秋カラ誕

 久しぶりにカラオケに行く。9月はまたなんだかんだとバタバタしていて、これが初めてのカラオケで、実際いつぶりだろうかと過去の記事を探ったら、なんと7月の終わり以来だった。に、2ヶ月……? 久しぶりのカラオケだという認識はあったが、そこまで間が空いているとは思っていなかったので、いま本当にびっくりしている。俺の8月は一体どこへ行ったんだ。表面がぬめぬめしたもので覆われた流線型の8月は、僕の手の中に一切とどまることなく、一瞬ですり抜けていったんじゃないか。そもそも夏なんてあったのか。7月初頭の豪雨から、台風や地震、そしてなにより連日の猛暑など、異様に災害の多かったこの夏は、世界全体に規定以上の圧が掛けられていたのかもしれない。だとすれば、それをなんとか生き抜き、いま秋を迎えたここに存在しているだけで、褒められるべきなのかもしれない。それ以上のなにかを求められても困る。
 唄ったものは以下の通り。
 1曲目、「喝采」(ちあきなおみ)。カラオケの導入として、あまり激しい歌はまだ気持ちや喉が出来上がっていないし、かと言ってしっとりし過ぎた歌だと場があたたまらないので、それなりに悩む。悩んだ結果がこれだった。悪くない選曲だったと思う。ちあきなおみも、作詞者の吉田旺もよく知らないのだが、唄っているとちあきなおみの気持ちになり、吉田先生に感謝して唄いたくなる歌だと思う。
 2曲目、「テルーの唄」(手嶌葵)。こんなん朗々と唄ってみたらおもしろいんじゃないかな、と思って唄った。唄を選ぶとき、自分が唄いたいと同時に、常に場の反応のことを考えている。こんな僕がどうして「友だち0人、9月20日」なのかと思う。実際に唄ってみて、なかなかよかった。友達とカラオケに行って、友達たちが「U.S.A」とか「さよならエレジー」とか唄う中、こんなんを唄いたい。そんなことを夢見る。果てしない夢だ。実際は家族としか来ない。その家族、その妻は、僕のこれのあとでなにか呼応するものがあったのか、「もののけ姫」を唄っていた。僕が「テルーの唄」を唄うのはギャグだけど、ファルマンのそれはギャグなのかどうなのか分かりづらく、やっぱり本物は違うな、と思った。ちなみに「ゲド戦記」はいまだに観たことがなく、間奏中に主人公のモノマネをしようと思うのだが、「ゲド!」とか「ゲドがテルーを!」とかと叫ぶだけしかできない。バカにしてる。
 3曲目、「Mr.Moonlight ~愛のビッグバンド~」(モーニング娘。)。まあこれは完全な悪ふざけだ。いわゆる時事ネタ。「恋は時に急発進で 恋は時に急ブレーキ!」という歌詞が心に刺さった。不謹慎だと思います。
 4曲目、「月光」(鬼塚ちひろ)。この曲は、これまでのカラオケでファルマンがたまに唄い、そのたびに「うわあ……」という気持ちにさせられてきたので、僕も会得して、友達とのカラオケの席でみんなを「うわあ……」とさせようと夢見、数日前から車中で練習していた。そして唄った。でもやってみたらファルマンの唄ったときのようなあの空気はぜんぜん出せなかった。「あなたって結局、基本的に明るいんだよ」とファルマンに評された。たしかに僕には不愉快に冷たい壁に弱さを許すという発想はない。ちょっとなに言っているのかわかんない。
 というわけで5曲目に「木綿のハンカチーフ」(太田裕美)、さらには6曲目は「気まぐれロマンティック」(いきものがかり)と、明るい曲を続ける。こっちか。俺が輝けるのはこっちか。果たしてそうだろうか。明るい暗いは相対的なものだろう。そりゃあファルマンのような人とカラオケをするとなったら、僕のようにその相手は自然と明るい歌担当にならざるを得ないが、その人が本当に華やかな面々とカラオケに行ったら、本当に明るい人たちの明るい歌に気圧され、みるみる化けの皮が剥がれて意気消沈するはめになるのではないだろうか。じゃあ一体どうすればいいのか。ノイローゼになりそうだ。0人の友達のことを考え過ぎて、頭がおかしくなりそうだ。
 7曲目、「愛をこめて花束を」(Superfly)。これはもはや持ち歌のようになった。キャンプで唄えなかった雪辱も込めて、気持ちよく唄う。
 ラスト8曲目、「トリセツ」(西野カナ)。そう言えばカラオケで唄ったことない、と思ってなんとなく唄った。いまいちだった。熱唱して気持ちいいというタイプの曲ではないし、ギャグとしても思った以上に中途半端だった。これは家族カラオケで試しておいてよかった。友達とのカラオケのときは、たとえその中に結婚直前みたいな奴がいたとしても避けようと思う。もちろん結婚の先輩として相談には乗るけどさ!
 以上である。こうして振り返ってみると、すべて女性の歌だ。一方でファルマンはGLAYやイエモンやT.M.Revolution、そしてB'z なんかを唄っていた。案外そういうものなのか。普通そういうものではないのか。分からない。0×0の夫婦にはなにも分からない。
 カラオケのあとは図書館やスーパーなどに寄って帰る。午後はのんびりと過した。カラオケでは、ワンオーダー制のルームメニューで、食べたような、あんまり食べてないような、微妙なお腹の具合だったので、おやつのような時間にカップラーメンを食べた。それとビール。休日の午後、変な時間に食べるカップ麺とビール。愉悦のひとときだった。
 晩には僕の誕生日の祝いが開催される。今年もまた子どもたちが大いに張り切って祝ってくれた。ポルガは今年も「ぱぴろうずかん」をくれて、ピイガは最近ハマっているというスズランテープで作った三つ編みの飾りをくれる。ちなみに家族からの誕生日プレゼントとしては、ブルートゥースのイヤフォンをリクエストしていて、これはもう数日前に、自分で製品を指定して、自分で発注して、届いて、今日まで我慢することなんてできずに、既に使用している。ありがとう! 誕生日ケーキは、僕の希望した、バナナが中央にまるごと入ったチョコレートのロールケーキを、ファルマンが子どもたちと作ってくれた。とてもおいしかった。そんな誕生日。夏の終わりの実感もあり、毎年自分の誕生日はしみじみと嬉しい。これで僕も28歳か。そろそろ30代の足音が聞こえてきたな……。

久々出張

 ちょっと久しぶりに出張に出ていた。
 夏の2ヶ月間にそれがなかったのは、クラクラするような暑さの中、倒れずに日々を生きるだけで精一杯だったので、とても好都合だったと思う。出張先はいつもと同じで、当地はもうわりと秋の気配があった。もしも夏に行った場合、そりゃあこちらよりいくらか涼しかったのだろうが、滞在中いくらか涼しくても、移動でヘトヘトになっていただろうからやっぱりないに越したことはなかった。そしてこのたび、Tシャツ以外の上衣というものを本当に久しぶりに着た(もっとも台風21号の影響により、滞在中の気候の触れ幅は大きかった)。
 移動時間は相変わらず長く、毎回対策を練て、毎回少しずつレベルが上がっている感はあるのだが、それでもまだ十全ではない。そもそも長時間移動の時間の過し方に十全なんてないのかもしれない。キーボードとか、本とか、いろいろジタバタするけれど、結局あまり集中ができないので、あっという間に時間が過ぎるということにはならない。今回、帰りの便でとなりの席に座った女性は、スマホで洋画を観ていて、ああなるほどなあと思ったりした。映画って普段の生活でまったく観ないので、いい機会かもしれない。次回以降はそれも考えてみよう。
 行きの車中では、初めて売店でゆで玉子を買ってみた。車内でビールを飲むにあたり、そのあてとして、乾き物だと侘しいし、かと言って弁当やおにぎりは重いなあ、という中年男性の気持ちに、味付きゆで玉子(2個入り)はぴたりと寄り添うのだった。そうか、板東英二はこういうことだったのか、と大人(おっさん)の階段をひとつ昇ったような気がした。ゆで玉子とビールという潔い簡易テーブルの風景が、新幹線巧者っぽくていいと思った。板東氏に敬意を表して、これからは僕もゆで卵のことを「うでたまご」と言おうと思う。
 帰りの車中ではもちろん東京駅で崎陽軒のシウマイ弁当を買った。おいしかったが、6月からの3ヶ月で、憧憬を抱きすぎたような気もする。これは、崎陽軒はなにも悪くない。ちょうどこの3ヶ月の間に値上げもあったらしいが、それでもなにも悪くない。僕が高めすぎた。十二分においしかった。
 ところで僕は缶ビールを缶のまま飲むことに対し、平均以上の拒否感をもって生きてきて、以前職場で執り行われたBBQの際も、ひとりだけ家からグラスを持参するほどだったのだけど、長距離移動スキルのアップにより、その弱点は完全に克服された。缶から直接、1時間ほどかけて飲むビールも、意外といいものだ。コップから金色を眺めつつゴクゴク飲むそれと、缶からこまめにグビ、グビ、と飲むそれは、まったく別の飲み物で、新幹線の車内で飲むのには後者が適しているのだった。見聞が広がったなあと思う。
 出張先での話としては、いつも利用するビジネスホテルは、その最寄り駅や、当地での仕事先よりも北にあり、当地の人との晩ごはん兼飲みを済ませたあと、甘いものが食べたくなってよく買いに出るローソンは、ホテルよりもさらに250メートルほど北にある。だから僕のこれまでの人生の、最北限地点は、あのローソンだ。大福やプリンを買いながら、いつもそんなことを思う。あのローソンより先へは、僕は一歩も北へ出たことがない。いつも行くのが夜で、ローソンばかりが明るいような地帯なので、暗闇の向こうの「ローソンよりも北」は僕にとってかなり印象的なものになっている。
 当地の空気をまとったまま、さらに新幹線の車内が涼しいこともあり、帰りはパーカーを着たまま最後まで過した。おそらく岡山駅において、僕は五指に入る厚着だったろうと思う。家では子どもたちがまだギリギリで起きていたので、3日ぶりの再会を喜んで抱きしめようとした。そうしたら「暑っ!」と言われ振りほどかれた。相変わらずこちらは真夏日とか言っている。もう9月だっぺよ。

週末日記

 平穏な週末を過す。相変わらず暑さが続いているため、公園で遊ぶことができない。しかしそんな中、10日ほど前、我々はキャンプをしたんだな、と今でもふとした瞬間に思い出す。フラッシュバックである。キャンプのダメージは、フィジカルにもメンタルにも尾を引くのだった。
 土曜日は家からちょっと離れた、でも普段行く所よりもちょっと大きい手芸屋に遠征する。同じチェーン店のため、値段は一緒で、選択肢が多いのだから、少し億劫でも常にこっちに来たらいい、と思った。もっともそんなことを言ったら、義理の妹一家が暮らす兵庫県の、神戸のユザワヤの風景を思い出し、逆に切ない気持ちになったりもするのだけど。お買い得の生地と、針やスタンプ台などを買う。夏向きの薄い生地が安くなっていた。
 そのあとはショッピングセンターに立ち寄り、こまごまと必要なものを買う。ショッピングセンターの近くには、いい時期にはよく遊びに来る大型の公園があるのだが、駐車場から店舗までのわずかな道のりでとろけそうになる有様なので、帰りにその横を通りがかっても、子どもたちもさすがに「遊びたい」などとは言わない。とにかく一刻も早く最高気温が30℃を下回ってほしい。
 出発が遅かったので、帰宅したら3時を過ぎていた。朝ごはん兼昼ごはんのブランチならぬ、昼ごはん兼おやつみたいなパンを食べ、夜までもたす。晩ごはんは、8月終盤のうだる熱気に対して、南蛮漬けという回答が自然と導き出された。鰯や鯵の小さくていっぱい入ってるやつはないかとスーパーで探し求めたところ、鯖というちょっとだけ意外なポイントをついて、そういうパックが売っていたので、初めて鯖で作ってみた。なんの問題もない感じでおいしかった。
 夜、電動歯ブラシをアマゾンで注文する。せっかく歯医者通いをして、口内を大体いい具合にしてもらうので、この機に心を入れ替えようと目論んで、歯科医に「やっぱり電動歯ブラシっていいんですか」と訊ねたところ、「そりゃあいいよ。どんな安物でも手でやるよりよっぽどいいよ」という答えが返ってきたので、こうしちゃいられない、と慌てて注文をしたのだった。持ち運びもしやすいやつにしたので、基本的にいつも持ち歩き、こまめに歯を磨く人間になろうと思っている。僕はそっち側の人間に成り上がるのだというぎらぎらした欲望がある。
 明けて今日は、午前中は特に外出の予定がなかったので、先日のワンピース以来、ちょっと熱量が高まっている子どもの服づくりを行なう。ちなみにワンピースはしっかり完成し、帰省に持っていったりもして、こちらに戻って来てからも何度か着せているのだが、いかんせん屋外で遊ぶ機会がないので、ワンピース姿のいい写真というのが取れず、「nw」に投稿できずにいる。今度はだいぶ季節先取りなのだが、ちょっといいウールの生地が家にあったのでそれを使いたく、フード付きのポンチョに取り組んでいる。裁断までは昨晩の時点で済んだので、今日からは縫い始めた。まあまあ進むが、不意に子どもらが近づいてきてアイロンが危なかったり、昼ごはんの支度をするために2台のミシンとアイロン一式と裁縫道具を片づけなければならなかったりで、妻と子どもたちが帰省中のときほど効率よくはいかない。幸い、ウールのポンチョが必要になるのは当分先である。
 昼ごはんは買ってきた助六寿司とざるそば。そうめんもざるうどんも具がないと寂しいが、ざるそばならいい。ざるそばって言ったって、スーパーで売っている乾麺なので、そば粉よりも小麦粉のほうが多かったりするものなのだが、それでもざるそばならネギさえあれば成立する感じがある。
 そして今日は我が家にしては珍しく、昼ごはんを食べてから午後に外出をする。目的地は図書館とスーパー。その帰りに、車検に車を出す。前回の車検からもう2年が経ったのだった。今日の夕方に出して、明日の退勤後に受け取る算段。なので頼んだお店から自宅まで、15分ほどだけ家族で代車に乗って帰った。台車は古い車で、子どもたちはいつもと違う感じに少しはしゃいでいた。明日はもういつもの車で僕は家に帰ってくる。
 ところでこの夏の予定として、親知らずの抜歯と、キャンプと、車検というのが、なんとなく心に引っ掛かる事項としてずっとあったのだけど、これにてそのすべてが終わったことになる。なのですっきりした。
 晩ごはんは、職場の人に夏休みのおみやげとして徳島ラーメンのセット(3食入り)をもらっていたため、それを調理して食べた。濃い味でおいしかった。今日は午後からのお出掛けで、普段の午前のお出掛けとは一段違う熱気にあてられたのか、夫婦でやけにビールを欲する気持ちが高まり、グビグビと飲んだ。猛烈においしかった。

島根キャンプ帰省

 帰省を終える。もといキャンプを終える。僕にとって3泊4日の今回の島根帰省は、キャンプ帰省だったと言っていい。中心にキャンプという嵐があることで、時空に乱れが生じ、帰省全体の輪郭が歪んだような、そんな帰省となった。疲れた。
 キャンプは12、13日の1泊2日で行なわれた。参加したのは、義父母、われわれ長女一家、次女一家(30歳の夫と3歳の娘)、三女、そして数ヶ月前から新しく飼い始めたビーグル犬という大所帯。奥出雲の山中にあるキャンプ場まで、実家から40分ほど車を走らせた。その道程では、山の形に添うようにくねくねと、下町の路地裏くらいの幅しかないような道が続き、気を張った。その前日に岡山から島根への移動をしたこともあり、なんか車を運転しすぎている、僕の中の一定の期間中における運転許容時間を超過している、と到着前に早くもうんざりした。子どもたち(主にポルガ)はひと月以上も前から続くキャンプハイが依然として続いていたが、僕はしおりが完成した時点である程度もう満足していたので、これから自分が実際にその渦中の人となり、暑さや作業など様々な厄介事にまみえなければならないことなどを憂い、既にキャンプローに陥っていた。
 キャンプ場に到着したのは午前11時頃。コテージへのチェックインは午後3時から。「……へ?」というような4時間の開きがそこにはあった。主催者である義父は明らかに張り切り過ぎていたのだった。炎天下のキャンプ場で過さなければならない4時間というものには、絶望的な迫力があった。仕方なく、とりあえず木陰に陣を取り、そこで昼ごはんとして、買ってきたコンビニの冷麺などを食べた。屋根のある居住空間にありつけず、川べりの木陰でコンビニ飯を喰らう情景は、想像していたキャンプだホイ!的な陽気なイメージとはだいぶ乖離していて、むしろ世知辛さみたいなものが滲み出ていたように思えた。そしてとにかく暑い。この夏の正午の炎天下に、木陰程度で立ち向かえるはずがないのである。汗がダラダラと溢れ出て、「……さ、3時までこの状態で、そのあと夜はバーベキュー(とかの作業もろもろ)、だと……?」と戦慄した。食後は堪らず川の中に入る。ズボンの裾をまくり、ふくらはぎ程度までしか浸からなかったが、川の中は陸上よりはだいぶ涼しかった。しかし川で過すと言っても限界があった。なんとなく水の流れに乗って下流に進む以外、特にすることがない。時間はあまり潰れず、その時点でまだコテージが開くまで2時間近くあった。このままでは熱中症になる、と長女や次女が危惧を訴えると、義父は「熱中症もキャンプの醍醐味だ」と、やけくそなのかなんなのか判らない、どうしようもない発言をして、ちょうど時期的なこともあり、73年前の無茶な時代に思いが飛んだ。それで自衛策として、われわれ2家族はそれぞれ車内に避難し、エアコンで体をクールダウンさせた。これはとてもいい判断だったろうと今でも思う。そうしていよいよ3時まであと30分ほど、という頃合で、天候が急変する。ゲリラ豪雨である。まずは雷鳴が轟き、次の瞬間には激しい雨が降り始めた。豪雨は別にいいけれど、屋外で遭遇する雷鳴の恐怖と言ったらなかった。だってピカッとなってゴロゴロゴロ、となるわけだけど、次のピカッの瞬間にはもう自分は焼け焦げているかもしれないのだ。身を竦ませながら、木陰に広げたレジャーシートや簡易テントを片づけ、車へと避難した。本当に久しぶりにあんな恐怖感を味わった。
 そして車内に避難したまま、待望の3時を迎えた。ちょうどそのタイミングで雨雲は過ぎ去り、コテージへと移動した。コテージは、事前に想像していたほどは現代的な造りではなく、ベッドもなければテレビもなく、Wi-Fiもなかった。「そうか……」とも思ったが、チェックインまで川っぺりでひたすら待った身としては、屋根があってエアコンがあるだけでいいではないか、という謙虚な思いも湧いた。まさかこの感情がキャンプの効用だというのだろうか。だとしたらお節介もいいところだ。それから僕はしばらく寝た。それは寝る。4時間も屋外で過し、最後は雷鳴に怯えたりもしたのだ。寝ないはずがあるか。ちなみに寝たのは幼児らも含めて僕だけだったらしい。いつもそのパターン。板の間に布団という質の悪い寝心地だったが、それでも寝たらある程度楽になった。
 そのあとはバーベキューが始まり、火起こしとか食材を串に刺して焼くとかのくだりは、僕以外のふたりの男が自然とやってくれる感じだったので、僕は特にすることがなく、なんとなくタブレットでキャンプソングを流し、ちょっと唄ったりもして過した。キャンプで男がするとされる作業で僕にできることは本当にないので(だってキャンプもバーベキューもしたことないんだから)、唄う以外にどうしようもなかった。食べものが焼き上がり始めて、いちどは全員が集ってさあ食べようという感じになるが、辺りが暗くなってくると、虻が炎の明かりに引き寄せられるのかたくさんやってきて、子どもやその母親たちは悲鳴をあげてコテージへと逃げていった。「虻もキャンプの醍醐味だ」とは言わなかったが、元ワンゲルの義父母は「この程度で……」と呆れていて、なんか今回のキャンプ、暑さとか虻とか、終始こんな感じだな……、こんな齟齬ばかりの集団行動、誰得なんだろう……、と不可思議な気持ちになった。肉とビールはおいしかった。別に炭で焼いたから特においしいということはなかったろうと思うが、焼いてタレをつけた牛肉はとりあえずおいしかった。コテージの女性たちへ焼けたものを届けに行く際、バーベキュー場に戻ってくるたびにひとつボケる、というのを僕だけが勝手に始めて、頭に大きな葉っぱを飾ったり、Tシャツを裏返して着たりして現れ、そんなことをする僕が僕は好きだなあとしみじみと思った。
 キャンプの夜はそんな風にして終わった。あれっ、フォークダンスは? という話だが、けっこう狭い面積にそれなりのキャンプ客がいて、コテージ以外にもテント滞在のグループなんかもあり、ぜんぜんフォークダンスができる雰囲気ではなかったのだった。まあ若干そんな予感はあった。マイムマイムの踊り方研究は、それ自体が愉しかったので、別に実際に踊れなくても残念さはない。フォークダンス以外にも出し物大会みたいのが開催されるという怪情報もあり、それならば僕はいまこそトワリングバトンを披露する、かと思いきや、背中のバトン入れからバトンを取り出したまではよかったが、BGMとして流しはじめたSuperFlyの「愛をこめて花束を」のオリジナルカラオケバージョンに合わせて、バトンは一切回さず、持ったまま、ただフルコーラス大熱唱する、というコントをしようと練習していたのだけど、それももちろん開催されず、それは少し哀しかった。
 翌朝は塩むすびと味噌汁というメニューで、全員でひとつのコテージの居間に集まり、全員でそのメニューを囲んで朝ごはんにする、という図が想像しただけで嫌だったので、僕だけひとりで勝手に食べ、義母の不興を買う。ちなみに塩むすびはファルマンの手によってなされたので、その点は気にせず僕は口にすることができた。しかし宿舎的な、自分の好みでセレクトしたりできない、こういう食事を、全員で囲んで食べるというのは、僕はどうしてもできないのだった。ファルマンからも「そのくらい我慢すればいいのに」となじられたが、譲れない一線というのは人それぞれある。
 2日目もなんなら川で遊べばいいね、なんてことを序盤では言っていたが、昨日という一日を経て、夜は板の間に布団で寝て、そんな気力が残っているはずもなく、この日はなにもせず、ほうほうのてい、と言ってもいい度合でキャンプ場を後にした。僕にとって今生、最初で最後のキャンプは、こうして終了した。
 そのあとふたたび実家に帰り、1泊した。したのだが、特になにもしなかった。キャンプから帰ったあとの昼ごはんにそうめんが出され(しかもファルマン家のそうめんは本当に素麺で、ほとんど具が供されない)、ちょっと驚き、3口ほど啜って「ごちそうさま! ちょっと俺ガソリン入れたりしてくんね!」と言って、ひとり出掛け、車にガソリンを入れついでに牛丼屋でネギ玉牛丼を食べた。自分にもガソリンを入れる形なのだった。おいしかった。そのあと帰ったら、義父と次女の夫と三女はバッティングセンターに行くというので、朝ごはんが塩むすびで、昼ごはんがそうめんで、そしてなんでこの人たちは運動ができるんだろう、と本当に不思議に思った。もしかして食べた物以外のエネルギー機構で動いているんじゃないのか、と疑った。僕はそれから買ってきたスナック菓子をつまみつつ、「ほろよい」を飲みつつ、次女が持ってきたというスーパーファミコンミニで遊んだ。したかったのはこういうことだよ、と思った。
 大体そんな帰省だった。うん。まあ誰にとっても大変な帰省だったね。うん。

夏のひとり暮し開始

 昨日からファルマンと子どもたちが島根に帰省したのだった。午後に義父母が車で迎えに来て、「寂しくなるよー」と棒読みで言いながら見送った。
 しかし寂しくなる、というのは決して嘘ではなく、自分以外に誰もいない家は、まあ寂しいと言えばもちろん寂しいのだ。けど、「じゃあパパが寂しくないように帰省しないね」などと言われたら、いやいやいや! そんな気遣いはいいから気の済むまで帰省してきなさい! と慌てて弁明したくなるような、そういう寂しさということである。たぶんこんな自分勝手な心の間隙を埋めてくれるのが、友達なのだと思う。友達ってそういうガバガバな感情を受け止めてくれる便利な存在だよね。寂しさを紛らわすために久しぶりにあいつらに声をかけてROUND1にでも繰り出そうかな、などと考えた。
 でも友達なんていないので、ひとり家に取り残された半日は、午前中に手芸屋に行って買ってきた生地で、計画通りに子どもたちのワンピース作りをした。裁断する場所、アイロンする場所、ミシンをする場所が、ひとりだと気ままに取れて、作業がスムーズだ。さらにはごはんのときも寝るときも、広げたそれらを片付けなくていいのがとても楽。おかげで半日でそれなりに進んだ。
 晩ごはんはハヤシライスを作った。作って置いていってくれたわけではない。午前中のスーパーで牛肉がお買い得だったので、これでハヤシライスを作れば日曜の夕飯、月曜日の弁当と夕飯がそれで済むな、と計算したのである。洗い物が少ないのもいい。裁縫道具を広げた机の隅っこで、もそもそと食べた。ひとりで摂る食事は味気ない、ということもなく、ただ物理的に味が薄くて味気なかった(あとで鍋のほうにルーを少し足した)。食後にはキウイを食べた。ひとりでの食生活で野菜が不足するのは目に見えていたので、こういうのでビタミンを摂ろう、と購入した。そのキウイも、半分にだけ切って、その場でスプーンで掬って喰う。とにかくビタミンが目当ての、実に質実剛健な摂取なのだった。
 就寝の際はエアコンの調整に難儀した。いつも28℃設定でも朝方は寒くなるので、今日は人間もひとりなのだし29℃だな、としてみたら、途中で汗だくになった。寝苦しくて目が覚めてよかった。ひとり暮しの怖さは、目が覚めない怖さだ。そのため毎朝、ファルマンに生存報告のLINEを送ることにした。
 ファルマンたちは向こうで、実家のリビングで新しく飼い始めた犬との接し方に苦戦しているらしい。最近になって気がついたけど、僕の家族はファルマンを筆頭に、あんまり実際の生き物が好きではないのだと思う。キャラクターは好きなのだけど、キャラクターが好きな分だけ、本物の動物は苦手なものなのかもしれない。それでちょっと苦慮しているらしい。実家の面々はやんちゃな仔犬に対して押し並べてデレデレであるらしく、優先順位も高く、その温度差が悩ましいという。なんだか実家っぽいな、と思う。

歯医者へ

 労働後、歯医者に行く。岡山に来てすぐに通った家の近くの医院ではなく、仕事終わりに行ける、会社近くの所である。会社の近辺に住む地元民の同僚相手にリサーチをし、選んだ。同僚らによるプレゼンで決め手になったのは、「私はここで親知らずを、スポーンと簡単に抜いてもらった」という体験者による証言で、それはいい、となってすぐに予約の連絡を入れた。しかしそれからさらに話を聞いてみれば、結局のところ親知らずを抜くのが楽かどうかは、その人の親知らずの生え方次第であるようで、その証言者の場合はとても素直な生え方だったらしい。その証言者の配偶者はと言えば、親知らずの脚がねじれるようになっていて、それはもう歯茎を切開しての阿鼻叫喚があったという。なんだよ騙された、とげんなりしていたら、証言者はさらに、「簡単に抜いてもらったと言っても、それでも痛いし血は出るんだ」と、フォローでもなんでもないことを言って、つじつまを合せていた。それで話のつじつまが合ったことになるのか、よく判らない。
 それで実際に行ってみて、どうだったかと言えば、予約の連絡の際に、親知らずが痛むのでどうにかしてほしい、ということは言ってあったのだけど、僕の口内を見ての歯医者さんの第一声が「歯石がすごい」で、ああまただ、と思った。僕はいつだってそう言われる。言われるたびに哀しくなる。歯石とか歯垢って、なんか本格的に不潔な感じがある。足が臭いとか、フケがすごいとか、それもまあ嫌だけど、粘り気がある分、それらよりもさらに一段、しゃれにならない、マジな不潔感がある。「不潔にもいろいろあるけど、本当にいちばん不潔な人っていうのは、口の中が汚い人のことよね」と、僕の心の中の心ない婦人が、そんなことを言う。本当に心がない。こんな不潔な口をしている男にも、妻がいるのだ。その妻がかわいそうじゃないか。いや、僕の口が不潔だと妻にどんな不利益があるのか、というのは、ファーストキスもまだ未経験のウブな僕なので、よう知らんけども。
 親知らずももちろん虫歯なのだが(とても当たり前の感じで)、それよりもまずは歯石だ、ということで、初日から歯石の除去が施された。歯石で歯周病で歯茎がひどいことになってるよ、などと言われながら、チュルチュルと微妙な痛みが続く、あの作業がなされた。精神的にも肉体的にもつらかった。前の歯医者では「水分を多く取れ」と言われ、それなりに心掛けているつもりだったのだが、それでも溜まる歯石。これはもはや体質なのだろうな。不潔体質。
 そのあとレントゲンを撮る。件の親知らずは、「まあ虫歯だし、噛み合ってる歯があるわけでもないし、抜いたほうがいいだろうね」ということで、次回あたりに抜く流れになりそうだ。ふたりでレントゲン写真を眺めながら、「こ、この親知らずは、抜きやすいタイプの親知らずですか?」と訊ねたところ、「うん。それは大丈夫そう」という答えが返ってきて、これは歯石や親知らず以外にも、細かいほうぼうの虫歯を指摘されたりして、予想はしていたがショックの大きかった今回の診察の中で、唯一の福音だった。痛いは痛いけど、抜きやすいは抜きやすいのだ。よかった。まじめに誠実に生きてきたかいがあった。徳の量で考えれば親知らずが痛むはずもないし、虫歯ができるはずもないし、歯石が溜まるはずもないのだけど、徳に見合うだけの見返りをガツガツと求めたりしないところもまた、僕の徳なのだと思う。死後にでも再評価の機運が高まればそれでいい。
 そんなわけでこれからしばらく歯医者通いが始まる。これからは心を入れ替えて、会社で弁当を食べた後も歯を磨くし、治療後半年しての検診にも必ず行こうと思う。真人間になりたい。そして食後に歯を磨かない同僚たちを不潔人間だと見下してやりたい。

カラオケと焼き肉

 外遊びができない酷暑なのでカラオケに行く。別にそんな言い訳は必要ないのだが、いちおう言ってみた。唄ったのものを順番に挙げて、雑記も併せて書く。
 1曲目、「カントリーロード」(本名陽子)は、もちろん昨今の「耳をすませば」ブームによるセレクト。しかしこの歌、最初がアカペラから始まるので、まだ歌を唄うモードになっていない1曲目に選ぶのはちょっと間違いだった。ぜんぜん音が取れなかった。メロディが始まってからはまあまあ唄えた。途中でハッと思い至り、マイクを置いて、手のひらを体の前で合わす感じで、聖司の工房で唄う雫風に唄うことにした。そうしたらピイガがいち早くそれに気付き、こちらに駆け寄ってきて、マイクを僕の口に向けてくれた。かわいいし気が利く。この子は将来モテる。
 2曲目、「好‐じょし‐」(坂口有望)は、これも最近のブーム、TikTokでその存在を知り、それなりの回数を聴いたので、唄ってみることにした。僕がこれを唄った次にファルマンが予約していた歌が菅田将暉の「さよならエレジー」で、なんだかセレクトが高校生のカラオケみたいだな……、と甘酸っぱい気持ちになった。小室世代の我々も、なんとか現代の流れに取り残されまいと、ジタバタしているのだ。ちなみに性別が逆だけど。
 3曲目、「狙いうち」(山本リンダ)。この歌の冒頭の男声コーラスによる「ヘイ! ヘイ!」の部分が好きで、そこを聴くために曲を聴いたりする。実際に歌を唄ってみたら、思った以上に唄いやすく、さすがは阿久悠だと思った。ウララの部分をノリよく唄えるか不安だったが、問題なかった。
 4曲目、「マイムマイム」(イスラエル民謡)。カラオケにこれが入っているのは、酔っ払いが狭いカラオケルームで踊る余興をするためだろうか。僕はきちんと歌唱する。シャッテンマイ、ベッサソン、ミーマイネーハーイェーシューワ、と繰り返し唄った。ちょっとステップも踏んだ。
 5曲目、「愛をこめて花束を」(superfly)。最近またこれを聴き込んで、車内で唄い込んでいる。そのため前回よりもちゃんと声が出て、歌詞には出ないシャウトの部分とかも再現できるようになってきた。しかし唄ったあとの疲労感はやはりすごい。
 6曲目、「未知という名の船に乗り」(合唱曲)。ちょっと前に存在に気付き、感動した合唱曲。阿久悠作詞、小林亜星作曲。歌はとてもいいのだが、小学生用なので音が高い。「ちょっと疑問もー」のあたりなど、本当にきつかった。
 7曲目、「はなまるぴっぴはよいこだけ」(A応P)は、なぜかいまさら唄ってみた。いつもの、アニメそのものに思い入れはないけど唄ってみるパターン。趣味を同じくする仲間と盛り上がって唄ったらたぶんとても愉しいんだろうなあ、という気持ちになった。家族の反応ポカーン。
 8曲目は「夏祭り」(whiteberry)。前回のファルマンの歌唱がよかったので、今回は僕が唄わせてもらった。しかし前回のそれほどの感慨は湧き上がらなかった。この歌って、6、7年にいちど聴いて、その瞬間にグワッと心を揺さぶられて、そしてまた6、7年後に聴くべき、そんな歌のような気がする。
 9曲目は「手を繋いで歩こうか」(欅坂46)。このいかにもアイドルっぽい曲が、邪道なのかもしれないが欅坂の中で僕はいちばん好きだ。ユーチューブでライブ映像などを見て、振り付けを少し覚えていたので、踊りながら唄った。ファルマンがファンの男性役をやってくれた。
 最後の10曲目は、悩んだ末に「君は薔薇より美しい」(布施明)を選んだ。やっぱりこれは唄っておくか、という感じで。しかしこの頃にはもう喉がずいぶんと疲弊していたので、ディナーショーでさんざん客イジリをしながら唄う布施明、という設定で、ファルマンを客のおばさん役にして唄った。もう持ち歌すぎて、歌詞を見ないで唄えるので、そんなコントだってできるのだ。
 そんな全10曲歌唱。愉しかった。カラオケは愉しいなあ。なんだってそうかもしれないが、回数を重ねれば重ねるほどできることが増えるので、ますます愉しくなる。もはや巧者になりつつある気がする。著しく家族としか行かないのだけど。
 カラオケのあとは、図書館に行ったり、ショッピングセンターに行って8月の島根帰省のおみやげを買ったり、スーパーで食料品の買い物をしたりして帰る。
 晩ごはんは、ここらでひとつスタミナをつけとこうぜ、ということで、焼き肉にする。その下拵えをしながら、焼き肉のタレがないことに気付き、もう買いに出るのも面倒くさかったので、ネットを見てそれっぽいものを自作することにした。玉ねぎをすりおろしたりして。結果、まあまあ成立しないこともないものができあがったが、自作したから余計においしい、ということはまるでなかった。先日、夕飯がハンバーグだった際、おろしのタレが冷蔵庫になかったため、大根おろしをわざわざ作り、それとポン酢で食べたのだが、食べてみて分かったのは、わざわざ家庭で大根をすりおろすよりも、出来合いのおろしのタレのほうがよっぽどおいしい、ということだ。なんかたぶん、オイシクナルヤーツが多量に入っているからおいしいのだと思うのだけど、おいしくなるのならオイシクナルヤーツを入れれば別にぜんぜんいいと思っているので、こういうのはちゃんと商品として売っているもののほうが、自作のものよりも絶対的に優れているのだ。それを解った上で、それでもわざわざ買いに行くのが面倒だったので、自作した。タレに関してはそんな感じだったが、それでもやっぱり焼き肉はおいしかった。焼き肉の肉感は、焼き肉でしか得られないもので、その得られるものの中には、おいしさ以外に、効用方面で、多分にプラシーボ効果が含まれていると思う。焼き肉を食べたのだから俺はいま元気でなければ理屈としておかしい、などと思う。

酷暑3連休

 3連休だった。毎日35℃超えの、すさまじく暑い3連休なのだった。
 初日は午前中にポルガのスイミングスクールがあり、送りついでに見学した。しかしポルガはもう習い始めて数ヶ月が経過するというのに、一向に上達する気配がなく、見ていてもなんにもおもしろくない。しかも観覧席では、習っている子の弟や妹の幼児らがやかましく、プールという建物の設計ゆえにその声や音は反響して増幅し、とてもその場にいられなくなってしまった。最近とみに大きい音が苦手になってきていて、家でも仕事場でも常に着けられるタイプの耳栓の購入を考えているほどだ。またひとつ、僕の友達作りへの障害が生まれようとしている。
 帰宅して昼ごはんを済ませた後、ショッピングモールに出向いた。半月ほど前、出発してからやっぱり行かないことにしたショッピングモールだったが、今回はいよいよ機が熟した感じがあった。まず覗いたのはおもちゃ屋。これから始まる夏休みに向けて、子どもたちに与えるいい玩具はないかと店内をさまよった。店員に、「子どもたちだけで遊べて、夏休みじゅう飽きないで、喧嘩にもならないで、うるさくなくて、目が悪くならないで、知恵もつくおもちゃはないですか」と訊ねたくなった。もちろんそんなものは見つからず(いちど2000ピースくらいあるジグソーパズルを買いかけるが、寸でのところで嫌な予感が発動して取りやめた)、結果的にアイロンビーズというものに初めて手を出してみた。あの昔からある、粗いドット絵みたいなのを作るあれである。あまりにもドットが粗く、完成したものを見ても、なにをかたどったものであるか容易には判らず、受け手の想像力を暴力的なまでに求めてくるそれは、これまで「やる価値がないもの」として無視し続けてきたのだけど、藁にもすがる気持ちで試してみることにした。なるべく飽きられずに長く持てばいいと思う。もちろん間違いなく家じゅうにあの細かい輪っかのビーズが転がることになるのだろうが、レゴほど踏んだときのダメージは大きくないだろうと思う。そのあと300円ショップに行き、浮き輪などを買う。大人でも使えるきちんとしたサイズなのに300円。昔はこれを2000円とか3000円で売っていたのだから、そりゃあ世の中の景気は良かったわけだな、としみじみと思った。あとそのレジのとき、僕の前に並んだ客が、商品をひとつ出して、トレーに100円玉3つと10円玉ひとつを置いたので、ちょっとびっくりした。これが100円玉3つのみであれば、300円を税込と勘違いしたのだなと理解できるが、310円である。それは消費税3%の計算ではないか。もしかしてこの人タイムトラベラーか、と思った。それからユニクロにも立ち寄って、ずっと欲しいと思っていた「ベルサイユのばら」のTシャツを2枚買う。基本的にレディースなのだが、首が広いとか肩がしゃなんとなっているということはなく、男でも特に問題はなさそうな型だったので、買うことにした。しかも最初1500円だったものが、世間ウケしなかったようでもう500円になっている。500円って安売りカジュアルウェアショップの謎のTシャツよりも安いじゃないか。臙脂の、オスカルの軍服を模したデザインのものと、黒の「ベルサイユのばら」ロゴのものを買った。職場へはどうだろうな。後者は普通に着るが、前者はさすがにちょっと厳しいかな。最期に生鮮食品のスーパーに入って、夕飯の買い物。あっさりとネギトロ丼にしようとマグロのサクを買ったが、油断していて氷をもらい忘れ、屋外駐車場に停めていたサウナのような車に乗ってから「これはまずいぞ」となった。マグロのためにも自分たちのためにも冷房を全開にするが、いくら空気を冷まそうとしても陽射しが照りつけるのでぜんぜん涼しくならない。帰宅までは30分あまりも掛かるのである。これはさすがにまずいと判断を下し、途中にあったスーパーに駆け込んで、追加の刺身を買って氷をもらう。そして悲鳴を上げるマグロのサクもそこへ入れた。今にも熱射病で倒れそうになっていたマグロのサクが、なんとか意識を取り戻すイメージが見えた気がした。
 そんなわけで晩ごはんはネギトロ丼。大人のにはスライスした玉ねぎも使い、さっぱりとおいしく食べた。おいしかった。
 2日目はなんとプールに行った。去年にも一家で行った所。これまで子どもたちが、学校やら幼稚園やらスイミングスクールで「プール」と言うのを、家と会社とスーパーにしか行かない日々を過しながらとても恨めしく思っていた。その恨みをようやく晴らす時が来た。時が来たと言っても、もちろん一家で行ったのである。だから子どもの世話をしながらのプールである。じゃあこれは恨みを晴らしたことになったのかと問われると、いまいち確信が持てなくなる。これでひとりでナイトプールとかに繰り出していたら、迷いなくそうだと答えられるのだけど。直射日光を浴びながらのプールは、まあ気持ちよくはあったが、とは言え1時間が限界だった。ポルガは昨日スクールでも目の当たりにしたが、やっぱりぜんぜん泳げるようになっていなくて、月謝を払って通わせるのが、ほとほと嫌になった。たぶんこれは教室が悪いというより、ポルガが人の話を本当に聞かないのが原因だろうと思う。他人に指導をされて、できないことができるようになってゆく、という体験を味わわせるために教室に通わせている面もあるのだが、どうも性格的にその部分が壊滅的にできないらしい。これは今後に向けても本当に不安の募る部分である。夏が来ての約1年ぶりの水泳は、そんなわけでちょっと暗澹たる気持ちになって終了した。
 帰宅後に昼ごはん。スーパーに立ち寄って天ぷらを買ったので、天ざる。茹であがった麺を流水で冷やそうとするが、青いほうを捻っても、蛇口から出てくるのがわりとぬるめのお湯なのでどうしようもない。氷をいくら作っても追いつかない。
 そのあとは昼寝。35℃超えの屋外プールで泳いだあと、昼寝をしないなんてことがあるだろうか。あるらしい。わが家では、する派しない派が1対3の比率になった。こっちがマイノリティなのだった。信じられない。ひとりで倒れるように寝た。
 起きてから夕飯の準備。夕飯は餃子。3連休ではあるが皮から作ることはしない。それでも十分に美味しい。ホーム餃子はまず餃子というだけで基本的なポイントが高く、皮を手作りすることはそこからさらに点数を伸ばそうとする行為だが、しかしやったところでもうそこまで伸び代があるわけでもないと気付いた。それよりもインターバル短めに餃子を作ったほうが、トータルの幸福度数は高いと思う。
 夜は今日が初回の連続ドラマ「この世界の片隅に」を観た。広島が舞台の話で、ファルマンと方言の話になる。僕が「広島と岡山の方言の区別がつかない」と言ったら、ファルマンが「ぜんぜん違う!」と言って両者の違いを解説してくれるのだが、その解説が出雲弁でなされるものだから、いよいよ頭が混乱した。港北ニュータウンっ子にはレベルが高すぎた。
 そのあとはロシアワールドカップの決勝戦。フランス対クロアチア。なんとなく観ておくべきだろうと思ってチャンネルを合わせるが、かと言ってサッカーの試合を90分観続ける技能はない。途中で録画していた「西郷どん」を挟む。「西郷どん」は2度目の島流しが終わって、ここからようやく本格的な明治維新が始まっていくぞ、というところ。ほぼ半年が終了したタイミングなわけだが、じゃあ俺が観るのはここからでよかったんじゃないかな、と思った。「西郷どん」が終わってサッカーに戻したら、点数がやけにサクサク入り、結果的に4対2でフランスが優勝していた。そうか、と思った。
 3日目はもう特にすること、行く場所もなく、家でのんびりと過した。本当に特になんにもしなかった。休みは2日でいいのかもしれない。午前中に近所のスーパーで少し買い物をし、昼ごはんは炒飯と、昨日の餃子の残りでワンタンを作り、スープにした。
 明日からは僕はもちろん労働で、そして子どもたちはぽぽぽ、とフザけた登校をした後、もう夏休みに突入だ。40日あまりの連休だ。こいつらこれから40日間も家に居続けるのか、と思うと、ファルマンの悲観に同情の念が湧く。くじけず生き抜いてほしい。

大雨週末

 雨がすごかった。岡山に来て以来、こんなに強い雨が降り続いたことはない、と思っていたら、誰も経験したことのないようなレベルの雨なのだった。幸い、住んでいる場所や職場のあたりにはそれほどの被害は出ていない。しかし近ごろちょっと縁遠かった災害というものが、久しぶりに接近してきて、ああそうだ、災害というのはこういう感触のものなのだ、ということを思い出した。精神的にも物質的にも、備えを怠らないようにしたいと思う。
 そんな状況だったので、土曜日は外出できるはずもなく、ひたすら家で過した。そして休日にひたすら家で過すとなると、子どもたちが例の如くあまりにもうるさく、頭が疲弊した。途中で雨が小降りになったので、夕飯の買い物のため近所のスーパーにだけ車で行った。パンが届いていない以外、商品は普通に並んでいた。大嵐が来ると、海産物は変わらずあるのに、パンは来ないのか、とちょっと不思議な気持ちになった。晩ごはんは小さい鰯がたくさん入ったパックが安かったので、それを中心に野菜やきのこなどと、天ぷらにした。おいしかった。
 一夜明けて今日は、もうほとんど雨はやんでいたが、天候が戻ったがゆえにテレビ局のヘリコプターが飛びはじめたようで、倉敷市真備町の浸水の様子などが映し出され、それを見てびっくりしたらしい関東の人間たちから安否を訊ねる連絡が来たりした。
 さすがに2日連続で家に閉じこもっているわけにもいかないので、今日は図書館に出掛けた。次の人の予約が入り、返却しなければならない延滞の本というのがあり、昨日図書館職員から電話が掛かってきて、「なる早で返してほしいけどこんな状況だから無理はせんといて」みたいなことを言われたのだった。良心的な連絡だなあと感心した。それで、ルート的に無理はなさそうだったので、行くことにした。
 果たして道には問題がなかった。しかし道中、先ごろ植えたばかりの田んぼの稲が、水位が上がったせいで浮かび上がり、散乱してしまっている田んぼというのがずいぶんあり、痛ましい気持ちになった。今年もこれから農作物が高くなるのだろう。しかし仕方ないことだな、と思った。
 図書館の帰りに、ケーキ屋に寄ってケーキを買う。こんなときに何であるが、本日7月8日は、僕とファルマンが付き合い始めた記念日なのだった。今年でそれは何年になるのだっけと計算したら、僕が19歳、ファルマンが20歳のことだったので、15年前である。すなわち今年で15周年なのだった。ファルマンとは15年よりもよほど長く一緒にいるような気持ちになっているので、まだ15年? みたいな印象になるが、自分が19歳であったあの大学2年生の夏から15年の歳月が経過したのだと考えると、もう15年か……、という気持ちになる。ちなみに今年は交際開始15周年であると同時に、8月には結婚10周年というのが控えている。節目の年を意識しやすいという合理的な狙いでこういうことになっているのだろうか。もちろんそんなことはない。
 午後は家で過し、やはり子どもがうるさかった。子どもは本当にうるさい。休日の家にいる時間のほとんどは、子どものうるささのことだけを考えている。
 晩ごはんは手羽元に味を付けてグリルで焼いたもの。近ごろ味付けに青じそとか酢とか、そういうものを多く駆使するようになった。分かりやすい加齢だ。あと茄子のソテーに野菜スープ。夕食後にケーキを食べた。誕生日とかではないので、ひとつの大きなものではなく、4人が店で好き好きに選んだものを食べる。僕はフルーツの入ったミルクレープにした。おいしかった。ポルガに、「このケーキってどういう意味のケーキか分かる?」と訊ねたら、チョコレートケーキをばくばく食べながら、「分かんない」という答えが返ってきた。結婚記念日ならまだしも、親の交際開始記念日なんか知らんわな。
 そんな週末だった。まあ大雨で、被害ではないが、影響を受けた週末だった。

君がいた夏は遠い夢の中

 また10時まで寝てしまう。ぐいぐい寝ることだ。ファルマンから、「私の睡眠時間に合わせたらあなたには足りないんだよ」と言われるが、特に合わせているつもりはない。自分の中での最低ラインが6時間だと認識していて(実はそれだと短いようなのだが)、その時刻に寝に行く僕に、むしろファルマンが合わせている形だと思う。なぜファルマンはそんなに寝なくても大丈夫なのか。そしてなぜ老人は短い睡眠時間で大丈夫なのか。それは視野の広さと密接な関係があるのではないかと睨んでいる。睡眠は、活動時に得た情報を処理するための時間だと聞いたことがある。だとすればファルマンや老人のように、活動時の視野が狭くて情報量が少ないと、処理しなければならないものが少ないから睡眠が短くても済むのではないだろうか。これまで睡眠時間が短くて済むファルマンのことを、それだけ生きている時間が長いということだから羨ましい、10年単位とかで考えれば、そのうちの4年あまりを僕が睡眠に費やすところを、ファルマンは3年くらいで済む、つまり同じ10年を生きても、僕は6年、ファルマンは7年を生きるということではないか、という風に考えて忸怩たる気持ちになっていたけれど、人間の場合、生きるというのはただ生命活動をしていればいいというわけではなく、得た情報に対して反応し思考するところに意味があるわけだがら、そう考えるとちょっと悔しさは減る。そこまで伴侶と老人を貶めて、ようやく溜飲を下げる休日の朝。爽やか!
 寝室から居間に行ったら、寝起きの目に陽射しが眩しかった。ピーカンなのだった。今年、出張などでなんとなく春から初夏にかけて慌ただしさがあり、いい季節におにぎりを持って公園へ、みたいなことができなかったので、いまさらながらそういうことをしたいと希っているのだが、あまりにもいまさらで、無情にも今日から7月なのだった。7月か。7月1日だというのに、もう夏に飽き飽きしている。Tシャツに飽き飽きしている。世間の流行りにはわりと疎いくせに、夏に対する嫌気だけ、やけに先取りしている。気持ちはもう9月中旬あたりにある。
 午前中はファルマンに仕事があったので、近所の公民館やスーパーに子どもたちと行く。もちろん車である。車内ではフォークダンスの曲をかける。フォークダンスは子どもたちの嗜好に合ったようで、向こうから「かけてくれ」と乞うてくるほどである。「マイムマイム」がかかると僕がヘブライ語で熱唱するのがおもしろいのかもしれない。シャッテンマイベッサソンヒイアイネイワメシュワ。
 昼前にファルマンの仕事がひと段落したので、全員で出掛ける。もちろん車である。ちょっと遠方のショッピングモールに行くつもりだったが、もう午後で混んでそうだったのと、ファルマンにまた夕方からも仕事が来そうなこと、さらにはショッピングモールで特にこれという目的がなかったこともあり、取りやめ、そこまで遠くない位置にあるスーパーマーケットやドラッグストアで必要なものを買って帰った。栄養ドリンクと、炭酸水と、アイスコーヒーを、それぞれ箱で買う。いかにも夏らしい買い物。液体ばかりで夏バテになりがちなところを、栄養ドリンクでなんとかしようとする感じ。
 昼ごはんは買ってきたタコ焼き。7月2日は半夏生で、タコを食べるのがいいとされるが、どういう由来があるのかと言えば、この時期に植えられた稲の苗が、タコの足のように根をきちんと張るように、という理由なのだそうで、どんな理由だったら満足だったかと言われたら別に具体案もないのだが、それにしたって、そんな理由かよ感があると思った。まあ世の中そんなんばっかりだけど。
 午後は夕飯の下拵えをしつつ、子どもたちと人生ゲームをした。人生ゲーム、買ったときに覚悟はしていたが、やるとなるとすごく面倒くさい。なぜ貴重な休日にこんなことをしなければならないのか。いろいろ払ったりしなければならない状況は、現実の人生でいくらでも味わっているのに、なぜゲームでも味わわなければならないのか、と思う(そして現実に給料日以外の「もらう」マスは皆無である)。人生ゲームを集中してやっても仕方ないので、にわかにまた熱が高まっている「耳をすませば」のDVDを観ながらやった。相変わらず、僕が今回の人生で経験できなかった種類の物語だった。しかし「耳をすませば」が公開されたのはたぶん僕が中学1年生のときであり、だからそのとき僕は雫や聖司や杉村よりも年下だったのだ。それからあれよあれよという間に月日が過ぎて、自分の子どもと人生ゲームをしながら、何十度目か判らない観賞をして、何十度目か判らないあの気持ちになった。なるほどなあ。人生ゲームとはよく言ったものだなあ、と思った。あと杉村の名ゼリフ「わっかんねーよ!」は、本物を聴いてみたらぜんぜんそんな口調じゃなくて、ちょっと情けない風に「分かんないよ」と言っていた。おかしいな。またこの現象か。化かされていたのは俺たちだったんじゃないのか。
 晩ごはんはシューマイ。シューマイは刻むのが玉ねぎだけで、餃子よりもはるかに作るのが簡単なのに、餃子ほど家での調理がメジャーではないため、「へええ。シューマイ作ったの!」みたいな反応を得られて(ファルマンは毎回そんな反応をする)、コスパがいいと思う。もちろんとてもおいしかった。あとスーパーで厚切りのハムと卵が安かったので、夕飯だけど堂々とハムエッグとか出してみよう、と考え、出した。シューマイにハムエッグで、なんか微妙に肉過多な献立になったが、悪くなかった。もちろんちゃんとキャベツの千切りも添えたよ。
 そんな7月のはじまり。ここから夏か。嘘だろ。もう終盤であれよ。