鳥取旅行2021晩秋 ~山陰らしく生きてゆく~

 よく寝る。ホテル特有の空気の乾燥は、濡らしたバスタオルを干していたので免れた。
 朝ごはんをもしゃもしゃと食べ、出発の準備をする。チェックアウトの前に、昨日はもう暗かったのでできなかった、ホテル周りの散歩などをした。温泉施設はバリをイメージしていて、中庭なんかもかなり凝っていたので、そこで写真も撮りたかったのだが、残念ながら門が閉まっていて、立ち入ることができなかった。10時オープンというのが、返す返すも恨めしかった。ホテルの宿泊客限定で朝風呂とかやってくれたらいいのになあ。海のほうの道にも出て、昨晩外気浴をしたテラスを眺めたりする。思い切り海に面しているので、海岸にいる人からは見放題なのではないかと思っていたが、そこは一応立ち入り禁止のようになっているらしかった。とはいえやっぱりかなり開けっぴろげなような感じもあり、つまりなんというかこれは、やっぱり僕のような、裸でオープンな場にいる快感を得たい輩の欲求を満たす狙いがあるのではないかな、という気もした。
 2日目の今日は、鳥取において鳥取砂丘という大目的を済ませたあと、そのあとなにをするか正直だいぶ悩んだ結果、ガイドブックに小さく紹介されていた、「むきばんだ史跡公園」なる施設へと向かった。これは弥生時代にこの地にあったという集落を再現した(ゴルフ場を作ろうと思ったら出てきてしまったらしい)公園で、当時の住居も原寸大で建てられていて、しかもだいぶ山の中にあるため、もう風景的にはマジで当時と変わらないんじゃないか、みたいなタイムスリップ感を得ることができた。


 ここの散策中、どこからやってきたのか、ファルマンの顔に尺取虫が1匹取りつき、どうもマスクの上にいたらしいそれが、マスクから眼鏡へと身を伸ばして移ろうとした際、ようやくファルマンの視界に、蠢くそれの姿が入ったようで、ファルマンは飛び上がっておののき、眼鏡とマスクを取って振り払い、そのあと泣いていた。虫で泣かされる女子の泣き方で泣いていた。この公園で、この場面がいちばんおもしろかった。
 それから帰路に入るが、昨日みたいに最短ルートではなく、北西方面に進み、鳥取県の尻尾みたいになっている部分、境港のほうを攻める。道中では冠雪したばかりの大山の姿を拝むこともでき、たっぷり鳥取を堪能した鳥取旅行なのだった。
 境港では、まず夢みなとタワーに立ち寄る。「境港のランドマークタワー」を謳う夢みなとタワーは、それと同時に「日本一低いタワー」(高さ43メートル)でもあって、しかし鳥取には他にあまり高い建物がないので、展望室からはとてもいい見晴らしが愉しめるという、なんかもう自虐なのかなんなのかもはやよく分からない、山陰テイスト溢れるスポットだった。建物の中までは行ったが、やっぱり普通に低すぎて、お金を払って展望室に上がる気にはなれず、地上の施設を冷やかして終わった。お膝元には境港さかなセンターという、魚介類が中心のみやげ物屋街があり、この時期の鳥取といえばやっぱり松葉がにで、生け簀の中には生きたそれがうじゃうじゃしていた。先ほど尺取虫を超至近距離から見て泣いた、虫が大嫌いな女は、「私はちょっと見れない」といって目を背けていた。まあ生きているカニって、普通にわりと気持ち悪いよな。
 それから境港といえば、やっぱりどうしたって水木しげるということになり、いわゆる水木しげるロードにも赴いた。車を置いて、ゲゲゲの鬼太郎を中心とした水木しげる関連のグッズを売る店々が軒を連ねる通りを歩く。まあまあ人通りもあり、賑わっていた。客層は、ほとんど我が家と同じようなファミリー層で、そしてどの家族もだいたい、親世代はまあまあゲゲゲの鬼太郎になじみがないわけでもなく、ああ鬼太郎だなあ、有名だなあ、くらいの感じだが、その子ども世代となると、やっぱりどうしたって、ポケモンやすみっこぐらしに勝てるはずもなく、親に連れてこられたが、なんか絵怖くてかわいくないし、なにをどう愉しめばいいのかぜんぜん分からない、みたいな顔をしていて、もちろんうちの娘たちもそんな感じで、これで親に熱情があれば、それでも子どもにその熱が伝播して盛り上がったりもするのだろうが、なにぶん親もまた、まあせっかく境港に来たんだから水木しげるロードに行ってみようかねえ、他に行く場所もなさげだしねえ、くらいのテンションなので、結局かなりどっちらけな感じだった。水木しげるか。水木しげるねえ。好きな人はすごく好きなんだろうなあとは思うのだけど、うーん。
 後半ちょっとぼんやりしてしまったが、鳥取県はこれでおしまい。島根県へと舞い戻る。鳥取県から島根県へは、江島大橋を使う。かの有名な「ベタ踏み坂」であり、これを渡るというのも、今回の旅行計画の中で、ちょっと愉しみにしていたイベントだった。ところが実際に渡ってみると、「へ?」というもので、どうもこれもまた夢みなとタワーと一緒で、周りに建物がないからやけにそれだけが聳え立っているように見える現象によって、とてつもない急勾配に見えるだけで、実際はそうでもないというのが真相らしい。なんか山陰、すごいな。思えば錦織圭も、あの独特のプレイスタイルは、島根県においては幼少期、それでも敵なしだったから矯正されることなく貫き通すことができた、という話があるし、なんというか分母の小ささ、較べる対象の少なさが、いい方向に作用すると、独自の路線でいいものが確立できるという、なんか教育にも通ずるような、この旅行で山陰両県をたっぷりと味わって、そんなことに思いを馳せた。
 松江からの道は、途中で入れ替わり、ファルマンの運転で帰った。せっかくの遠距離移動なのだから、いざというときのためのフリードの運転練習をしたい、という話があって、しかし往路でなんかあるとあまりにも哀しいので、復路まで待ってもらったのだった。復路ならばまあ、最悪死んでもいいしな、と思いながらハンドルを委ねた。幸いなことに、夕方に西に向かう道のりのため、西日が眩しくて目が開けられないと恐ろしい文句をいいながらも、無事に家に帰り着き、こうして日記もきちんと書き切ることができた。
 とまあ、こんなような1泊2日の鳥取旅行だった。初めての家族旅行だったわけだが、とてもよかった。旅行って愉しいもんだな、家族の思い出ができて嬉しいもんだな、なんてことを思った。途中でも記したが、週が明けてから、山陰には一気に冬がやってきた。10月から駆け抜けたレジャーの日々も、今回の旅行を集大成として、ひとまずおしまいだ。これからは基本、閉じこもって暮す。そういう季節になる。それはそれでいい。