岡山旅行&横浜帰省記 4

 引越しって一種の死みたいなもので、自分がいなくなっても変わらずに全体の営みは続いていく感じが、とても似ていると思う。だから引越した街に顔を出すのって、ちょっと霊界から舞い降りて現世を眺めているような気分だ。ワクワク感と同時に、すごい寂しさもある。かつて自分の居場所であっただけに、今はもうそうではないことに、やるせない喪失感を抱く。
 馴染みのスーパーを覗いてみた。引越しの直前、「当店はリニューアル工事のため下記の日程で休業します」という張り紙があり、それは我々が引越す数日後の日付で、だから一体どんなふうなリニューアルが行なわれたのか、2年以上気になっていた店である。入店してみたら、たしかに2年前とは微妙に違う気もしたが、2年前の記憶自体があやふやになってもいるので、なんとも言えなかった。遠いなあ、当たり前だが、この土地で我々はもはや、地に足がついていないのだなあ、ということをしみじみと思った。今晩、ホテルで食べるものを買い、店を出た。今後また倉敷に来ても、もうあえて、こうして懐かしがってこのスーパーに来ることはないかもしれないな、と思った。
 この街にわざわざ来たのは、こうして回顧するのももちろん目的のひとつだが、車を停めるためでもあった。3日後の火曜日まで、足掛け4日間車を置いておくにあたり、岡山よりもこの街のほうがいいだろうと考えたのだった。岡山市街は土地勘があまりないし、駅の近くの駐車場となれば駐車代金もかなり掛かるだろう。ここならば、岡山まで電車で行く手間は掛かるが、安心感があった。駐車場は、あたりをつけていた場所(もちろん居住時代は使ったことがなかったけれど)が無事に空いていて、停めることができた。1日500円。さすがの安さ。
 なのでここから電車で岡山駅へと移動した。車に軽い気持ちで載せてきた荷物は、持ってみるとだいぶ多く、重く、これはこのような旅程でのトラップだと思った。
 岡山駅ももちろん久しぶりである。ただしこの時点でもう18時を過ぎて暗かったし、荷物も重かったので、駅から歩いて10分ほどのホテルまで、心を無にして歩いた。自業自得だが、3時間の運転後に、僕は泳ぎさえしたのだ。3泊4日の初日から飛ばしすぎだ。
 ホテルの部屋に着いたときにはほっとした。出発前は、夜は岡山の街をブラブラするのも悪くないな、などと考えていたが、とてもそんな気力は残っていなかった。買ってきた総菜を食べ、ビールを飲み、順番にシャワーを浴びて、早めに寝る態勢を整えた。なにぶん翌日の起床もきわめて早いのである。
 22時を待たず、アド街ック天国をぼんやり眺めつつ、ピイガを寝かしつけながら、ともすればピイガよりも早く寝付いた。そこでものすごく深く寝たようで、次に目を覚ましたら、ファルマンはまだ起きていて、時計を見たら23時半くらいだったので、なんだか驚いた。だいぶしっかり寝たつもりだったのに、まだ安住アナの番組が終わった直後くらいじゃないか、と思った。ファルマンは自宅じゃないので緊張して寝付けないらしかった。僕はなんだか驚いたなあ、と思ったあと、たぶんまた秒ですぐ寝た。
 つづく。