2019年夏の島根帰省2日目

 というわけで島根帰省2日目。8月14日。
この日はとにかく広島zoomzoomスタジアムで行なわれるナイトゲーム、広島ー巨人戦を観戦するための1日だったのだけど、しかしなんてったって台風10号である。超大型、超低速、超お盆に、超日本列島を縦断するようなコースで進む、超嫌な性格の台風10号。広島はルート的には直撃で、でも超低速なものだから試合はできそうな感じもあり、とは言え本体がやってくる前の暴風域的にはだいぶ差し掛かってくるような色合いも帯びていて、そんな状況に大いにやきもきした。島根に来る前の日記では、「中止になったらさすがに義父がかわいそうだ」なんてことを書いたが、いざ無事に執り行なわれるか否か不明瞭な試合のために広島に向かおうという段になると、「いっそ中止になってくれたらどんなにいいだろう……」と心の底から思った。そして、「いっそ」という意味では、「いっそはじめから誘いに乗ってなかったらどんなによかっただろう……」という後悔も募った。それでも中止情報は届かず、そうなれば一路広島へ向けて出発するほかない。しかもこの道中というのが、一緒に観戦する予定である義理の息子B(次女の夫)は、そんなことってあるのかよ、と驚愕するのだが、義父のチケット入手云々以前に、そもそも彼の実家の面子(彼の両親と彼と彼の弟)でこの試合を観戦する予定だったそうで(どうやら頻繁に観戦する一家らしい)、彼は試合そのものは義父の手に入れたいい席で我々と観るが、移動(行き)は自分の家のほうの車に乗るという、とても残酷なことを仕出かし、そんなわけで移動は義理の両親と僕、という3人となる。義父の運転する車で、当初の予定では助手席に乗せられるところだったのを、それだけは勘弁してもらうと、後部座席にそそくさと乗り込んで、心のダメージを最小限に食い止めたが、テンションはこの時点でだいぶ下がっていた。広島へは2時間半ほどで到着した。途中でやはり雨が降り出し、どうなの、どうなの、と思うが、中止の情報はいっかな現れなかった。広島市という土地へ来たのは、中学の修学旅行のとき以来だと思う。広島駅を挟んで、球場とは反対側にあるパーキングに車を停めて、そこから歩く。小雨だった。駅の構内を突っ切ったので、新幹線乗り場も目に入った。これに乗ったら40分くらいで岡山駅に着けるのか……、という詮無いことを考えたりした。途中で義理の息子Bとも合流し、さらに歩く。駅のそちら側の口からスタジアムまでは、観戦者で成り立っているらしき商店が立ち並び、店先にテーブルが出て観戦用の食べ物や飲み物が売られていた。唐揚げや餃子など、心を奪われるものがたくさんあったが、義父がずんずん先へ進むので立ち止まることは一切できず、そのままスタジアムへと到着した。zoomzoomスタジアムは、テレビでさんざん観たことがあったが、現地で目の当たりにすると、それはもちろん「おおー」という感じがあった。チケットの座席まで行くと、それはバッターボックスのやや3塁側寄りのすぐ後ろ、といったあたりで、選手にかなり近い、なるほどずいぶんな良席なのだった。そうして席に座ったのが4時すぎくらいで、試合開始は6時。この2時間近い時間はなんなのかと言えば、選手の練習を観るための時間だったらしいのだが、雨が降っているために練習は室内で行なうことになったようで(それはそうだ)、そんなわけで我々は屋根なんかもちろんない座席で、降ったりやんだりする雨を受け止めながら、ただグラウンド整備を眺めたり、バックスクリーンに映るどうでもいい映像を見つめたりして過した。帰りたさ……! と強く思った。このままじゃ絶対に風邪を引くと思ったので、お腹に何か入れることにした。ちなみに出発前の昼ごはんは、ファルマン家のいつもの、素麺って言ったら本当に素麺なの、という、錦糸玉子とかハムとか煮豚とかきゅうりとか、そういう具の一切ない例の素麺だったのである。レインコートを着用しているとは言え、そぼ濡れて冷たい体に、風邪どころではない命の危機を感じて、エネルギーを求めた。ちなみに僕以外の人たちは、事前にスーパーで買っておいたおにぎりを食べるらしかった。もう知らん。昼が素麺で、夕飯がスーパーのおにぎりでは、僕は精神的にも肉体的にも死ぬ。なのでタルタルソースの掛かったソースかつ丼という、カロリーの高そうなものを買ってひとり食べた。これは本当に正解だった。ちなみにビールを飲む気持ちは湧かなかった。運転はしないが、とは言え飲んだらダルくなるし、飲んだときの義父の反応も想像すると億劫だった。それに球場内では缶ビールが500円もした。駅からの道程で売られていた餃子に思いが募っていて、それと一緒に外で調達してくることも一瞬考えたが、雨で濡れて重たい体がそれを拒んだ。まあそんなわけでかつ丼は最良の選択だったんじゃないかと思う。そんな風にして試合開始を待ち、地元の子どもによる始球式(義理の息子Bによると芸能人は滅多に来ないものらしい)でようやく試合が始まる。先発投手は広島が野村、巨人が菅野。これはかなりいい巡りだろうと思う。僕は過去に2度プロ野球を観戦したことがあるが、最初がヤクルト対日ハム(交流戦)で村中とダルビッシュ、次がヤクルト対横浜で、一場と三浦だった。どうも僕は「観戦するときの先発投手運」は悪くないようだ。さらに今回は3連覇中の広島と、なんてったってジャイアンツなので、先発投手以外も、選手の「知ってる具合」が半端じゃなく、テレビっ子的な観点からとても興奮した。だって亀井、坂本、丸、岡本、阿部、小林だぜ。めっちゃ知ってる。原辰徳ももちろんいたし、ズームインサタデーの人もいた。こうして書くとまるで巨人のほうのファンのようだが、別にどこファンということはない。しかしテレビっ子なので、どうしたって巨人の選手のことをいちばん知ってしまっているのだ。そんなわけでテレビの中の人たちがわりと近くにいるという状況に、おー、と興奮した。そうして試合は開始したが、開始すると同時に雨足は強まり、けっこうしっかりした雨になる。隣の席の義理の息子Bに、「こんな雨になっても試合って続くんだね」と言ったら、「いや、こんな雨だと普通やりませんよ。たぶんこの裏が終わったら中断すると思います」と返事が返ってきて、果たしてその通りになった。よくスポーツニュースなどで、「雨のため30分の中断を挟み、再開後に……」なんてサラッとナレーションされたりするが、あれって自分が観客の立場になってみると、とんでもないことだと分かった。だってひたすら雨に打たれながら席で待つしかないのだ。ただでさえ(無意味に)4時過ぎから来ていてつらいのに、この上ただの待機時間。いよいよ心が死にはじめる。「台風が近づいてきているんだからここから天気が好転するはずがないじゃないか」と、なる早の中止決定を切に願うようになった。しかし非情にも、なんと雨は収まったのである。それもしっかりと。そのため中断を挟みながら、試合はこのあと9回まできちんと執り行なわれたのだ(1ー7で巨人の勝ち)。試合終了は22時を回り、この日はナイトゲームが6試合開催されたのだが、この試合が最も遅い終了時刻となった。ただでさえ零時は回るだろうと言われていた帰宅時間が、どんどん後ろ倒しになって、次の日がなんでもない日なら別に構わないのだが、午後中国地方へ上陸するという台風をなるべく避けるため、できるだけ朝早くに岡山へ向けて出発しようと思っている立場からすると、こんなひどい仕打ちってあるかよ……、ととにかくとことん打ちひしがれる展開だった。
 ちなみにこの日の試合に関して、夕刊フジはこのように書いた。
 
 巨人の菅野智之投手(29)がエースの意地をみせ、43日ぶりの白星となる9勝目を挙げた14日の広島戦。広島の自力Vを消滅させ、優勝に再加速する貴重な遠征となったが、その裏側でチームは台風10号の接近でてんやわんや。移動日だった15日の上り新幹線が運転見合わせとなったため、延泊で“缶詰め”を強いられることになったからだ。9連戦後の東京でのオフがつぶれるわ、16日の阪神戦(東京ドーム)は移動試合となるわで、チーム内にはブーイングの嵐が吹き荒れた。
 14日の試合前練習でグラウンドに出てきたG戦士は、嵐の到来を告げる不穏な黒雲を恨めしそうに見上げ、「本当にやるの?」と広島関係者に尋ねた。さっさと試合中止が決まれば、台風の前に東京に帰れるかもしれない。
 だが試合前の決定権を持つ広島側の言い分は「お盆休み中の試合だし、今日しか来られないお客さんもたくさんいるから、ぜひやりたい」。完売のチケットを払い戻せば、振替日は消化試合になる可能性大という打算も働いたことだろう。試合決行への固い意志を感じ取り、“広島抑留”は不可避とあきらめがついた巨人ナインは、「あした一体、何すりゃいいんだろう」とため息をついた。
 (中略)
 「もっと早く中止を決めてくれれば、14日のうちに帰る方法もあったんだろうけど…」(球団関係者)。夕方以降に中止になったところで、この日のうちに60人所帯が帰京する足を確保するのは困難。確実路線として、新幹線が再開する16日朝に帰京し、そのまま東京ドームに向かって移動試合のナイターに備えることに。つまり15日も広島に延泊だ。練習も試合もないが、街は夜まで暴風雨。宿舎に引きこもるしかない。やけくそ気味の「昼から酒でも飲むか」という声も聞かれた。
 本来であれば、15日午後から東京で完全オフを満喫できたところ。独身の某選手は「チクショー、夜から予定が入ってたのに!」と顔をゆがめた。9連戦後の息抜きを召し上げられた上、16日は移動試合のドタバタ。「仕方ない、天候には勝てないよ」という周囲の慰めに対して、古参の球団スタッフは「いや、勝てるぞ。カープの営業だけは」とチクリ。旧市民球場時代から、どんな悪天候だろうと試合をやりたがる、広島の営業方針をよく知っているのだ。
 首脳陣の1人は「俺らは仕事だから、どんな天気でもやれといわれれば従うけど、お客さんが心配。台風のせいで家に帰られなくなったら、どうやって責任を取るの?」と疑問を呈した。広島の現場サイドとしても15日の移動予定が白紙となり、16日のDeNA戦(横浜)が移動試合に。つまり台風の襲来を目前に、試合の開催を望んでいるのは、ごく一握りの利害関係者だけだった。
 愚痴や怨嗟が渦巻く練習時間が終わり、いざプレーボールがかかると、にわかに雨脚が強まった。客席はたちまちカッパの赤で染まり、1回終了後の午後6時20分から23分間も中断。だが巨人ナインの心は乱れなかった。泣いても笑っても、16日まで東京には帰れない。非情の宣告に破れかぶれ。戦前から「もう何時間でも試合してやるよ」と腹が据わっていた。エース菅野は8回1失点の好投。憤懣(ふんまん)をパワーに変えた打線も4点を奪って快勝し、広島の自力Vを消滅させた。

 「本当にやるの?」 と言いたくなる気持ちはよく分かる。でも結果的に1回終了後の中断のあとはわりとすっきりと空気が澄み渡ったので、やめていたらそれはそれで「ぜんぜん試合できた」となったに違いなかった。とにかく試練の多い観戦だった。あと僕は3回の観戦が、いずれもアウェーチームの勝利で、勝率0割である。三浦、ダルビッシュ、菅野だもんなあ。別にファンではないので悔しさはないが、ホームのチームが勝って球場が大盛り上がり、というのを体験してみたかった。でももう今生はそれがかなわなそうだ。もう、たぶん、僕の今生の野球観戦は、これで終了だから。もういい。懲りた。片道3時間近くをかけて行って、席に6時間座って、人が球を投げて棒で打つのを眺めて、そして3時間近くかけて帰るの、もういい。金輪際いい。今回行ったことそのものへの後悔はなくて、自分で運転しなくていいし、チケットはタダだし、とても恵まれた機会だったと思っているが、そうして人生経験を積んだ結果、もう野球観戦はすまいと思った。とにかく、価値がぜんぜん見出せない。そもそも、やっぱり僕は、自分自身以外のなんにも、特別に好きということがないので、野球観戦をしていてもとても冷めているし、周りが盛り上がれば盛り上がるほど、それが加速していってしまう。義理の息子Bは、広島が唯一の点を取った時には、隣の席の知らない人とハイタッチをしていた。しらふで。それは僕には絶対にできないし、そういう人が(みなが一様に盛り上がるべき)場にいてしまうと、煩わしくて白けるということもよく理解しているので、やはり自分のためにも人のためにも、そういう空間からは距離を置いて生きるべきなんだとしみじみと感じた。ひとりで筋トレして泳いで温泉に浸かってるのがいちばんいい。自分が自分だけに帰依して生きていきたい。そんな人生勉強をした野球観戦を終えて、車までの道を歩いた。空腹だった。かつ丼を食べたのはもう5時間以上も前のことだった。雨が濡らした体はもうほとんど乾いていたが、蒸発しない疲労感が体を重たくしていた。ファルマンに、「これから帰るけど家に冷えているビールはあるか」とメッセージを送ったが、もう寝ているのか返信がなかった。不安なので買って帰ろうと思った。歩きながら「帰ったらビールですね」と言ったら、帰りはこちらの車に同乗する義理の息子Bも含めて、全員からちょっと不思議そうな顔でほぼスルーされた。その反応の薄さにこちらこそ不可思議な気持ちになった。帰ったらたしかに1時を過ぎる。でも食べて飲まないわけにはいかないだろう。いかないだろ、と思ったが、そんなわけにいくのがファルマン家の人々なのである。両親は、夕方に食べたふたつくらいのおにぎりで、さらに言えば昼は具のない素麺で、今日の食事を完了していたのだった。いったいどういう仕組みの体なのか。白状すれば僕は、「今日の昼は素麺」という情報を事前にキャッチして、それがファルマン家の具のない素麺であることは判っていたため、午前中にスーパーに行って、ひとり総菜のおはぎを買ってばくばく食べていた。それでもなお空腹なのである(逆に具のない素麺はあまり食べてはいないのだけども)。家に帰って食べるものが用意されているとも思えず(「だってなにか食べて帰ると思ってた」というファルマンらの見解ももっともなのだけど)、どこかで食べ物を調達しなければならない。でも運転は義父である。とても食べ物のために車を停めたりなんかしそうにない。なにしろおとといの晩は紙皿でレトルトカレーを食べた人種である。それでもせめてもの抵抗として、「俺だけ家の近所のコンビニで降ろしてくれないか、そこからは歩いて帰るから……」と提案してみるが、冗談だと思われて取り合われない。1時に帰ってからなにかを食べようとすることが、あの人たちにとっては冗談なのだ。そんなことあるか。このままなにも食べずに寝るほうがよほど冗談だろう。それで結果はどうなったか。家の近所のコンビニは見事に無言で通過され、家は寝静まり、冷えてるビールはなく、食べ物もなく(冷蔵庫はリビングにあるため、そこで寝ている犬を起さないため、夜は近づけないのである)、シャワーだけを浴びて、ひもじさに涙が出そうになりながら、布団に入った。もう俺は、二度と野球観戦に行かないのはもちろんのこと、食べ物に対する観念が低い人(そしてその人がイニシアチブを取る場合)とは、極力一緒に行動しない……、今後はずっと労働を理由にそういう企画の参加を拒み、めっちゃおろち湯ったり館に行こう……、と心に誓いながら、明朝の早い出発のための睡眠に入った。