもたちの姿を見て、ポルガが「黒猫のタンゴ」を唄ったら似合うだろうなあと前回から思っていて、それをいつか実現させるために今回まずは自分で唄った。愉しかった。子どもたちはとても冷めた反応だった。
4曲目、研ナオコ「ひとりぽっちで躍らせて」。これもよかった。研ナオコ、「あばよ」もいいがこれもいい。スナックで唄うような歌が結局いいのかもしれない。
5曲目、BEGIN「島人ぬ宝」。首里城全焼を受けての時事歌唱なのだが、考えてみたら1曲目のMAXの時点で沖縄だった。まあこっちのほうが「沖縄感」が横溢しているのでふさわしいと思う。
6曲目、上高田少年合唱団「鉄腕アトム」。手塚治虫アニメソングアルバムというのを以前に聴いて、なぜか「ジェッターマルス」のほうに傾倒し、そちらを先に何度か唄ったが、ここへ来てようやく本家を唄った。けっこう気持ちよかった。昔の勧善懲悪アニメのテーマソングの明るさって、どこかに切なさがあっていい。まだ傷跡生々しい戦争の影がチラつくからだろうか。
7曲目、スマイレージ「夢見る15歳」。なんとなくたまにハロプロを唄う。やっぱりつんくの作るアイドル曲って、阿久悠好きに訴求する部分があるのだと思う。
8曲目、荒井由実「ひこうき雲」。これも唄って気持ちがよかった。カラオケビデオが、とても素直に歌の内容に沿った、世界の中心で愛を叫ぶみたいなストーリーで愉快だった。たまに「この歌専用だろ」みたいな映像が来るとびっくりする。
9曲目、今田裕子「私はマチコ」。「まいっちんぐマチコ先生」は、漫画やアニメそのものには触れていないのだけど、内容だけは知っていて、そのストーリーと言うか、話の構造には、とても感じ入る部分がある。セクシーなマチコ先生に、男子生徒や男性教諭がひたすら性的なイタズラをするという、本当にただそれだけなのだ。それがとてもすばらしいと思う。強さのインフレとか、難病とか、大事件とか、たぶん一切ない。ただ性的なイタズラ。なんて優しい世界だろうかと思う。
10曲目、米米CLUB「君がいるだけで」。これはなんとなく唄ったとしか言いようがない。唄いながら、どうしたってくっきーのネタのことを思い出した。
そんな10曲。急ごしらえのわりにはまあまあ揃えられたんじゃないかと思う。ファルマンがリモコンの「おかあさんといっしょ」のページから、テレビの映像がそのまま流れる曲という特集を見つけ、ポルガが2歳ごろ、島根に住み、わが家がいちばん「おかあさんといっしょ」を観ていた時代の、横山だいすけ、三谷たくみコンビの曲を次々に入力し、それらがいちいち感動するほど懐かしかった。だいすけおにいさんはたまに民放で目にするので慣れていて、スイッチにはならないのだけど、たくみおねえさんの姿は猛烈に当時の記憶を蘇らせる効果があるようだ。ちなみに先日、平日だけど仕事が休みという日に、ピイガの観ていた「おかあさんといっしょ」を後ろから眺めたのだけど、知ってはいたが歌と体操の4人すべてが新しい人に入れ替わっていて、パラレルワールドに来たような気持ちになった。新しい4人、あくがなさ過ぎて嘘みたいで知覚できない。
そんなカラオケのあとは、公園に立ち寄って少し遊び、家から作ってきたおにぎりを食べたりした。遊具で遊ぶのは別にしてもしなくてもよかったのだが、食パンの賞味期限が切れたものが3枚も出てしまい、捨てるにしのびなかったので、池の生きものにやろうと思い立ち、それが公園に来た主目的だった。なのでやった。夏が終わり、水鳥ももう飛来してきていて、パンを水面に投げると、わらわらと寄ってきた。続けて魚や、ハトや、亀もやってきて、愉快な気持ちになった。ピイガが、生きものが遠くにいる間は「ヘイヘイヘーイ! 来いよ来いよ!」みたいな感じなのに、実際にハトなどが近寄ってくると「こわい……」となるのが漫画みたいでおもしろかった。
準備というのは、唄う曲を日常の中でピックアップしておくことを指す。そしてそれを何度か聴いて、覚えたりする行為である。それをぜんぜん十全にせず行ったのだった。
そんな状態で、唄ったのは以下の通りである。
1曲目、MAX「Give me a Shake」。どうしたって1曲目はMAX。これは僕のカラオケのお約束のギャグである。そして相変わらず浅い選曲。本当はコアなファンしか知らない、オリジナルアルバムのあの曲を唄おうかとも思ったのだけど、今日のところはこれにしておいた。相変わらずサビしかちゃんと唄えなかった。
2曲目、弘田三枝子「人形の家」。熱唱系。1曲目と違って唄いやすかった。やっぱりこのあたりの歌謡曲がいいわー。唄いやすいわー。
3曲目、皆川おさむ「黒猫のタンゴ」。今回ももちろんマイクスタンドを持ち込んで唄ったのだが、スタンドマイクがあるとやけに行儀よく直立して唄う子どもたちの姿を見て、ポルガが「黒猫のタンゴ」を唄ったら似合うだろうなあと前回から思っていて、それをいつか実現させるために今回まずは自分で唄った。愉しかった。子どもたちはとても冷めた反応だった。
4曲目、研ナオコ「ひとりぽっちで躍らせて」。これもよかった。研ナオコ、「あばよ」もいいがこれもいい。スナックで唄うような歌が結局いいのかもしれない。
5曲目、BEGIN「島人ぬ宝」。首里城全焼を受けての時事歌唱なのだが、考えてみたら1曲目のMAXの時点で沖縄だった。まあこっちのほうが「沖縄感」が横溢しているのでふさわしいと思う。
6曲目、上高田少年合唱団「鉄腕アトム」。手塚治虫アニメソングアルバムというのを以前に聴いて、なぜか「ジェッターマルス」のほうに傾倒し、そちらを先に何度か唄ったが、ここへ来てようやく本家を唄った。けっこう気持ちよかった。昔の勧善懲悪アニメのテーマソングの明るさって、どこかに切なさがあっていい。まだ傷跡生々しい戦争の影がチラつくからだろうか。
7曲目、スマイレージ「夢見る15歳」。なんとなくたまにハロプロを唄う。やっぱりつんくの作るアイドル曲って、阿久悠好きに訴求する部分があるのだと思う。
8曲目、荒井由実「ひこうき雲」。これも唄って気持ちがよかった。カラオケビデオが、とても素直に歌の内容に沿った、世界の中心で愛を叫ぶみたいなストーリーで愉快だった。たまに「この歌専用だろ」みたいな映像が来るとびっくりする。
9曲目、今田裕子「私はマチコ」。「まいっちんぐマチコ先生」は、漫画やアニメそのものには触れていないのだけど、内容だけは知っていて、そのストーリーと言うか、話の構造には、とても感じ入る部分がある。セクシーなマチコ先生に、男子生徒や男性教諭がひたすら性的なイタズラをするという、本当にただそれだけなのだ。それがとてもすばらしいと思う。強さのインフレとか、難病とか、大事件とか、たぶん一切ない。ただ性的なイタズラ。なんて優しい世界だろうかと思う。
10曲目、米米CLUB「君がいるだけで」。これはなんとなく唄ったとしか言いようがない。唄いながら、どうしたってくっきーのネタのことを思い出した。
そんな10曲。急ごしらえのわりにはまあまあ揃えられたんじゃないかと思う。ファルマンがリモコンの「おかあさんといっしょ」のページから、テレビの映像がそのまま流れる曲という特集を見つけ、ポルガが2歳ごろ、島根に住み、わが家がいちばん「おかあさんといっしょ」を観ていた時代の、横山だいすけ、三谷たくみコンビの曲を次々に入力し、それらがいちいち感動するほど懐かしかった。だいすけおにいさんはたまに民放で目にするので慣れていて、スイッチにはならないのだけど、たくみおねえさんの姿は猛烈に当時の記憶を蘇らせる効果があるようだ。ちなみに先日、平日だけど仕事が休みという日に、ピイガの観ていた「おかあさんといっしょ」を後ろから眺めたのだけど、知ってはいたが歌と体操の4人すべてが新しい人に入れ替わっていて、パラレルワールドに来たような気持ちになった。新しい4人、あくがなさ過ぎて嘘みたいで知覚できない。
そんなカラオケのあとは、公園に立ち寄って少し遊び、家から作ってきたおにぎりを食べたりした。遊具で遊ぶのは別にしてもしなくてもよかったのだが、食パンの賞味期限が切れたものが3枚も出てしまい、捨てるにしのびなかったので、池の生きものにやろうと思い立ち、それが公園に来た主目的だった。なのでやった。夏が終わり、水鳥ももう飛来してきていて、パンを水面に投げると、わらわらと寄ってきた。続けて魚や、ハトや、亀もやってきて、愉快な気持ちになった。ピイガが、生きものが遠くにいる間は「ヘイヘイヘーイ! 来いよ来いよ!」みたいな感じなのに、実際にハトなどが近寄ってくると「こわい……」となるのが漫画みたいでおもしろかった。
学園祭に行く
学園祭というものに行ってみたいよね、ということを前からファルマンと話していて、高校でも大学でもよかったのだが、高校というのはこちらが学園祭シーズンと身構える前、初秋あたりに済ませてしまうようで行けず、このたび岡山大学のそれをようやく開催前に気付くことができ、念願かなって行けた。11月2日のことである。祭りそのものは2日と3日の2日間にわたって行なわれるらしかったが、そういうお祭りの後半のほうの日程の雰囲気というのが僕は寂しくて好きではないので初日のほうに行った。ちなみに岡山大学は、ファルマンの父と、下の妹の出身大学である。あいつら実は国立出なのだ。
学園祭なのでもちろん車で行くことはできない。鉄道を使う。とても久しぶりの電車。いつぶりか考えたら、5月の帰省以来だった。すごいな。本当に電車乗らないな。車じゃなくて電車移動となると、じゃあ片手にチューハイくらい持ってるべきなんじゃないか、という気がした。車を保有していない練馬在住時代、別にそんなことしていなかったが、ふだんよほど「車=酒が飲めない」という圧迫を感じているのかもしれない。もちろんそんなことはしなかったけども。大学へは岡山駅から臨時バスが出ていたのでそれを使った。岡山駅から岡山大学への15分ほどの道は、その途中にファジアーノ岡山のホームグラウンドもあって、ホテルや飲食店などが数多く立ち並んでいた。とは言っても東京の繁華街よりだいぶ悠々とした繁華街具合ではあると思った。
かくして岡山大学キャンパスへと到着した。もちろん初来校である。そもそも僕は受験の時も、悪質なタックル大学の夢見がち学部オンリーだったので、よその大学というものに来たのが初めてかもしれない。なんとなく所沢校舎っぽい感じはありつつ、でももちろん違って、なんだか不思議な感覚だった。キャンパス内には出店が数多く並び、所属する学生たちがにぎやかに呼び込みをしていた。その学生たちの、若いこと。電車に乗らない暮しをしていることもあり、日常であまり若者というものを目にしないせいか、20歳前後の若者という存在のイメージが、自分の加齢とともに徐々に変化していたようで、僕の思う大学生は、もう少し落ち着いていて、なんなら僕と地続きの存在であるような気さえしていたのだけど、現実はぜんぜんそんなことなくて、20歳前後の若者の若者感は、我々がかつてそうだった時代と、ファッション文化がまるっきり違う(男は三代目 J SOUL BROTHERS風、女は韓国風)こともあり、すさまじくかけ離れた生きものだった。きっと僕のイメージする大学生って、まさにこの大学を出たファルマンの下の妹が、その最終更新であるため、そこに引っ張られていたのだと思う。しかし下の妹は僕とともに加齢し、先日とうとう30歳になったのに対し、「大学生」はいつまでも「大学生」のままで加齢しないのである。だから下の妹とは地続きだけど、下の妹だって大学を卒業してもう8年とかになるわけで、なんかもうとにかく若者は若いし自分たちは年を取った。子どもは8歳だし、18歳の大学1年生に対して自分の年齢はダブルスコアだ。なんかその事実をまざまざと見せつけられて、くらくらした。それくらい大学生は若かった。ただし若くて、デジタルネイティブで、国立大学で、どれほどのものを見せつけるのかと思ったら、出し物はびっくりするくらい素朴(いまとても言葉を選んだ)で、拍子抜けした。時代は変わり、人は年を取るが、学園祭はやってる本人たち以外ぜんぜんおもしろくない、というのは永遠に変わらないのだな、と逆に少し安心した。そんな学園祭体験だった。
せっかく電車で岡山駅に出たのだからと、帰りに少しだけ駅周辺をブラブラして、帰った。帰ったら、慣れない電車に乗ったためか、祭りの熱気にやられたか、あるいは精神に去来するものがあったか、夫婦でやけに疲弊し、ふたりとも倒れるように仮眠を取った。とても気が済んだ。もう自分の子どもたちがやるときまで行かない。もう我々は、親の立場でしか学園祭という場にいてはいけないのだ。懲りた。
めっちゃ家族
土曜日は午前中にポルガの土曜参観があり、休みだったので、まあ見とくか、という感じでひとりで行ってきた。小学校3年生の授業風景は、とにかく「男子がうるさい」の一言で、頭がくらくらした。この「うるさい」というのが、ただひっちゃかめっちゃかで授業を妨害する感じならば、教師側としても対処のしようがあるのだろうが、タチが悪いことに、3年生の男子たちは授業内容に対して前のめりで、そしてあまりにもうるさいのだった。教師の問いかけに対して、手を挙げながら既に大体の内容を口に出しているし、他の生徒が当てられて答えたあとにもさらに手を挙げ、当てられたらほぼ同じことを堂々と答える。なんなの、と思った。この生きものたちは、自分たちの見苦しさというものを、客観的に省みたり一切しないの、と思う。しかし頭がくらくらしたが、もしかしたらこれが現代教育の目指す姿なのかもしれない、とも思った。理屈が通っているとか、品性があるとかじゃなく、世の中は結局、恥も外聞もなく大きな声で主張をする者が、往々にして得をするようになっている。それは国際社会でもそうだ。だからそういうことができる人間を、国は育てようとしているのかもしれない。だとしたらなんと嫌な世界か。貞節の美徳はどこへ行ったのか。ポルガはその中にあって完全に一線を引いていて、「分かる人?」的な問いかけに対して手を挙げないのはもちろんのこと、「風鈴を見たことがある人?」「じゃあ、ない人?」というアンケ―ト案件でもどちらにも手を挙げないという姿勢を見せ、参観に来た父親を安心させた。嫌だわー、ああいう教育。質じゃなくて積極性だけが評価される世界。暗澹たる気持ちになった。
そのあとはクリニックに寄って、予約していた今年のインフルエンザワクチンの予防接種を受ける。まだ2年前の一家全滅の記憶が強くあるため、逡巡なく受けるのだった。僕のあとにやってきた5歳くらいの男の子が、ヤラセのような、ドラマのような、「注射に泣き叫んで抵抗する子ども」の様を見せ、おもしろかった。それに較べて僕は少しも泣いたりせず注射を打たれたので、とても偉いと思う。
ポルガが帰ってきて午後は、当初の予定ではまたプールかジムへ行こうと思っていたのだが、予防接種のあと「今日は激しい運動はしないように」と言われ、そう言えばそうだったー! と計画が狂い、仕方がないので家族で図書館と100均に行った。
明けて今日は、待ちに待ったイベントの日。2年ほど前からずっと僕が言い募っていた、兵庫県の南東方面に住むファルマンの妹一家と、岡山の我々一家が、それぞれの中間地あたりの公園で落ち合って一緒に遊ぼうよ企画が、とうとう実現と相成り、赤穂市は赤穂海浜公園へと繰り出したのだった。なにしろ起草から決行までずいぶん年月を要したので、今日という日に僕はとても喜びを感じており、張り切って早起きして、前夜から味を付けていた鶏肉を揚げ、おにぎりを握り、8時前に家を出た。公園までは車で1時間半ほどで、ほどよいレジャー距離だった。30分ほどあとに到着した妹一家も、所要時間は同じようなものだったそうで、だとすればこれはやはりとてもいい中間地スポットだと改めて思った。赤穂海浜公園は、海に面した、とても規模の大きな公園で、園内には池、原っぱ、アスレチック、子供向けの遊園地、小規模な動物園、海洋博物館など、いろいろな施設があり、とにかく広い。ポルガはこういう場所に来るといつも発動する「全部やる」が、さすがにままならないスケールの大きさに、興奮しすぎて半ばバグっていた。
妹一家とは、夏休みの実家以来の再会で、義妹の夫を見ると、どうしてもあの日のカープ戦のことを思い出さずにはおれず、悲痛な気持ちになった。向うの娘(4歳)は、その夏の時から、長らく続いていた人見知りが緩和していて(なにぶん春から幼稚園に通うようになったので)、接しやすくなった。今回も自力では上がれない遊具に、持ち上げて乗せてやるくだりも、抵抗することなく受け入れていた。よかった。キャラクターは相変わらず、下の子がいないこともあるのだろうが、オーストラリアの固有種のように、平和でのんびりした感じで、そのサイドにポルガとピイガが並ぶと、うちの子がやけに激しい生きもののように感じられた。絵のタッチがぜんぜん違うのだった。
まずひとしきりアスレチックで遊んだ後、まだ11時前だったがみんなが空腹を訴えたので、野原にシートを敷いてお昼にした。食べたらそのぶん荷物が軽くなるので、そういう意味でも早めに食べるのは得策だった。外で食べるおにぎりはおいしかった。天候は上々で、とんびが飛ぶ空には、秋らしい雲が浮かんでいた。日なたではポカポカと暖かく、日陰では涼しい、とてもいい陽気だった。義妹は語り草になるほどの雨女なので、今回の計画もそれが懸念としてあったのだが、やはり僕の普段の行ないの良さが、義妹のそれを相殺して余りあったようだ。
食べてエネルギー補給をしたあとは、子ども向け遊園地のエリアに入る。ゴーカート、スカイサイクル、観覧車あたりがメインで、あとはボールプールとか迷路とか、ちょっともう8歳のポルガには訴求が弱いような、そんな陣容の遊園地で、まずファルマンとピイガがゴーカートに乗った。これはピイガが乗りたいと言い、ファルマンは僕に相手を頼もうと思っていたようだが、ファルマンに運転させるのが愉しそうだと思った僕は、「ここまで来る行きも帰りも俺が運転するのだから余計な運転なんかしたくねえ」と、免許を持たないファルマンの居た堪れなさを刺激する感じで拒んで、ファルマンにやらせた。その結果、猛烈すぎるスタート、そのあとの超低速運転と、分かりやすくダメダメな運転風景を見ることができ、満足した。その次は僕とポルガでスカイサイクルに乗った。これには数年前、池田動物園でもポルガと乗った。これの特徴として、見ている分には怖そうに見えないのだが、乗ってる側はやけに怖い、というのがある。だから乗って怖がってる奴を見ると、「えっ、どうしたの? はしゃいでんの? ウザいの?」みたいな感じになる。どこまでも得をしない乗り物なのだ。今回もやはりそんな感じだった。そして最後は観覧車。どうせ来たからには乗っとくべきだろう、みたいな心の作用で、一家全員で乗った。ホームページで見て想像していた観覧車よりはだいぶ立派な大きさで、全体の4分の1くらいまで行った時点で、ちゃんとしっかり怖くなった。4分の1くらいでそうなったときの絶望感は大きい。だってそれからまだずっと怖いのだ。少なくとも4分の3を過ぎるまでは怖いのだ。飛行機と一緒で、「なんで乗る選択をしたのか……」と、後悔が募る。本当に僕は何度もこの後悔を繰り返す。高い所、だいぶダメな人の部類なのに、乗る前はそのことを失念してしまう。記憶力と想像力が欠如しているのではないかと思う。観覧車はなんとか無事に地上にたどり着いた。命拾いをした。
遊園地を終えたあとは、とても広く、そして貸し切り状態の原っぱで、バトンを回したり(わざわざずっと背負って歩いていたのだ)、向うの一家が持ってきたバドミントンやフリスビーをしたりして遊んだ。もっともバドミントンもフリスビーも、ぜんぜんラリーは続かず、正規のスポーツとしてのエキサイトは一切なく、まあしかし子どもはゲラゲラと愉しそうにしていた。投げたフリスビーに向かって一斉に駆けていく様は犬のようだった。
それから海を見たり、園内を軽く一周する感じで歩いたりして、入り口に戻る。互いの帰り道のこともあるので、3時前だったがこのあたりでお開きとした。子どもはまだまだ躍動していたが、それはエネルギーが切れたら寝るまでの子どもだからで、大人たちはもう、なんだかんだでそれなりに降り注ぐ陽射しもあり、「もうもう、もうだよ」という感じにしっかり仕上がっていた。というわけで駐車場で解散。ずっとしたいと思っていた、期待を高めまくっていた公園遊びは、しかし期待を裏切ることなく、きちんと愉しかった。つまり大成功だ。本当に時期と気候がよかった。今回、海洋博物館へは行かず、ポルガがブーブー言っていたので、立地の良さも確認されたし、またそのうち同じ形で遊びに来ようね、と約束した。
そして1時間半ほどかけて帰る。夕飯のビールがおいしかった。
そのあとはクリニックに寄って、予約していた今年のインフルエンザワクチンの予防接種を受ける。まだ2年前の一家全滅の記憶が強くあるため、逡巡なく受けるのだった。僕のあとにやってきた5歳くらいの男の子が、ヤラセのような、ドラマのような、「注射に泣き叫んで抵抗する子ども」の様を見せ、おもしろかった。それに較べて僕は少しも泣いたりせず注射を打たれたので、とても偉いと思う。
ポルガが帰ってきて午後は、当初の予定ではまたプールかジムへ行こうと思っていたのだが、予防接種のあと「今日は激しい運動はしないように」と言われ、そう言えばそうだったー! と計画が狂い、仕方がないので家族で図書館と100均に行った。
明けて今日は、待ちに待ったイベントの日。2年ほど前からずっと僕が言い募っていた、兵庫県の南東方面に住むファルマンの妹一家と、岡山の我々一家が、それぞれの中間地あたりの公園で落ち合って一緒に遊ぼうよ企画が、とうとう実現と相成り、赤穂市は赤穂海浜公園へと繰り出したのだった。なにしろ起草から決行までずいぶん年月を要したので、今日という日に僕はとても喜びを感じており、張り切って早起きして、前夜から味を付けていた鶏肉を揚げ、おにぎりを握り、8時前に家を出た。公園までは車で1時間半ほどで、ほどよいレジャー距離だった。30分ほどあとに到着した妹一家も、所要時間は同じようなものだったそうで、だとすればこれはやはりとてもいい中間地スポットだと改めて思った。赤穂海浜公園は、海に面した、とても規模の大きな公園で、園内には池、原っぱ、アスレチック、子供向けの遊園地、小規模な動物園、海洋博物館など、いろいろな施設があり、とにかく広い。ポルガはこういう場所に来るといつも発動する「全部やる」が、さすがにままならないスケールの大きさに、興奮しすぎて半ばバグっていた。
妹一家とは、夏休みの実家以来の再会で、義妹の夫を見ると、どうしてもあの日のカープ戦のことを思い出さずにはおれず、悲痛な気持ちになった。向うの娘(4歳)は、その夏の時から、長らく続いていた人見知りが緩和していて(なにぶん春から幼稚園に通うようになったので)、接しやすくなった。今回も自力では上がれない遊具に、持ち上げて乗せてやるくだりも、抵抗することなく受け入れていた。よかった。キャラクターは相変わらず、下の子がいないこともあるのだろうが、オーストラリアの固有種のように、平和でのんびりした感じで、そのサイドにポルガとピイガが並ぶと、うちの子がやけに激しい生きもののように感じられた。絵のタッチがぜんぜん違うのだった。
まずひとしきりアスレチックで遊んだ後、まだ11時前だったがみんなが空腹を訴えたので、野原にシートを敷いてお昼にした。食べたらそのぶん荷物が軽くなるので、そういう意味でも早めに食べるのは得策だった。外で食べるおにぎりはおいしかった。天候は上々で、とんびが飛ぶ空には、秋らしい雲が浮かんでいた。日なたではポカポカと暖かく、日陰では涼しい、とてもいい陽気だった。義妹は語り草になるほどの雨女なので、今回の計画もそれが懸念としてあったのだが、やはり僕の普段の行ないの良さが、義妹のそれを相殺して余りあったようだ。
食べてエネルギー補給をしたあとは、子ども向け遊園地のエリアに入る。ゴーカート、スカイサイクル、観覧車あたりがメインで、あとはボールプールとか迷路とか、ちょっともう8歳のポルガには訴求が弱いような、そんな陣容の遊園地で、まずファルマンとピイガがゴーカートに乗った。これはピイガが乗りたいと言い、ファルマンは僕に相手を頼もうと思っていたようだが、ファルマンに運転させるのが愉しそうだと思った僕は、「ここまで来る行きも帰りも俺が運転するのだから余計な運転なんかしたくねえ」と、免許を持たないファルマンの居た堪れなさを刺激する感じで拒んで、ファルマンにやらせた。その結果、猛烈すぎるスタート、そのあとの超低速運転と、分かりやすくダメダメな運転風景を見ることができ、満足した。その次は僕とポルガでスカイサイクルに乗った。これには数年前、池田動物園でもポルガと乗った。これの特徴として、見ている分には怖そうに見えないのだが、乗ってる側はやけに怖い、というのがある。だから乗って怖がってる奴を見ると、「えっ、どうしたの? はしゃいでんの? ウザいの?」みたいな感じになる。どこまでも得をしない乗り物なのだ。今回もやはりそんな感じだった。そして最後は観覧車。どうせ来たからには乗っとくべきだろう、みたいな心の作用で、一家全員で乗った。ホームページで見て想像していた観覧車よりはだいぶ立派な大きさで、全体の4分の1くらいまで行った時点で、ちゃんとしっかり怖くなった。4分の1くらいでそうなったときの絶望感は大きい。だってそれからまだずっと怖いのだ。少なくとも4分の3を過ぎるまでは怖いのだ。飛行機と一緒で、「なんで乗る選択をしたのか……」と、後悔が募る。本当に僕は何度もこの後悔を繰り返す。高い所、だいぶダメな人の部類なのに、乗る前はそのことを失念してしまう。記憶力と想像力が欠如しているのではないかと思う。観覧車はなんとか無事に地上にたどり着いた。命拾いをした。
遊園地を終えたあとは、とても広く、そして貸し切り状態の原っぱで、バトンを回したり(わざわざずっと背負って歩いていたのだ)、向うの一家が持ってきたバドミントンやフリスビーをしたりして遊んだ。もっともバドミントンもフリスビーも、ぜんぜんラリーは続かず、正規のスポーツとしてのエキサイトは一切なく、まあしかし子どもはゲラゲラと愉しそうにしていた。投げたフリスビーに向かって一斉に駆けていく様は犬のようだった。
それから海を見たり、園内を軽く一周する感じで歩いたりして、入り口に戻る。互いの帰り道のこともあるので、3時前だったがこのあたりでお開きとした。子どもはまだまだ躍動していたが、それはエネルギーが切れたら寝るまでの子どもだからで、大人たちはもう、なんだかんだでそれなりに降り注ぐ陽射しもあり、「もうもう、もうだよ」という感じにしっかり仕上がっていた。というわけで駐車場で解散。ずっとしたいと思っていた、期待を高めまくっていた公園遊びは、しかし期待を裏切ることなく、きちんと愉しかった。つまり大成功だ。本当に時期と気候がよかった。今回、海洋博物館へは行かず、ポルガがブーブー言っていたので、立地の良さも確認されたし、またそのうち同じ形で遊びに来ようね、と約束した。
そして1時間半ほどかけて帰る。夕飯のビールがおいしかった。
華やがない秋の日
土曜日はピイガの幼稚園の運動会だった。週間予報ではだいぶ当日の天気が危ぶまれたのだが、蓋を開けてみたらなんとかなった。終始、今にも崩れそうな空模様で、しかし雨はとうとう降らず、そのため陽射しがなかったので万々歳だった(ただし蒸し暑くはあった)。運動会そのものは、もちろんつつがなく、そしてグダグダに進行した。幼稚園児の動きのことをグダグダと言ってしまうのは、語彙不足である気もするが、しかしまあどうしたってグダグダだ。小学校はそれでも、特に高学年になってくると、その動きのキレに感心したりもするが、幼稚園ではそれが一切ない。我が子が出ているときだけはテンションが上がるが、それ以外の時間は無感動にひたすらに待つほかないのだった。会の途中で義父母がやってきた。例のごとく義母の実家への顔出しが兼ねられるため、岡山へのフットワークは相変わらず軽いのである。「プロペ家における幼稚園の運動会はこれが最後」という事実が、今回はやってくるにあたってのキャッチフレーズとしてあったようだが、それがどうしたという気もしないでもない。来年からは小学校になるだけの話である。親子競技もあったので参加したが、親子がそれぞれペアを組んでなにかをするわけではなく、なぜか親子対抗戦で、園児チームはクラスメイトという結束があるため盛り上がっていたが、こちら陣営はほぼ初対面のおじさんとおばさんたちなので、チームワークもなく基本的に無言で、ただひたすらに居心地が悪かった。そんなこんなで正午の終了予定はだいぶ押し、年長のダンス演目をギリギリ見届けたところで、午後から仕事の僕はひとり退場した。仕事を終えて帰宅したら、15時頃までいたという義父母はもうおらず、まるで幻のような邂逅だと思った。
日曜日はニトリに買い物に行き、ピイガの冬用の布団やカバーなどを買って帰った。午後はボールやバトンを持って外に出掛け、広場で子どもの相手をしてやる。ゴムボールを使っての、なんとなくのサッカー。小3と年長が相手だと、さすがにぜんぜん余裕でボールを操ることができるので気分がいい。学生時代サッカー部(あるいは他の運動部)だった奴とフットサルなんかをすると、たぶんとてつもなく嫌な気持ちになるのだろうと思うので、中学生になっても小さい子を従えて得意になってる痛々しい奴みたいな感じで、ずっとこんな感じでいいな、と思う。
夜はもちろんラグビーを観た。決勝トーナメント、南アフリカ戦。技術的な部分はよく分からないが、とにかく向こうの選手の体の強さに衝撃を受けた試合だった。守備ではこっちの選手をめっちゃ止めるし、攻撃ではこっちに選手にぜんぜん止められない。じゃあもう物理的に勝てるはずがない。でも試合そのものはとてもおもしろかった。ラグビーの試合は「観られる」ということが判ったワールドカップだった。野球もサッカーも、僕は通して試合を観ることができないのだった。
翌日の月曜日は、日曜日と、火曜日の「即位礼正殿の儀の行われる日」に挟まれた平日であり、ポルガは普通に小学校があったが、ピイガは土曜日の運動会の振り替え休日、そして僕は会社が勝手に「この日みんな有給取得ってことね」と決めた、うっすらグレーの休業日なのであった。たぶん世間がそうであるように、わが家においても平日と休日がマーブル模様に混ざる、ちょっと不思議な一日。一家揃っての休日だと、単独で出掛けるのはいかがなものかという風潮があるのでままならないが、今回はポルガがいないためそれが薄れ、しかも翌日の休日にはまた家族で出掛けるのだから、という言い訳も立つため、千載一遇のチャンスとばかりに、午前中にひとり外出を断行した。そしてジムとプールに行った。ジムは初めて行く場所で、なかなかよかったし、久々のプールも気持ちよかった。そこからさらにスーパー銭湯にも行ってしまおうか、という青写真もあったが、さすがに気兼ねして帰宅した。そして昼ごはんを3人で食べた。ポルガは16時頃になってようやく帰ってきて、そのあとすぐに英語塾へと出ていった。月曜日というのはたまたまそういう日(学校が長く、塾がある)らしいが、なんとまあ忙しいことか、と驚いた。晩ごはんは、今年初の生さんま。獲れない獲れないと言われている今年のさんま。100円で大々的に売っている解凍品の横で、たまにひっそりと数パックだけ並べられているが、それをとうとう買うことにしたのだった。ちなみに3尾で580円。この値段なら、「せっかくだし食べるか」という気持ちにならないこともない。そんなわけで約1年ぶりの生さんまは、格別においしい、ような気もしたが、世間で言われている「獲れないし、獲れてもあまり質が良くない」という文言に印象が引っ張られたのかもしれないが、脂が少ないような気もした。食べても思ったよりテンションが上がらなくって残念だった。
そして本日の火曜日は、天気がとてもいい具合だったこともあり、お弁当を持って公園へと繰り出した。気候はいよいよ本格的な秋だ。陽が照ると暑いが、日陰ではとても過しやすい。ポルガはアスレチックで存分に遊び、ピイガはどんぐりを拾っていた。昼過ぎに帰宅してテレビを点けたら、今日が祝日である理由であるところの、即位のことをやっていた。しかし右でも左でもないので、本当になにも思わない。「節目ですなあ」と無感動に思いながら、30分ほど各局の映像を眺め、そのあとは読書などをして過した。晩ごはんはホイコーロー。甜麺醤はなかったが、味噌でわりといい具合に味が作れた。ごはんが進む、食べたいと思っていた味に仕上がったので満足した。
そんな具合の、半日休+3連休だった。地味だな。
日曜日はニトリに買い物に行き、ピイガの冬用の布団やカバーなどを買って帰った。午後はボールやバトンを持って外に出掛け、広場で子どもの相手をしてやる。ゴムボールを使っての、なんとなくのサッカー。小3と年長が相手だと、さすがにぜんぜん余裕でボールを操ることができるので気分がいい。学生時代サッカー部(あるいは他の運動部)だった奴とフットサルなんかをすると、たぶんとてつもなく嫌な気持ちになるのだろうと思うので、中学生になっても小さい子を従えて得意になってる痛々しい奴みたいな感じで、ずっとこんな感じでいいな、と思う。
夜はもちろんラグビーを観た。決勝トーナメント、南アフリカ戦。技術的な部分はよく分からないが、とにかく向こうの選手の体の強さに衝撃を受けた試合だった。守備ではこっちの選手をめっちゃ止めるし、攻撃ではこっちに選手にぜんぜん止められない。じゃあもう物理的に勝てるはずがない。でも試合そのものはとてもおもしろかった。ラグビーの試合は「観られる」ということが判ったワールドカップだった。野球もサッカーも、僕は通して試合を観ることができないのだった。
翌日の月曜日は、日曜日と、火曜日の「即位礼正殿の儀の行われる日」に挟まれた平日であり、ポルガは普通に小学校があったが、ピイガは土曜日の運動会の振り替え休日、そして僕は会社が勝手に「この日みんな有給取得ってことね」と決めた、うっすらグレーの休業日なのであった。たぶん世間がそうであるように、わが家においても平日と休日がマーブル模様に混ざる、ちょっと不思議な一日。一家揃っての休日だと、単独で出掛けるのはいかがなものかという風潮があるのでままならないが、今回はポルガがいないためそれが薄れ、しかも翌日の休日にはまた家族で出掛けるのだから、という言い訳も立つため、千載一遇のチャンスとばかりに、午前中にひとり外出を断行した。そしてジムとプールに行った。ジムは初めて行く場所で、なかなかよかったし、久々のプールも気持ちよかった。そこからさらにスーパー銭湯にも行ってしまおうか、という青写真もあったが、さすがに気兼ねして帰宅した。そして昼ごはんを3人で食べた。ポルガは16時頃になってようやく帰ってきて、そのあとすぐに英語塾へと出ていった。月曜日というのはたまたまそういう日(学校が長く、塾がある)らしいが、なんとまあ忙しいことか、と驚いた。晩ごはんは、今年初の生さんま。獲れない獲れないと言われている今年のさんま。100円で大々的に売っている解凍品の横で、たまにひっそりと数パックだけ並べられているが、それをとうとう買うことにしたのだった。ちなみに3尾で580円。この値段なら、「せっかくだし食べるか」という気持ちにならないこともない。そんなわけで約1年ぶりの生さんまは、格別においしい、ような気もしたが、世間で言われている「獲れないし、獲れてもあまり質が良くない」という文言に印象が引っ張られたのかもしれないが、脂が少ないような気もした。食べても思ったよりテンションが上がらなくって残念だった。
そして本日の火曜日は、天気がとてもいい具合だったこともあり、お弁当を持って公園へと繰り出した。気候はいよいよ本格的な秋だ。陽が照ると暑いが、日陰ではとても過しやすい。ポルガはアスレチックで存分に遊び、ピイガはどんぐりを拾っていた。昼過ぎに帰宅してテレビを点けたら、今日が祝日である理由であるところの、即位のことをやっていた。しかし右でも左でもないので、本当になにも思わない。「節目ですなあ」と無感動に思いながら、30分ほど各局の映像を眺め、そのあとは読書などをして過した。晩ごはんはホイコーロー。甜麺醤はなかったが、味噌でわりといい具合に味が作れた。ごはんが進む、食べたいと思っていた味に仕上がったので満足した。
そんな具合の、半日休+3連休だった。地味だな。
カラオケ日記 ~スタンドマイクデビュー~
関東に台風直撃の3連休。岡山への影響は、少し不穏な風が吹く程度で、ほとんどないのだった。とは言え屋外で遊べるほどではなかったので、ちょうど機運が高まっていたこともあり、カラオケへと出向いた。
機運が高まっていたというのは、今回カラオケ用の新アイテムを購入したからだ。なにかと言うと、ずばりマイクスタンドである。これまでカラオケの際、マイクを持つ手がなんとなく決まらず、唄いながら入れ替えたり、戻したり、ふわふわしていた。それに振付のある歌を唄うときには、片手が塞がっているのがどうしても不自由だった。そんなわけで、いよいよマイクスタンドを買ったのだった。思っていたより安かった。というわけで今日のカラオケではそれを持ち込んで臨んだ。
唄ったのは以下の通りである。
1曲目、MAX「Ride on time」。やっぱり1曲目は僕がファンをするところのMAXだろう。しかし前回の「GET MY LOVE!」に引き続き、熱心なファンとはとても思えない浅い選曲。でもMAXだから。MAXのファンというのが、その時点でかなりギリギリのギャグなのだから、それで選曲をマニアックなものにしたらやり過ぎだと思う。だから当時やけに垂れ流されて、サビだけ知っているこのあたりの曲が正しい。それにしても唄ってみたらぜんぜんサビしか知らなくて戸惑った。ファンなのにね。
2曲目、麻倉未稀「ヒーロー」。今回の時事歌唱はどんなものがあるか、かなり考えた末、ようやく思いついたのがこれだった(コブクロのモノマネで君が代を唄う案もあったが、裏声が無理で諦めた)。目下ワールドカップで盛り上がるラグビーにあやかった。もっともスクールウォーズの放送は1984年ということで、よく知らない。上の世代の人たちはやけにスクールウォーズのことが好きだよね、と思う。
3曲目、中島みゆき「命の別名」。有線で流れているのを聴いて、唄いたくなった。スタンドマイクで、夜会っぽく唄った。
4曲目、天童よしみ「人生讃歌~渡る世間は鬼ばかり~」。これも時事歌唱と言えば時事歌唱か。先月のスペシャルでもエンディングで流れ、それから絶対に唄おうと思っていた。歌詞は後付けで、歌詞が付くことは想定されずに作られた曲なんだろうが、ずいぶんいい具合に仕上がっている。CDが欲しいくらいだ。間奏中にえなりかずきのモノマネで、「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか」と、泉ピン子との共演を拒んでおいた。蕁麻疹が出るんならしょうがない。
5曲目、SPEED「My Graduation」。なんとなく僕の中で、スタンドマイクと言えばこの曲、というイメージがあり、唄った。ちょうどカラオケ映像がプロモで、4人が十字に向かい合うあのスタンドマイクのシーンが映った。この曲が出たとき、ちょうど中3くらいだったので、けっこう印象が強い。もっとも当時は断然モーニング娘。派だったけど。
6曲目、小林明子「恋に落ちて-Fall in love-」。これも有線でよく流れる。2番が丸々英語の歌詞みたいになっていて、うまく唄えるだろうかと不安だったが、もちろんうまく唄えなかった。
7曲目、PUFFY「渚にまつわるエトセトラ」。これもスタンドマイクありきの選曲。あのジャブみたいな振付を大いにやった。
8曲目、高橋真梨子「for you」。系統は違うが、これもスタンドマイクを意識している。体の前で手のひらを重ね、マイクに向かって囁くように唄う印象があり、そのように唄った。サビが気持ちよかった。
9曲目、中森明菜「飾りじゃないのよ涙は」。これは中森明菜を唄っておこうという、歌手先行の選曲。今日ふたつ目の井上陽水である。
10曲目、川本真琴「1/2」。これも川本真琴を唄っておこうという理由。
11曲目、ザ・ドリフターズ「ドリフのズンドコ節」。やっぱりスタンドマイクと言ったらドリフも外せないだろう、ということで唄う。大いによかった。本当はドリフ大爆笑のオープニングテーマがよかったのだが、入っていなかった。
以上である。ちなみにスタンドマイクを低くして「ff (フォルティシモ)」を唄う、というのも一瞬考えたのだが、曲をあまり知らないのであきらめた。これは次回だな。ミュージック、スターティン。
というわけで、スタンドマイクがとてもよかったカラオケだった。これまで片手でマイクを持ってふわふわしていたのが、1ヶ所にきちんと立脚して唄うことができるようになり、安定感が出た。ファルマンも「唄いやすい」と喜んでいたし、子どもがスタンドマイクで唄う姿は、ちびっ子のど自慢のようで微笑ましかった。実にいい買い物をした。終えたあとは車に乗せ、家に着いて荷物を降ろすとき、どうせ次にカラオケに行くときにしか使わないんだから車から降ろす必要ないよね、ということになり、車に乗せっ放しになった。つまり僕は車にいつでもマイクスタンドを積み込んでいる人間になった。そんな人間、めっちゃ愉快やん。一緒にカラオケ行ったらめっちゃ愉しいやん。家族以外の人間とカラオケに行った経験はそこまで多くないが、カラオケに自前のマイクスタンドを持ち込む人間というものはもちろん見たことがない。誰か僕をカラオケに誘えばいいのに。
機運が高まっていたというのは、今回カラオケ用の新アイテムを購入したからだ。なにかと言うと、ずばりマイクスタンドである。これまでカラオケの際、マイクを持つ手がなんとなく決まらず、唄いながら入れ替えたり、戻したり、ふわふわしていた。それに振付のある歌を唄うときには、片手が塞がっているのがどうしても不自由だった。そんなわけで、いよいよマイクスタンドを買ったのだった。思っていたより安かった。というわけで今日のカラオケではそれを持ち込んで臨んだ。
唄ったのは以下の通りである。
1曲目、MAX「Ride on time」。やっぱり1曲目は僕がファンをするところのMAXだろう。しかし前回の「GET MY LOVE!」に引き続き、熱心なファンとはとても思えない浅い選曲。でもMAXだから。MAXのファンというのが、その時点でかなりギリギリのギャグなのだから、それで選曲をマニアックなものにしたらやり過ぎだと思う。だから当時やけに垂れ流されて、サビだけ知っているこのあたりの曲が正しい。それにしても唄ってみたらぜんぜんサビしか知らなくて戸惑った。ファンなのにね。
2曲目、麻倉未稀「ヒーロー」。今回の時事歌唱はどんなものがあるか、かなり考えた末、ようやく思いついたのがこれだった(コブクロのモノマネで君が代を唄う案もあったが、裏声が無理で諦めた)。目下ワールドカップで盛り上がるラグビーにあやかった。もっともスクールウォーズの放送は1984年ということで、よく知らない。上の世代の人たちはやけにスクールウォーズのことが好きだよね、と思う。
3曲目、中島みゆき「命の別名」。有線で流れているのを聴いて、唄いたくなった。スタンドマイクで、夜会っぽく唄った。
4曲目、天童よしみ「人生讃歌~渡る世間は鬼ばかり~」。これも時事歌唱と言えば時事歌唱か。先月のスペシャルでもエンディングで流れ、それから絶対に唄おうと思っていた。歌詞は後付けで、歌詞が付くことは想定されずに作られた曲なんだろうが、ずいぶんいい具合に仕上がっている。CDが欲しいくらいだ。間奏中にえなりかずきのモノマネで、「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか」と、泉ピン子との共演を拒んでおいた。蕁麻疹が出るんならしょうがない。
5曲目、SPEED「My Graduation」。なんとなく僕の中で、スタンドマイクと言えばこの曲、というイメージがあり、唄った。ちょうどカラオケ映像がプロモで、4人が十字に向かい合うあのスタンドマイクのシーンが映った。この曲が出たとき、ちょうど中3くらいだったので、けっこう印象が強い。もっとも当時は断然モーニング娘。派だったけど。
6曲目、小林明子「恋に落ちて-Fall in love-」。これも有線でよく流れる。2番が丸々英語の歌詞みたいになっていて、うまく唄えるだろうかと不安だったが、もちろんうまく唄えなかった。
7曲目、PUFFY「渚にまつわるエトセトラ」。これもスタンドマイクありきの選曲。あのジャブみたいな振付を大いにやった。
8曲目、高橋真梨子「for you」。系統は違うが、これもスタンドマイクを意識している。体の前で手のひらを重ね、マイクに向かって囁くように唄う印象があり、そのように唄った。サビが気持ちよかった。
9曲目、中森明菜「飾りじゃないのよ涙は」。これは中森明菜を唄っておこうという、歌手先行の選曲。今日ふたつ目の井上陽水である。
10曲目、川本真琴「1/2」。これも川本真琴を唄っておこうという理由。
11曲目、ザ・ドリフターズ「ドリフのズンドコ節」。やっぱりスタンドマイクと言ったらドリフも外せないだろう、ということで唄う。大いによかった。本当はドリフ大爆笑のオープニングテーマがよかったのだが、入っていなかった。
以上である。ちなみにスタンドマイクを低くして「ff (フォルティシモ)」を唄う、というのも一瞬考えたのだが、曲をあまり知らないのであきらめた。これは次回だな。ミュージック、スターティン。
というわけで、スタンドマイクがとてもよかったカラオケだった。これまで片手でマイクを持ってふわふわしていたのが、1ヶ所にきちんと立脚して唄うことができるようになり、安定感が出た。ファルマンも「唄いやすい」と喜んでいたし、子どもがスタンドマイクで唄う姿は、ちびっ子のど自慢のようで微笑ましかった。実にいい買い物をした。終えたあとは車に乗せ、家に着いて荷物を降ろすとき、どうせ次にカラオケに行くときにしか使わないんだから車から降ろす必要ないよね、ということになり、車に乗せっ放しになった。つまり僕は車にいつでもマイクスタンドを積み込んでいる人間になった。そんな人間、めっちゃ愉快やん。一緒にカラオケ行ったらめっちゃ愉しいやん。家族以外の人間とカラオケに行った経験はそこまで多くないが、カラオケに自前のマイクスタンドを持ち込む人間というものはもちろん見たことがない。誰か僕をカラオケに誘えばいいのに。
おしゃべり日記
9時過ぎまで寝る。とは言え寝たのが2時半頃だったので、特別多く寝たわけではない。11時に寝て6時に起きる生活リズムが理想的で、休日もそれを崩さないほうがいい、ということが雑誌に書いてあったが、なかなかできることではない。休みの前夜にはめを外さずにおれないのはもちろんのこと、平日の11時就寝だって現状ままならない。11時に就寝するということは、10時半くらいに歯を磨いたりして、45分くらいには布団に入らなければならないということだ。それって普通に「水曜日のダウンタウン」とか、深夜でもなんでもない時間帯の番組をやっている時間ではないか。でも6時間弱しか寝ないのと、たまに一念発起して(というより寝不足が募って)7時間きちんと寝たのとでは、次の日の調子がぜんぜん変わってくるのはまぎれもない事実で、なるべく努めようと思う。週末は心に余裕があるのでそんなことを思う。いざウィークデイが始まると、10時台に寝る準備に入るだなんて夜なんにもできないじゃないかよ! とすぐ反故になる。
今日は午前中に一家で買い物に出掛けた。スーパーや100均など。なかなか有意義な買い物ができた。パッと行ってパッと帰った。
昼ごはんはざるそば。とろろも添える。おいしい。
そのあと子どもと僕とで散歩がてら近所の公園に繰り出した。たまにはそんなことをしてやる。もっとも僕自身もバトンを回したいという目的があった。ポルガは自転車、ピイガは補助輪付き自転車で、僕はピイガの面倒を見ながら歩いた。まだ最高気温が28度くらいあるのだが、そうは言っても気候が往時とは明らかに違う。わりと歩きやすかった。公園では他のファミリーもそれなりにいたが、気にせずバトンを回した。僕の幼少時代、公園で遊んでいて、大人の男がバトンを回しているところに遭遇したことはなかったなあと思った。バトンはここ数ヶ月サボり気味だったので、指さばきが鈍っている感じがあった。もっともこれはピアニストとかバレリーナとか、そういうレベルの話。傍目には判らないだろうけど、本人にだけは判っちゃうというタイプのやつ。オンシーズンに入るので、これからはまたせっせと練習しようと思う。
帰宅後は晩ごはんの下拵えをしつつ、手仕事。ピイガの体育帽の紐が、ノビノビになってしまったのを先週に付け替えたのだが、なんと1週でまたビロビロにしやがって、仕方がないのでまた直した。「なんでそんなことになるんだ」と訊ねたら、「こんな風にする」と言って、アメリカンクラッカーのごとく紐の部分を持って帽子を回転させるのを実演してみせた。すんな。2週間後の運動会まで、持つだろうか。持たない気がする。それともうひとつ、ポルガの最近の素行の悪さ(やることにメリハリがなく、ダラダラと漫画ばっかり読み、物を散らかすだけ散らかして片付けない)を憂え、この子になにか集中できることを与えてみようと思い、クロスステッチをやらせてみることにしたので、その指導をした。午前の100均でポルガ用のそのセットを見繕っていた。クロスステッチと言っても、マス目を埋めてドット絵を描くような本格的なものではなく、布に描いた絵を、ランニングステッチは乱れやすいので、クロスステッチでなぞり刺していく感じで、とにかく主な目的は集中力の向上である。そして持ち物の管理、片付け。ケースも買ったので、それを裁縫箱とし、小鋏やピンクッションに挿した針(1本だけ支給)、糸や縫いかけの布などを、使ったあとは必ずそこへ戻すという約束をした。嵌まってくれればいいなあ。
晩ごはんはミネストローネとミートローフ。数日前に、メンチカツを食べたい気持ちがにわかに湧いて、そこからスコッチエッグに気持ちが行って、しかしここ数日のメニューを鑑みて揚げ物はよすことにした結果、ミートローフへと着地した次第である。オーブンは面倒なので蒸し焼きにして、結果的にただのうずらの卵の入ったハンバーグみたいなものになったが、うずらの卵の入ったハンバーグはおいしいに決まっているので、普通においしかった。ワインが飲みたい、と思った。こういう料理を食べると、「正解はワインなんだろうな」感からそういうことを思うが、ワインの素養は一切ない。もう10年以上口にしていない。ワインと言えば、タイムリーに祖母から葡萄が届いた。これまでもなんかしら日記に書いてきたと思うが、毎年必ず届く、甲州である。これが正直あまり美味しくなく、毎年持て余す。甘味が強かったり種がなかったり皮ごと食べられたりする、最近のよく品種改良されたものとはぜんぜん違う、祖母の長い長い、おそらく半世紀以上の誼のある所で作っている、昔ながらのストロングスタイルの葡萄で、子どもはろくに食べないし、大人でさえ口に運んでは「むー……」と唸るほどに武骨な食味である。ワイン作りには多用されているそうで、なにしろワインに関しては無知なのでよく分からないが、ワインには適しているのかもしれない。酸味と渋味がある。お値段のほどはよく知らないが(別に安くもないのかもしれない)、おばあちゃん、たったひと房になったっていいから、この代金で巨峰が欲しいよ、と思う。もちろん言えやしないけど。
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