梅雨入り週末

 中国地方、ようやくの梅雨入りである。遅い。そして満を持しただけあって、紛うことなく梅雨である。梅雨入り前と梅雨入り後が、マーブル状に入り交じるということは一切なく、21日の金曜日の開始時点からきっぱりと梅雨だった。それくらい空気が違った。重みが違う。戦中派と戦後生まれの発言くらい重みが違った。
 土曜日も雨が強く、いつものスーパー巡りのほかは、どこへも出掛けなかった。正確には、夕方にひとりプールに行こうとしたが、なんと駐車場が満車で、車内から眺めたエントランスは人で溢れていたため、すごすごと諦めてそのまま帰った。みんな、雨だから屋内プールくらいしかないな、という発想であろうか。まあ蒸し暑いしな。泳げなかったのは残念だったが、通っているプールが繁盛するのは大事なことだな、などと思った。なんと心が広いのか。
 それ以外は家でなにをしていたかと言えば、まあ裁縫をしていた。先日、Yahoo!フリマに出品している水着が初めて売れて、気を良くして売上金をだいぶ上回る金額の新しい生地を仕入れたので、それで水着を作っていた。まとめて裁断し、ひと工程ずつをいっぺんにやっているので、1日かけて完成品はまだひとつもない。水着はまだ1枚しか売れていなくて、もしかしたらちょっと売値が高いのかもしれないと思い始めているが、しかしこうして製作に取り掛って、作業量のことを思えば、まあ順当なところだろ、などとも思う。
 あとそれ以外に、ファルマンに服作りを懇願されたので、そちらにも取り掛かっている。服を買ったりするのが嫌すぎて、作ってほしいと言うのである。生地代や作業報酬を足せば、ファストファッションの服などはぜんぜん買えるような金額になるのだが、それでもいいから、選んで買うという手間を省きたいらしい。もしかして妻は前世、深窓の令嬢だったのかもしれない。こちらにとっても悪い話ではないので受け入れた。ブラウス2枚、ワンピース1枚を作る予定。
 晩ごはんは野菜たっぷりのスパゲッティと、あととうもろこし。とうもろこしを、丸ごとラップに包んでレンジにかけたもの。今年初で、おいしかったし嬉しかった。家族がとうもろこしにかぶりついている食卓の風景は愛しい。
 日曜日もだいたい同じような感じに過す。ファルマンのブラウスは最初の1枚がほぼ出来上がるが、ちょうどいいボタンがないことが判明し、その仕入れ待ちという状況。ちなみに水着はまだ完成しない。午後に念願のプールにありつく。賑わっていたが、入ってしまえばストイックに泳ぐコースにはあまり関係がない。久しぶりに800mも泳いだら、ヘトヘトになってしまった。晩ごはんは餃子を作った。僕の餃子のおいしさの安定感はすごい。そこまで特別なことをしているわけではないのに、いつも異様においしい。もう僕がおいしい餃子を希求するフェーズを抜けて、餃子陣営が僕のほうに寄ってきているのだと思う。それくらいおいしい。しかしおいしくて食べすぎた。プールでは泳ぎすぎるし、餃子は食べすぎる。わんぱくな日曜日だった。
 夏との折り合いは先週よりもだいぶついてきたように思う。

夏との折り合いと父の日のおくび

 先週の日曜日、これは梅雨に入ったな、ということを呟いたが、蓋を開けてみればぜんぜん雨の降らない1週間であった。気象庁的にも中国地方はまだ梅雨入りの宣言が出されていないようである。しかし降雨こそないが、どうにも湿り気のある暑さで、体がしみじみと重い。30℃になんなんとする気温に、まだ体が対応できていないというのもあるだろう。労働を終えて、帰宅し、晩ごはんを食べたら、あとはもうひたすら眠だるい、という日々だった。夏はこれから3ヶ月あまり続き、さすがにずっとこんな調子ということはないはずだ。どこかでこの暑さと折り合いをつけるときが必ず来る。なるべく早く来ればいいと思う。
 土曜日は毎週定番の買い出しに出る。生鮮食品のほか、ボディーソープを買った。選んだのはにおい対策を謳ったもの。これも夏の出だし特有の現象だろうが、1日かけてじっとりと醸成された汗などのにおいが、夕方ごろにはひどいことになっているような自覚があり、それはとてもテンションが下がることなので、速やかに打開したいと思った。
 晩ごはんはお好み焼きにする。ちなみにだが、今週は父の日ということで、去年のそれを確認しようと思って当該記事を読んだら、なんと1年前のこの土曜日の夜も、僕はお好み焼きをやっていた。先週のゴールデンユートピアおおちに続き、なんか空恐ろしくなった。たぶん去年の僕も、このむしむしとした気候に際し、あまりゴテゴテしたものは食べる気にならないし、かと言ってあまりにもさっぱりし過ぎたものも力が出なそうだしと逡巡した結果、キャベツたっぷりのお好み焼きへと思考が帰着したんだろう。分かるよ。
 今週は、ポルガが試験前で部活がないので、2日とも朝がのんびりだった。そして朝はまださすがに涼しいので、眠りの質は悪くない。平日はどうしても睡眠量に不満があるので(もっと早く布団に入ればいいのだが、起きていたい気持ちもあるわけで、なかなか難しい)、休日は思う存分に二度寝三度寝してやろうと意気込んでいたのだが、いざ休日を迎えてみれば、なぜかそこまで眠れないのだった。平日の朝の、既定の時刻に起きなければならない恨めしさの分だけ、休日にその鬱憤が解消されればいいのに、意外と「もういいかな」という感じで目が覚めてしまう。生きるのが下手なのだろうか。
 明けた日曜日も、買い出し以外は特に出掛けることはせず、ファルマンと子どもたちは昼間に実家へ行き、三姉妹からの父の日のプレゼントの贈呈などをしていたが、僕は参加せず、家でのんびりと過した。なんだか今週末は本当にぼんやりとしてしまったな。
 晩ごはんは、スーパーで買った鮨。ちなみに去年は手巻きずしをしていた。鮨はもちろん美味しく、充足感があった。まだ残っているので、このあと「光る君へ」を観ながら、酒を飲みつつ、つまもうと思う。いい時間だな。
 ちなみにわが家の父の日らしいムーブとしては、ピイガとファルマンとで、プリンを作ってくれた。うん、と思う。父の日でプリンと言うが、ほぼ同一サイズの容器に7つ作製し、3つを実家に持っていき、わが家で4つを食べたので、こう言ってはなんだが、ぜんぜん特別扱いされていない。そのことに少しだけ、釈然としないものを感じている。まあそんなこと、おくびにも出しませんけどね。おくびにもね。

ファルマンの運転とふたつの耳すま

 ポルガの部活がない土曜日だったので、普段より多少色を付けたお出掛けをしたいと考えた結果、ゴールデンユートピアおおちへと繰り出すことにした。去年行ったときはウォータースライダーが貸し切りだったのだよな、いつ頃だったろう、今よりももうちょっと夏の気配が遠い、5月下旬くらいのことだったかしら、などと思いながら自分の日記をあたったら、6月10日のことだった。虎舞竜の「ロード」並みに、ちょうど1年前なのだった。ちなみにその日の日記も、「土曜日はポルガの部活がなかったので、」という書き出しで始まっていて、なんか人の営みというものは、田んぼに水が張られると蛙の合唱が始まるというのと同じくらい、実はシステマティックなのかもしれないと思った。
 目的地までは、途中に無料の高速道路も含んだ1時間弱の道のりなのだけど、今回はこの運転をファルマンにしてもらうことにした。わが家には車が2台あるわけだが、普段ファルマンは専ら軽ばかりを使っていて、フリードを前に運転したのは、鳥取旅行の帰りに本当に少しだけ運転を代わったという、数年前のそれが唯一なのだった。しかし今後、ファルマンがフリードを運転する必要に迫られる場面もあるやもしれないので、どこかで練習をしておきたいね、ということを前から少し話していた。それを今回、実行することにした次第である。先日ドライブレコーダーを設置したことも、この練習をするにあたっての援助となった(ただし逆にとんでもない過失が記録される恐れもあるわけだが)。
 結果的にこの首尾はどうだったかと言えば、ひたすら軽だったとは言え、やはり当時から2年以上の経験を積んだことで、鳥取旅行の帰りのときほどどうしようもない感じではなくなっていて、最初こそ「これセンターラインはみ出してない?」みたいな、車体感覚が掴めていないがゆえの恐怖はあったが、それもしばらく運転していたら整った。高速道路では、軽にはない自動運転機能を作動させる、その作動のための操作を実習する予定だったが、「まずハンドルの右にあるそのボタン」とこちらが言っても、「ハンドルなんか見られん」と、前方から一瞬も目を逸らさないので(正しいことではあるのだけど)、結局機能を作動させることはできなかった。あと高速の出口では、普通に反対車線に出そうになったので、とてもおそろしかった。「曲がった先に車線がふたつあると、自分が走るのが右か左か分からなくなる」と言っていて、なんでだ、日本からいちども出たことがないくせになんでだよ、と思った。とまあスリリングな要素はあるのだけれど、とりあえずいざとなればファルマンもフリードを運転できないことはない、ということが確認できたのはよかった。
 到着したゴールデンユートピアおおちは、相変わらずの非日常空間で、ウォータースライダーも貸し切りでこそなかったが、家族が数組だったので、順番待ちで並ぶということもせず、あのグループがやっているときはこっちは普通のプールで遊び、空いたら次の時間帯はわれわれがひとしきり占有する、みたいな感じで、ストレスなく平和に遊ぶことができた。やっぱりわざわざ行く価値のある、なかなかいい施設なのだった。
 帰りは僕が運転した。ファルマンが行きの運転でグロッキーだったというのもあるが、助手席というのはとにかく退屈なものだということを、久しぶりに長い時間自分が運転しない車に乗っていて感じたのだった。だからまあ本当に、いざってときだな。
 帰宅後はプールあとの気怠さもあって、各自ぬるぬると過した。夜になって、近ごろ週末のテレビがぜんぜんおもしろいものをやっていないので、もういっそのこと映画を観ようという話になり、そうなってくるとわれわれの場合どうしたってジブリで、じゃあジブリのなにを観ようかという議論の結果、「耳をすませば」ということになった。人生何度目か知れない「耳をすませば」。観始める前は、実は少し怖かった。もしも「耳をすませば」を観て、ぜんぜん思春期のキャラクターにときめけなくなっていたらどうしよう、と思ったのだ。しかし杞憂だった。ぜんぜん無理することなく、ときめけた。自分の子どもが中学生になってもなんの問題もなくときめけるのならば、もう一生大丈夫なのかもしれない、と安心した。願わくは死の床でもこの映画を観て、ときめきにとどめを刺されて、キュン肺停止のキュン不全で昇天したいものだと思った。
 そんな感動の夜だったので、翌日の今日、昨日の余韻が残っているうちに、2年前に上映された実写版の「耳をすませば」を観てみようじゃないか、ということになった。上映当時から存在はもちろん気になっていて、機会があれば観たいと思っていた。それが先ごろからプライムビデオに追加され、そして土曜日にジブリ版を観たとなっては、この日曜日に観る以外ない。というわけでおやつのあと、晩ごはんまでの時間帯で、ファルマンと観た。感想は、なんとも言い難い。純然たる疑問として、どうして作ったの? ということを思った。いろんな意味で、どういう意図で作られることになった映画なのか、さっぱり分からなかった。今後のジブリ版との付き合いのため、この観賞はなかったことにしようと思った。
 そんな感じの週末だった。土曜日の夕方から降り始めた雨は、今日一日ずるずると降ったり止んだりを繰り返していて、これはあれだな、梅雨だな、と思った。

ゆる週

 ピイガが今週、初めての宿泊行事、すなわち人生で初めて家族と離れて眠るというイベントに行って、無事に帰ってきた。なのでピイガのいない晩、わが家は夫婦と思春期真っ盛りの娘という3人で、まるで火が消えたようだった。ファルマンが、ピイガへの恋しさを訴える独白ばかりが、残りのふたりに完全に無視され、むなしく唱えられ続けた夜だった。
 行事でどんなことをしたのかは知らないが、疲労感もあり、さらには筋肉痛だとも言うので、この週末は天気こそよかったものの、ポルガもまた土日両日ともに部活だということもあり、特に大きな外出はせずのんびりと過すことにした。
 なにより車検という用件もあった。このたびフリードが初めての車検を迎え、この週末に1泊2日で作業してもらう算段になっていた。土曜日の午前中に車を店へ持っていき、代車で帰宅する。ちなみに代車はフィットだった。
 午後は夕方近くになって、ひとりプールへと繰り出す。今週はなんとなく気が乗らず、平日にいちども行かなかったのだった。行ったら行ったで気分はいいのだが、どうも今年の5月というのは総じてテンションの上がらない月間であった。来月からはすぱっと切り替えたいものだと思う。
 晩ごはんは、ミートドリアと、手羽先を揚げたもの。土曜恒例の朝市で、新鮮そうなアジが売られていたが、どうも魚の気分ではなかった。そして思案の末に繰り出した洋風のメニューは、なかなかよかった。やっぱり週末はパーティーメニューっぽいものがいいよな。
 ちなみにこの週末から、ファルマンの両親は青森に旅行に行っているらしい。ファルマンは、青森に行くなら斜陽館に行くべきだとおすすめをし、両親は娘の提案を受け入れたそうなのだが、今になってファルマンは、「両親は別に太宰ファンでもないのに、果たして行って愉しめるだろうか」と不安を抱いていた。しかし、まああの人たち(主に母)のことだから、行ったら行ったで自分がこれまでも熱心なファンだったかのように愉しめるに違いない、と自分で自分を安心させていた。たしかにそうだろうと僕も思う。若い頃は、浅くミーハーなそういった性分のことを、軽く見るところがあったけれど、実はその能力は、人生を愉しむ上で、とてもすばらしいものなのではないかと感じるようになってきた。この話の流れでファルマンと、いつか行きたい場所、食べたいものはあるかという話になって、僕はしばらく思案したのだけど、特に何も挙げることができなかった。結局、いわゆる「推し」というものがなにもないので、外の世界に強い魅力を感じることがないのだ。でもそれって、とても生きづらい生き方なんじゃないのか。回復アイテムを拒むモードでゲームをクリアしようとしているんじゃないのか、無意味に。特にこうやって、テンションの上がらない5月を過したりしていると、ことさらにそんなことを思う。
 翌日、車検が終わったフリードを回収する。車検代はやはりデデーン、という金額。もっとも今回はドライブレコーダーの取り付けを依頼したことで(品物はネットで買った)、その工賃も含まれているので余計に高いのである。ドライブレコーダーは、車を買ったときも、特に必要ないかな、と思って取り付けをしなかったのだけど、最近になって、別にヒヤリハットがあったというわけではないが、やっぱりあったほうが安心か、ということになって設置することにした。ネットでそれなりの商品を選び、取り付け作業をどうしたものかと考え、ネットで情報を見ると「がんばれば自分でできる」などと書いてあるが、決してできない(特にリアカメラは無理だ)ことを僕は知っているので、どこかしらのプロに頼むしかないなあと思っていたのだが、折よく車検というタイミングだったので、じゃあもうあちらさんに一緒にお願いしてしまうか、ということになったのだった。というわけで帰ってきたフリードには、ドライブレコーダーのモニターが設置されていた。プロの手によるので、もちろん配線なんかもすっきりしてなんの問題もない。いろんな意味で安心だ。
 それから午後は、本当に外出することなく、僕はいったいなにをして過しただろう、特になにをしたということもなく、ゆるゆるしてしまった。よろしくないな。でもよろしくないという自覚が持てているので、まあ良しとするか。どうだ、この力業の前向きさは。
 晩ごはんはハンバーグにし、付け合わせも彩りよく作ることができて、わりと満足感が強かった。明日からは天候が荒れるらしい。ぼちぼち風も強くなってきた。眠りが浅くなったら嫌だなと思いつつ、これから寝るまで愉しく過そうと思う。

幻の塔とおろちとザ・セカンド

 先日ふとした瞬間に、ある風景が脳裏に浮かんだ。
 それは緑生い茂る山の中、小径のようになっている先に、こじんまりとした白い塔があって、上った先にはとても見晴らしのいい景色が広がっている。僕はそこを、小さいポルガとともに訪れていた。そんな情景だった。
 浮かんだそれは淡くぼやけた、とても曖昧な景色だったので、それが実際の思い出なのか、あるいは夢なのか、判断がまるでつかなかった。これはあそこだな、という場所が思い浮かばず、小径の先に白い塔、という舞台設定がやけに嘘くさく思え、どうやら夢のほうがだいぶ優勢だな、と思った。
 ファルマンに相談したところ、そのふわっとした手掛かりで、さすがである、「それは一の谷公園ではないか」とすぐに突き止めてくれた。一の谷公園。第一次島根移住において、何度か行ったことがある。そう言えば第二次では行っていない。記憶の中に小さなポルガだけがいて、ピイガがいないこととも辻褄が合う。「画像があるかもしれん」とファルマンは出そうとしてくれたが、ポルガが小さい頃の写真は膨大な量なので、探し当てることはできなかった。しかし言われてみればたしかにそうだ、あれは一の谷公園だ、という思いが強まった。
 というわけで、実際に行ってみることにした。夢ということで処理しかけていた場所が、実は現実に存在する場所だった、というのは、実際にその場に行くと、滅多に味わえないような精神体験ができるのではないか、などと考えたのだった。
 土曜日の昼過ぎ、部活終わりのポルガを学校まで迎えに行って、そのまま向かった。ドラゴンメイズのときと同じパターンだが、別にそこまで遠いわけではない。
 一の谷公園は、かなり急勾配の坂道を上った先にあった。そう言えばこんな道のりだったな、とその時点で懐かしく、駐車場の感じも見た瞬間に記憶がよみがえってきて、懐かしかった。岡山在住時代、島根に帰省した際に来たこともあったような気がしないでもないが、定かではない。なかったのだとしたら、なんともう10年ぶりくらいということになる。
 入ってすぐの東屋で、持ってきた弁当を食べる。今日は食パンがたくさん家にあったので、サンドイッチならぬハンバーガー的なものを拵えた。顎が疲れたが、まあまあおいしかった。腹ごしらえをしたあとは、公園を散策する。遊具は、あるにはあるけれど、閉鎖中のものが多く、そもそもそこまで大規模ではない。園内の家族連れも、連れてきている子どもは幼児が多かった(10年前の自分たちのようだな、などと思った)。
 遊具よりも、この公園の骨子はなんと言っても自然だ。山にそのまま作られた公園なので、アップダウンのスケールがすごい。さらには、いい意味でも悪い意味でもなく、わりと整備が行き届いていない感じがあって、山に作った公園という人工的な部分が、端のほうからじわじわと山に飲み込まれつつあって、その感じが独特のエモさを演出していた。


 座面の木材の隙間から花が顔を出しているベンチ。
 

 かつては切り拓かれていて、座ればなんかしらの見目好い風景が見られたのかもしれないが、今では草木に侵食されてなにも見えない、そもそも草木が座面を占領していて座ることができなくなっているベンチ。
 ああ、文明って、運営され、管理されなければ、やがてこうやって自然に還るのだな、ということをしみじみ思った。
 そして、途中少し道に迷ったりしながらも、なんとか目的の場所にたどり着いた。


 さすがはいちど夢に違いないと思っただけあって、実際に目の当たりにしても、なんとなく夢の中にいるような気持ちにさせるスポットだった。あまりにもベタだが、ここまでの風景を含め、いよいよ抵抗することができなくなって、ここでとうとう「ラピュタは本当にあったんだ! 父さんは噓つきじゃなかった!」と口に出して言ってしまった。ここまで来れば自分たち以外に人の姿はなく、山の上からさらに高い場所に行くので、気分は完全にラピュタのそれであった。
 塔の屋上からの景色は格別だった。快晴の五月の空の下、見おろす森の木々、そして出雲の街の風景は、感動的だった。急に思い出して、そして場所を突き止めて家族とふたたび来ることができて、なんだかとても貴重な体験をしたな、と思った。
 階段を下りてから、塔の横に立てられた案内板によると、これは1970年に地元のライオンズクラブによって建てられたのだそうで、1970年と言えばもう54年前ということになる。ライオンズクラブと言えば地元の名士たちの集団なわけで、54年前の名士たちは、おそらくもう全員が鬼籍に入っていることだろう。人間の営みというものは、尊いような、虚しいような、とにかくとても切ないものだな、と思った。

 この日の夕方からは、晩ごはんの準備をしたあと、僕だけおろち湯ったり館へと繰り出した。そろそろおろち湯ったり館を済ませておかないといけない、発作が起りそうな機運が高まっていたので、その処理のために行った次第である。サウナの回数を経るにつれ、だんだん暮れなずんでゆくような、そんな時間帯がいいという狙いのもと、18時過ぎから20時過ぎくらいまでの時間を過した。狙いはぴたりと嵌まり、とてもよかった。1回目の外気浴では、まだまだ夕暮れというにも早いくらいの青空で、日中の一の谷公園の塔の屋上でもそうだったが、おとといあたりににわかに激しい風雨があったことで、どうやらとても空気が澄んでいるらしく、青々とした若木の繁る山々が鮮やかで、その風景がサウナ後の軽い酩酊によって軽く揺らぐので、笑い出したくなるほど満ち足りて愉快だった。途中でプールを挟んだりしつつ、2回目の外気浴はまさにマジックアワーというタイミングで、東の空から徐々に群青色に染まりはじめ、3回目ではすっかり全体が薄暗くなった。毎回異なる空の様子が味わえて、大成功だった。今回もこちらの高すぎる期待に、見事に答えてくれたおろち湯ったり館であった。
 帰宅後は、録画していた「THE SECOND」を、ファルマンと晩酌しながら、おっかけ再生で視聴する。金属バットは金属バットらしくてよかった。彼らは優勝したくなったらしたらいいんだと思う。ななまがりが、初戦のパフォーマンスを見てこれは優勝間違いなしだな、ぶっちぎりだな、これはななまがりの大会だったのだなと確信したのだが、結果が敗北だったのでとてもびっくりした。ザ・パンチはとても感動的だった。「死んで~」がご時世的に使えなくなった中で、工夫と技術でかつて以上の輝きを生み出している感じが、愛しかった。最後にいちどだけ出た「砂漠でラクダに逃げられて~」は、元新選組の永倉新八が、年老いてからヤクザに絡まれたとき、威圧感だけで退散させたというエピソードのような、そんな痛快さがあった。また博多大吉のコメントもさすがだと思った。

 明けて今日は、ぐだぐだと過した。今日ぐだぐだと過すために、土曜日におろち湯ったり館の義務を済ませていたわけで、近所に買い出しに出たほかはずっと家にいた。家でなにをしていたかと言えば、ピイガがこんど学校で初めての宿泊行事に行くので、バッグに名札を縫い付けたり、また夏に向けてオリジナルTシャツを作ろうかという気持ちがじわじわと募ってきたので、久しぶりにステカを稼働させたりした(予想通り、まだ調子が整わない)。天気はずっと曇りという感じで、過しやすかったと思うと同時に、公園もおろちも、外気を堪能する系のことを昨日やっといて本当によかった、と思った。

要点を押さえたGW後半

 GWの後半が終わろうとしている。つまり今年のGWが終わろうとしている。寂寞である。
 初日の5月3日は、次女一家がこの前日の晩に移動して、既に実家に来ていたので、午前中から出向いた。春休み以来なので、1ヶ月ぶりでしかない。とは言え次女の第二子は、この間に1歳児から2歳児へという、年齢が2倍になるという大いなる躍進を遂げたのだった。すごいなあ、生まれたばかりの頃というのは。
 人が多かったので、昼ごはんの準備は買って出ることにした。材料はもちろん、ホットプレートまで持ち込んで、ソース焼きそばを作る。4玉を3回やった。
 食べたあとは、なぜだか出雲大社に行こうという話になって、僕の車と次女の夫の車の2台に分かれて出発した。地元民がGWに出雲大社に行くなんてものすごく馬鹿げた話だが、山陰では滅多にないような晴天だったので、出掛けないというのも阿呆らしく、出雲大社はともかく稲佐の浜を歩いたらさぞ気持ちがいいだろうと思った。なるべく混まない道から行こうと考え、大鳥居をくぐってご縁横丁を進む正面ルートではなく、裏側の稲佐の浜のほうから入るコースを選んだのだが、熟慮の果以むなしく、ひどく混んでいて、駐車場に入るまでだいぶ時間が掛かった。いざ駐車場に入る直前まで来たら、交差点の向こう側の、正面ルートから来る車はそこまででもないように見え、もしかしたら最近急に言われ始めた、「稲佐の浜の砂を持って出雲大社の砂と交換するのが正式な参拝法」という、これまで地元民は聞いたことのなかった言い伝えのせいで、今はむしろこっちの道のほうが混むのかもしれない、と思った。ちなみに道々の車は、全国津々浦々のナンバーで、島根や出雲はむしろ少数派だった。それはそうだ。散歩なのか参拝なのか、というような感じで境内を巡り、帰った。渋滞で時間と体力を喰ったこともあり、もう稲佐の浜はいいか、となった。僕的にはむしろそっちがメインだったのだけどな。
 実家に帰還後は、僕とファルマンだけがいったん自宅に戻り、夕方になってまた出発する。晩ごはんは鮨ということになり、ネットで注文したそれを店で受け取ったあと、実家へ再び赴いた。そして一同で食べた。1日、きちんと一族で過したな、県外に住む娘一家も帰省してきたのだし、GWに1日くらいこういう日はあるべきだな、というような日だった。
 翌日、5月4日は、次女一家は向こうの両親とともに泊りがけで広島にプロ野球を観に行く(これはこの一家の恒例行事のようだ)ということで、実家の面々とは絡まず、ゆるゆると過す。ポルガが午前中部活だったので、午後から道の駅キララ多伎へと出向き、昨日の稲佐の浜の雪辱で、海に足を浸したりして遊んだ。3月下旬に来た際は、春先の、まだ冷たい日本海であったが、今回は気候がよかったこともあり、裸足では砂浜が熱いほどだった。海開きはもちろん先で、まだシャワーも稼働していないのに、がっつり海に入って遊んでいる家族なんかもいて、こういう輩って毎年いるよな、と思った。気持ちは分かったけれど。
 晩ごはんは豆アジの唐揚げと、ミネストローネ。前晩の鮨しかり、自分が食事を担当する大型連休期間は、みそ汁が登場しないことが多く、気付けば野菜不足になっていたりするので、2日にわたって使えるような分量でミネストローネを作る。おいしかった。
 食後、せっかくGWだし、ということで久しぶりにトランプを持ち出し、大貧民をした。ちなみにだが、このGWを通し、わが家はとうとういちども誰もswitchを起動させなかったのだった。なんだかすっかりわが家のゲーム熱は下がったな。要するに、あまりゲーマー気質の人間たちではないのかもしれない。各自他にやりたいことがあるのなら、それに越したことはない。
 僕は合間の時間などはどう過していたかと言えば、そこまでバリバリやっていたわけではないが、今年も母の日にリクエストを受けたエプロンを作ったりなどしていた。プールは、会員が4月末で切れてしまい、なにも混んでいるであろうGWに行かなくてもなあという思いから、次の申し込みを先延ばしにしているため、行けていない。サウナもまた、いちどくらい行くかなとも思っていたのだが、結局行かなかった。
 それでは家でひたすら暇を持て余すGWだったかと言えば別にそんなこともなく、なんだかんだでちょこまかと動いた。3日目となる5日は、ポルガの部活もなかったので、午前中から松江へと繰り出した。目的は、ひとえに扱いの悪さによるものだろう、ポルガのスマホの不調を直してもらうためで、せっかく松江に行くのだからということで、なんかしらのイベントはやっていないものかと調べたのだが、意外とめぼしいものは見つからず、わりと純粋に、イオン松江にだけ行って帰った。スマホは店員さんが操作したら、わりとすぐによくなった。これはどうも、ちょっとした設定操作でなんとかなる、「わざわざ来なくてもよかった案件」のようだな、と感じたが、店員さんがやけに感じのいい人で、横溢する「わざわざ来なくてよかった案件」の香りを、ふわっと煙に巻くような感じの説明で、「そんなことなかったですよ案件」にしようとしてくれている様子だったので、こちらもそれに乗っかり、「来てよかった案件」として処理することにした。すばらしい大人たちの処世術だな、と思った。
 そのあと、せっかくだからということで、松江のブックオフに立ち寄る。初めて入った店。しかし近ごろブックオフって、本当に買いたいと思えるものがなく、そしてそれはブックオフではなく、100%僕のほうに原因があるので、かつて愉しめた場所が愉しめなくなったという種類の、いかにも中年的なアンニュイさに襲われるのだった。そしてこの精神の流れは、いつも入店してから思い出すのだ。入店する前は、過去のイメージから、いつもわりと意気揚々としている。ちなみに買わなかったけれど、二次元ドリーム文庫や美少女文庫が、110円の棚にずらーっと並んでいたので驚いた。この現象こそが、僕のブックオフとの距離を象徴しているな、と思った。かつてこれらのレーベルの文庫は、需要によるものだろう、よほど汚れているとかでない限り、滅多なことでは110円の棚には行かなかったのだ。400円とかしたのだ。それが今ではほとんどが110円になってしまった。そして在庫処分のように110円の棚に多く並ぶのは最後の輝きで、そのあとはもはやブックオフというフィールドからいなくなってゆくんだろう。哀しい。並んでいるものには、人生の途中で泣く泣く手離したようなものがわりとあって、ここでまた手元に置いておこうかな、ラストチャンスかもしれないな、などとも思ったのだが、娘たちに隠れてレジを通すのが、不可能ではないだろうが億劫だな、と考えてよした。自分も、ラノベ系文庫エロ小説も、すっかりフェーズが変わってしまったのだな、と切なくなった。娘たちは、漫画や児童書を何冊か買っていた。それでいい。それでいいんだ。
 帰宅した午後は、おやつに買って帰った柏餅を食べ、あとの時間は各自やりたいことをして過した。晩ごはんは、ミネストローネと、スーパーで買った味付きの焼くだけの豚肉だったのだけど、こちらがあまりおいしくなくて残念だった。
 夜は、この前の晩から2日がかりで、金曜ロードショーで放送した「すずめの戸締まり」をファルマンと観終えた。作品の世界観を理解してもらうための説明なんて、いつの間にかもう一切しなくていいことになったのか、と思った。そうだったのか。いつからだよ。
 かくして今日、6日がGWの最終日。ファルマンと子どもたちは午前、兵庫に戻る次女一家の見送りのため実家へ。広島みやげとして、もみじまんじゅうをもらって帰ってきた。僕はエプロンをとりあえず完成させた。今日はもうどこへも行かず、明日からの平日に向けて体制を整えようと思う。
 今年のGWは、遠出こそしなかったが、「渋滞」(出雲大社)、「親戚の集い」、「海遊び」、「高速道路移動」(松江)と、要点だけはやけに押さえた日々だった。というわけで、まあ悪くなかったんじゃないかと思う。ひどい疲労感とかもないし。さあ、ここから夏までは、わりとストイックな日々だな。次女一家もさすがに夏休みまでは現れまい。せいぜい気丈に暮そうと思う。

異世界転生したGW前半

 前半と後半にきぱっと分断されている今年のGWの、前半を終える。
 初日の土曜日は、土曜日なので僕はいつものように、午前中は買い出しに勤しんだ。ちなみに4月の食費も、まあなんとか予算内に収まりそうである。担当している食費のやりくりは、気を抜いたらすかさずオーバーしてしまうような、絶妙な設定になっているため、もう少し余裕があればいいのにと常に思いつつ、なんだかんだで愉しんでいる面もある気がする。
 帰宅して、昼ごはんまでにはまだ余裕があったので、ひとりプールへと繰り出す。ピイガは、混んでいるだろうから、という理由で付いてこなかったのだが、行ってみたら意外と空いていた。世の中、4月はまだプールの機運ではないのかもしれない。
 この日の午後は、どこへ出掛けるということもなく、家で過した。筋トレをしたり、子どもたちの新しいキャスケットを作ったりなど。おやつに白玉を作り、アイスとあんことともに食べる。そして晩ごはんは餃子。ちなみに白玉作りにも、餃子包みにも、もちろんピイガは参画した。そのさまを見て、小学5年生はまだまだ懐っこいものだな、と思ったが、しかしこれはひとえにキャラクターによるものだろう。ポルガはこれよりももっと幼い頃から、食べるものを一緒に作ったりなどまるでしなかった。あいつは将来、どういう食生活で生きてゆくのだろうか。たぶんファルマンの大学時代のような感じになるのだろう。チョコチップスナックと、吉野家と、アセロラドリンクで食いつなぎ、徹夜でネットをし、明け方に寝て、口中に口内炎を作って生きてゆくんだろう。
 2日目は予報どおりに天候に恵まれたので、レジャーデイにする。ポルガは午前中が部活だったため、終了時間めがけて学校まで迎えに行って、そのまま出発する。本当は公園などで食べたかったが、おにぎりを車内で食べた。それでもおいしかったし、テンションが上がった。家族で、車で出掛けて、弁当を食べるの、やっぱり好きだな。車内ではこの日のためにまた、ひとり5曲ずつという約定で作ったプレイリストを流す。僕は最近とてもハマっている歌手から選び、なにしろとてもいい歌なので、家族の心にもさぞ響くことだろうと思ったのだが、全員からポカーンとされたのでショックだった。「山奥のサナトリウムで唄われているような歌」とファルマンに言われ、やっぱり趣味が合わない、と思った。
 レジャーの目的地は、とうとうやってきた、ドラゴンメイズである。雲南市の奥のほうにある、なかなかディープなスポット。目玉は巨大迷路で、存在は前から知っていたのだが、なんとなく機会に恵まれず、ようやく初めての来訪となった。冬は閉鎖するし、真夏は厳しいので、GWというのはこの施設の最も繁盛する時機であろうと推察され、行ってみてあまりにも混んでいるようなら予定を変更し、鬼の舌震にでも行こうかと話していたのだが、もちろんそれなりに賑わってはいたものの、幸いそこまでではなかったため、予定通りに入場した。迷路は選ぶコースによってチェックポイントの数が異なるとのことで、せっかくなのでいちばん多いコースを選んだ。
 このコース選びの説明を受ける段階、もとい駐車場から歩き始めた瞬間からなのだが、いま思い返しても、あれは夢の中の世界だったのではないかと思うような、なんと言えばいいのか、話の通じなさというか、噛み合わなさというか、独特の感性で作り上げられた異常な空気感が横溢していて、とにかく濃厚な体験をした。迷路の要所要所に貼られたポスターには、モチーフが謎のオリジナルキャラクターが描かれ、そいつのセリフの意味がいちいち分からない。また迷路内には、建築基準法や消防法はどうなっているのだろうというような建屋があって、令和の日本とはとても思えなかった。増田こうすけの漫画の中に入り込んだのかと思った。でも総合的な感想としては、「とてつもなく愉しかった」ということになる。そんな不思議でエネルギッシュな施設だった。すべてひっくるめて、こんな体験を家族でできてマジでよかった、と思った。大当たりのGWレジャーだった。
 しかしこの日は気温もかなり高かったので、1時間以上も迷路を歩き回り、だいぶヘトヘトになった。車に戻り、近隣のお店に行って、スポーツドリンクとアイスを買って、全員でむさぼるように食べた。こういうときのアイスの美味しさったらない。そして帰宅後、まだ明るかったがファルマンとすぐにビールを飲んだ。こんなときはビールを飲まなければバチが当たる。疲労とほろ酔いで気怠くなり、とてもいい気持ちだった。
 明けて前半最終日の今日は、ポルガが部活がなかったので、午前中に、GWの特別イベントをやっているという出雲弥生の森博物館へと赴いた。こちらもまあまあ賑わっていた。王墓のボランティアガイドをやっているというのでお願いし、説明を受けながら四隅突出型古墳のエリアを歩いた。回転率などという概念は存在しないようで、とても優雅に、小一時間もかけて案内してくれた。なかなか興味深い話もあって、愉しめた。なにしろ行政が運営する、子ども向けに親しみやすくしているとは言えアカデミックな施設なので、整然とした世界であり、昨日のドラゴンメイズとの落差がすごかった。わが家は今年、ジェットコースターのようなGWを過した、と思った。
 午後は家でのんびりと過した。明日からしばしの平日。そしてGWの後半となる。こちらには次女の一家がまた実家にやってくる予定で、でもどういう日程で来るのか定かでなく、予定が立てづらいというか、もっともそれがなくても、特に計画などはない。ドラゴンメイズもわりと急に決めた感じなので、後半も流動的に、それなりに愉しめればいいなと思う。

のんびりぼやぼや週末

 GW前の週末を、のんびりと過す。
 土曜日の午前中は、この前日にオープンしたブックオフ出雲高岡店へと繰り出した。さらっと書いたが、信じられない文面だ。「ブックオフ」と「出雲」と「オープン」がまさか一文の中に一緒に登場するだなんて。
 ここ数年、更地になにかの建設工事が始まると、ファルマンと「なにができるんだろうね」「ブックオフじゃない?」と言い合うというのが、われわれ夫婦の定番ジョークになっていた。このジョークの笑いのポイントは言うまでもなく、ブックオフが新たにできるはずがない、というところにある。
 そのため今回のオープン、その第一報を聞いたときは、本当に驚いた。ちなみに出雲高岡店というのは、実は2年前くらいに近所の別の場所にあって、それが閉店し、そして今回ホビーオフとハードオフとで合同で新オープンということなので、本当に純粋な新規開店とは少し違うのだけど、それでもすごいことに違いない。
 行ったらもちろん大盛況だった。駐車場は満車で、順番待ちをしてようやく停められた。オープン記念セールなどはなかったのだが、やっぱり地元民の注目度はかなり高いのだった。
 ブックオフができたと言っても、ホビーオフとハードオフとの合同店舗なわけで、本の領分はそんなに大きくないのだろうと覚悟していたのだが、それはまあ事実としては事実だったけれど、在庫が多ければいいというものでもなく、中古屋というのは新陳代謝がどれだけいいかだと思うので、本だけの店よりも集客が良くて、その恩恵により書籍の巡りもよくなるのであれば別にいいな、と思った。
 ホビーオフやハードオフのほうの売り場も眺め、なるほどなあ、などと感じ入った。紙の本が売れなくなって、かつて勤めていたような新刊書店が苦しむのはもちろんのこと、ブックオフも減る一方だと思っていたが、その一方でメルカリやセカンドストリートなどが、リユースの市場を拡大し、なにより人々の中古品に対する意識を変化させて、このような発展を見せ、それが結果としてブックオフを新しく開店させたのだから、なんだか世の中って不思議だな、と思った。大型動物が死んで、それを分解するための微生物が増殖し、その栄養素で植物が繁茂し、その植物のおかげで昆虫が増えるような、なんかそんなサイクルのようだと思った。目の前に困窮があるとすぐに絶望してしまうけれど、長い目で見れば巡っているのだと。そんな哲学的な思いに更けてしまうほど、今回のブックオフ開店は感慨深かった。もしかすると「火の鳥 太陽編」を買ったことも関係しているかもしれない。
 買い物も行ない、午後は家にずっといた。僕はいつものように裁縫と筋トレ。ただし筋トレはあまり調子が上がらなかった。筋トレをするようになって、肉体には明確にバイオリズムがあることに気付いた。筋トレの調子がよく、体の見た目も仕上がっている時期と、なんとなく体がへにゃついていて、筋トレもガチっと決まった感じがしない時期がある。今は後者。ファルマンは「季節の変わり目だから」と言う。ファルマンは1年のうち、300日くらいを指して季節の変わり目と言っているような気がする。もしかすると七十二候で生きているのかもしれない。
 そんなファルマンだが、この日の朝に寝違えたと言って、首を痛そうにしている。痛そうにしていると言うか、痛い痛いと頻繁に口に出しているので、きちんと周りに伝達されている。痛いそうである。こういう痛みの表明について、これまでうっすらと、なんでこの人はこんなにも同じことをアピールし続けるんだろうと、もちろん口には出さないものの感じていたのだが、先日自分が腰をやった経験を通して、なるほどこの人みたいに痛みを外側に放散するのって大事なんだな、と理解した。しんしんとした痛みを、声も出さずに粛々とやり過ごそうとすると、じっとりと気持ちのトーンが落ちていき、どんどん暗い気分になってゆくのだ。そしてたぶんそれは精神を蝕むのだろうと思う。それを回避するため、痛みを大きい声で主張し、逆に陽な感じにするのは、わりと効果的なことであるに違いない。なるほど、今後の参考にしようと思った。
 晩ごはんは鶏の唐揚げにする。土曜の夜の唐揚げにつき、翌日の弁当に回らないので、思いきりにんにくの効いた粉を使う。おいしかった。
 明けて今日は、昨日の夜から降り始めた雨が、一日中しとしとと、降っているような、降っていないような、そんな天候で、気温も低い日曜日だった。ポルガは部活だし、特に外出の予定もなかったので、午前中に僕だけが食料品の買い物に出たほかは、ずっと家にいた。プールは、ピイガにはせがまれたものの、先週連れていったし、僕自身は平日に十分すぎるほどに行っているので、この週末はパスにした。
 筋トレは相変わらず捗らず、わりと漫然と過してしまった。この分では予定がまるで決まっていないGWのことが思いやられる。本当にどうしようかな。ポルガがだいたい部活というのも、計画を立てづらい要因となっている。
 日中、窓の外からカエルの鳴き声が聴こえてきた。雨で土が濡れ、頃合と見て取ったか。七十二候の「蛙始鳴(かわずはじめてなく)」は、新暦では5月に入ってからなので、ちょっと気の早い奴らだが、ぼちぼち田んぼには水が張られているので、まあ大丈夫か。カエルの鳴き声は久しぶりで、まだまだ個体数の少なさからかわいいボリュームだったし、そのときだけで今は聴こえないが、ピークになれば今年もすさまじいことになるだろう。
 午後は久しぶりにドラクエ11を少しやり、少し進むが、終わりが見えない。仲間が揃わない。仲間が揃ったって、そうすぐにボスに再挑戦するわけでもあるまい。長いよ。ポルガは僕よりもだいぶ前にすっかり放り投げてしまっている。僕だって危うい。
 晩ごはんは、ごぼうと椎茸と豚肉の卵とじ。なんか実家でよくこんなメニューが出ていた気がする。山梨っぽい味かもしれない。
 そんな感じで週末が終わる。今日は本当にぼやぼやと過した。

1年ぶり岡山 後半

 次なる目的地はイオン倉敷である。
 せっかくの岡山なのに特にしたいことが浮かばないと書いたが、1年前の成功体験により、イオン倉敷のパンドラハウスでニット生地を買いあさるというのは、岡山に来た以上は外せない用件なのだった。イオンならばピイガがしたいというガチャのコーナーもあるし、なにより数時間をやり過ごすのにイオンほどの最適解は他にないだろう。
 しかしカーナビの目的地をイオン倉敷に設定したところ、所用時間48分と表示され、かなりびっくりする。そうなのだ、もうすっかり現在暮しているスモールシティ(もとい店のあるエリアがそこしかない)の感覚に染まってしまっていたけれど、要所要所に目的地となるスポットが存在するこちらの世界は、ひとつひとつの移動にわりと時間を必要とするのだった。しかも人の絶対数の多さからか、いちいち道が混む。そうだったそうだった、と車を走らせながら当時の感覚を思い出した。ちなみに交通事情に関連した事柄として、岡山と言えばウインカーを出さないことで有名だけど、久しぶりに走ったら本当にそうだった。そういう話って、取り沙汰される、すなわちネタにされるようになったら、それはもう過去の話で、今はもうさすがにそんなことない、というのがよくあるパターンだと思うが、岡山のウインカーエピソードはバリバリの現役だった。片側3車線ある国道2号線で、左右の車線から中央の車線への車線変更がウインカーなしで平然となされるさまを目の当たりにし、ここは修羅の国だろうかと思った。
 それでも幸いアクシデントなく、しかし実際に50分くらいかかってイオン倉敷に到着する。懐かしい。在住時代はよく来たものだ。いろいろ見て回りたい気持ちを抑え、とりあえず空腹を満たすためにフードコートへと向かう。フードコートはとても混んでいた。たぶんそれが人口密度そのものを示しているのだろうが、島根のそれに比べてテーブルの間がとても狭く、田舎者はとてもどぎまぎした。ピイガなど終始周囲に厳しい視線を向けながらうどんを啜っていた。そして食べたものは美味しくなかった。マックに逃げようかなとも思ったのだが、なんとなくそれ以外の、ごはん系の店のものを選んだ結果、大失敗だった。あまりこんなことを言うのもよくないと思うが、やっぱり大企業の提供する食べ物のほうが、コスパ的に絶対にいい。人生何度目か知れない学習をした。
 食事でテンションが下がったものの、気を取り直し、モール内を見て回る。変わっている店も少なくなかったが、建物の造りはもちろん同じなので、ちゃんと懐かしく思えた。あと島根に較べて、客層が明白に都会っぽいと感じた。実際におしゃれなのかどうなのかはよく分からないが、かなり奇抜と感じる恰好をした人がけっこういて、ああこれが新幹線で大都市と繋がっている文化圏というものか、ということを思った。ピイガは目的のガチャコーナーで、スーパーマリオの腕時計のガチャを回し、赤いキノコのデザインのものをゲットしていた。回すガチャ、堅実ないいセレクトだな、と思った。ピイガはクレーンゲームを好まず、よく吟味して納得した上で、回すガチャを選ぶ。(姉と違って)安心感がある。
 そのあと、待望のパンドラハウスへとたどり着き、ニットはぎれのコーナーを見る。期待をこれでもかと高めていて、そうやって高める一方で、どうせ現実はこれには応えられんだろうと冷めている部分もあった。ところがパンドラハウスはきちんと応えてくれたのだった。1年前とはまるで異なる品揃えで、多彩なラインナップが並んでいて、夢のようだった。別の場所に立ち寄っていて、少し遅れてやってきたファルマンとピイガが、売り場を手ぶらで眺めている僕に向かい、「どうだった?」と訊ねてきたので、「まあこんなもんかな、って感じ」と答えたあと、商品棚の空いている一角にまとめておいた、購入するロール状のはぎれを、両手でむんずと抱えて見せると、ふたりは「えっ」と驚いていた。「それ、棚じゃなかったの?」と。そのくらい買った。レジでは店員に「お仕事されてる方ですか?」と訊ねられたので、「趣味です」と答えた。続けて、「このお店のニットは本当にいいですね、いいものがたくさん手に入ってとても嬉しいです」と伝えておいた。4月のこづかいはだいぶえぐられたが、わざわざ来た果以があった。ホクホクした。GWだと近すぎるが、またポルガは夏にでも友達と遊べばいいと思う。
 そのあとはサーティーワンアイスを食べたり、イオンスタイルでトップバリュの鈴カステラを大量購入したりして、イオンモールをしっかりと堪能した。そして元の駅に戻るのにもまた時間が掛かるので、余裕を持ってこのあたりで出発することに。
 ふたたび戻ったかつての地元では、まだポルガが帰り着くまでに少し時間があったので、当時毎日のように行っていたスーパーに立ち寄る。立ち寄ると言うか、これも予定に織り込み済みで、生鮮品のための保冷バッグも家から持ってきていた。しかし分かっていたことだが、今日の物価高になる以前の、4年以上前の安売りスーパーは、もう幻影の中にしかないわけで、わざわざ岡山で買って帰らなくてもいいかな、と思うような、島根に対してわずかな価格差しかなかったが、でもせっかくだから、ということで肉などを多少買った。イオンで鈴カステラを、スーパーでわずかな価格差の肉を買う僕を見て、ファルマンは「あなたって本当にブレないよね」と、あまり感心した感じではない様子で言った。それはたしかにそうだと思う一方で、久しぶりの岡山で本当になんの目的も持たず、実際にやってきても結局なんにもしたり買ったりしなかったお前も大概だと思うけどな、とも思った。
 しばらくしてポルガが駅に戻ってきたので無事に回収する。友達との久しぶりの邂逅はとても愉しかったそうだ。午前中はメダルゲームで遊び、昼ごはんにはピザを食べ、プリクラを撮り、スタバでフラペチーノを飲んだという。なんだかいろいろ初体験を経たようで、とてもよかったんじゃないかと思う。「プリクラ見せろよー、あのいまどきの目がおっきくなる変なやつかよー」とせがんだが、あえなく拒まれた。ウザい父親をやってしまった。
 そうして島根へと帰った。帰りの車中、ずっとではないが、子どもたちは寝ていた。ポルガが車で寝るのは珍しい。よほど昂揚したのだろう。連れていってよかった。

1年ぶり岡山 前半

 6日土曜日、岡山へと繰り出したのだった。
 去年の3月以来、かの地を離れてから2度目の来岡である。今回の目的も、前回と同じく、ポルガが小学校時代の友達と遊ぶため。ポルガのことをやけに肯定してくれる例の友達は、中学生にスマホはまだ早いという方針の家の子だったはずだが、やはり昨今の時勢的にそれは無理だったようで、夏あたりにスマホをゲットし、すぐにポルガとLINEでつながり、それ以降は頻繁にやりとりをしていたようで、そこで春休みに会って遊ぼうという流れになったのだった。小学4年生の3学期という微妙なタイミングで転校させることになってしまったポルガには、親として若干の申し訳なさがあり、こうして岡山時代の友達と強いつながりを保っていることは、救いであるような、逆に申し訳なさをいつまでも掘り返す要素であるような、複雑な思いを抱く。しかしそれはそれとして、ポルガのそのつながりがなくなったら、その他の3人はもはや岡山になんの接点もなくなってしまっているため、行く機会がまるでないことになってしまい、それはさすがに寂しい気もするので、こうしてポルガの交遊をきっかけに岡山に行けるのはこちらとしてもありがたい。ふだん島根からまったく出ないので、山陽の岡山に遊びに行くとなると、それなりに心が躍る。
 しかも今回は、親同伴で美観地区を回った前回と異なり、最寄りの駅で向こうの友達と落ち合ったあとは、子どもたちだけで電車に乗って岡山駅に出て、イオン岡山で半日ほど遊び、再び駅に戻ってくるまでの間、われわれ3人は完全に別行動という計画になっていたため、その岡山での自由な半日をどう過そうかというワクワク感があった。
 それでだいぶ前からいろいろ思いを巡らせていたのだけど、いざ実際に行くとなると、実はどうしてもここに行きたいという場所はなにも思い浮かばず、そのことに少しショックを受けたりもした。6年半も暮したのに、どうして再び訪ねたい場所が特にないのか。もしかして自分はとてもつまらない人間なんじゃないのかと思った。結局あまりプランは定まらないまま、当日の朝を迎えた。
 9時半くらいに集合場所の駅に着いて、10時くらいからイオン岡山で遊ぶためには、島根を6時半くらいに出発する必要がある。6時前に起きて、身だしなみだけ整えて、すぐに車に乗り込んだ。朝ごはんは車内だ。高速道路を使っての大規模なお出掛けは、去年11月の東広島以来で、先週ノーマルタイヤに履き替えたこともあり、冬を乗り越えたのだな、という思いがこみ上げた。折しも当初の予想から1週遅れて、この週末が桜の満開に当たり、道中そこかしこで見事に咲いているのを見かけた。今回のために作成した、ひとり25曲、約6時間のプレイリストは耳新しい曲が多く、心地がよかった。結局お出掛けというのは、目的地うんぬんよりも、この移動時間こそが愉しいのだよな、などと改めて思った。
 道にトラブルもなく、ほぼ予定通り、9時半過ぎに集合場所である駅に到着する。友達は今も住まう、かつてわれわれ一家も住んでいた街の最寄り駅であり、とても懐かしい。去年の3月も美観地区での時間のあと、勝手知ったる安心感からこの地のパーキングに車を置いて、翌日からの横浜行きへと旅立ったわけだが、その際は帰りも含めてわりと慌ただしかったため、そこまで落ち着いて眺める余裕がなかった。しかし今回、無事に友達と落ち合ったポルガが電車に乗って岡山へと出発したあとは、6時間近く自由ということで、3人で少し往時の生活エリアを見て回った。頻繁に利用していたドラッグストアやスーパー、なにより当時の住まい。驚いたことに、ピイガは当時の住まいのことを覚えていなかった。ピイガは生後2ヶ月からそこで暮し始め、7歳になる直前まで過していたというのに。まあ僕もその年齢の頃の記憶なんてほとんどないけれども。
 そうしてしばし居住地の思い出巡りをしたあと、今度は僕が通勤で使っていた道を少し走ることに。これはもちろんノスタルジックから来た行為なのだけど、ひとつだけ言い訳として、この通勤の途中に、当時いつも利用していたガソリンスタンドがあり、そこが滅法ガソリン価格が安かったので、せっかくだからそこで給油をしようと考えたのだった。
 道は懐かしかった。6年半勤めたので、優に千回以上走った道だ。当時は軽だったのであまり感じなかったが、けっこう裏道っぽい道を使っていたので、こんなに狭い道だったのか、などと思った。目的としたガソリンスタンドは、期待を裏切らず安かった。実は前の週に岡山に行っていた三女から、岡山のガソリン価格は島根に較べてだいぶ安いと聞いていたが、本当だった。どれほど違うかと言えば、リッターあたり20円近く違う。ちょっと違い過ぎないか。ここまで違うと、岡山で安く給油できた嬉しさよりも、日頃のガソリン代へのつらみのほうが大きくなる。知らないほうがよかったかもしれない。前からこんなに違ったろうか。山陰は離島なのだろうか。
 ガソリンスタンドをゴールとして、来た道を戻る感じで、次の目的地へと向かうことにした。ここまで来たからには当時の職場のほうへも行ってしまおうかな、とも少し思ったが、さすがによした。職場の近くの公園には、オオキンケイギクが群生するスポットがあったため、シーズンだったら行けたかもしれない。しかし時期にはまだ1ヶ月半ほど早いため、さすがに大義名分がなく、訪ねるのはあまりに感傷が過ぎると思った。
 後半に続けることにする。